288 おしおき
ボタクーリは娘を浄化した後で、俺とエスティア、アリスへ感謝の言葉を口にした。
「ミティスと最後に話す機会を与えてくださり、本当にありがとう御座いました。もう私に思い残すことはありません」
「思い残すことがない?」
いつの間にか闇の精霊とエスティアは入れ代わっているようだった。
そしてフォレノワールも精霊結晶の中へと戻っていた。
「はい。私は本当に許されないことをしてきました。現在はこのように院長をさせていただいていますが、子供達の未来を手助けするには、やはりこの手は血で汚れ過ぎています。特にお嬢さんのご両親の命を私欲のために奪ったのですから……」
ボタクーリは膝を突いて頭を下げていた。
「ミーちゃんとの約束を破るのは許さない。お父さんもお母さんも、貴方に殺された。その恨みは一生消えないし、許すことはない。それでもミーちゃんが死んだ時の最後のお願いだったから……」
エスティアからはとめどなく涙が流れていた。色々な思いがあるだろうけど、それでも友達の為に恨む気持ちを心にしまう決断をしていた。
「ボタクーリ、貴方には既に自由がないんですよ。貴方はその身が朽ちるまで、子供達を教育しなけれないけない。甘いとも思いますが、それだけ責任が伴う仕事だと思ってください」
治癒士ギルドが運営し直し始めた最初の孤児院は、この世界で子供達の将来を守る重要な場所になるだろう。それでこそ、命掛けで運営してもらわなければならないのだ。
「ミティスちゃんは最後まで貴方のことを慕っていた。そのミティスちゃんとの約束は最期の刻まで守らなければいけないわ」
アリスは自らの手を握りしめて、そう口にした。それは自分に対して言っているようにも思えた。
「私は貴方が楽をしようとすることは許さない。もし楽をしようとするなら、ミティスちゃんの記憶を消してやるから」
エスティアはそう告げると、入り口へ向かって歩き出して扉を開くと、そこには子供達が集まっていた。
不安そうな子供達にエスティアは微笑みながら外へ向かった。
俺とアリスも子供達に何かを発することなく、ただ微笑んでエスティア追うことした。
俺達が部屋を出てから、子供達がボタクーリの私室に入っていくことが見えた。
後は教会の判断と、ボタクーリが娘との約束を守れば、この孤児院は大丈夫だろう。
そんなことを考えてながら、エスティアを追った。
エスティアは孤児院を出ると泣き崩れていた。
「ルシエル様、えっと私が寄り添っていくので、宿まで送っていただいてもいいですか?」
「……分かった。よろしく頼む」
エスティアに声を掛けるのは簡単だけど、上辺の言葉よりも、今は寄り添ってあげる人がいた方がいいだろう。
そう判断して、アリスに付き添ってもらうことにした。
宿の前まで送って来た俺は、冒険者ギルドへ戻ろうとしたタイミングでエスティアに呼び止められた。
「ルシエル様、本当にありがとう御座いました。これからも私はルシエル様の旅に同行させていただいてもいいでしょうか?」
「そうしてくれると助かる」
「分かりました。それでは聖シュルール教会ではなく、ルシエル様に今後はお仕えさせていただきます」
ん? 何だか少し言い方が気になった。
「俺に仕える?」
「はい。ルシエル様の従者として、ライオネル様達のようになります」
……思えば従者の定義がしっかりと分からないけど、同行者でいいのかな?
「えっと、私もその従者になったら、将来安泰そうだし、なりたいんですけど……」
突如そうウインクしながらアピールしてきたアリスをスルーして、俺は気持ちを伝える。
「エスティア、その気持ちは嬉しいけど、無理に従者となる必要はないんだぞ?」
「いえ、私もルシエル様と一緒に、平和で平穏な世界となるために頑張りたいのです」
どうやら意思は固いみたいだ。
「そっか。だけど、俺は従者としてではなくて、仲間として見ているから、もし定義があるなら、ライオネルに聞いてみてくれ」
「はい、ありがとうございます」
従者か……それにしても少しだけエスティアは明るくなったかな?
「あのルシエル様? 私も結構有能なスキルを持っていますよ? 商会を経営されているなら、もう凄く働きますよ」
「じゃあ、今日はゆっくり休んでくれ」
「はい、ルシエル様。おやすみなさいませ」
「おやすみ」
「ちょっと、エスティアちゃん?」
こうして俺とエスティアはアリスを放置しつつ、俺は冒険者ギルドへと戻ることにした。
それにしても一人で夜の道を歩くことなんて、昔じゃ考えられなかったよな……。
冒険者やスラムから人が出て来ることもだけど、門兵さんも怖いと思っていたんだからな。
そう考えると、徐々に俺も変わってきているのかも知れないな……。
ただ変わらない関係というのも、確かにあるようだ。
冒険者ギルドの前で仁王立ちしている師匠の姿があった。
「師匠、何で冒険者ギルドの前で仁王立ちをしているんですか?」
「……ただ外の空気を吸いたくなっただけだ。それで用件は終わったのか?」
「はい。もうメラトニにいる時は冒険者ギルド以外に用が出来ることはないでしょうね」
「そうか。じゃあ約束通り、模擬戦に付き合ってもらうぞ」
「……お手柔らかにお願いします」
「……」
師匠はニヤリと笑顔を浮かべた後、冒険者ギルドの扉を開いて地下の訓練場へと向かって行くのだった。
「しょうがない。今日一日は今までで一番大変な一日だったから、日常に戻るにはちょうどいいか。今日こそは師匠に勝って気持ちよく眠ろう」
しかしこの日、師匠との模擬戦では斬って斬られて治療して、勝ち負けではなく、師匠が満足するまで付き合うことになり、ただ疲れがピークに達して泥のように眠ることになった。
翌朝、俺は師匠から叩き起こされた。
「おい、ルシエル。早く起きてくれ」
師匠の懇願するような声に目をこすりながら起きると、師匠は目を真っ赤にしていた。
「えっと、どうしたんですか?」
「上に行けば分かる。急いで一階を浄化してくれ」
「えっと、分かりました」
師匠が私室に入ってくることは一度もなかったから、何かあるんだろうと思い部屋を出ると、そこにはギルド職員の皆さんや冒険者達まで集まっていた。
「何が起こっているんだ?」
皆が縋るような目で見ていたのが気になったけど、とりあえず一階に上がることにした。
そして階段を上り始めた時に理解した。
これは物体Xの臭いだと。
俺は浄化しながら一階に到達すると、一階は煙で溢れていた。
どうして? そんな思いもあったけど、浄化していくとやはり煙の出どころは食堂だった。
とりあえず二階より上の浄化は後回しにして食堂へ入ると、そこには倒れたグルガーさんとワラビスがいた。
「……とりあえず浄化が先だな」
そして食堂と調理場を浄化していくと、料理を作っていたコンロの側には物体Xが飛び散っていた。
「これが原因か……それにしてもどれだけ人に食べさせるつもりだったんだ?」
カウンターの上にはズラっと料理が並べられていて、怪しげな色がトッピングされているものばかりが並んでいた。
「やっぱりグルガーさんの暴走を止めるには、ガルバさんがいないと駄目なのかな? それとも物体Xを生み出す魔導具をイエニスみたいに回収するか? 判断は師匠に任せよう」
俺は魔法袋に料理を回収して、その後完全に浄化してから、地下へと戻った。
「師匠、皆さん一階までなら大丈夫です。二階以降は立ち入っていいか判断がつかなかったので、同行してもらえるなら、浄化しますよ」
するとまるで英雄でも見るような眼差しを皆から向けられた。
「よくやった、ルシエル。それで原因は何だったんだ?」
「グルガーさんが物体Xの料理を作っていて、それを運んでいたワラビスが転んで零したのが原因だと思いますよ」
「そうか。それならそろそろ罰が必要だな。特に今回は冒険者ギルドの運営に支障きたしたんだからな。悪いがひとまずは冒険者ギルドの浄化に付き合ってくれ」
「はい」
それから師匠について回り、冒険者ギルド全体を浄化したところで、物体Xの祟りなのか、未だに目が覚めないグルガーさんとワラビスをぐるぐる巻きにした師匠は、二人の顔に物体Xを顔に塗って覚醒させた。
「臭ッなんだ……なっ!? これはどういうことだ?」
「動けないプ~」
二人は覚醒した直後に、自分たちが縛られていることに気づいた。
「グルガー、約束を破って物体Xの煙を上げたな?」
「ブ、ブロド、待ってくれ、話せば分かる」
「最近、ガルバがいなくなってからのお前の行動は目に余る。よって、今回自分で作った料理と物体Xをピッチャーで最低でも二杯は飲んでもらうぞ」
「ば、そんなことしたら、俺の鼻が壊れて料理が当分作れななくなるぞ」
「安心しろ。暴走した職員を正しい道に戻すのが、ギルドマスターの仕事だ」
「死にたくないぷ~、何で転んだだけでここまでされないといけないぷ~」
「今回は冒険者ギルド、メラトニ支部を存続の危機に陥れた罰だから、甘んじて受け入れろ」
この直後から冒険者ギルドにグルガーさんとワラビスの叫び声が何度も繰り返し響くのだった。
そして二人を笑いながらおしおきをする師匠には、久しぶりに鬼畜師匠の通り名が出回ることになるのだった。
お読みいただきありがとう御座います。