281 説得力
無事に翼竜の解体と帝国兵の浄化が済み、再び飛行艇に戻ると、ライオネルによるバザック氏の説得もどうやら終わっているようだった。
「ルシエル様、深淵の魔導士バザックに、状況の説明と説得が終わりました」
帝国へこれ以上の攻撃をしないこと、また自らの命を絶つといった事を踏み止まらせることが出来たらしい。
「えっとバザックさん、戦闘中は挨拶が出来ていませんでしたが、私の名をルシエルといいます。無事に回復されてたようで何よりです」
「賢者ルシエル、この度は奴隷から解放していただき、また命を救っていただき感謝する」
バザック死は深々と頭を下げたのだが、ライオネルと一緒で頭を下げているのだが、変な
「頭を上げてください。バザックさんがあの時、クラウドや研究所を攻撃、破壊してくれていなければ、これ程スムーズに帝国を攻略することは出来ませんでした。それこそ時間が掛かり、もっと苦戦していたことでしょう。こちらこそ本当に感謝しています」
こちらからも頭を下げてお礼を伝える。
「……先程、戦鬼から貴方の従者にならないかと誘われました」
ん? 従者に誘われた? 俺はライオネルを見るが、ただ微笑むだけで何も語ろうとはしない。
「……そうでしたか。バザックさんのことはライオネルに任せていたので、私はそのことを知りませんでした」
“復讐に囚われないように説得します”って、言っていたからライオネルに任せたけど、説得の着地点が俺の従者とか……俺も一切聞いていなかった。
バザック氏もライオネルを見るが、やはり何も話そうとはしなかった。
やがてバザック氏はため息を吐いてから、自分の気持ちを話し始めた。
「私は何故帝国の猛将であった戦鬼将軍が、まだ若い貴方に仕えたのかがイマイチ理解出来ていなかった……いや、未だに分からない。確かに聖属性魔法で身体が完治したことで恩は感じたのでしょうが、それだけとは思えない」
「……」
……どうやらイエニスでのことだけを話して、邪神等の話は一切していないみたいだな。
「正直なところを申し上げて、私は賢者ルシエルの人となりを全く知らない。貴方が賢者で素晴らしい聖属性魔法の使い手であることはこの身で受けて知っているが、ただそれだけで忠誠を誓って仕えることは出来ない」
まぁそうだろうな。これで了承されたら、ライオネルの説得力がおかしいことになる。
「そうでしょう。私もバザックさんが素晴らしい魔法の使い手であること以外は良く知りませんからね。それに無理に仕えていただかなくても、バザックさん程の方であれば何処でも生きていくことは可能でしょう」
確かにバザック氏は凄い力を持っている。だけど、いくらバザック氏が頼れるからといっても、これから龍の谷の麓へ行かなければならない時に、立場が微妙な人を連れて行きたくないからな……。
「ですので、これから貴方を見極めるために共に行動させていただこうと思うのです」
……どうやらいきなり思惑が外れだした……。
「えっと……それはどういう立場になるのでしょうか?」
傭兵? それとも客将? もしくは従者見習いになるのか? そもそも既に同行することが決まっているかのような発言だったよな?
「どんな立場でも結構。例え奴隷にされたとしても一向に構いません。この身は一度死んでいる身ですから、全てをお任せします」
……とても面倒な展開になったのだが、ライオネルは未だに微笑みながら、俺とバザック氏のやりとりを見ている。
性格的なことを考えて説得して、自分の目で確かめさせるような誘導でもしたのだろうか? もうライオネルのことが分からない。あとでゆっくりと話す時間を作ろう。
「……それでは誓約で貴方の行動を縛っても宜しいですか?」
とりあえずは誓約に留めておくことにした。
「ええ、構いません」
バザック氏は一切迷うことなく頷いた。
後ろでナディアに口を押さえられているアリスが少し騒がしくなったけど、とりあえずバザック氏とも誓約を交わすことにする。
「それでは私、私の従者、私の不利益になる行動を一切禁止します。もしそれを破れば魔法が使えなくなる罰則が貴方に訪れますが、そのことを主神クライヤ様に誓えますか?」
「はい。この身も賭けて誓います」
その瞬間、バザック氏の身体に光り、誓約が完了した……が、一度死を覚悟していたからか、とてもバザック氏の誓約が重いものになってしまった。
まぁこちらの不利益なことはしないから、別に問題はないのだけれど……。
「誓約していただきありがとうございます。これからよろしくお願いします」
「こちらこそ当面の間、お世話になります」
これは客将という認識の方がよさそうだな。
「それで申し訳ありませんが、話の続きは飛行艇を発進させていただいてからでも構いませんか?」
「ええ。ですが、本当にこれが空を飛ぶのか?」
「はい。空いている席に座られても、そのままでも構いませんよ」
俺は一度頭を整理するために、飛行艇を発進させるのだった。
それからのバザック氏は“この飛行艇がネルダールが浮遊している秘密を解く鍵になる”と、少年のように目を輝かせていた。
それと同じくアリスが楽しそうにはしゃぎながら“やっぱり愛人に”と口走った。面倒になってきたので、とりあえず無視することにした。
早く闇の精霊とエスティアが入れ替わって欲しいし、転生者のリィナに丸投げしたいと本気で思い始めるのだった。
そして帝国と聖シュルールの国境を越えたところで、少し落ち着いてきたバザック氏に声を掛けた。
「それでこれからの行き先はライオネルから聞いていますか?」
「ええ。何でも多くの獣人達が暮らすイエニスを訪れるとか?」
行き先は聞いているけど、何故行くかまでは話していないのだろう。
「はい。私も長らく訪れていませんが、ルシエル商会という私達の本拠地があります」
「……その若さで自分の商会を持っているなんて、元は何処かの国の貴族だったのですかな?」
今まではとは違って、少し窺うような雰囲気をまといながら、アリスも俺の発言に注目しているのが分かった。
「いえ、私はただの……いや、それどころかまったく常識を知らない村人でしたよ」
「……とても信じられないが……」
確かに普通なら当然、信じられるものではないだろう。
「本当のことですよ。ただ生きることのためだけに全力を尽くしてきたら、運良く優秀な人達との縁が出来て、その時その時を必死に生きていたら、いつの間にか私の周りには優秀な人達が集まっていたのです。だからルシエル商会のことも半分も知らないかも知れません」
本当に色々なことを豪運先生に助けられて、師匠の地獄の特訓に耐えて、物体Xを飲み干して俺の基礎が出来上がり、それからは本当に生き残るために必死に足掻いていただけだ。
そしたらいつの間にか、俺の周りには信頼出来る仲間が揃っていたのだ。
「……なるほど」
それからバザック氏は何やら考え始めしまったので、伝えるべきことをしっかりと伝えておくことにした。
「これから一か所寄り道をした後にですが、そのイエニスへ向かいます。そしてその後のことなんですが、申し訳ないのですが、バザックさんは当分の間、そのイエニスに滞在していただこうかと思います」
「んっ? その言い分だと、賢者ルシエルはどちらかへ行かれる予定が?」
「はい。龍の谷の麓へ行かなくてはいけないことになりまして、竜種がゴロゴロしているらしいので、さすがに連れていくには……「ちょっと待たれよ」なんでしょうか?」
「何故、連れて行ってもらえないのだろうか?」
バザック氏は同行することが出来ないことに不満があるみたいだけど、それは仕方がないことだと思う。
「危険だからですけど?」
「戦鬼は行くのであろう?」
バザック氏は何故かライオネルと同じ立場で物事を考えていたようたけど、これは正直に伝えた方がいいだろう。
「それは当然ついて来てもらいます。ライオネルは筆頭従者ですから。それ以外にも戦闘の行える面々には、特に問題が無ければついて来てもらいます」
「それなのに何故、私はイエニスで留守番なのだ?」
「それはバザックさんが私を良く知らないように、私もバザックさんを良く知らないからです。別に裏切りなどがあるとは思っていませんが、出会ってから半日で死地へ一緒に行くことは出来ませんよ」
「うっ……そうか」
とても残念そうな顔をして、バザック氏は
それから暫くは静かな飛行が続き、空が茜色になってきたところで、ようやく俺にとっての故郷のような存在のメラトニの街が見えてくるのだった。
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