304 蹂躙
山間に入るまで、竜種はおろかその眷属の魔物も一切姿を現すことがなかった。
ただ姿を現さないだけで、どこに潜んでいるかは気配や魔力で丸分かりだったため、先制攻撃を仕掛けたのはバザックとリディアによる魔法攻撃だった。
魔力を抑えた数多くの
すると堪らず竜種とその眷属達が姿を見せた。
最初は隠れているから戦う意思がないと思っていたけど、フォレノワールはただの待ち伏せであること断言した。
『戦意や殺気が漲っているから、少し挑発したら一気に出てくると思うわ』
その一言で攻撃許可を出したのだ。
正直出て来て欲しくはなかった。
師匠、ライオネル、ルミナさんから放たれた斬撃で、バザックとリディアの魔法で、少しだけ魔物に傷を負わせたら、それで目的は完遂した。
“ルシエルン”がしなるフレイルを振るうと、たった一撃で数体の竜種やその眷属を同時に屠る。
本来であればフレイルの先端についている石はナーニャが作ったものなので、一撃入れれば壊れてしまうような代物だったのだが、ドランが固定化魔法を念入りにかけているので、凄まじい強度となっている。
また近くにいた小型の魔物は“ルシエルン”が歩くだけで戦闘を終わらせてしまうのだった。
目的地へ着くまでに、ナーニャのレベルが凄まじいことになっていそうだと、俺は苦笑いを浮かべるのだった。
そんな二体の“ルシエルン”が片山ずつ魔物を蹂躙していき、後ろを歩く巨大“ルシエルン”が器用に屠った魔物を巨大なトングのような物で掴み背嚢に回収していく。
きっと中には生きている魔物もいるだろうけど、そのうち息絶えてしまうだろう。
その後も蹂躙は続いていたが、ここでようやく翼竜部隊が姿を見せた。
『ルシエル、どうするの? 私が先に撃ち落とす? それとも貴方が近づいて倒すの?』
「先に翼を狙って欲しい。それで強力な翼竜に対して突っ込むことにしよう」
『分かったわ』
フォレノワールは直ぐに魔法陣を紡ぐと、前方に見えて来た翼竜の翼へ向けレーザービームを放った。
レーザービームは吸い込まれるように翼竜の翼へ直撃、貫通させ翼竜自体を撃ち落としてしまった。
「……俺も下の竜種へ攻撃を入れた方がいいかな?」
『そうね……魔力結晶球もあるし、浄化もあれが歩くだけでされているみたいだし、いいと思うわ』
フォレノワールは一瞬“ルシエルン”を見てからそう告げてくれたので、俺は直ぐに水龍の力を借りて巨大な氷柱や、風龍の力を借りて疑似斬撃を飛ばしていく。
それにしても歩くだけで浄化する機能を持つゴーレムって……。
俺はそれ以上深く考えるのをやめた。
山間の奥へ進むにつれ、徐々に山はその険しい姿を現す。
これでもし飛行艇による空路を選択せずに、陸路を選択していたら、どれぐらいの日数が掛かってしまったのだろうか……
考えるだけでも恐ろしい。
先程まで見えていた夕日が沈み、徐々に視界が悪くなってきたところで、魔法袋から魔道具のライトを取り出し、視界を確保しながら進む。
そこへリディアを守っていたナディアが声を上げた。
「ルシエル様、もうすぐで目的地です」
その声にようやく目的地に着いたことへの安堵が芽生える。
先程から魔物が現れていなかったので、もしかするとそうかもしれないとは思ってはいたけど。
「ここが龍の谷か。でも道がないように思えるけど?」
「麓なので、あの崖下へ行くことになります」
そう言ってナディアが指を差した方向は、大地に深く刻まれたかのようなずっと続く崖下だった。
「谷底が見えないだけど、本当にこの下なのか?」
残念なことに亀裂の幅は三メートル程しかなく、飛行艇を降下させるのは不可能だった。
「……はい。今また龍神様から声が掛かり、近くに洞窟のようになっている場所があるから、そこから麓へ……」
「麓へ何?」
「“巨大なゴーレムを使わずに麓まで降りてくることが出来れば、光龍のことも含めて全て手を貸す”とのことです」
……確かに今回の訪問は龍神様から呼ばれたのではなく、こちらの思惑があって訪問しているのだ。
何故、全ての転生龍を解き放ったことになったのか。
光龍が公国ブランジュに召喚されたことや隷属の有無。
邪神の呪いを転生龍である光龍だけが本当に受けていないのかも含めて、全ての情報を持つ龍神様なら分かると思って来たのだから。
まぁ予想以上の歓迎を受けているのは間違いないけど……。
『たわけたことを』
フォレノワールは龍神様の挑発に、怒っているようだった。
だけど考えようによってはビックチャンスなのだ。
「……光龍を含めたことっていうのは、今までの一連の件に力を貸すってことでいいんだよな」
『ルシエル、少し怒っていない?』
「いや、全然。邪神のことも含めて、きっちりなんだろうし、龍神様が邪神を抑えてくれると約束してくれたんだから。それでいいだろう」
『笑顔が怖いわよ』
「本当に? それはいけないな」
俺は顔をマッサージしながら、師匠達と協力して麓まで行くことを決めた。
さすがにここからは、連携を取らなくては本当に厳しい闘いになるであろうことが予想されるからだ。
戦乙女聖騎士隊には、ついて来るのは自己責任だと告げてあるとはいえ、誰も欠けることなく麓まで行かなくては、やはり後味が悪くなるだろう。
でもまさかこのような展開となるとはな……ポーラとリシアンの発言というか助言を聞いておいて良かった。
さすがにレベル一のナーニャを同行させるにしても、留守番させるにしても、酷なことを強いていただろう。間違いなく今よりも大変なことになっていたはずだ。
たぶん彼女のレベルは、この中の誰よりも上がっているだろうから、迂闊な行動さえしなければ問題はなくなったはずだ。
まるで子供のようにはしゃぐ師匠達も、大幅なレベルアップをしているみたいだし、さっき戦った竜種ぐらいであれば一人で立ち向かえるだろう。
そしてポーラ達には“プチルシエルン”が付くだろうから、奇襲を受けても防ぎきることは十分可能だろうから問題はない。
『ルシエル、考え事?』
「ああ。あの洞窟に入る前に魔法袋の整理や、あの巨大な背嚢にいる竜種や、その眷属の魔物の解体、睡眠まで取るとなると、明日の朝にならないと洞窟にはいけないかな~って」
『ふふっ、せっかちな竜種が洞窟で待ち伏せしていたとしたら、焦れて出てきてしまうかもしれないわね』
「そうだったら嬉しいな」
地形は三方を山と崖に囲まれているから逃げ場はないけど、十分戦うスペースはあることを確認しながら、今夜はここで一泊することを伝えた。
そして“ルシエルン”の背嚢に入れられた魔物を解体していくことになったのだが、生きている魔物はまだ動いていたけど、死んでいる魔物はその身を浄化されてしまったのか、魔石だけ残してその姿を消していた。
ポーラやリシアンにそのことを告げると、目を見開いて驚いた後に悔しがっていたから、どうやらそのような機能があるとは思っていなかったらしい。
こうしてだいぶ解体する時間は短縮出来たけど、明日の朝から洞窟へ入ることは変えずに、俺達は野営の準備に取り掛かるのだった。
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