297 確認とお礼
新たな転生者の情報が入ったところで、転生者の顔を知っているハットリ、転生者の可能性が高い予言の巫女のことを知っているであろう師匠、護衛としてライオネルに同行を頼んだ。
それと物体Xを飲んで気絶をしていたバザックが、いつの間にか復活していて、冒険者登録をしたいと言い出したので、仕方なく一緒に冒険者ギルドへとやって来た。
俺が冒険者ギルドに入ると、ちょっとした騒ぎとなり、額に大量の汗を掻いたジャスアン殿と苦笑しているジャイアス殿が現れて、そのままギルドマスターの部屋へと移動するように求められた。
師匠は言われた通り応じるみたいだったので、その前にハットリへ転生者を探すように頼むと、直ぐに見つけたらしく、ジャスアン殿に軽く説明をしてみた。
すると話を分かってくれたらしく、ギルドマスターの部屋ではなく、二階の会議室へ転生者の彼とパーティーメンバーを呼んでもらうことになった。
バザックはこのタイミングで冒険者登録をする為、一時的に離れることになった。
そして会議室へ現れた冒険者達の先頭にいる剣士の彼は、何処かで見たことがあるような顔だった。
しかし、まさかハーレムパーティーを築いている
ただ自己紹介等はしたことがなかったはずなので、一応初対面として挨拶しようとした……ところで、剣士の彼が早々に口を開いた。
、
「なっ!? 旋風に、S級治癒士だと……おい、ハットリどういうことだ!? 何でこの戦闘狂達がここにいるんだよ」
少し情報は古いようだけど、どうやら既にこちらのことは知っているみたいだった。
剣士のような格好の彼はハットリを睨み付ける。
彼以外のメンバーは、師匠と俺が揃っていることで、どう対応するべきか悩んでいるように思えた。
「うん、ちょっと待ってくれるかな。たぶん見たことはあるけど、まず自己紹介したいんだけどいいかな?」
「ルシエル、俺はそいつのことをよく知っているぞ。なぁマーティス」
師匠は剣士風の彼よりも早く、口を開いた。
それにしても……転生者にしては普通の名前過ぎるな。
「師匠、彼のことを知っているんですか?」
「ああ、ルシエルがボタクーリと揉め始めた頃には、うちの冒険者ギルドに出入りしていたぞ」
「あ、やっぱり。何処かで見た顔だとは思っていたんです」
どうやら顔を見た事があるのは思い違いではなかったらしい。
「それにこいつは俺の弟子になりたいと言いに来て、三日持たなかった奴だからよく覚えているんだ」
「あんな物を飲める方がどうかしているんだ。あれを飲めるのは味覚障害かドMぐらいだ」
たぶん物体Xのことなんだろうけど……味覚障害やドMなんて言葉を久しぶりに面と向かって言われたぞ。
「ほぅ……私に喧嘩を売っているのか?」
「けっ、治癒士が粋がんな。言葉のアヤだよ。そ、それで何のよう……ですか?」
俺に暴言を吐くと、師匠とライオネルから威圧は放たれたようでマーティスは敬語となった。
「ハットリ、彼で合っているか?」
「間違いないでござる。マーティン殿、拙者は愛の為なら何でもするでござる」
「意味が分から……ないんですが?」
マーティンが喋ろうとすると、師匠とライオネルからの威圧を更に受け、彼は敬語で話すようになった。
「まずは自己紹介をします。私の名はルシエル。職業は賢者となり、ルシエル商会の会長でもある。マーティス殿が特異な生まれであることはここにいるハットリ先生から聞かせてもらっています。他のパーティーメンバーはご存知ですか?」
「……ああ、話してある。それでも受け入れてくれた大切な仲間だ」
転生者の中で、もしかすると彼が一番幸せなのかもしれないな……。
「それならこのまま本題に入ります。転生者は貴方を含めて何人ですか、それと何か転生者としての使命はありますか?」
「……確か十人で、使命なんてものはなかったはずだ。俺は冒険者として名を残したいと思っているけどな……ルシエル……様ももしかして転生者なのか?」
「いえ、ですが、最近はその転生者が邪神を呼び出してみたり、魔族化させるようなことをしでかしているもので、転生者の方を一度調べてみることにしたのです」
「……お、俺は何もしていないぞ。コツコツ冒険者ランクを上げてようやくBランクになったんだ。断じてそんなことはしていない」
「賢者ルシエル様、マーティンは悪いことはしていません」
「マーティンお兄ちゃんをいじめないで」
「マーティンは根性がないですけれど、悪に手を染めるようなことはしませんわ」
「信じてやってくれよ」
パーティーメンバーから好かれているんだな……。
「ええ、それは分かっています。一応言っておきますが、ここにいるハットリ先生を含め、ルシエル商会では三名の転生者がいますが、世界を混沌に陥れるようなことがなければ、基本的に干渉する気はありません」
「転生者を管理しているって……ことですか?」
「いえ、ルシエル商会で働いているのは彼らの希望ですし、辞めたいなら辞めてもらって構わないですし、干渉もしませんよ」
マーティンがハットリを見ると、ハットリは深く頷き説明を始めた。
「拙者はこの街を破壊するため派遣された帝国の工作員だったでござる。一年前に捕まって奴隷となったでござる」
「奴隷って、十分干渉しているだろうが!」
どうやらマーティスは奴隷そのものが嫌いなんだろうな。
「あ、ちなみにルシエル様の奴隷ではないでござるよ。奴隷として命令されているのは、殺人や盗みを働かないとかで、とても人道的でござる。だからこそ拙者は学校で先生が出来ているのでござる」
「……先生とか、ござるなんかが出来るのか?」
「普通に喋ることも出来る。ただ私はクレシアさんが笑ってくれるなら、なんだってする覚悟があるのだ」
「……まぁそんな訳で、別に転生者だからといって、亡き者にするとかはないから安心してほしい」
「ふぅ~。それなら冒険者をして、こいつらと幸せに暮らす以外は考えていない」
なんだろう……マーティスが物語の主人公みたいに見えてきた。
「それなら干渉することはないかな。ちなみに今まで転生者だと知って近づいてきた者は?」
「いない。俺はこの世界の人間になるって決めているし、きっとこのエセ忍者を見なかったら、転生者であったことも誰にも知られなかったはずだ」
何でだろう? ……転生者を見つけるという大きな仕事をしたハットリを褒める気にはなれなかった。
「それならこれでこちらの用件は終わりになるけど、話し合いの場を持ってくれたから、何かお礼をしよう。何か困っていることがあれば相談にのろう」
「……それなら奴隷の完全解除をする方法とか知っていたら、教えて欲しい」
どうやら奴隷に対しての忌避感は、現在進行形だったらしいな。
まぁ分かるけど……。
「……彼女達の誰かが奴隷なのか?」
「全員だ。グランドルとブランジュの国境付近で違法奴隷商人と盗賊が組んでいたところを助けたんだけど、奴隷契約は出来るけど解除は出来なくて……」
「分かった【ディスペル】 さぁこれで奴隷契約は完全に無効化されたぞ」
嘘は言ってなさそうだし、これなら恨まれたりすることもないだろう。
イエニスは治安がもの凄くいいとも聞いているし。
「そ、そんな簡単に、だと……皆、命令だ。その場で飛べ」
一人だけ飛んでしまった少女がいたが、間違えちゃったと、笑っていた。
その後、マーティンや元奴隷さん達が、感動して泣いているようだったので、彼らを残して部屋を出ることになった。
とても幸せそうな転生者がいたことで、なんとなく心がほっこりした。
「ハットリ、何があるか分からないから、彼らが街にいる間は気にかけておいて欲しい」
「承知したでござる」
「じゃあ、ハットリは戻っていいぞ」
「……では、御免」
ハットリは事情を聞こうともせず、冒険者ギルドを出て行った。
どうやらハットリは空気の読める男だったらしい。
「それで師匠、師匠の死を予言したのは転生者何ですか?」
「……すまんが、誓約が掛けられているから言えん」
師匠は本当に申し訳なさそうにそう告げた。
でも、頻繁に誓約を掛けられるのだろうか? 念のために聞いてみる。
「それって、レベルが一になる前ですか? それとも後ですか?」
「前……そうか! それならば大丈夫か。その予言をした者は転生者だということは俺も聞いたぞ。迷宮にいたところを保護されて、冒険者ギルド本部で自らを予言の巫女と言ってから、次々と予言を的中させているらしい」
「……冒険者ギルドって、大丈夫なんですよね?」
どうやら転生者で合っているらしいけど、何故迷宮に居たのかが気になる。
……冒険者ギルドって、大丈夫だよな? ……不安になってきた。
「ああ。極めて透明性は高い。それで予言の巫女には会うのか?」
「……その予言の巫女と会うかどうかは、明日の寄り道次第にします」
「寄り道?」
予言する存在なら俺も知っているからな。
「ええ、予言者の事は予言するモノに聞いた方がいい気がしますから」
「そうか、じゃあルシエルの屋敷で、明日の作戦会議と行こうか」
「ギルドマスター部屋には行かなくていいんですか?」
「あんなにお前を畏れているのに、長居したら可哀想だろ」
「そうですな」
ライオネルのまさかの同意に、俺も渋々従うことにした。
「物体Xを飲ませてから、もう二年近く経つのに……もう時効でいいと思うんだけどな……」
釈然としない感じになりながらも、師匠達と一緒に帰路へ着くのだった。
その後、屋敷へと戻り、夕食の席で龍の谷の麓へ赴くルートとメンバーを発表して、明日の出発までは自由時間とした……のだが、俺には回復役として闘技場で軟禁状態となる運命が待ち受けていた。
お読みいただきありがとう御座います。
駆け足になりましたが、これでイエニス滞在編は終了となります。
あと三話ぐらいは書けそうでしたが、それはSSか閑話をいつか……w