パンドラズ・アクターの冒険   作:kirishima13

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第1話 黒歴史(パンドラズ・アクター)の降臨

「たのもーう!!!」

 

 エ・ランテル冒険者組合の頑丈な扉がバーンと大きな開けられる。

 受付嬢、テーブルで相談をしている冒険者たち、掲示板を睨めつけている者、カウンターで大声を出している者。その場にいた誰も声を失い入口を見た。

 荒くれものが集う冒険者組合であるが、そこにはその荒々しさに相応しくない人物が立っていた。

 全身にフリルが付いたその衣装はメイド服。この辺りでは珍しい漆黒の艶やかな黒髪な黒髪は長くポニーテールにしている。切れ長の目ときめ細かい色白の肌を持つその容姿は姫という言葉がふさわしいだけの美しさだ。

 年齢は10代後半から20代だろうか。非常にお淑やかそうな雰囲気を醸し出している。

 しかし、その中で一点だけ違和感がある部分があった。その違和感をその場の誰もが見つめている。

 

(何で軍帽!!!???)

 

 そう、その美しいメイドの頭には黄色い軍帽が乗っているのだ。

 その人物はツカツカとカウンターまで歩み寄るとくるりと振り向き、帽子に片手をかけて首だけ受付嬢の方向を振り返る。軍帽の陰から見える美しい瞳が受付嬢を打ち抜いた。

 

「冒険者になりにきました。登録をお願いできますか、美しいお嬢さん?」

 

 そう言って帽子の陰からウインクを送る漆黒の美女。

 受付を任されるだけあって容姿には自信があるものの目の前の人物と比べれば月とすっぽんである。

 その人物が自分を美しいお嬢さんと呼んだ。「はぅぅ」と心を打ち抜かれた受付嬢とともにその場にいる誰もが同じことを思った。

 

(お前が言うなあああああああああああああ!!!)

 

 

 

 

 

 

 時はさかのぼりそこはナザリック地下大墳墓の宝物殿。

 パンドラズ・アクターは創造主であるモモンガに命じられた任務を行っていた。それは至高の存在の姿を模すというものだ。

 現在模しているのはタブラ・スマラグディナだ。脳喰い(ブレイン・イーター)と呼ばれるタコに似た軟体生物を思わせる異形であり、ボンテージのような衣装をまとっている。

 ソファーに座りながらパンドラズ・アクターはずっとその姿のまま微動だにしない。

 自身の創造主であるモモンガにそう命じられているからだ。そしてその喜びは計り知れない。

 周りに彩られた数々の素晴らしいマジックアイテムは至高の存在達が集めてきたものであり見るだけで感激を催す。

 そのような素晴らしい職場の中でさらに直接任務を与えられている喜び。じっとしているだけではあるがパンドラズ・アクターは幸せそのものであった。。

 

 

 

 しかし、その幸せはある時突然に失われた。

 

「Oh!」

 

 突如ソファーが消失し、パンドラズアクターは地面に投げ出された。そして見上げて見えたのは真っ暗な夜空だ。それは満点の星空であった。

 思わずその美しさにパンドラズ・アクターは魅了される。ナザリック地下大墳墓の第六階層にも空があるがこれほどの美しさはない。まさに神が作り出したとも思えるその美しさに見惚れてしまう。

 

「美しい……キラキラしてまるで宝石箱みたいですね……」

 

 そんな感想を漏らしつつしばらく夜空を見上げていたのであるが、ふと気になり周りを見渡してみる。

 すると先ほどまでまで彼の周りに存在したナザリックの宝物達の一切が消え失せていた。

 

「NOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!」

 

 あまりのショックに叫びだすパンドラズ・アクター。守るべき宝物たちが無くなっている。やっとその事態を把握をする。

 

「ここはどこですか?モモンガ様!!?」

 

 自らの創造主の名前を呼ぶも返事はない。

 そのため即座に変身を解く。そこに現れたのは黄色い埴輪といった見た目の異業種だ。

顔はピンク色の卵のようにツルリと輝いており、毛は一本も生えていない。顔にはペンで丸く塗りつぶしたような黒い穴が3つあるだけだ。

 上位二重の影(グレーター・ドッペルゲンガー)。相手の外装のコピー能力を持つ異業種であり、モモンガが作った唯一のNPCでもある。

 ネオナチを彷彿とさせる黄色い軍服を身にまとい、頭には軍帽、背中にはサーコートを羽織り、胸には記章や勲章が飾られている。

 創造主であるモモンガの中二病による真心を一心に受けって生まれた黒歴史(パンドラズ・アクター)である。

 

「モモンガ様!?モモンガ様ああああああああああああああああ!」

 

 泣けど叫べど返事はない。

 

「《飛行(フライ)!」

 

 状況把握のため《飛行》の魔法によりその場から飛び上がるパンドラズ・アクター。

 両手で軍帽を抑え、片膝を曲げている。サーコートがバサバサと羽ばたかせながら周囲を見渡すその様子は様になっている。

 

「草原……と森ですか」

 

 上空から確認できるのはその二つのみ。生き物や集落などはどこにも見えない。

 

「ナザリック地下大墳墓はヘルヘイムのグレンデラ沼地にあったはずですが……私はどこにいるのででしょうか……」

 

 周囲を確認を終了し、華麗に地面へと降り立つ。そのキビキビとしたその動作は軍人そのものだ。

 

「《伝言(メッセージ)!」

 

 通信を可能とする魔法により知りうる限りのナザリックのメンバーや創造主たちに《伝言》を飛ばしてみるが反応がない。

 

「さてどうしたものでしょうか……。モモンガ様にご命令をいただかなければお役に立てないではないですか……」

 

 顎に手をあてパンドラズ・アクターなりに困っていると森からガサガサと言う音がしたと思うと人間の群れが現れた。

 

「な、なんだこいつ!?バ、バケモノ!?」

「亜人……なのか!?お前は!?」

 

 そこに現れたのは鎧を着た騎士たちとローブを纏った魔法詠唱者の集団数十人だ。

 

「落ち着けお前たち。包囲しろ」

「はっ!!ニグン隊長!」

 

 彼らこそスレイン法国の誇る六式聖典の一つ、陽光聖典である。その指揮官であるニグンの命令ののもと、一糸乱れぬ動きで騎士と魔法詠唱者たちがパンドラズ・アクターの周囲を包囲する。

 

「やれっ!」

「《衝撃波(ショック・ウェーブ)!」

「《火球(ファイアーボール)

「《魔法の矢(マジック・アロー)

「《電撃(ライトニング)

 

 魔法詠唱者たちにより数々の魔法がパンドラズ・アクターを襲う。

 しかしそれらは彼に届く前にすべてが打ち消されてしまった。

 

「なっ!?魔法無効化能力だと!?」

 

 陽光聖典が自分たちの魔法を全て無効化されたことに驚愕している。それを尻目にパンドラズ・アクターは周囲へ反撃とばかりに手のひらを向ける。

 

「《道具上位鑑定(オール・アプレイザル・マジックアイテム)》!」

 

 謎の異形により放たれた謎の魔法にニグンたちは身を構えるが何事も起こらない。しかし、パンドラズ・アクターの反応は顕著であった。

 

「ほぅ……!ほぅほぅほぅ!あなたたち!私の知らないマジックアイテムを持っていますね!」

 

 創造主であるモモンガにそうあれとマジックアイテムを愛する心を与えられているパンドラズ・アクターは見たこともないマジックアイテムの数々に心躍らせる。

 

「き、貴様なに者だ!」

 

 謎の異形の思わぬ反応にニグンが叫ぶように尋ねる。

 

「私ですか!?知りたいんですか?知りたいんですね!?」

 

 パンドラズ・アクターは勿体ぶるようにサーコートをバサリと翻す。

 

「いいでしょうお教えしましょう!我が名はパンドラズ・アクター!至高なる御方の居城!ナザリック地下大墳墓における最重要領域『宝物殿』の領域守護者!偉大なる我が創造主!モモンガ様より唯一創造された存在!パンドラズ・アクターとは私のことです!以後お見知りおきを」

 

 オーバーに身振り手振りを行ったと思うと最後にまるで貴族がするようにあ優雅な礼行う。その様子を見てニグンたちはあっけにとられていた。

 

(ふふふっ、私のかっこいい名乗りに声も出ないようですね……)

 

「さて、あなた方は私に魔法を放ちましたが、これは決闘(PVP)の申し出と取ってよろしいですね?」

「はぁ?」

 

 ニグンにはもう相手が何者か訳が分からなくなっていた。

 

「私と対決をするということでよろしいですか?」

「当然だ!異形など生かしておけるか!」

「そうだそうだ!」

「この化物め!」

 

 スレイン法国の国是は亜人や異形の排斥。その中でも陽光聖典はその殲滅を目的として作られた部隊だ。異形などと相いれるはずがない。

 

「なるほど、分かりました。では決闘の誓約はなりました!」

 

 パンドラズ・アクターが大きく両腕を広げ天を仰ぎ、PVPを宣言する。

 それを攻撃の合図と見なしたのかニグンは慌てたように指令を飛ばす。

 

「ぜ、全員とつげ……」

「とーーーーう!!」

 

 パンドラズ・アクターの拳が一閃。ニグンの部隊すべてが天へと舞った。

 

 

 

 

 

 

「ふむふむ……ほぉ……これはこれは……むふふふ、なるほどなるほど。《道具上位鑑定》。ふむふむ……」

 

 ニグンは頭の痛みに堪えながら目を覚ます。まだ目の前に星が飛び散っているのを幻視するが頭を振って意識をはっきりさせる。

 

「なっ……」

 

 ニグンは自分の恰好を見て絶句した。

 上半身は裸、下半身は下着のみ。周りを見ると自分の部隊の隊員たちもすべてが白ブリーフ1枚という姿である。

 月明かりに光る白いブリーフは陽光聖典ならぬ月光聖典ではないかなどと馬鹿な考えさえ浮かんでしまう。

 そしてそこにいる卵型の黄色い頭の生物。それが何をしているかと言うとニグンたちからはぎ取ったアイテムを鼻歌交じりにせっせと袋に詰めていた。

 自分たちにこれ以上危害を加えようとするようには見えない。思わず頭に浮かんだ疑問をぶつけていた。

 

「なぜ……なぜ殺さない!?」

 

 ニグンの言葉にパンドラズ・アクターが振り返る。

 

「は……?殺されたいのでしたらそうしますが?そうしてほしいんですか?」

 

 卵頭を傾げているので、ニグンは否定するように思わず頭をぶんぶんと振る。

 するとパンドラズ・アクターはアイテムの回収を再開した。

 それを見てニグンは確信する。その興味はマジックアイテムに向いており自分たち人間に対して興味を持たれていないと。

 

(この化物にとって人間は蟻に等しいということか……。わざわざ蟻がいるからと言って踏みつぶしにそこまでいくまでもないと……)

 

「ところであなた……モモンガ様を知らないでしょうか?」

「いや……なんのことだ?」

「そうですか……」

 

 パンドラズ・アクター少しだけ意気消沈したようなしぐさを取るとアイテムを回収し続けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 白ブリーフ集団を解放した後パンドラズ・アクターは考えていた。

 彼らから得た情報によるとここはパンドラズ・アクターの知っている情報の外の地域である。ヘルヘイムであるかどうかさえ分からない。

 さらに周辺は人間による国家のみでありパンドラズ・アクターの容姿では即座に化物扱いされるということであった。

 情報収集をするためには人間に扮する必要が生じて来るだろう。

 

「ふむっ……人の見た目の外装を使う必要がありますね……」

 

 パンドラズ・アクターは二重の影(ドッペルゲンガー)と言う種族のスキルとして至高の存在をはじめあらゆる存在の外装をコピーすることが出来るのだ。

 

「どのような外装がいいでしょうか……」

 

 最初に頭に浮かぶのは至高なる41人の創造主たちだ。

 しかし、それは彼らはすべて異形の姿をしており人間社会に溶け込めるとは思えない。白銀の騎士のように見えるたっち・みーでさえその中身は昆虫の亜人だ。

 

「ふーむ……」

 

 パンドラズ・アクターはとりあえず自分の創造主モモンガの姿を取ってみる。黄色い卵頭の姿が蠢き、漆黒の豪奢なローブを着た骸骨の魔王が姿を現す。

 

「お……おおおお!モモンガ様何とかっこいい!こうですか!?いいえ、こうですか!?」

 

 パンドラズ・アクターは姿見をアイテムボックスより取り出すとそれに向けてポーズを決める。

 背を向けて振り向いたり、首を傾げたり手を突き上げたり、そのたびに創造主がいかにかっこいいのかを感じ大喜びだ。

 

「こういうポーズもいいですね!ああ、美しい!セクシーですよ!モモンガ様!いい!すごくいい!」

 

 はては口に親指を加えてみたり腰をくねらせてみたりとやりたい放題だ。そして最後に両手の平を天に向け指を突き上げるいわゆる『支配者のポーズ』で満足する。

 

「ふははははは!我が名はモモンガ!死の支配者である!愚かなる人間どもよひれ伏すがいい!……いい!最高にいいですモモンガ様ああああああああ!」

 

 姿見の前で七転八倒していたパンドラズ・アクターであったが、ふと本来の目的を思い出す。

 

「いけません、つい夢中になってしまいましたね。人間の姿になるんでしたね……人間……人間……?」

 

 そこで頭に浮かんできたのはパンドラズ・アクターの同族であるドッペルゲンガーの少女だ。名はナーベラル・ガンマ。ナザリック地下大墳墓の第九階層を守る戦闘メイドプレアデスの一員である。

 パンドラズ・アクターの姿が骸骨の魔王から黒髪のメイド姿の美女へと変身する。

 

「ふむ……これでいいですか……うーん……何か……」

 

 パンドラズ・アクターは姿見を見ながら何か物足りなさを感じる。

 創造主であるモモンガはパンドラズ・アクターに『そうあれ』とかっこいいポースを取るセンスや服装、そしてこの姿を与えてくださった。

 それがこのナーベラル・ガンマの姿には足りない気がする。

 パンドラズ・アクターはアイテムボックスより自分の軍帽を取り出し、ホワイトプリムの代わりに頭に載せてみる。

 そしてそれを見たパンドラズ・アクターの背後には雷鳴が走った。

 

「いい……ですね!いい!やはり軍帽はかっこいいです!よし!」

 

 こうしてメイド服に軍帽と言う奇妙な恰好をした美女がエ・ランテルへと向かうことになるのであった。


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