296 会議
師匠達との模擬戦と罰ゲームが終わったところで、このやるせない気持ちをどうにかしようと、ストレス解しょ……ルシエル商会の面倒事を片づけることにした。
師匠達は物体Xを飲んでから三十分は消えない悪臭に苦しんでもらっているうちに、クレシアの問題も解決することにしたのだ。
ちょうどクレシアは模擬戦を観戦していたし、何故かハットリを抱えていたケフィンは、観戦席にハットリを寝かせてから逃げていたので、きっとこうなることを予想していたのだろう。
「クレシア、こっちに来てくれ。ハットリ、それ以上気絶したフリをするなら、学校も解雇する」
クレシアは呼ぶと直ぐに観客席から飛んで闘技場へと降り立ち、また気絶したフリをしていたハットリも、物体Xが効いていてまだ気持ち悪そうにしてはいたけど、素直に闘技場へと降りて来た。
二人は何故呼ばれたのか分からない様子だったけど、面倒事を一気に片づけたくなってしまったのだ。
明日から龍の谷の麓へ行っている間に、面倒事を起こして欲しくなかったというのが本音であるが……。
「ハットリ、変な行動をとったら毎食後に物体Xを飲んでもらう。これは脅しではない。今から大事な話をするから、発言には気をつけてくれると助かる。いいね?」
ハットリは高速で何度も頷いたので、話を始めることにした。
「まずクレシア、ハットリのことは先生として認めているんだよね?」
「えっと、はい。ハットリ先生は先生としては尊敬しています」
クレシアは少し迷いながらも頷いてそう答えると、ハットリの目は完全にクレシアにロックオンされていた。
「さてそれではハットリ先生、子供達からは好かれていて、他の先生からの評価も高いようですね」
「ハッ、有り難きお言葉でござる」
どうやら評価が高いことは嬉しいらしく、爽やかに笑っていた。
だけど彼には反省してもらわないといけないこともある。
「たぶん正式な自己紹介はまだだったと思うから自己紹介をしましょう。私の名はルシエル、ジョブは賢者でルシエル商会の会長をしています。貴方が帝国の潜入者兼工作員だった頃には、非常にお世話になりました」
「そ、そ、その節は、多大なるご迷惑をお掛けしました」
ござるは使わないくいいのか?
「既に法に裁かれて貴方はドルスターさんの奴隷ですから、何も言うつもりはありません。さて、ここからが本題ですが、何故クレシアを追い回していたんですか?」
「それはクレシアさんを愛しているからでござる」
……気持ちの切り替えが早いなぁ。ある意味羨ましい。
「その気持ちはとても大事なものでしょう。ですが、相手の迷惑になっていることを自覚してまで、追うのは何故ですか?」
「……そこに愛があるからでござる」
本当に残念イケメンとは、この人の為にある言葉だと思う。
さて、そろそろ本題に入るか。
「分かりました。ハットリ先生、貴方は即解雇です。クレシアはナーリアの代理としてこれからの子供達の未来のために学校に必要だからです」
「なっ!?」
まさか解雇を言い渡されるとは思っていなかったのか? 前世とは違うとしても、さすがに従業員トラブルがあればこの世界でも解雇は十分妥当な判断になる。
「少し甘え過ぎましたね。ちなみに貴方が帝国で飼われていた転生者という輩であることも確認済みです」
「な、な、なんで知っているでござる!? そ、その情報の出先はどこでござる?」
「最近、帝国の上層部を一新させるために動いたり、帝国とルーブルク王国の戦争を止めたりしているうちに、そのような情報を得ることが出来たので……」
話が進むにつれハットリの顔は急激に青ざめていく。
もちろんそのつもりはないから、少しだけ良心が痛むけど、これでクレシアを追い回さなくなれば、そちらの方がお互いの為にもいいだろう。
「ど、どうにか許していただくことは出来ないでしょうか?」
「……でも、クレシアさんのことは諦められないんでしょ?」
「お恥ずかしながら、一目惚れで……」
ハットリの本気度は凄い感じる。
きっと友達だったら応援していただろうが、一歩間違えば犯罪者だからな。
「クレシアはどうしたい?」
「ハットリ先生とはお付き合い出来ませんけど、先生を続けていただきたいです」
あ、リアルにフラれると、落ち込むには落ち込むらしい。
俺は頭をがっくりと下げたハットリに救いの手を差し伸べることにした。
「じゃあハットリ先生、貴方に
「機会……ですか?」
「はい、一年に一度だけクレシアへ告白出来る権利です。もし告白して断られたら、それから一年は普通に接して上げてください。それなら先生も解雇しないでおきましょう」
ハットリは俺の言葉を吟味するように押し黙り、そして手を挙げた。
「えっと、接してもいいでござるか?」
「先生として節度のある対応であれば、問題はありません。もし破ったら物体Xを気絶しなくなるまで、毎食後に飲んでもらいます」
そんなに甘くはない罰をチラつかせると、額当てに汗が滲んできているのが分かった。
「せ、節度とは、食事に誘ったりもだ、駄目でござろうか?」
「一度断られたら、そこで諦めるならいいでしょう。ですが、クレシアが嫌がったら物体Xです」
「そ、それならば誓うでござる」
「それはここにいるクレシアと主神クレイヤに誓えますか?」
「誓うでござる」
「ここに誓約はなった」
こうして青白い光がハットリを包み込んだ。
「……今のが誓約でござるか」
「ええ、知っていたんですね。あ、一応お勧めはしませんが、クレシアを守れる男として、私やライオネルを武で認めさせることが出来たら、私が貴方を奴隷から解放して背中を後押ししましょう」
「そ、それはまことでござるか?」
これから強くなるライオネルに、まさか勝てる気でいるなんて、なんてポジティブなんだろう。
クレシアにフラれた後も落ち込んだけど、ものの十秒で元に戻ったし、これだけポジティブなら、十年後ぐらいでもしかする可能性も……。
俺もハットリを見習って、師匠達への罰ゲームを考えながら、楽しくポジティブに鍛錬をしていこう。
こうして師匠達から受けた圧力から、俺はうまく抜け出すことに成功した。
「ええ。ただ私達はこれでも忙しいので、挑戦は一年に一度だけです。負けたら物体Xをピッチャージョッキで飲んでもらいますから、頑張って毎年参戦してくださいね。あ、これはクレシアを好いているこの街の住人全員に言えることですけどね」
「転生者は一応選ばれた存在でござる。だからこそ有象無象には負けないでござる」
ハットリはすごく燃えていた。
「ちなみにその転生者と転生者疑惑がある二人と今から会わせるから、ついて来て」
「な、そ、それは男でござるか?」
転生者であることよりも、男女で何かあるのか?
「両方女性だよ」
「それなら大丈夫でござる。クレシアさん、これからもよろしくでござる」
「はい、ハットリ先生」
クレシアは微笑んでそう告げた。
「惚れてまう~でござる」
そう言って地下三階へとハットリは駆け上がっていくのだった。
「……悪いが、今出来ることはこれが限界だ」
「いえ、過分なご配慮いただきありがとう御座います。これからも先生として頑張ることで、少しでも恩返しをさせていただきます」
「クレシアが楽しんで先生をしてくれればそれでいいから」
「ありがとう御座います」
きっとこの笑顔でハットリは癒されたんだろうな。
さてと俺は戦闘を見学していた戦乙女聖騎士隊や、俺の護衛として残ったナディアとリディアと一緒に一度一階へと戻り、皆が泊まる部屋をメイドさん達に案内してもらい、再びライオネルを伴って地下三階へと来ていた。
そしてリィナ、アリス、ハットリと混ぜて、初の転生者会議を開くことにした。
「まず言っておくが、三人が転生者という特異な存在であることは既に分かっている。理由しては俺が既に転生者二人と闘い、その命を奪っているためだ」
リィナとハットリは驚き、アリスは顔色を変えなかった。
「何で私が転生者だと?」
「そこにいるアリスが教えてくれたんだけど、アリスの勘違いか?」
「……いえ、転生者です。でも私はこのままルシエル商会で、師匠の元で働きたいです」
「あ~、別に転生者だからといって、疎外したり、不当に扱ったり、解雇したりするつもりはないから安心してほしい」
するとリィナはホッとした表情を見せた。
「ルシエル様、その転生者を殺したのは何故ですか?」
ハットリの表情は固いままだった。
「正確に言うと、一人は邪神を呼び出した影響で身体が弾けた。そしてもう一人は帝国で魔族化の研究をして、本当に人を魔族に変えていたから討った。ちなみにここにいるアリスも、奴隷として扱われていなければ、抹殺対象だったことは伝えておこう」
「そ、そうだったんでござるか……もしかして拙者も危なかったのでござるか?」
「ああ。クレシアと敵対して嫌われるようなことばかりしていたからな」
「……あ~あ、昔の拙者の馬鹿!」
アリスとハットリは、あまり混ぜないようにしよう。
「それでルシエル様は、何故私達を集めたのかしら? やっぱりルシエル様も転生者なのかしら?」
「いいや違う。同じ時代に転生者という特異な存在が既に五人……いや、帝国の皇帝が一人殺したようなことを言っていたから六人もいるのだ。一体転生者は何人いて、何の目的で生まれてきたのかを知りたかったんだ」
俺が堂々と否定したところで、リィナが手を挙げて話し出すと、アリス、ハットリが続いた。
「えっと、たぶん転生者は十人です。でも、目的とかはなかった筈です」
「ええ、私も確かそうだったと思うわ」
「拙者は選ばれし……はい十名が転生者です。目的は力を使って生きることです」
どうやら誰も使命等は受けていないようだな。
「そうか。転生者の情報があれば、もう少し色々と分かると思ったんだが……最近は魔族や邪神と色々なことが起きているしな」
こんな色々起きるなんて、普通じゃないだろう。そんなことを思っていると、アリスから思わない言葉が飛んでくる。
「あれ、転生者の情報なら、一番有名な人がいますけど、ルシエル様は知らないんですか?」
「誰だ!?」
有名だって!?
「今、グランドルの冒険者ギルド本部で、予言の巫女がいるらしいですけど、その方は転生者らしいですわ」
「なっ!? それって有名なのか?」
……それってもしかすると、師匠の死を予言した人か?
「えっと、そこそこ有名だと思います。帝国ではルシエル様が目立っていて、あまり話題に上がらなかったですけど、皇帝が狙っているって聞いていましたよ」
「……そうか、本当に知らなかった……」
リィナは半月前まで一般人だったからな……それにしても、予言の聖女ではなく巫女って……。
するとそこへ横から今度はハットリからの情報が入る。
「ルシエル様、もう一人知っているでござる。今、このイエニスの冒険者ギルドに出入りしている冒険者の一人が転生者でござる」
「……本当に十人しかいないのか? それよりその情報を簡単に出して良かったのか?」
「これからは誠意を持って義とするでござる」
なんだろ。この人って本当にポジティブだ。
最後に三人に聞いておきたいことがあった。
「そうか……最後に一応聞いておく。これから世界を破壊したり、混沌とさせたり、人に迷惑を掛けない人生を送るつもりはあるか?」
「私はこれからも師匠の元で学んで、いずれは自分の飛行艇を作ります」
「私はパトロ……ちゃんと働いて、平穏に暮らしたいわ」
「拙者はクレシアさんのために生きるでござる」
これが本当なら、俺の平穏はこれ以上遠退かないだろう。
「そうか。ライオネルどうだ?」
「大丈夫でしょう。それでルシエル様、今から冒険者ギルドへ参りますか?」
「……たぶんここで行かなかったら、嫌なことが起きそうだから対処しておこう」
「はっ」
「じゃあ、リィナとハットリ先生はこれからも頼む。アリスは……早く就職先を見つけろよ。それじゃあ解散」
「ルシエル様、本当に見捨てないで~」
「アリス、本当に雇って欲しければ、転生者の知識でドランや技術開発部の面々の興味を引いてみろ。リィナ、あとは任せた」
「が、頑張るわよ」
リィナとアリスは混ざってもそんなに危険じゃないと思うから、あとはドランに丸投げしよう。
「ライオネル、ハットリ先生……あと師匠にも付き合ってもらわないといけないな……頑張ろう」
こうして休む間もなく、新たに浮上した二名の転生者について、調べ直すことになるのだった。
お読みいただきありがとう御座います。
聖者無双発売まであと五日……作者はルシエル君の聖属性魔法が欲しくなってきました。
聖者無双にコミカライズの動きが……。
この件に関しましては、まだ作者も分かっていませんが、出していただければと思っています。