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「女神」と呼ばれている学校一の美少女が俺の恋路を邪魔してくる件について 作者:けるたん

バカと虚乳と生徒会

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第6話 俺とパッドと生徒会長(表)

――結果だけを言えば一睡もできなかった。


 そりゃあんなショッキングな映像を忘れろという方が無理な話というわけで。気がついたらお外で雀がチュンチュンしていましたよ。


 窓の外で燦々と輝く太陽を見た瞬間、軽く絶望したものだ。どうやら昨日の記憶は長期記憶に保存されてしまったぽい。

 おかげでサッカー部が朝練を始めるくらいの時間に学校に登校してしまった。


 いやだってさ、あのまま家に居たら羊飼が乗りこんできそうな気がしてさ。

 まあそもそも、あいつは俺の家を知らないからそんなことは絶対ないんだろうけど、どうしても家に居ると恐怖で落ち着かないから……。


 そんなこんなで学校に登校して二時間、時刻は午前八時十五分ちょうど。

 俺は少しでも仮眠をとるべく、自分の席で椅子に身を預け天井を仰いでいた。


「なんやなんや? 今日は昨日に増してやつれとるやんけ?」

「……あぁ、おはよう元気」


 いつもの軽い調子で俺の机にやってくる元気。

 本来であれば、このエセ関西弁にイラッとするところなのだが、今日に限ってはコイツの心配が心に沁み込む。

 もし俺が女だったらウッカリ惚れているところだ。


「なんやなんや、目の下にクマ出来とるで相棒? 寝不足か?」

「いや……寝不足というかちょっと一睡もできなくてな」

「ほーん。ああっ! それで今朝はパッとしてへんのか!」

「はぁっ!? け、『今朝はパッドしてへんのか』だと!?」


 くわっ! と目を見開き、もはや条件反射の要領で元気に詰め寄る。


「し、してねぇよ! ぱ、パッドなんか、これっぽっちもしてねぇよ!」

「はいっ? いや、そりゃ知っとるけど……パッド?」

「謝れよ! 俺とパッドに謝れよ!」

「な、なんかようわからんけど……堪忍な?」


 俺のあまりの剣幕さにドン引きしながらも、何も悪いことしてないのに素直に謝る元気。

 いかんな、『パッド』という言葉に過剰反応しすぎている。少し落ち着け、俺。


「いや、俺の方こそ悪かったよ。ごめんな? なんか変なこと言って」

「いや、それは別に構わんが……なぁ相棒? なんか悩みでもあるんか? ワイでよければ相談に乗るで?」

「……元気」


 はたして昨日の出来事をこいつに話してもいいものなのだろうか?

 こいつは昨日までの俺と同じで羊飼を愛している男。そんな男に、


『実は羊飼の巨乳は虚乳で、実乳は今にも戦闘機が着陸しそうなくらい真っ平なんだぜ! ハハッ!』


と言えようか? いや言えない。

 そんなことを言ってみろ、森実高校の全男子高校生が生きる希望を失って非行に走るに決まっている。最悪、明日から男たちの髪型と制服がモヒカンと肩パッドに変わり、世紀末伝説のような学生生活が幕を開けてしまうことは必然だ。

 そんなことになってみろ、うちの校長あたりが責任を感じて首を吊るに違いない。


「……気持ちは嬉しいんだけどさ、やっぱ言えねえや」

「そっか……わかった。そこまで言うならワイも無理には聞きはせんわ」

「わりぃな」

「いやええねん。そこまで深い悩みいうことやろ。ただな相棒、悩みを口にするだけでも気分は変わるもんやで?」

「口にするだけでも……か」


 その言葉に俺のピュアピュアハートが激しく震えた。

 こんなにも俺のことを心配してくれている親友に、これ以上不義理を果たすのはさすがに男としてやってはいけない。

 そうだ、ちょっと口にするだけなら神様も許してくれるはず!


「じゃあ、ちょっと聞いてもらえるか」

「おうええで、バッチコイ!」

「一応これは『もしも』の話しだからな? 仮定の話しだからな!?」

「前置きが長いねん。わかった、わかったから。それで?」

 苦笑を浮かべる元気に向かって、俺は小さく息を吸い込んで、

「その、とある巨乳な女子生徒がいるとする。けど実はその女子生徒はパッ――ッ!?」

「…………」


 と言いかけて、俺は息を飲んだ。

 何故なら、いつの間にか音もなく元気の後ろに羊飼が立っていたから。

 その瞳はいつもの温かみを感じるものとは違い、まるで昆虫のように無機質で冷たい。


『変なことを言ってみろ……そのときは――分かっているだろうな?』


 と目が語っているようだった。

 不自然に言い淀んだ俺を、元気は眉をひそめて怪訝そうに眺めている。が、今はそれどころではない。

 ざわっ! と肌が(あわ)立つ。全細胞が一瞬で警戒レベルをマックスまで引き上げるのが分かった。

 こ、この瞬間、少しでも変なこと言ってみろ……確実に()られる!? と俺の本能が囁いている!


「『実はその女子生徒がパッ』、なんや?」

「……いえ、なんでもありません。気にしないでください……」

「??? なんで敬語なんや? それに、途中でやめられると余計に気になるんやが?」

「う、うるせぇな! 何でもねえって言ってんだろうが!? ただ昨日、女子生徒がバットのようなもので校舎の窓ガラスを割って回っていたのを見ただけだよ!」

「それは大事件やないか!?」


 とっさのこととはいえ、俺の口から出まかせを簡単に信じてくれる元気。

 おまえは本当に良い奴だなぁ。そのまま真っ直ぐ育ってくれ。


「おはようございます、猿野くん」

「お、おわっ!? い、居たんか羊飼はん。おはようさん」


 にっこりと微笑みを浮かべて、俺たちの会話の輪に入ってくる羊飼。

気のせいか、彼女の声を聞くと体の震えが止まらないんだが……これが武者震いという奴か?


「大神くんも、おはようございます」

「……おはよう」


 いつも通り、誰に対しても分け隔てなく挨拶をしてくる羊飼。彼女が動くたびに、そのおっぱいが右に左にと艶めかしく揺れる。

 信じられるか? あのおっぱい……パッドなんだぜ?

 まさかあのお山が、関東平野もビックリの更地に変わるなんて、誰が想像できようか。

 まったく男心を(もてあそ)ぶ、なんて恐ろしい技術なんだ。


「ところで、何の話しをしていたんですか?」

「そうや、聞いてくれや! 実は昨日、相棒が校舎の中の窓ガラスをバットのようなもので割って回っとった女子生徒を見つけたんやて!」

「ほ、ほんとうですか!? それが本当だとしたら、大変なことじゃないですか!」

「せやろ? 一応生徒会長の耳には入れといた方がええ話しやと思うんやけど」

「そうですね、分かりました。わたしの方からも詳しい情報を調べてみますね」


 ふわっ、桜の花びらが散ったような儚い笑みを浮かべる羊飼。その顔を見て、デレッ、と頬を緩ます元気。

 朝から羊飼に話しかけられて、舞い上がっているのが手に取るように分かった。

 本当なら、俺もあちら側の住人だったはずなのだが、今日の俺は一味違った。

 そう、俺は昨晩一睡もすることなく、羊飼芽衣という女に対して一つの仮説を立てていた。


 ――この女はおっぱい同様、性格も盛っているんじゃないか?


 無論信じたくない仮説である。

 だが、昨日の「ぶっ殺してやるぅ!」発言といい、さっきの冷たい瞳といい、状況証拠が多すぎる。

 とりあえず、今日一日は頭の中を整理するべく、羊飼とは接触しない方がいいだろう。

 ――そう思っていたのに。


「それじゃ、詳しい話しを聞くために大神くんには今日のお昼、生徒会室に来てもらいましょうか」

「えっ!?」


 まさに狙っていたとしか思えないタイミングで、最悪なことを口にする羊飼。


「その女子生徒を見たのは大神くんなんですよね? でしたら早期解決のために、話しを聞かせてください……じっくりとね」

「――ッ!?」


 ぞわぞわっ! と背筋に北風小僧百人分くらいの嫌な悪寒が走り抜ける。

 彼女は聖母のような微笑みを崩すことなく、俺にしか聞こえない声量で小さくつぶやいた。


「……逃げたら、ブチ殺ス」


「…………」

 聞くだけで震えあがるようなドスの利いた声で、同級生に殺害予告を口にする美少女。しかも顔だけは二次元から飛び出してきたかと思うような理想的な笑顔のままで、だ。

 笑顔で殺人を(ほの)めかし、かつ、言葉が『殺す』ではなく意味を強める接続語の『()ち』をつけるという徹底具合……。さすがは学園のアイドルといったところか。こんなヤクザめいた芸当、アイドルじゃなければ使えない芸当だ。


「どうしたんや相棒? 顔が真っ青やで?」

「あらあら、体調でも悪いんでしょうか?」


 心の底から心配したような声を出す羊飼。

 これが殺害予告を口にしてきた少女と同一人物だと思う人がいるだろうか。

 俺は何も言い返すことが出来なくなり、無言で「大丈夫だから!」というジェスチャーを二人に送った。

 それと同時にスピーカーから予鈴のチャイムが鳴り響いた。


「おっ! そろそろ授業開始や。そんじゃま、今日も元気に勉強しますかな!」


 陽気な声で自分の席に戻っていく元気を見送り、


「それじゃ、お昼待ってますからね♪」


 今にも小粋なステップを刻みそうな羊飼が自分の席へと帰って行った。

 ……笑顔が怖いよ。

 俺、生徒会室に入った瞬間、口封じに殺されたりしないよな?



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