279 最後の言葉
再び帝都を訪れた俺達は……正確にはライオネルがかなりの面倒事に巻き込まれていた。
帝都に戻った俺達を出迎えたのは軍人ではなく、帝国の国益を考えて動く宰相を始めとする文官達だった。
それに何処から聞きつけたのか、貴族まで現れたのだからとても面倒なことになったことは言うまでもない。
彼らの認識ではライオネルは未だ帝国の将軍である。
そのライオネルが皇帝に対し、アルベルト殿下に皇帝位を譲位するように迫ったと一斉に噂が広まっていたらしいのだ。
誰がそんな噂を流したのかは知らないが、そんなこともあり、帝都にいる宰相派の文官達と貴族が一堂に会する異常な事態となっていた。
その大半の目的がライオネルが何を起ころうとしているのか、それを見極めるために集まっとライオネルは推測していた。
まぁそれは分からなくもない……。
通常はいくら将軍とはいえ、譲位を迫ったりした場合、それは当然謀反にあたり、国家反逆罪が適用されるだろう。
だがその直後に皇帝とアルベルト殿下、そしてライオネルが一緒に戦場に赴いたとなれば、また話が変わってきてしまう。
ライオネルは帝国の臣であり、アルベルト殿下の武術の師でもあったことから信頼関係が既に結ばれている……と判断される。
いきなり廃嫡されたと噂になっていたアルベルト殿下が皇帝になろうものなら、帝国において一番の武力と発言力をライオネルが持つことになる。
それを色々勘ぐろうとする者の中には、ライオネルの行動はもしかすると、皇帝も承知の上で、もしくは皇帝が画策したのではと考えを巡らせる者もいるらしい……。
今回の出来事は、ルーブルク王国との戦争以上に、帝国内の権力争いに於いて、かなりの重要な意味を持つことになっていた。
ライオネルをどう取り込めるかどうかで、自分達の将来が大きく変わるのだから当然といえば当然だろう……。
ライオネル帝国将軍だった頃は、派閥を作ることも入ることもなく、常に戦場を駆け回り武人として国政には携わらなかった。
“だから帝国内には誰も私のことを深く知る者はいないでしょう”ライオネルは先程、自分のことをそう評していた。
ちなみにこの面倒な状況を作り出したのは言うまでもなく、アルベルト殿下だ。
皇帝が横にいるのにも関わらず、その宰相や貴族の前で俺とライオネルに縋りつくような真似をしたのだ。
そのせいで俺まで……俺達まで注目を集めてしまったのだ。
ちなみにこの後すぐにフォレノワールの怒りを買い、後ろ脚で蹴られたアルベルト殿下だったが、俺達の関係が分からない以上、下手に動く宰相を含めた文官と帝国貴族はいなかった。
思っていたよりもしっかりとしているのか、アルベルト殿下をライオネルの
そしてこれから謁見の間に
皇帝が玉座に座り、その隣にはアルベルト殿下が立ち、そしてその反対側にライオネルが立っている。
今回はドランにも参加してもらっているので、飛行艇は魔法袋の中にしまってある。
当然のようにフォレノワールもついて来ていて、その物珍しさからかなりの注目を集めたが、近寄って来ようとする者に対し魔法陣を展開させて威嚇し、近づくものはいなくなった。
そしてライオネルがゆっくりと話し始めた。
「私はこの帝国に生を受け、帝国の為に戦い、未来の帝国礎になれればと戦ってきた。そこには一片の悔いもない。しかし陛下は私を裏切り公国ブランジュの魔を操る者と手を組み私を害した」
すると一気に場が騒めき出す。
しかしライオネルはそれを手で制して言葉を続ける。
「私は三年近く前に戦場で毒を飲まされ、足の腱を切断された。それはここにいる陛下の命令でだ。その後、命を狙われた私は逃亡の末に奴隷となった」
誰もがライオネルの独白に自分の耳を疑っている。
まぁクラウドが化けていたのだから、その気持ちは分かる。
「イエニスで運よくそこに居られる賢者ルシエル様にこの身を救っていただき、それからはルシエル様にお仕えしている。だから諸兄らが知っている最近の私は私ではなかったのだ。だから諸兄らが気にしている帝国の権力等には一切興味がない」
すると宰相を名乗っていた老人が手を上げてライオネルに質問の声を上げた。
「将軍、ならばその将軍の代わりの者は一体何者なのか、お分かりなのでしょうか?」
「公国ブランジュに生まれた転生者という異界からの稀人だ。既に本日の朝、その者は賢者ルシエル様のご助力もあり、私が首を落とした。そして陛下とその者が進めていた魔族化計画は既に全てを破壊させてもらった」
「……ですが、それは我が国の軍事力に高めることが出来たのでは?」
声を上げたのは鎧に身を包んだ戦士という言葉が似合う四十代ぐらいの男だった。
「ならば貴様が魔族になり、理性も感情も全て失った人間兵器になりたかったのか?」
「いや、それは……」
男はしどろもどろになり、顔を伏せた。
「本来の帝国兵とは、国の為に心血を注ぎ、国を守る為に己を律し、訓練に次ぐ訓練でその身を鍛え続け、神兵の如き強さを戦場にて発揮する者達のことだ。断じて邪法により手入れるものではない」
謁見の間は静まり返った。
「先程も言ったが、私の中では既に帝国の将軍を辞している。現在は賢者ルシエル様に従者としてお仕えし、魔族、魔王、邪神と戦っている。だから帝国に関わることは一切ないから安心されよ」
しかしライオネルが将軍を辞していることが伝わると、軍属関係の者達は慌て出したが、それは当然だろうな。
ライオネルの強さは師匠と並んで邪神にも傷をつけるものなのだから……。
「長く話してしまったが、陛下はその知略を持って帝国をさらに大きくしたが、邪法に手を染め、自らも魔族になりかかっていた。だからこそ帝国の皇帝を……」
ライオネルは一度アルベルト殿下を見てから首を振り、視線をさらに奥へと移して、その名前を呼んだ。
「聖女メルフィナが選定するまで、空位とし、各派閥のトップが今まで通り国の運営に当たることを進言し、帝国の将軍として最後の言葉とさせてもらおう」
ええっ~!? かなり予想外の展開だった。
しかし何故か宰相を始め、軍関係者も安堵しているような雰囲気を漂わせていた。
一人だけ燃え尽きたようなアルベルト殿下を余所に、ライオネルは帝国関係者に牽制を入れる。
「ああ、最後にもう一つだけ忠告しておこう。もしも次に帝国が邪法に手を染めるようなら、帝国軍が壊滅する日になると思え……次は加減などせず、後悔する間も与えることはない」
それだけ告げると、ライオネルは途中にいたグラディス殿の肩を叩き、何かを言っているようだった。
そしてこちらまでやって来ると、ライオネルは笑って言った。
「さぁ、とっとと帝国から逃げましょう。帝国は帝国でこれから当分こちらを気にする余裕などないでしょう」と。
俺達はそんなライオネルの言葉がおかしくて、笑い合いながら帝国城の外へと向かい、飛行艇を出して空へと脱出するのだった。
お読みいただきありがとうございます。
やっと長かった帝国編が終わりを迎えました。
話数以上に長期間書かない期間もあったりしたので、本当に帝国編は長く感じました。
これからも読んでいただけるように頑張りまので、よろしくお願いします。
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