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「女神」と呼ばれている学校一の美少女が俺の恋路を邪魔してくる件について 作者:けるたん

バカと虚乳と生徒会

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第7話 俺とパッドと生徒会長(裏)

 時間の良いところは必ず過ぎるというところだろう。

 規則正しく時を刻むということは、絶え間なく流れていくということである。つまり前に進むということは、嫌な出来事もいつかは終わるということだ。


 時間の悪いところは必ず訪れるというところだろう。

 絶え間なく流れるということは、必ず嫌な出来事にも遭遇するということである。それは予測出来ても回避はできない、まさに運命のようなものだ。


 そして俺は今日、時間のメリット・デメリットを同時に味わうことになるだろう……。

 四時間目の終わり告げるチャイムが教室中に鳴り響く。

 それは学業戦士たちにとってひとときの休息を与える癒しの音色であると同時に、一人の男子高校生の死刑執行のゴングでもあった。


「それじゃ、行ってくる」

「随分と緊張しとるなぁ。話しをするだけやろ? ……と言っても、あの羊飼はんと一緒なら無理はないわな」


 真実を知らない元気が能天気なことを口にしながら、焼きそばパン片手にやってきた。

 もしかしたらこんな軽口を言い合うのも今日が最後になるかもしれない、そう思ったら自然と涙が出そうになった。


「相棒、ワイになんか手伝えることがあったら遠慮せずに言うんやで」

「じゃあ祈っていてくれ――俺が殺されないように」

「……話し合いに行くだけやろ?」


 親友の「何を言っているんだコイツは?」という視線を一身に浴びて、俺は教室を後にした。

 二階の二年生のフロアから三階の三年生のフロアへと移動し、生徒会室の前まで到達する。

 軽く深呼吸をし、心を落ち着かせてから目の前の扉をノックした。


「はーい、どうぞ♪」

「……失礼します」


 まるで今の俺の気分を表しているかのような、重い扉をゆっくりと開ける。

 たくさんの資料と向かい合って置かれた四つのデスクの向こうから、まさにラスボスのような風格をした羊飼が姿を現した。


「さっきぶりですね、大神くん」

「……どうも」

「ふふっ、そう警戒しないでください。別にとって食おうだなんて思ってませんから」


 口元に手を当て上品に笑う羊飼に、引きつった笑みで答える。

 いくら美少女でも笑顔で殺人を仄めかしてくる女に、警戒するなという方が無理な話だと思うのは俺だけだろうか?


「約束どおり来てくれて本当によかった」

「そりゃ、あんなことを言われたらな。嫌でも来るだろ」

「はて? なんのことですか?」


 可愛らしく小首を傾げる羊飼。この女……どうやったら自分が可愛く見えるのか熟知してやがる!

 チクショウ、可愛いじゃねえか! 昨日までの俺ならこの顔を見た瞬間、涙流して喜んでいただろう。


「そうだ、扉は閉めてくださいね? ああっ、鍵も忘れないようにお願いします」

「了解」


 羊飼の柔らかな笑み(おそらく作り笑い)に逆らわず、素直に施錠(せじょう)する。

 カチャリッ、と音が部屋の中に響いたのを確認し、彼女は口を開いた。


「はい、ではさっそくですが本題に入りましょうか」


 とニッコリ笑った次の瞬間、その雰囲気が一変した。

 優しげな瞳はキリッと吊りあがり、勝気な瞳と気だるげなオーラを体中から発散させる。


「――取り繕うのはここまででいいわよね。どうせ気づいているんでしょ?」


「……やっぱり、猫被ってたんすね……」

 片手で顔を覆い、今にも崩れ落ちそうな両膝に力を()める。

 最悪だ、最悪の仮説が当たっちまいやがった。

 もうね、切り替え方が半端じゃない。全然違うの。性格が真逆とまでは言わないが、少なくとも「天使の生まれ変わり」だという言葉は撤回したい。


「あ~、つ~かゴメン。お昼食べてないから食べながらでもいい?」

「……どうぞ」

「ありがと」


 そう言って気怠そうに苺のマーガリンを齧るその姿からは、いつもの優しげな雰囲気が欠片も感じられなかった。


「さて、時間もないしお互い腹を割って話し合いましょうか。大神くんも楽にしていいわよ」

「わ、わかった」

「――で?」

「……『で?』とは?」

「昨日のことよ、昨日のこと」

「昨日の……ああっ、偽乳(にせちち)のことか」

「ぶっ殺す」


 絶対零度の視線が俺を襲う。

 か、帰りてぇ! 帰って布団に入って干したての枕に顔を埋めてモフモフしてぇ!

 でもここで昨日のことを弁明しないと、後が怖いし……仕方がない覚悟を決めるか。


「で、でもよ! 結局はその話だろ? こんなことでイチイチ目くじら立ててたらキリがねぇよ」

「……はぁ、分かったわよ」


 しぶしぶと言った様子で引き下がる羊飼。

 まったく、そのおっぱいと同じく人間としての器が小さいんじゃないのか?


「……アンタ、今失礼なこと考えたでしょ?」

「いえ、まったく?」

「言っとくけどね、これ以上バカにするようなら許さないから。特にまな板とか滑走路とか偽乳(ぎにゅう)特戦隊だとか、ワコールへの反逆者とかもう一回言ったら……潰すわ」

「どこをっ!?」


 股の間がひゅんっとなった。


「そもそも一回も何も、そんなこと一言も言ってねえよ!」

「……本当でしょうね?」


 コクコクと頷く俺。

 羊飼はしばしの間俺を睨みつけると、これみよがしにため息をこぼした。


「というか、やっぱ完全に見られたのよねぇ……アタシの胸」

「あ~……」


 見た感じ相当ショックを受けているようだ。やっぱ知られたくない秘密だったのだろう。

 しょうがない、ここは簡単にフォローでも入れておくか。


「いや大丈夫だ、安心しれくれ。肝心な部分はシリコンパッドみたいなので隠れていたから、乳首は見てないぞ!」

「オマエ、マジぶっ殺すっ!」

「す、すいません……」


 フォローのつもりが逆鱗に触れてしまった。

 だが、ここで諦めてはいけない。諦めたらそこで試合終了だってどこかの偉い先生も言っていたじゃないか。

 俺はさらに言い募ろうとして――やめた。だって羊飼の目が「それ以上喋ったら殺す」と言っていたんだもん。

 はい、諦めたのでそこで試合終了ですね。


「よしわかった! これ以上俺は何も言わないし、追及もしない。もちろん誰かに言いふらすことなんて絶対にしない。だからこの話はこれで終わりにしよう」

「そんなの信じられるわけないでしょ」

「じゃ、じゃあこの目を見てくれ! これが嘘を言っている男の目に見えるか!?」

「見える」


 即答である。もうぐぅの音もでないほどサッパリした断定口調だ。


「そもそもアタシは一人を除いてこの学校の人間を信じていないし、というかアンタのことは一番信用ならないわ」

「な、なんで!? 俺ほど信用に足る人間はなかなかいねぇぞ!?」

「信用に足る……ねぇ」


 そう言って羊飼はポケットからスマホを取り出すと、やけにトゲトゲしい口調で口をひらいた。


「二年A組大神士狼。元『文月中学』出身。昔は相当荒れていたらしく、売られた喧嘩は必ず買っていた。常勝無敗で、喧嘩では一度も負けたことがなく、巷の不良たちからは『喧嘩(けんか)(おおかみ)』というあだ名で恐れられていた、ねぇ~」

「…………」

「これでどうやってアンタを信じろと?」

「い、いや! いやいやいや! 違う、違うんだよ!? 確かに昔はヤンチャしていたかもしれないけどさ、今は心を入れ替えて真っ当な高校生活を送ってるから!」

「でも昨日、人を蹴ってたじゃない。それも女の子を」

「あ、あれは不可抗力だろ!?」


 だ、ダメだ!? 口を開けば開くほど俺と羊飼の心の距離が離れていく気がしてならない!

 本当に違うんだって! お願いだからそんなドM大歓喜なクズを見るような目はやめてください!


「し、信じてくれ! これでも俺は昔『ハマグリのシロウ』と言われていた男、口の堅さには定評がある!」

「ハマグリって焼いたら簡単に口が開くわよねぇ。やっぱ信じられないわ」

「そ、そんな!? じゃあどうすれば信じれくれるんだよ!?」

「そうね……それじゃ手を伸ばしてくれるかしら」

「手? 別にいいけど……」


 俺は言われるがまま羊飼の方に向かって手を伸ばす。

 羊飼はスマホをチャチャッと弄り、カメラモードに変更すると、おもむろに俺の手を掴んで、


「はい、チーズ」


 ――と、掛け声と共に俺の右手に何ともいえない弾力が返ってきた。

 それはふにふにしているのだが、どこか偽物じみているような、温かみを感じない無機質なもの。

 そう俺は今、羊飼のハリボテおっぱいを鷲掴みにしているのだ。

 かつてここまで嬉しくないパイタッチが存在しただろうか?


「お、おまえっ!?」


 無理やり偽乳に触らされ、手を引っ込める間もなく、カシャッ! と無慈悲なシャッター音が鼓膜を震わせた。

 慌てて手を引っ込めるが、もう遅い。羊飼はニチャリッと邪悪な笑みを浮かべ、さっき撮った写真を俺に見せてきた。

 うん、どう見ても同級生の胸を鷲掴みにしている男子高校生の図にしか見えない。


「は、()めやがったな!」

「はて? なんのことですか?」


 外行き用のエンジェルスマイルを顔に張りつけ、ニッコリと微笑む羊飼。

 俺は今理解した。こいつは小悪魔でもましてや悪魔でもない。

 こいつは大魔王だ! 血も涙もない、鬼畜の女王様だ!


「これでアンタのことは信じてあげる」

「一ミリも信じてねぇじゃねえか」

「それじゃ、あとはこれに署名して。それで今日は帰してあげるわ」

「うん? 署名?」


 羊飼は近くのデスクの引き出しから一枚の紙切れを俺に手渡した。

 受け取った紙に視線を落とすと、そこには――


「おいコレ『生徒会入部届(とどけ)』って書いてあるんだけど!?」

「いいからさっさと署名しなさい。明日からアンタを監視……じゃない、調教……じゃない。え~と……いいからさっさと書きなさい!」

「ふざけんな! おまえこれ、単に俺が言いふらさないように近くに置いて監視したいだけだろうが!?」


 マジで一ミリも信用してねぇ!


「冗談じゃねえ! 確かに俺は金と権力には滅法弱いが、年寄りと(おんな)子どもにはアホほど強ぇぞ!」

「……うわぁ……」


 テメェには絶対に屈しない! と語気を強めて羊飼を睨みつけるが、どういうわけか羊飼の俺を見る目は凍える程に冷たい。そのあまりにも冷たい瞳から、一瞬「あれあれ? もしかして彼女は瞳から冷凍ビームが出せるのかな?」と錯覚しそうになるくらいだ。


 おそらくこの女の属性は氷・悪だろう。ヤダ、超強そう……。

 その圧倒的な圧力に毅然とした態度で、ちょっぴり弱気になりながら、俺は余裕シャクシャクな様子の我らが生徒会長に噛みついた。


「だ、だいだい! 俺に生徒会なんて面倒臭い仕事をやる時間なんて――」

「ちなみに断ったら、アンタがアタシの胸を揉みしだいているこのセクハラ写真を全世界にウェブで発信するから」

「面倒臭い仕事をやる時間なんて……時間なんて――あまりに余って困っていたところなんですよぉ♪」


 哀れ、俺も所詮は人の子である。権力には勝てなかったよ。


「いやぁ、快諾してくれてよかったぁ♪ それじゃ、さっそくそこの空欄に署名してちょうだい」

「……はい」


 このとき、確かに俺は『ガチンッ!』と首輪のハマる音を聞いた。

 こうして言質も物的証拠もとられた哀れな子犬は、半ば強制的に森実高校生徒会役員の座についてしまったのであった……めでたくなし、めでたくなし。

 書類も書き終え脱力する俺に、羊飼はニンマリと笑みを深めて言った。


「――ようこそ、森実高校生徒会執行部へ」

今日はここまでです!

次は明日になると思います!

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