艦隊でも陸上部隊でも友好国同士が共同訓練するのは当たり前である。訓練のおかげで練度が上がり、戦力も向上する。米国とそれぞれ同盟条約を結んでいるから、これまで共同訓練はしばしば行われてきた。
旭日旗は自衛隊が出発してからのマークで韓国でも過去に問題にされたことはない。「戦犯旗」だという言葉が登場し始めたのは2010年代になってから。その後エスカレートする一方になった。
日本の自衛隊にとって旭日旗は自衛艦旗であり、所属国を示す標識であり、国の主権の象徴だから、海自が参加するとなれば徽章なしで参加するわけにはいかない。現役の海自隊員も何千何万という卒業生もこの徽章を誇ってきたに違いない。「その徽章が戦犯旗を想起させるから、参加しなくていい」というのは、国際的にも受け入れられまい。
こう思っている最中、たまたま9月20日のBS-TBSで「旭日旗の持ち込み問題・東京五輪でどうなるか」の番組が放映された。この中のパトリック・ハーラン(パックン)発言は許せない。ハーバード大学卒のお笑い芸人として売り出しているから、パックンの思想や考え方には注意を払わなかったが、日本のことを全く理解していないことに驚いた。
パックンの認識は「日本はホロコーストをやったドイツと同等。したがって相手が嫌がっている旭日旗の持ち込みを禁止すべきだ」「そう我慢するのが日本人のおもてなしの心でしょう」
日本とナチスを比べるのは米国人の通弊だが、日本兵は相手が民間人と分かってわざと殺すことはしない。真珠湾攻撃がうまくいったという「戦勝記事」を覚えているがそのトップ記事の下に「民間人68人が巻き添えになった」という記事が添えられていた。これが武士道の精神というものだ。戦争が深まるにつれて、市民をも戦争に巻き込むようになったが、アメリカ人のように原爆で広島市民を20万人、長崎で10万人というような殺戮はしなかった。パトリックは日本とナチスを同一視しているようだが、ナチスは市井に暮らす女性や子供まで600万人も殺したのである。日本は硫黄島の玉砕攻撃で多くのアメリカ兵を戦死させたが、日本軍はそれ以上の戦死者を出している。日本人は名誉のためにも死ぬ。その名誉の象徴である徽章を「おもてなしの心」で遠慮しろとは暴論だ。客船が難破して、いち早く船長が逃げ出す国とはお国柄が違う。日本人には譲れるものは何でも譲る潔さを持つ。しかし精神の問題は譲れない。
メインキャスターの松原耕二氏とコメンテイターの堤伸輔氏がパックン案にうなずいていたのは最低だ。キャスターは日本の歴史と精神を深く知れ。
(令和元年9月25日付静岡新聞『論壇』より転載)
屋山 太郎(ややま たろう)
1932(昭和7)年、福岡県生れ。東北大学文学部仏文科卒業。時事通信社に入社後、政治部記者、ローマ特派員、官邸クラブキャップ、ジュネーブ特派員、解説委員兼編集委員を歴任。1981年より第二次臨時行政調査会(土光臨調)に参画し、国鉄の分割・民営化を推進した。1987年に退社し、現在政治評論家。「教科書改善の会」(改正教育基本法に基づく教科書改善を進める有識者の会)代表世話人。
著書に『安倍外交で日本は強くなる』『安倍晋三興国論』(海竜社)、『私の喧嘩作法』(新潮社)、『官僚亡国論』(新潮社)、『なぜ中韓になめられるのか』(扶桑社)、『立ち直れるか日本の政治』(海竜社)、『JAL再生の嘘』・『日本人としてこれだけは学んでおきたい政治の授業』(PHP研究所)など多数。