299 精霊と召喚
未開の森へ足を踏み入れる前に、魔法袋にずっと入れっぱなしになっていた水の護符を取り出した。
「これがあれば迷わないだろう。さて、行きますか。フォレノワールは警戒を頼むよ」
『ええ、でも必要ないみたいよ』
「どうし……て、あれって精霊か?」
「ルシエル様、レーシー様が見えるのですか?」
リシアンは俺の反応を見て直ぐにあれが見えているのだと分かったらしい。
レーシーと呼ばれる精霊は三メートル程の大きさで、森に同化するように身体に苔を身に纏っているような感じで、一見すると魔物にも見えた。
「……レーシーって、前に水精霊のところへ案内してくれた?」
「はい」
どうやら当たっているらしい。
『水の護符を持っているな? それならばついて来い』
レーシーはそう告げると、こちらの返事を待たずに進んで行ってしまう。
『本来レーシーは人にイタズラずることを好む精霊だから、遊べないからそっけないのだろう』
フォレノワールはそんな分析をした。
いつまでもここに居れば、道に迷ってしまいそうだったので、急いでレーシーの後を追うことにした。
レーシーが歩いた後は、木々が勝手に避けてくるので、歩くのにリシアンの精霊魔法を必要にはしなかった。
それから間もなく、いつぞやの湖まで俺達が到着すると、レーシーは薄くなっていき消えた。
「レーシー道案内ありがとう」
精霊が本気で姿を消すことが出来るのは知っていたので、ちゃんとお礼を済ませてから、目的の湖へと近づいていたところで、水精霊から念話で話し掛けてきた。
『まさか賢者になって戻ってくるとは思わなかったぞ……しかも光と闇の精霊、巫女まで一緒だとはな』
湖が盛り上がり、人型の水精霊が現れた。
「水の精霊よ、あの時、貴方の助言がなければ、俺は師や従者を失っていたかも知れないし、こんなに早く賢者へ至ることは出来なかった。本当に感謝している」
本当は文句の一つでもと思ったけど、ハッチ族を救ったことが結果、俺の利になっているし、治癒士ではなくなった俺が迷わずに行動できたのは、あの助言があったからに間違いなかった。
『眷属を助けて貰った礼も兼ねていたのだ。さて、今回は公国ブランジュのことか、それとも予見スキルを持つ特異者のことか? まさかエルフ族の住まう森へ行きたいのではあるまい?』
的確にこちらが来た意図を見抜くのは、精霊の中で水の精霊が一番長けているんだろうな。
「その特異者……転生者がグランドルの冒険者ギルドにいることは分かっているけど、予言ではなく、予見なのか?」
『うむ、起こり得る未来を見てしまうものだ。もちろん回避することは可能だが、何らかの可能性が働かなければ、そのまま的中するから、予言でも間違いではないがな』
思ったよりも凶悪なスキルだったな……。
「その巫女は……それで精神が潰れないのか?」
『冒険者ギルド本部に居れば平気だろうが、あれは本来世界に全ての投げ打つ覚悟のある者が取得出来るスキルだ。出来るのであればスキルを封印してやることを勧めよう。そして賢者の懸念していることは起こらないだろう』
じゃあ転生者だからといって、変なことを起こすことはないのか。
それにしても、ある意味その転生者って、不幸でしかない気がするけど……。
「ちなみに俺の知らない特異者が、どこにいるかを知っているか?」
『……このイエニスから西の地で、今も無事に生活をしているし、既にこの世界でパートナーを見つけて暮らしている』
水の精霊は少し考えてから、そう答えてくれた。
……なんて羨ましい。
それにしても空白地帯の西側に、やはり人が住める世界があったんだな。
だけど、これで転生者と戦うような事態がないことは救いだな。
「最後に一つ聞きたいことがあったんだ。何故、俺が絶望した時に再びここを訪れると予言出来たんだ?」
そんな俺の問に答えたのはフォレノワールと闇の精霊だった。
『水の精霊には未来視があるからよ……直接視た相手のことじゃなければ分からないけどね』
「その他にも簡単に場所を移動することが出来ない代わりに、自分の分体を眷属に持たせて情報収集をしているムッツリ覗き魔だ……肝心なところで使えない」
『なっ!? 貴女達、久しい再会の割りに何故、そこまで毒舌なのだ』
確かに俺もそれには同意だ。
いつものフォレノワールや闇の精霊はこんな感じではないのに、水の精霊には強く当たっている。
『水の精霊、公国ブランジュに精霊石が集められているのは知っているの?』
『ああ。精霊石を集めて大精霊を召喚しようとしているのであろう?』
ん? ルーブルク王国の潜入者達と言っていることが違うな。
「精霊石から精霊を吸収する魔導具が開発されていることは知っているんだろ?」
『……そんな情報はないぞ。光龍が召喚されたけど……なっ!? なんてことを』
「どうしたんだ?」
水の精霊が驚くと、凄く不安になってくる。
『光龍を隷属化しようとしている』
『……人が龍を隷属出来る訳がないでしょう、あの国の指導者は本当におかしくなったのかしら?』
しかしフォレノワールからは、緊迫した何かが伝わってくる。
『……精霊石を集めているのはその為らしいが、幸いなことに指示する者が行方不明らしい。それと光龍の様子はおかしいけど、隷属化はされていないぞ』
どうやらまだ平気らしいけど、一刻を争うなら、先にブランジュへ行った方がいいんじゃないのか?
『……分かったわ、それならルシエルを視て』
『いいだろう。ちょうど巫女もいるし、力を貸してもらおう』
「えっ、私ですか?」
いきなり話を振られたリディアはびっくりしていたけど、そこでしっかりと頷いた。
『巫女よ、我は古き盟約に従い貴女との契約に応じる』
その言葉が聞こえると、リディアが水色に発光した。
『悪いが精霊召喚してもらってもいいだろうか?』
「はい。【古の盟約に従い、、我が魔力を糧に顕現せよ 水の精霊アクア】」
リディアは既に風の精霊から事前に聞いていたのか、詠唱を完全に把握していて、迷うことなく口にした。
すると水が竜巻のように渦を巻いて現れると、徐々に人の形に近づいていき、完全な人型の水の精霊が顕現した。
「さてと、久しぶり顕現だから遊びたいけど……早速、賢者の未来を視させてもらうわ」
フォレノワールと闇の精霊の圧力に屈した形で、俺の目を水精霊が覗き込んだ。
それから一分程だろか、見つめ合うと、水の精霊は可哀想なものを見る目に変わっていった。
何だろう……凄く気になる。
『どうだ?』
「……龍の谷の麓へ行くのは正解。光龍の問題はそこで完全に解決が出来るわ……」
どうやら行先の変更はないらしい。
『どこまで視えたのだ?』
「……」
『なっ!? クスクス、フフッ本当なのか?』
「ええ、賢者ルシエル、一つだけ助言があるわ」
フォレノワールに頷くと、水精霊は新たな助言をしてくれるらしい。
「聞かせてくれ」
「龍の谷の麓で必死に鍛えないと……貴方の心の平穏は、これからも暫く訪れないわ」
「それってどういうことだ?」
前の絶望が待っているよりはずっといいが、精霊の暫くは人の一生分に相当する気がしたのだ。
「それは……自分の相棒から聞くことね」
水の精霊はそれから俺がいくら質問しても答えず、リディアと少しだけ話をしてその場で消えていった。
『ルシエル、さぁ向かうべきところへ行きましょう』
「なぁ相棒、相棒とは隠し事をしない関係だよな?」
『ルシエル、私の相棒なら小さいことは気にしないで、全力で前に進みなさい。そしたらいつか教えてあげるわ』
はぁ~どうやら教えてくれなさそうなので、引き返そうとすると、リシアンの前に水色の魔石がいくつも積まれていた。
「ルシエル様、水の精霊様から餞別をいただきました」
「……魔法袋に入れて帰ろう」
「はい」
こうして水の精霊との二度目の邂逅は、またもやモヤッとした感じで終わった。
何故、フォレノワールがあれだけ笑ったのか、いや、今も闇の精霊と笑っているのか分からないまま、俺達は飛行艇へと戻ることにした。
お読みいただきありがとう御座います。
遅れて申し訳ないです。
少しだけいじっていたら、終わらなくなってしまいました。