なざりっく!   作:田島

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エ・ランテル~マーレとパンドラとアインズの会話

「いっ、以上が、冒険者用ダンジョンの、建設の進捗に、なります!」

「うむ、ご苦労マーレ。順調に進んでいるようだな。この調子で進めてほしい」

「は、はいっ! 分かりましたアインズ様!」

 朝、エ・ランテルの政務室でマーレの報告をアインズは聞いていた。報告書も上がっているができれば口頭で説明してもらえた方が理解しやすく助かるのでエ・ランテル近くで作業しているマーレには報告に来るように言ってある。これがデミウルゴスだと遠くで仕事をしているから書面で提出してもらっている報告書をアインズの理解力が追い付かないせいで説明してもらう為だけに呼び戻すわけにもいかないので困りものである。一番難しいから説明してほしいのは本当はデミウルゴスの報告書なのだが。ナザリックの者はアインズを深い叡智の持ち主と勘違いしすぎているからデミウルゴスも自分の高すぎる知能レベルで書いた報告書をまさかアインズが理解できていないなどとは思ってもいないのだろうが、もうちょっと俺の小卒の頭脳レベルに合わせた報告書を書いてほしい、それが切なるアインズの願いである。後ろにメイドがいては辞書も引けない。

 いつもならばここでマーレが下がるのだが、何か言いたそうにアインズを上目遣いに見つめている。

「どうしたマーレ、何か私に言いたい事があるのか?」

「あっあの、アインズ様、お願いがございます!」

「うむ、どうした? 何なりと言ってみるがいい」

 守護者が自分から願い事をしてくるというのはとても珍しい。しかも控えめなマーレが言い出すとは。これはいい傾向だとアインズは内心にっこり笑顔である。何せナザリックの者ときたらナザリックとアインズの為に働くのが自分の存在意義であり働けるのがご褒美ですみたなところがある。どんな社畜だ。こうやって何か願い事を言い出そうという気になってくれたのはアインズとしてはとても喜ばしい。

「あの、ボク……パンドラズ・アクターさんと、お話が、してみたいです! あの、ほとんど、お話したことが、ないので……アインズ様が、自らお創りになられた守護者ですからきっと、素晴らしい方、ですよね!」

 お願いって、よりにもよってそれか!

 マーレの口にした願いを聞いて思わずアインズは固まってしまった。あれか? あれにマーレを会わせるのか? いや別にパンドラズ・アクターと他の者の面会を制限しているとか禁じているとかそういう事はないのだから好きに会ったり話したりしていいのだが、己の黒歴史をよりにもよってこの純真なマーレに晒さなければならないのかと思うとアインズはたまらなく地面を転げ回りたい思いに駆られる。

 しかし、会うなとも言えない。別に禁止していないのだから。自分の作成NPCだからといってパンドラズ・アクターを特別扱いはしないが、アインズが恥ずかしいからという理不尽な理由で仲間外れにするのも可哀想というものだろう。交流を深めたいというならば大いにやるべきだろう。ただアインズがどうしようもなく居た堪れないだけだ。

「う……うむ、そうだな。ナザリックの者同士交流を深めるのも大事だからな、勿論構わぬぞ。インクリメント、今日のモモンの予定は?」

「本日は午後から武具の商人組合との会合がございますが、午前中は在宅の予定です」

「そうか、それでは今は家にいるな。よしマーレ、私も共に行こう。久し振りにあいつの顔を見ておくとしよう」

「ほ、本当ですか? 嬉しいですアインズ様! ありがとうございます!」

「はは、これ位は何ということもない。よし、行くぞ」

 マーレに笑いかけるとアインズは立ち上がり、本日のアインズ当番のインクリメントと護衛の八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)がそれに付き従う。マーレの手を引いてパンドラズ・アクターが使っている別宅へと向かう。アインズが一緒に行くのは勿論パンドラズ・アクターが何かイタい言動をしないよう監視する為である。アインズが見ていたところであいつはやるだろうという気もするが、それ以上やるなと止める位はできるだろう。

 いつも通り屋敷内に先行した八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)が安全を確認しに行く。待っている間にパンドラズ・アクターが階段を降りてきた。

「これはこれは、偉大なる我が創造主、ンンァアインズ様っ! 本日はどのようなご用件でしょうか。マーレ様も御機嫌よう」

 パンドラズ・アクターは両手を広げて天を仰いだ後仰々しくアインズに敬礼をし、そしてマーレに向かいポーズを決めた。一々動きがうるさい。出会って数秒でアインズのライフは残りゼロである。敬礼はやめろって言っただろ。

「……パンドラズ・アクターよ、今日はマーレがお前と是非交友を深めたいというのでな、連れてきた」

「成程、そういう事ですか……万事、承りました」

 は? 何が? 何がそういう事なんだよ、指示語で済ませんなよ! 何お前までデミウルゴスムーブしてんの?

 こちらへどぅーぞっ! と大仰な手振りを付けて先に歩き出したパンドラズ・アクターの後に続いて歩きながらもアインズの頭の中は疑問符で一杯である。アインズの言葉には言葉以上の意味はないのだから変な深読みは本当にやめてほしい。ない筈の胃が痛い。

 インクリメントが開けたドアからまずアインズが客間に入りソファに腰掛ける。次にパンドラズ・アクターが入ってきて何の躊躇も迷いもなくアインズの横に腰掛けた。しかもかなり近い。パーソナルスペースの概念を百マイルほど後方に置き忘れてきたような近さである。密着している。

「パンドラズ・アクターよ……」

「はっ! 何でしょうかアインズ様!」

「こういう場合は! 客が! 並んで座るものなのだ! お前は! もてなす側! 向かいに座れ!」

「んああぁっ! 痛い痛い痛いですンンァインズ様っ!」

 アインズはパンドラズ・アクターのこめかみ(はないがそこら辺の部分)に拳を押し当てぐりぐりと動かした。

「向かいに行くまでやめんぞ!」

「我がっ! 創造主の! ご命令とあらばっ! 向かいに座らせていただきますっ!」

 その答えを聞きアインズは手を下ろした。パンドラズ・アクターは心底渋々といった様子で向かいのソファに腰掛ける。命令しないとやらないのはどうなんだ? と心から思わずにいられない。ようやく空いた横の席にマーレが腰掛けるが何やらじとっとした目でアインズを見ている。ほら見ろ呆れられちゃったじゃないか、支配者の威厳台無しだよ……と内心がっくりきているもののおくびにも出さずにアインズはマーレに目線を合わせた。

「どうしたマーレ? すまんな、パンドラズ・アクターが妙な奴なので驚いたか?」

「いえ……あの、その…………お二人はとっても……仲が、よろしいんですね……」

「え……いや別に、仲は良くないぞ? 私はお前の方がかわいいぞマーレ」

「アアッそんなご無体なッ!」

「とっても、打ち解けてらっしゃるので……アインズ様は、ボクらには、あんな所は、お見せになりませんから……」

「ははは、今のはこいつが余りにも無礼だから窘めてやっただけの事。お前達は私に無礼など働かないだろう? だから見せる機会もないだけだ。先程も言った通り、お前とこいつどちらがかわいいかと聞かれたら断然お前だぞマーレ」

 (骨だから表情はないが)アインズが笑いかけるとようやくマーレは少し照れたような笑みを浮かべ、目線を前に戻した。

「あっあの、パンドラズ・アクターさん、改めましてよろしくお願いします。いつもモモン役のお仕事、ご苦労様です」

「いえいえ、マーレ様もこの近くに冒険者用のダンジョンを作っておられるとか。ま・さ・に! ナザリックにおいてはマーレ様にしか務まらない、大・役! 互いに己にしか為し得ぬ役目に励んでいるというわけですな。全ては偉大なるンンァインズ様のっ! 為にっ!」

 例えソファに腰掛けていてもパンドラズ・アクターの身振りは一々うるさい。あと喋りの抑揚もうるさい。お前その身振りの大きさだったらあの近さで横に座ってたら俺に腕当たってただろうとアインズは思った。

「あっ、あの、パンドラズ・アクターさん、一つ、お聞きしても、いいですか?」

「はい、何なりと、マーレ様」

「どうしてパンドラズ・アクターさんは、そんな、大きな動作でお話、されるんですか?」

 いきなり核心きたー!

 今まで誰もツッコまなかった部分である。誰もが様々な思いを抱きつつも敢えて流してきた部分である。何故ならパンドラズ・アクターはそうあれとアインズに創られ、その通りに振る舞っているだけであるから。そうあれと創った頃の俺を殺したい、今アインズは心からそう思っていた。殺すまではいかなくても説教したい、穴を掘って埋まりたくなるような目に後々会うのだと。

「ンンよぉくぞ聞いてくださいました! このわたくしの振る舞いはす・べ・て! 想像主たるアインズ様がお決めになられた事! つまりはっ! このわたくしこそが……」

「パンドラズ・アクター」

「はっ! 何でしょうかンンァインズ様っ!」

「それ以上言ったら撃つぞ、〈現斬(リアリティ・スラッシュ)〉を撃つからな」

 アインズはいつでも魔法を発動できる体勢をとっていた。本気である。

「んなっ! 何故でございますかアインズ様っ! わたくしはただマーレ様と会話を楽しんで……!」

「問答無用、話題を変えなければ撃つ」

「は、はぁ……畏まりましてございます我が創造主よ。では、マーレ様はご趣味などはございますか?」

「ボ、ボクは……本を読むのが好きです。よく図書館で本を借りて読んでます……」

「ほう、素晴らしい趣味をお持ちですな。書物は知の結晶、知を蓄えるということは己を豊かにするという事ですからね。ちなみにどのようなジャンルがお好きで?」

「そうですね……あの、その、冒険物語とかが、好きです」

「ほうほう、それならばお勧めの本がございます。「テラビシアにかける橋」という本なのですが、冒険とは少しニュアンスが違うかもしれませんが一読の価値がございますよ」

 アインズ自身が知恵者と設定したものの、パンドラズ・アクターがマーレに本をお勧めできるような知識まで持っているとは知らなかった。本の話題で一頻り盛り上がるパンドラズ・アクターとマーレを見ながら、パンドラズ・アクター(こいつ)はつくづく自分の想像の斜め上を行くとアインズはしみじみと思った。

「あの、パンドラズ・アクターさんのご趣味は何なんですか?」

「わたくしの趣味ですか? そう、それは……ナザリックの最奥に眠る秘宝、マジックアイテムの数々を整理しっ! 磨き! その知識を蓄える事ですっ!」

「え、あの、それは、パンドラズ・アクターさんのお仕事なのではないですか?」

「趣味と実益を兼ねております! それもこれも、我が創造主たるアインズ様がそうお定めくださったが故なのです! さらにっ」

「パンドラズ・アクターよ」

「は……」

「言わなくても分かるな」

 アインズはいつでも魔法を発動できる体勢をとっていた。本気である。

「は、はぁ……畏まりましてございます我が創造主よ。それではマーレ様、守護者の方々にはワールドアイテムが渡されていると聞き及んでおりますがマーレ様は何をお持ちなのでしょうか?」

 話題が逸れてくれた。マーレの持つ強欲と無欲について微に入り細に入り事細かな説明を始めたパンドラズ・アクターの話を聞きながら、アインズはぐったりと気疲れした自分を慰めたい気持ちで一杯だった。

 もう、帰ってもいいかな。

 そんなアインズの思いをよそに、パンドラズ・アクターとマーレの和やかな会話は午前中ずっと続いたのだった。


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