305 ショートカット
野営の準備を始める前に、飛行艇を魔法袋へと収容して“ルシエルン”が背負っていた背嚢の中で、まだ生きていた魔物に止めをさしていった。
その後の解体はポーラとリシアン、そこへドランが加わり急ピッチで進められている。
その脇で俺とナーニャ、エスティアが細々と料理の準備をしていた。
戦乙女聖騎士隊の面々はとても残念なことに、今でも料理をするという概念が一切なく、調理方法は焼くだけだった。
そしてそれはナディアとリディアも同様で、普段調理場に立つことがないからなのか、料理をまともに作ったことがない。
全員、一度ナーリアやメイドさん達に料理を習った方がいいと思ったけど、もちろんそんなことを言えるはずもなく、黙々と調理を続けていく。
途中でルミナさん達に、俺が料理をすることを伝えた時のあの驚いた顔には、さすがに笑ってしまったけど……。
ルミナさん達にも手伝ってもらおうとか思ったけど、野菜だけでなく、まな板まで切ってしまいそうに思えたので、さすがに声を掛けることは止めておいた。
その時、本当にまな板を切ったことがあるというエピソードが語られ、安堵する自分がいた。
ちなみに師匠やバザックも料理が出来るらしいけど、今回はライオネルと見張りを担当してもらっていた。
「それでナーニャ、身体の調子はどうだ?」
ナーニャは急激なレベルアップの影響で、貧血のように気を失ってしまっていたのだ。
幸いなことに回復魔法が得意なルーシィーのおかげで、そこまで問題にはなっていないけど、危ないところだった。
「もう大丈夫です。ただやっぱり身体から力が溢れてくる感じと、空腹感が凄くて、戸惑っています」
「無理をさせ過ぎたな。しかも倒れたばかりで調理をさせてすまない。しっかり夕食を食べたら、今日はゆっくりと睡眠を取ってくれ」
まさか急激なレベルアップで体調が崩れるとは思っていなかったので、悪いことをしてしまったと、先程謝罪を終えたところだった。
「いえ、もう起きている分には問題ありませんから。それに私は飛行艇に乗っていただけで、何もしていませんし」
「そう言ってもらえると助かるよ」
今度からは料理が出来る人達と旅をしたいものだ。
「それにしてもレベルってこんなに簡単に上がってしまうものだったのですか? レベルが一気に118だなんて」
それを人前で言ったら、絶対に白い目で見られるだろうな。
「いや、今回はかなり異常だよ。まさか一日でレベルが百を超えるとはな。あとで少しだけ走るか、その場で徐々に力を入れて飛んでみるといいよ」
「それはまだ怖そうなので、遠慮しておきます」
ナーニャはそう言って笑うのだった。
そして俺はもう一人、料理を手伝ってくれているエスティアにも声を掛ける。
「エスティア、疲れはないか?」
「大丈夫です。ただ少し気になっていることがあって」
「気になること?」
「はい。あの未開の森なのですが、どうやら強力な魔物除けの結界が張ってあったみたいなんです」
だから竜種達が未開の森へ入って来なかったのか? 少し違う気もするけど……。
「それは闇の精霊が? フォレノワールはそんなことを言っていなかったけどなぁ」
もちろん俺もそんなことは感じなかった。
信じていない訳じゃないけど、魔物だけを払う結界なんて……一人だけ作れる可能性のある人がいた。
「たぶん魔物に多い闇属性だから気づけたんだと……」
「なるほど。水の精霊は本当のエルフの里があるって言っていたし、たぶんレインスター卿関連だと思う。そこまで深くは考えなくていいと思うけど、それでも気になるか?」
「はい」
「それなら全てが終わったあと、また一度調査をしようか」
元々世界樹があったとされる場所にも行ってみたいしな。
「ありがとう御座います。あ、こちらは全て下準備が終わりました。あとはゆっくり煮詰めるだけです」
ちなみにエスティアは料理の手際がよく、本当に助かる有能な人材だ。
「早いな。じゃあドランに椅子とテーブルを作ってもらえるようにお願いしてもらえるかな?」
「はい」
エスティアはそう言って、ドランの元へと向かう。
そんなエスティアを見ながら、ナーニャが感想を呟く。
「エスティアさん、何だか明るくなりましたよね?」
「ああ。たぶん色々なことが吹っ切れたんだろう」
「そうなんですね」
それからナーニャと会話を続けながら、ようやく夕食を作り終えた。
人数が多いと色々と分量を調節しなくてはならず、味をまとめるのが一苦労だった。
その後、俺が作った料理が予想以上に美味しかったのか、戦乙女聖騎士隊は難しい顔をしていた。
さすが料理熊の通り名を持つグルガーさんと、今や聖都で主婦を相手に料理を教えているグランツさんのレシピだ。
これで誰か一人でも料理に目覚めてくれればいいなぁ。
そんな願望が詰まった夕食を終え、火の番を決めて後は自由行動となった。
すると直ぐに師匠とライオネルが、レベルの上がった効果に慣れる為、軽い模擬戦をしたいと頼まれたけど、明らかに昨日とは違う雰囲気に、二人で模擬戦をしてもらうことにした。
二人は渋々了承しながらも、いざ模擬戦が始まると、二人の動きは昨日のよりも速く、そして力強いものへと変化していた。
俺はここで改めて、水の精霊が言っていた必死に龍の谷の麓で鍛える意味を、考えて始めるのだった。
全力の模擬戦では、二人とも治療されると思っているからなのか、数名を除いてドン引きするぐらいのものとなっていた。
もし仮に一対一でも、厳しい勝負になりそうだと思いながら、二人の模擬戦を回復係として観戦するのだった。
その後、心配された夜間の襲撃もなく、しっかりと身体を休めることが出来た俺達は、朝食を順次取り終えたところで、ついに洞窟へと向かうことにした……。
だけど洞窟に入る前で、師匠が信じられない一言を口にした。
「ルシエル、洞窟を必ず通って来いって言われたのか?」
「突然どうしたんですか? 確か“洞窟になっているようなところから、巨大ゴーレムを使わずに麓まで来い”的な感じだった気がしますけど」
前方に見える洞窟がその指定された洞窟だろう。
「この亀裂に飛び込んだらマズイのか?」
師匠は崖下を指差し言う。
「……底が見えませんよ?」
光が射していないからか、何度見ても底は見えない。
ここから飛び降りることは可能だろう。
ただ戻ってくる場合や、もしくは魔物と遭遇した場合に危険度は大きく跳ね上がる。
それこそ飛行艇ならまだしも、さすがにいきなり安全を無視してこの崖を飛び降りるのはキツイを思う。
「ルシエルの龍の魔法があれば無事に下までいけるだろう?」
「分かりませんよ。それに魔力が無効化される事態だって想定していかないといけませんし」
魔封じもされはしないと思うけど、念のためだ。
「洞窟に入るのは別に構わないが、何となく下が見えないほどの崖の下へある麓へ行くまで、どれだけの時間が掛かるのかが気になったんだ」
師匠に言われて、そう言えばそうだと思うこともなくはないけど、借りに風龍の力を使うとして、相棒了承がないとそれを実行することは難しい。
「フォレノワール、どう思う?」
『面白いわ。きっと色々と罠や戦略も練っていると思うけど、それが全て無駄になるんだし。それに結局は麓に行っていろいろあるんだろうし、無駄に時間を掛けることもないわ』
「……そうか。皆はどうしたい?」
俺の問いかけに飛行をしてみたい者達が続出し、結局多数決により集団飛行を敢行することになった。
それから全員にエリアバリアを発動して準備を整え、俺は風龍の力を使い皆と一緒に崖下へとゆっくりと下降し始めるのだった。
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