284 対戦乙女聖騎士隊
冒険者ギルドでグルガーさんの美味しい料理を想像していた俺には残念な結果になったけど、皆はグルガーの美味しい料理に舌鼓を打っていたようで……。
「グルガーさん、俺にも美味しい料理を食べさせてくださいよ。さすがにもう物体Xが入った料理の試食はしませんよ」
「チィ、ルシエルがいる時じゃないと試作と研究が進まないからな。下で戦ったらまた食堂に来い」
「それでこそグルガーさんですよ」
「だが、あと幾つかの試作も食べて、感想も聞かせてくれ」
「……分かりました」
さすが料理熊の通り名で呼ばれているだけあって、近場で迫られると滅茶苦茶怖かった。
俺の返事に微笑みながら、グルガーさんは厨房へと戻っていた。
グルガーさんとの会話が終わるのを待って、ケフィンが声を掛けてきた。
「それでルシエル様、あの者達と戦うとのことですが、何か作戦はあるんでしょうか?」
「そうニャ。普通にやれば勝てるとは思うニャ。でもこっちは連係の訓練をしたことがないニャ」
ケフィンとケティは個で負けるとは思っていないようだけど、集団戦では苦戦すると思っているようだった。
「グランドルの迷宮で俺達は師匠やライオネルに鍛えてもらった。それから半年間二人が遊んでいたのなら話は別だけど、個で魔族化した兵に勝てるんだから、何とかなると思うんだけど?」
「ルシエル様、それはあの方達と本気で戦うってことですか?」
「もしかして精霊魔法も使用するってことでしょうか?」
ナディアとリディアは当たり前のことを口にする。
「えっ? そうだよ。俺も龍の力を借りるつもりだし。出来れば自分の対人戦がどれだけ戦えるかも知っておきたい。一応本当に殺すのだけはなしで、それ以外は全力だよ」
特に俺は雷龍の力を使っても、レベルが下がった師匠にさえ負けるのだから、常に本気で行かないとルミナさんには勝てないだろう……。
しかしここでライオネルから意外な提案が上がる。
「ルシエル様、出来れば開始から少しの間は身体強化だけで戦っていただきたいのですが……」
「えっと、理由を聞いてもいいかな?」
さすがにその意図が分からないとそれに応じることが戸惑われた。
「はい。あまり早く終わり過ぎると、竜の対抗出来る力があるかどうか推し量ることが出来ません」
ルミナさんのアクセルブーストだけが怖いけど、それ以外なら何とかなるかな?
「……回復や結界魔法は? それとリディアの魔法は?」
「出来れば結界魔法だけでお願いします。竜種は物理、魔法に対しての防御力高いですから、色々とそれで判断しようかと。それとリディアの精霊魔法に関しては問題ありません」
ライオネルは帝国の砦でリディアの精霊魔法を見ているから、問題ないかどうかの判断が出来たんだろうな。
「分かった。皆もよろしく頼む」
「「「「はっ(はい)」」」」
よし。これで戦闘班はいいな。
「ドラン、技術班はどうする? 工具もないから何も……で、どうする?」
ドランに話しかけている最中にドランはニヤリと笑いながら、自分の持っていた魔法の鞄から、工具を出して見せた。
ドランの……ドラン達の技術者としての矜持を見た気がした。
「こっちはまだまだ不明なこれらの解析に時間を割きたいから、先に宿へ向かおうと思っている」
ポーラ、リシアン、リィナ、ナーニャはドランの声に呼応するように頷いていた。
そうなると残るはエスティアとアリスだけど……。
「ルシエル様、私は模擬戦を観戦します。そして食事が終わったらアリスちゃんと一緒に少しだけ付き合ってください」
「……分かった」
エスティアの用件はだいたい察しがついていた。
するとエスティアの隣にいたアリスが物体Xが入っていた俺と師匠の物体Xを見ながら口を開く。
「ねぇ賢者様。さっき飲んでいた……えっと、神々の嘆き/物体X? あんなの飲んで身体は大丈夫なの? 鑑定の内容が普通じゃないのだけれど?」
そういえばアリスは鑑定の所持者だったな。
しかし……内容っていうことは、あれが何なのか鑑定が出来たってことなのか? 聞いてみたいけど、聞くのが尋常じゃなく怖い。
「……あれが何か鑑定で分かったのか?」
「ええ。賢者様の飲んだあれ、二倍濃縮って書いてあるわ」
「そっちか……って、濃縮?」
「ええ。二倍って表示されているわ」
「通りで……色が違うと思ったんだ……あの人は俺に何を飲ませるんだ!」
グルガーさんを見ると、そ知らぬ顔で調理していた。
「あと、丸薬が魔力で溶け出したものらしいけど、元々は何の丸薬なのかしら?」
この人って確か、混ぜるな危険をやって死んだんだよな……。
「……興味があるなら飲んでからにするといいぞ」
俺はそれだけ告げて、訓練場へと移動することにした。
訓練場では既に戦乙女聖騎士隊が陣形を組んで待っており、訓練をしていたであろう人達も既に訓練場の外の通路から訓練場の中を除いていた。
「お待たせしました。師匠も先にこっちへ来ていたんですね」
「ああ。あれを食べた後に、ルシエルと戦ったら、色々拙いことになりそうだからな」
「……そうですか」
俺は師匠の分も思いっきり物体Xが入った料理食べたんですけどね……もちろんそんなことが言える訳がないので、ただただ心の中でそう思うのだった。
「それでルシエル君、今回のルールをもう一度きちんと確認しておきたい」
ルミナさんは本当に清廉潔白な人だな。
「即死攻撃以外は何でもありです。腕や足を切り落としても構いません。戦闘が終われば全て治します。もし何かあるのならそちらからの条件を呑みます」
「……分かった。条件はそのままで受けよう。戦乙女聖騎士隊の力をルシエル君に正しく思い出してもらおう」
既にルミナさんからは笑顔が消えていた。
「楽しみにしています」
俺とルミナさんは少しだけ距離を取ると、師匠が始めの合図を出すことになった。
「じゃあ直ぐに始めるぞ……始め!」
師匠は十メートル程距離が空いた俺とルミナさんを見てから、合図を開始した。
合図のあった直後、俺が後方へと跳ぶのを読んでいたのか、ルミナさんの剣が俺へと迫ってきていた。
たぶん初っ端からアクセルブーストを発動したみたいだ。
一瞬だけルミナさんの勢いが速くて不味いかとも思ったけど、ルミナさんの剣が俺に届くことはなかった。
キィィィィインと甲高い剣戟が鳴り響き、そこにはルミナさんの剣を、俺の後方から俺を抜き去ったケフィンの剣が弾いたのだ。
俺は着地したタイミングで、身体の中の魔力を高速循環させ、幻想剣でルミナさんを本気で斬りつける。
ルミナさんは何とか盾で防いだけど、そのまま身体が浮かび上がって、後方に弾かれていく。
「ルシエル様、やはり誘い込むとはいえ、身体強化もしないでただ後方に跳ぶだけでは、ただの的でしかありませんよ」
「でも、やっぱりルミナさんは仕掛けて来ただろ? 相手は全員動きが止まっているし」
「ルシエル様、最近……いえ、それでは行ってきます」
何だろう? 途中で止められたら気になるが……。
だが聞いている時間もないので、まずは自分の仕事をする。
「その前に――」
俺は全員にエリアバリアを発動させた。
それがこちらからの戦闘開始の合図となった。
左右に大きく広がったケフィンとケティが、戦乙女聖騎士隊の意識を左右に分担する。
そこへ空中からリディアの精霊魔法で生み出された氷柱が戦乙女聖騎士隊に襲い掛かる。
俺とナディアはその場で待機しながら、戦乙女聖騎士隊陣形が崩れるのを待っていた。
最初に会ってから四年。
戦乙女聖騎士隊に新加入している聖騎士は一人もいなかった。
たけど一人の脱落者も戦乙女聖騎士隊は出してはいなかった。
戦力の補充がされていない分、誰かが怪我や脱落してしまえば、戦乙女聖騎士隊はそれだけ苦しい戦いに晒されることは誰が考えても分かる。
今回の魔族化騒動の前にも、帝国との戦争に介入して怪我を負ったルーシィーさんとエリザベスさんも、直ぐに復帰をしたというし、隊の士気、練度、連携も高い水準なんだろう。
だからこそルミナさん達を見極めなければいけないのだ。
守る存在なのか、共に戦う存在なのかを……。
リディアの精霊魔法にマルルカさんとガネットさんが前に出て二人は手を握ると魔力が赤い魔力と緑の魔力が混ざり合ってリディアの氷柱を全て吹き飛ばした。
そしてケフィンにはリプネアさんとベアリーチェさん、ケティにエリザベスさんとサランが二人掛かり対応しに入る。
双剣の使い手であるリプネアさんとエリザベスさんが手数で勝負しながら、ベアリーチェさんとサランさんは槍と大剣で援護している。
長剣に盾のオーソドックスなキャッシーさん、小盾に
ルーシィーは吹っ飛んだルミナさんを治療しながら、全体を観察しているように見えた。
一人一人が役割をこなしながら、自分達の戦いに集中しているように思えた。
「だけど、だからこそ……危険な龍の谷の麓へ同行させたくない」
もしレベルを上げるだけなら、全てが終わった後に、グランドルの迷宮にあるランダムボスが出てくる部屋で上げればいいのだから。
ライオネルや師匠の判断には従うつもりだけど、俺は本気で戦乙女聖騎士隊の心を折りにいくことにした。
「ナディア、行けるか?」
「いつでも」
「リディア、さっきの三倍で」
「分かりました」
スゥ~っと息を吸って、俺は行動をする合図を送る。
「ゴォー!!」
その瞬間、俺達の本当の攻撃が開始するのだった。
お読みいただきありがとうございます。
戦乙女聖騎士隊に少しだけスポットが当たりましたw