298 選抜
昨夜は遅くまで、強化メンテナンスされた武具の調整を済ませた戦乙女聖騎士隊と、リディア、ナディア、エスティア、ケティ、ケフィンが、地下の闘技場で実戦を想定した模擬戦を行っていた。
審判だった師匠が途中から審判をしていたバザックと話し込んでしまい、回復役兼審判にさせられた俺にゆっくりと休む時間はなく、最後まで戦いを見守ることになった。
強化された武具を嬉しそうに確かめる戦乙女聖騎士隊を中途半端に止めることは出来ず、ケフィン達にも全力を出していいと告げると、お互いが徐々にヒートアップしていってしまったのだった。
俺の考えでは直ぐに終わると思っていたけど、皆が思いの外負けず嫌いであったことで、闘いが終わったのは既に深夜近くになってからだった。
その後、屋敷にも大きな風呂があることが分かっていたけど、皆にそのような気力はないらしく、俺が浄化魔法で皆をきれいにすることになり、俺の私室と呼ばれる場所で眠りに就いたのだった。
そして明け方、俺を起こしに来たのはメイド服を着たアリスだった。
その姿を見て吃驚した俺は、一気に眠気が吹き飛んだ。
「……何だ、その格好は?」
「今日からメイド見習いの仕事をすることになったの……よろしくお願いしますね、ご主人様」
どうやらアリスは我が家のメイド見習いとして働くことになった……が、断じて認めん!
メイドといえば掃除……混ぜるな危険が一番発生するパターンだ。
「リィナのところで、一緒にアイディアを練るんじゃなかったのか?」
「私は技術的なことなんて全然分からないし、アイディアって、そんなにポンポン出てこないでしょ? だからナーリアさんにお願いしたの」
「……料理禁止、薬品を混ぜるの禁止だ。それ以外にも毒物生成禁止“あ、これ混ぜてみよう”も禁止だ。もし破ったら、即出て行ってもらう。いいな?」
「そんなに心配しなくても大丈夫よ。何たって、そのために鑑定スキルを取得したんですもの」
「……はぁ~、じゃあ先に食堂へ行っておいてくれ」
「お手伝いすることが「ない」もうちょっと遊ばせてくれないとつまらないですよ」
「解雇されて放り出されるか、まだ続けるか選ばせてあげよう」
「冗談ですから、解雇しないでください。失礼します」
俺が笑顔で言うとアリスは直ぐに俺の私室から出ていくのだった。
「こんな生活に慣れてしまったら……詰むな」
昨日、師匠達との模擬戦をして勝ったことで、俺は少しだけ自信を持って強くなったと思えるようになった。
だけど、昨晩の戦乙女聖騎士隊の全員、もしくは複数のケフィン達クラスと戦うことになった場合、どうやって生き残るかの戦いになってしまうことも理解した。
だから俺はこれからも鍛え続けないと……それも出来る限り必死に鍛え続けなければ、魔族や邪神の前にレベルが上がった師匠達に……。
俺は自分の思い描いた平穏の日々が、音もなく崩れそうになるのを必死で食い止めて、まずは魔族化と光龍の件を片づけることに全力を注ぐと決意を新たにするのだった。
食事を終えた後に、工場産の野菜を収穫してもらい、それを魔法袋へと収納していく。
もちろん蜂蜜と蜂蜜酒も外交用として、いくらか用意してもらったのだけど、その時に昨晩キャッシーさんを含む数名が蜂蜜酒を分けてもらえるようにお願いされて、一樽分を渡していたらしい。
当然ルミナさんは知らず、蜂蜜酒にありつけなかった他の隊員達から、キャッシーさん達へ樽の在処の追及があり、昨晩で一樽が空になっていた事実が判明した。
「よくそれだけ飲んで、早朝の訓練に影響がなかったな」
戦乙女聖騎士隊は既に早朝訓練を行っていたらしい。
「あの蜂蜜酒ですがとっても美味しいですし、二日酔いにもならないんですよ。……隊長、ルシエル君の力の秘密は蜂蜜酒にしましょう。実際に力が湧き上がってくるのを感じますし」
「……ルシエル君どうだろう?」
怒られる雰囲気のところ、キャッシーさんがそう告げると、ルミナさんは一瞬考えてこちらへ質問してきた。
しかしさすがに蜂蜜酒の訳もなく、強くなったきっかけは師匠の訓練とグルガーさんの食事、それと物体Xで間違いなかった。
「力の秘密ですか? 物体Xと蜂蜜酒なら間違いなく物体Xですね。私は数える程しか蜂蜜酒を飲んでいませんから……」
「まぁそうだろう……。さてキャッシーを含む蜂蜜酒を断りもなく飲んだ者達には、それ相応の罰則を用意しておくから楽しみにしておくことだ」
「そんな~」
ルミナさんは少しだけ残念そうな顔をして、キャッシーさんへそう告げるのだった。
「自業自得」
「戦乙女聖騎士隊は喜びも悲しみ全て分かち合う隊なのに、抜け駆けしたのですから」
クイーナさんとエリザベスさんは、たぶんキャッシーさんと酒盛りをしたルーシィーさんとサランさん、ベアリーチェさんを見ていた。
「そういうことだ。それで……ルシエル君、蜂蜜酒を我らにも卸してもらえないだろうか?」
ルミナさんもどうやら蜂蜜酒に興味があったらしい。
「ええ、売却という形であれば少しは戦乙女聖騎士隊にも融通することは可能です。だたハッチ族の方々に無理をさせてまで、蜂蜜も蜂蜜酒も生産する気はありませんので、そこまでの量はご提供出来ませんので、その点はご了承ください」
「ありがたい」
そう言って笑ったルミナさんの顔は、その数分後に曇ることとなる。
一年間に提供出来る蜂蜜酒が最高でも五樽だと分かったからだ。
この時キャッシーさん達の罰は直ぐに決まってしまった。キャッシーさん達は必死に謝ったけど、許されることはなかった。
色々とトダバタした出発にはなったけど、無事に出発時間を迎えることになり、現在飛行艇内のブリッジでライオネルとナーリアの熱い抱擁を見ながら出発の時を待つ。
最終的に飛行艇へ搭乗した俺、師匠、ライオネル、戦乙女聖騎士隊、ドラン、ポーラ、リシアン、ナーニャ、ナディア、リディア、エスティア……そしてバザックとなった。
バザックは師匠に何度も頭を下げて、同行させてもらえるように俺へ頼んでほしいと頼み込んだらしい。
朝食後に二人でやってきて、バザックから頭を下げられた俺は師匠からの後押しもあり、同行を許可することにしたのだった。
今回はケティ、ケフィンには仮に魔族が襲ってきた時のことを考え、イエニスを守護してもらうために残すという選択をした。
またリィナはイエニスの工房を気に入ってくれたのはいいけど、何故かグランドさんの助手として捕まり……置いていくことになったのだ。
「それでルシエル、その龍の谷っていうのは遠いのか?」
「ええ、師匠は昨日の夜も寝ていないのは分かっていますから、寝ていてください」
「分かった。着くか、竜が現れたらちゃんと起こせよ」
きっと逃げる為ではなく、戦う為に起こせと言う人はこの飛行艇に乗っている集団ぐらいだろうな……はぁ~。
俺は心の中で溜息を吐いて、笑顔を作り、師匠の言葉に頷くのだった。
「はい」
そしてライオネルが飛行艇に搭乗したことを確認した俺は、ようやく飛行艇を発進させたのだが、未開の森が見えてきたところで、飛行艇を着陸させる。
「リディア、エスティア、リシアン、今朝事情を説明したと思うけど、今から水精霊へ会いに行くからついて来てくれ。皆は外に出てもいいけど、あまり無茶な行動はしないで下さいね」
それだけ告げて、俺達は水の精霊へ会いに行くため、足早に未開拓の森へ足を踏み入れるのだった。
お読みいただきありがとう御座います。
週明けしたら、聖者無双一巻と転スラの発売日……作者は現在脳内沸騰中です。