アルベドさん大勝利ぃ!   作:神谷涼

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 この話はほぼ全て、モモンガさんの精神的成長や突発的衝動で進んでいます。



32:一年分は働いた

 

 ナザリック地下大墳墓、第十層。

 玉座の間。

 

「アルベドよ。お前を伴って未知の相手に会うのは心苦しい。だが、防御力において随一のお前は必須だ」

「いえ。どうかこの身を盾とお使いください」

 

 ガシャリと、甲冑に身を包むアルベドが跪いた。

 その姿は、モモンガと退廃的な日々を過ごしていた時以上に、やる気に満ちて見える。

 

「……ありがとう」

 

 複雑な思いで、モモンガは頷いた。

 やはりこれが、彼女自身の望む立ち位置なのだろう。

 

「コキュートス、シャルティア。お前たちは相手の左右を挟む位置にいろ。連携を学んだのだ。理由は言わずともわかるな?」

「承知シテオリマス」

「妙な動きを見せたら討ち取って見せるでありんす」

 

 シャルティアも赤い甲冑をまとい、完全武装。

 

「いや。なるべく様子見に徹しろ。とはいえ、奴の攻撃が予想以上なら、遠慮せずやれ。判断は二人に任せる」

 

 アウラとマーレ、プレアデスは地上に。

 戦闘力に劣るデミウルゴスは、ニグレドの元で監視と分析に専念。

 別動隊襲撃の可能性を見越しての配置だ。

 

 この場で戦闘に突入した場合に備え、ルベドとヴィクティムも同じく第十階層、最古図書館(アッシュールバニパ)にて待機させている。

 

 パンドラズ・アクターは〈転移門(ゲート)〉で迎えに行った。

 彼とセバスが“奴”の背後を固める。

 そして。

 念には念を入れて、と呼んだ者たちも訪れる。

 

「すまないな。竜王について私は何も知らん。助言役を引き受けてもらえてありがたい」

「いえ。私とてさしたる知識は……ですが、蒼の薔薇のイビルアイ殿は縁があると聞いております」

 

 緊張した様子の面々の中、訪れたラナー王女が軽く会釈する。

 後にクライム、そして蒼の薔薇が続く。

 彼らは交渉のカードでもある。現地人を丁重に扱っているという証だ。

 

「言っておくが、こいつらと竜王が戦い始めたら、我々は一瞬で塵になるぞ」

 

 憮然とした様子のイビルアイ。

 

「すまないな。防御魔法を私が施してもいいが……人質扱いに見られかねん。代わりに、私としてはお前たちの言葉を妨げるつもりはない。私を悪と断じるならば、その旨を竜王に告発してくれてかまわん」

「それで、あいつごと我々の口も封じるのか?」

「イビルアイ!」

 

 不敵に言い返すイビルアイを、ラキュースが抑えるが。

 

「「あんのガキぃ……」」

 

 アルベドとシャルティアは凄まじい怒りを発している。

 

「やめよ。我々は、竜王が暴れ出さねば何の攻撃もせん。対話がどう終わろうと、攻撃さえせねば、竜王は無事に返す。第一、お前たちに他意があれば、とうに手を出しておる」

「……むしろ、こちらが出してしまった」

 

 ぼそっと言うティア。

 感度に比例して、女淫魔(サキュバス)の耳はとても鋭い。

 ぼっ、とモモンガの顔が赤面する。

 

「えっ? マジか」

「これは衝撃的」

 

 色恋を知るガガーランとティナが、モモンガの反応に気づき、目を見張る。

 やたらとティアがツヤツヤしていたが。

 一般メイドに手を出したのだろう程度に考えていたのだ。

 この凶悪かつ強大な勢力の支配者と、そんな関係になるなど、予想の範疇外。

 ティアは一人、ドヤ顔である。

 これに、他の二人もようやく察した。

 

「何やってるんだ、貴様ー!」

「えええ……えええええー!?」

 

 イビルアイが焦った様子で怒りを見せ。

 ラキュースは、あたふたとしかできない。

 騒がしくなった蒼の薔薇に、周りが胡乱な目を向ける中。

 

「と、とにかく、よろしく仲介を頼む。私は地上も諸君も、傷つけるつもりはないのだ」

 

 気まずそうに咳払いしたモモンガに、ひとまず蒼の薔薇は黙るが。

 チラチラと、皆がティアを見ている。

 モモンガも、チラチラとアルベドの反応を探っていた。

 今のアルベドはフルフェイスの兜に包まれており、その反応は不明である。

 モモンガは竜王すら忘れ、不安に苛まれつつあった。

 

「はい。私たちの友好は確かなもの。戦力差は自覚しておりますが、モモンガ様との友情は私にとっても宝です」

 

 ラナーがそう言って、ようやく全員が意識を切り替える。

 

「そうだな。私はラナー王女を決して害しない。クライムくんや蒼の薔薇においても同様だ。その点を、我が栄光あるアインズ・ウール・ゴウンの名のもとに誓おう」

 

 頭上にはためく、その旗を指し、モモンガが宣言した。

 それを待っていたかのように。

 玉座の間の扉が叩かれる。

 

 直接転移のできぬこの部屋に、パンドラズ・アクターとセバスが来たのだ。

 “白金の竜王(プラチナム・ドラゴンロード)”ツァインドルクス=ヴァイシオンを伴って。

 

 

 

 竜王の甲冑姿に、イビルアイ以外は驚いた一幕もあったが。

 遠隔操作と聞けば、なるほどと頷く。

 当人が自ら、敵の本拠地に来るよりわかりやすい。

 

 モモンガが思っていた以上に、竜王の態度は温和で。

 対話もまた、およそ(なご)やかに進んだ。

 百年ごとの転移、過去のプレイヤー、その影響。

 プレイヤー側の視点、同じ時期に転移しつつも百年の空白の存在等。

 モモンガにとっても、また竜王にとっても、重要な情報が得られたと言えよう。

 

「――こちらの状況はこんなところだな。ツァインドルクス殿」

「ツアーでいいよ。私としても王国への行動は、特に咎めない。国もまあ、君が表に立つんじゃなく……」

 

 白金の鎧がちら、と人間種の少女に目を向ける。

 少女は微笑み、礼をした。

 

「ラナーです、竜王様」

「ああ、失礼したね。王族のラナーを立てるならいいんじゃないかな」

 

 人間の国家事情におよそ無関心なのだと知らせながら。

 竜王――ツアーは言った。

 

「それはよかった。私なりに、近隣を住みやすくしたつもりだったからな。ツアーを不快にさせていなければ幸いだ」

「では、モモンガ。君はこの世界を害するつもりはないのかい?」

 

 ごく軽く、今までの会話と変わらぬ様子で、竜王は言う。

 だが。

 

「断言はできん。そうする必要があれば、するかもしれん」

 

 モモンガのその返答に、甲冑ごしの威圧感が放たれた。

 手が、剣に伸びる。

 

「どういう意味だい?」

「そのままの意味だ。特に侵略する気も、破壊する気もない。ラナーに地上部を任せるし、彼女が多少私腹を肥やそうと、私情を優先しようと、咎める気もない。私は根本的にここを出る気がないのだからな」

 

 それに応じ、飛び掛からんばかりの配下を抑え。

 モモンガは両手を軽く上げ、ひらひらと振って見せる。

 敵意はないと示す仕草だ。

 

「実にありがたいことだよ。なら、何があれば害するというのさ」

「むしろ、何もなければ、だな。ツアーの主観において、害すると見える行動をせねばならん可能性は高い」

 

 怪訝そうに、軽く首をかしげる。

 イビルアイやラキュース、またラナーも同様だ。

 

「何かを探しているということかな?」

「私の目的にも関わる……正直、聞くなら私が世界を害さず済むよう、協力してほしい。情報次第で、我々が世界を害する理由は消えるかもしれんし……増えるかもしれん。協力してくれれば、私もツアーに協力しよう。次の100年後に敵対的なプレイヤーが来たなら、私が始末してもいい」

 

 ツアーが沈黙する。

 

「スレイン法国について探っている状況でもある。何かわかれば、情報を全て共有してもいい。そちらで手出ししてほしくない人物や勢力があれば、何もしないよう最大限配慮しよう。そちらのイビルアイ殿について、ツアーの来訪を知らずとも手出しはしていなかったとは、既に言った通りだ。証明せよと言われても困るがな」

 

 その間にも、モモンガは言葉を並べる。

 

「……引きこもっている割に、饒舌だね」

 

 溜息をついて、ツアーから威圧感が消える。

 

「少なくとも、私に仕えてくれる者たちを失望させたくはないのでね」

 

 NPCたちを見れば、それぞれに誇らしげに胸を張った。

 

「いいよ。私も可能な範囲なら協力しよう。君の目的とやらを教えてくれ」

「すまないな。まあ、たいした目的じゃない」

 

 深く玉座に座ったまま、けだるげにモモンガは言った。

 

「私はこの、ナザリック地下大墳墓を維持したいのだよ」

 

 

 

 ツアーを〈転移門(ゲート)〉で送り出させ。

 ナザリック内に魔法の仕掛けも残されていないと確認後。

 

「……ふぅ。やれやれ、少なくとも一年分は働いた気がするぞ」

 

 モモンガは、ぐったりと玉座に身を沈めた。

 NPCは対等の力があろうと、彼を立ててくれた。

 人間は勝手に彼にひれ伏した。

 転移後で同格あるいは格上かもしれない相手と会話するのは、初めてなのだ。

 精神的に疲れ果てていた。

 リアルの取引先、それも格上を相手にした気分。

 

 転移直後とて、すぐにアルベドに溺れ続けたのに。

 今はそんな気力もない。

 

「あ」

 

 ふと、気づいた。

 知ったわけでも、出会ったわけでもなく。

 ずっとあった違和感と答えに、やっと気がついた。

 腕時計をしながら、時計を探して走り回っていたようなものだ。

 理屈ではいくらか答えに近づいていたが。

 ようやく、はっきりと“気づいた”。

 

「ふ……ふふ……はは……」

 

 自嘲的な笑いがこぼれる。

 横でアルベドが心配する声が聞こえるが。

 最愛の声すらひどく空虚で、無意味に聞こえた。

 周囲からの心配する目、不審そうな目、警戒の目。

 そんな中、ラナーとティアは、何か悟った目をしてくれている。

 なるほど。

 

(私には人の友が必要だな)

 

 内心で二人に感謝しつつ。

 

「……そうか。そういうことか」

 

 呟く。

 

(結局のところ。私自身がアルベドを対等と見ていなかったのだな。内心では下に見ながら、矛盾した頼みごと――いや、命令をしていた、か。嗜虐心でプレイとして楽しめるシャルティアやルプスレギナが……特殊なのだ。アルベドもソリュシャンも、理性的だからな)

 

 竜王など、忘れ去っていた。 

 

(ならば愛を育むには……やはり私は、本来の私らしくある必要があったか)

 

 目を閉じる。

 

(かつて、たっち・みーさんがギルドマスターの地位を、私に譲った時。大いに取り乱したものだ。たっち・みーさんは、ずっと憧れで、遥か上にいる人だった。PVPでも勝てなかった。そんな彼の上に、私が立つなんてと……ああ、そうだな。それに他の人も……私よりずっとすごかった。私なんかが、なぜギルドマスターにって思ったんだ。それを私は、ギルドマスターのまま、アルベドにしていたわけか。なるほどな……るし☆ふぁーさんやぺロロンチーノなら、ある種のジョークと受け取って楽しめたろう。でも……私だったら困るしかない。アルベドは私と同じで真面目だものなぁ) 

 

 深呼吸し、息を吐いた。

 

(変わらなくては)

 

 いけないのだ。

 主人は奴隷ではない。

 奴隷の真似事は許されても。

 奴隷にはなれないと、自覚しなければ。

 

「皆、ご苦労だった。アルベドとシャルティアは、装備を戻して来るがいい。いつまでも、物々しい空気では、客人に悪い」

 

 二人が礼をし、下がる。

 

「コキュートス、しばしの間だが、我が護衛をお前に任せる」

「光栄ニゴザイマス」

 

 コキュートスが玉座の横に控えた。

 その歩調には隠し切れぬ喜びが見える。

 思えば、彼を傍に配置するのは初めてだ。

 常にアルベドやシャルティアを侍らせるようにしていた。

 

(アルベドを正妃とした以上、もう少し彼に護衛役を任せるべきか……その方が、アルベドも喜ぶだろう)

 

 それに。

 

「〈伝言(メッセージ)〉――ナーベラルよ。プレアデス各員とアウラ、マーレ、ペストーニャ……あと、ハムスケとニグンとカジットにも、玉座の間へと向かうよう伝えてくれ。ああ、カルネ村にいるユリもだ」

 

 筋は通すべきだろう。

 

「〈伝言(メッセージ)〉――恐怖公、任務中にすまない。一度、ナザリックに帰って来てくれ。ああ、玉座の間だ」

 

 さらに監視や待機していたNPCも、呼び。

 竜王を送り出したセバスとパンドラも呼び戻す。

 他のNPCや、クレマンティーヌとヒルマも呼んだ。

 名と設定を持つ全員。

 また、モモンガ個人を知る人間も全員呼んだ形となる。

 

「さて……これからするのは内輪の話だ。今回の報告も兼ねている。興味があれば同席してもいいし、なければ自室で休んでもらってもいい。ラナー王女、それに蒼の薔薇の諸君には、随意に決めてほしい」

 

 残っていた客人らに目を向ける。

 

「私は同席させていただこうかと思っております」

 

 ラナー王女が微笑み、言う。

 その目には、同志を応援する光があり。

 これからの出来事を、ある程度は読み取っている風でもあった。

 

「ありがとう、ラナー。私の好感を得た人間はそれなりにいるが、真の友情を得た人間は貴女だけだ」

 

 モモンガも飾らず、素直に礼を言った。

 

「私も、見届けさせてもらう」

 

 ティアがしっかりとモモンガを見て、言う。

 

「思っている形とは違うかもしれないぞ? 私は何せこのような種族だからな」

 

 苦笑し、ティアに頷くモモンガ。

 

「ほ、本当にティアがあの人と?」

「というか……こういう場合、私が伏線的に重要な立場じゃないのか?」

「あれは嗜好の問題」

「巻き込まれなくてむしろよかったじゃねーか」

「ラナー様は大丈夫なんでしょうか……?」

 

 残った面々があれこれと言う間も、ラナーとティアはそれぞれ、モモンガと目で語り合う。

 モモンガにとって、この二人は大切な友人となっていた(片方はセフレだが)。

 時間こそ短いが、重要な……己を後押ししてくれた人物。

 ゆえに、これからの決断について、見て欲しかった。

 

 アルベドとシャルティアが、いつもの衣装で戻る頃。

 すでに、玉座の間には多数のNPCが集まっていた。

 

「アルベド、シャルティア。今回はお前たちも他の階層守護者と共に我が前に並べ」

「は、はい」

「ええっ!?」

 

 玉座の横に侍ろうとした二人が、明らかにうろたえている。

 シャルティアはともかく、アルベドにはやはり無理をさせていたのだなと、溜息をついた。

 

「デハ、コノ身モ下ガラセテイタダキマス」

「いや、お前はそこにいろ」

 

 同じく前に控えようとするコキュートスを留める。

 

「お前は守護者の中で最も公平な視点を持つ。今回はお前こそ、我が供にふさわしい」

「オオ……過大ナ評価、アリガタク! 妃様ニハ至リマセヌガ、御身ノ盾トナラセテイタダキマス!」

 

 奮起する彼に、モモンガは頷く。

 コキュートスは、直接に褒めた機会も少ない。

 今後はより多く接してやらねばと定め。

 そんな間にも、無数の異形が玉座の間へとやって来る。

 彼らは自由に挨拶し、いくらかは雑談もしている。

 

 主だった面々がそろったと見て。

 モモンガは玉座に深く座したまま、片手を上げた。

 全員がしんと、静まり。

 NPCらは跪く。

 

「では、今回の竜王との会見結果と、今後の方針、そして人事について伝える」

 

 じっと、これまで関係を持った者たち。

 そして、友情や恩義を育んだ者らを見る。

 

「まず要点を言おう。我々はこれより、スレイン法国上層部解体と、同神殿勢力消滅に向け、活動を開始する」

 

 血気盛んな者らが腰を浮かす。

 

「ただし! これは侵略でも支配でもない。王国同様、諜報活動と人材獲得の結果だ。派手な戦争はしない。可能なら別宗教による塗り替えが最も好ましい。詳細は追って合議し、私に報告せよ」

 

 既に手を進めていたデミウルゴスと恐怖公が、恭しく礼をする。

 

「そしてもう一つの要点だ。人員配置について変更がある」

 

 居住まいを正し、少し間を置いた。

 モモンガ自身にとっても、勇気のいる発言だったがゆえに。

 

「……我が最愛の正妃たるアルベドよ。お前に無断となったが――正式な我が側室を定める」

 

 アルベドは少し緊張は見せたが、普通に頷いて見せた。

 やはり、アルベドは己に執着はしていないか、と諦めにも似た感情が湧くが。

 仕方がない。

 モモンガが勝手に執着し、勝手に愛憎を募らせていたのだ。

 

「ナーベラル・ガンマよ。お前を我が側室とする。今後、我が床にはアルベドとナーベラルのみを迎える。よいな」

 

 一呼吸後。

 

 ナーベラルは茫然としたまま止まり。

 ルプスレギナとソリュシャンが俯き。

 クレマンティーヌが肩をすくめる中。

 シャルティアは絶叫した。

 





 このままだと、ナーベラルが一人だけ妊娠しちゃうかもですしね。

 それにしても、蒼の薔薇の他の面々やクライムくんを活躍させる機会がない……。

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