ナザリック地下大墳墓、第十層。
玉座の間。
「アルベドよ。お前を伴って未知の相手に会うのは心苦しい。だが、防御力において随一のお前は必須だ」
「いえ。どうかこの身を盾とお使いください」
ガシャリと、甲冑に身を包むアルベドが跪いた。
その姿は、モモンガと退廃的な日々を過ごしていた時以上に、やる気に満ちて見える。
「……ありがとう」
複雑な思いで、モモンガは頷いた。
やはりこれが、彼女自身の望む立ち位置なのだろう。
「コキュートス、シャルティア。お前たちは相手の左右を挟む位置にいろ。連携を学んだのだ。理由は言わずともわかるな?」
「承知シテオリマス」
「妙な動きを見せたら討ち取って見せるでありんす」
シャルティアも赤い甲冑をまとい、完全武装。
「いや。なるべく様子見に徹しろ。とはいえ、奴の攻撃が予想以上なら、遠慮せずやれ。判断は二人に任せる」
アウラとマーレ、プレアデスは地上に。
戦闘力に劣るデミウルゴスは、ニグレドの元で監視と分析に専念。
別動隊襲撃の可能性を見越しての配置だ。
この場で戦闘に突入した場合に備え、ルベドとヴィクティムも同じく第十階層、
パンドラズ・アクターは〈
彼とセバスが“奴”の背後を固める。
そして。
念には念を入れて、と呼んだ者たちも訪れる。
「すまないな。竜王について私は何も知らん。助言役を引き受けてもらえてありがたい」
「いえ。私とてさしたる知識は……ですが、蒼の薔薇のイビルアイ殿は縁があると聞いております」
緊張した様子の面々の中、訪れたラナー王女が軽く会釈する。
後にクライム、そして蒼の薔薇が続く。
彼らは交渉のカードでもある。現地人を丁重に扱っているという証だ。
「言っておくが、こいつらと竜王が戦い始めたら、我々は一瞬で塵になるぞ」
憮然とした様子のイビルアイ。
「すまないな。防御魔法を私が施してもいいが……人質扱いに見られかねん。代わりに、私としてはお前たちの言葉を妨げるつもりはない。私を悪と断じるならば、その旨を竜王に告発してくれてかまわん」
「それで、あいつごと我々の口も封じるのか?」
「イビルアイ!」
不敵に言い返すイビルアイを、ラキュースが抑えるが。
「「あんのガキぃ……」」
アルベドとシャルティアは凄まじい怒りを発している。
「やめよ。我々は、竜王が暴れ出さねば何の攻撃もせん。対話がどう終わろうと、攻撃さえせねば、竜王は無事に返す。第一、お前たちに他意があれば、とうに手を出しておる」
「……むしろ、こちらが出してしまった」
ぼそっと言うティア。
感度に比例して、
ぼっ、とモモンガの顔が赤面する。
「えっ? マジか」
「これは衝撃的」
色恋を知るガガーランとティナが、モモンガの反応に気づき、目を見張る。
やたらとティアがツヤツヤしていたが。
一般メイドに手を出したのだろう程度に考えていたのだ。
この凶悪かつ強大な勢力の支配者と、そんな関係になるなど、予想の範疇外。
ティアは一人、ドヤ顔である。
これに、他の二人もようやく察した。
「何やってるんだ、貴様ー!」
「えええ……えええええー!?」
イビルアイが焦った様子で怒りを見せ。
ラキュースは、あたふたとしかできない。
騒がしくなった蒼の薔薇に、周りが胡乱な目を向ける中。
「と、とにかく、よろしく仲介を頼む。私は地上も諸君も、傷つけるつもりはないのだ」
気まずそうに咳払いしたモモンガに、ひとまず蒼の薔薇は黙るが。
チラチラと、皆がティアを見ている。
モモンガも、チラチラとアルベドの反応を探っていた。
今のアルベドはフルフェイスの兜に包まれており、その反応は不明である。
モモンガは竜王すら忘れ、不安に苛まれつつあった。
「はい。私たちの友好は確かなもの。戦力差は自覚しておりますが、モモンガ様との友情は私にとっても宝です」
ラナーがそう言って、ようやく全員が意識を切り替える。
「そうだな。私はラナー王女を決して害しない。クライムくんや蒼の薔薇においても同様だ。その点を、我が栄光あるアインズ・ウール・ゴウンの名のもとに誓おう」
頭上にはためく、その旗を指し、モモンガが宣言した。
それを待っていたかのように。
玉座の間の扉が叩かれる。
直接転移のできぬこの部屋に、パンドラズ・アクターとセバスが来たのだ。
“
竜王の甲冑姿に、イビルアイ以外は驚いた一幕もあったが。
遠隔操作と聞けば、なるほどと頷く。
当人が自ら、敵の本拠地に来るよりわかりやすい。
モモンガが思っていた以上に、竜王の態度は温和で。
対話もまた、およそ
百年ごとの転移、過去のプレイヤー、その影響。
プレイヤー側の視点、同じ時期に転移しつつも百年の空白の存在等。
モモンガにとっても、また竜王にとっても、重要な情報が得られたと言えよう。
「――こちらの状況はこんなところだな。ツァインドルクス殿」
「ツアーでいいよ。私としても王国への行動は、特に咎めない。国もまあ、君が表に立つんじゃなく……」
白金の鎧がちら、と人間種の少女に目を向ける。
少女は微笑み、礼をした。
「ラナーです、竜王様」
「ああ、失礼したね。王族のラナーを立てるならいいんじゃないかな」
人間の国家事情におよそ無関心なのだと知らせながら。
竜王――ツアーは言った。
「それはよかった。私なりに、近隣を住みやすくしたつもりだったからな。ツアーを不快にさせていなければ幸いだ」
「では、モモンガ。君はこの世界を害するつもりはないのかい?」
ごく軽く、今までの会話と変わらぬ様子で、竜王は言う。
だが。
「断言はできん。そうする必要があれば、するかもしれん」
モモンガのその返答に、甲冑ごしの威圧感が放たれた。
手が、剣に伸びる。
「どういう意味だい?」
「そのままの意味だ。特に侵略する気も、破壊する気もない。ラナーに地上部を任せるし、彼女が多少私腹を肥やそうと、私情を優先しようと、咎める気もない。私は根本的にここを出る気がないのだからな」
それに応じ、飛び掛からんばかりの配下を抑え。
モモンガは両手を軽く上げ、ひらひらと振って見せる。
敵意はないと示す仕草だ。
「実にありがたいことだよ。なら、何があれば害するというのさ」
「むしろ、何もなければ、だな。ツアーの主観において、害すると見える行動をせねばならん可能性は高い」
怪訝そうに、軽く首をかしげる。
イビルアイやラキュース、またラナーも同様だ。
「何かを探しているということかな?」
「私の目的にも関わる……正直、聞くなら私が世界を害さず済むよう、協力してほしい。情報次第で、我々が世界を害する理由は消えるかもしれんし……増えるかもしれん。協力してくれれば、私もツアーに協力しよう。次の100年後に敵対的なプレイヤーが来たなら、私が始末してもいい」
ツアーが沈黙する。
「スレイン法国について探っている状況でもある。何かわかれば、情報を全て共有してもいい。そちらで手出ししてほしくない人物や勢力があれば、何もしないよう最大限配慮しよう。そちらのイビルアイ殿について、ツアーの来訪を知らずとも手出しはしていなかったとは、既に言った通りだ。証明せよと言われても困るがな」
その間にも、モモンガは言葉を並べる。
「……引きこもっている割に、饒舌だね」
溜息をついて、ツアーから威圧感が消える。
「少なくとも、私に仕えてくれる者たちを失望させたくはないのでね」
NPCたちを見れば、それぞれに誇らしげに胸を張った。
「いいよ。私も可能な範囲なら協力しよう。君の目的とやらを教えてくれ」
「すまないな。まあ、たいした目的じゃない」
深く玉座に座ったまま、けだるげにモモンガは言った。
「私はこの、ナザリック地下大墳墓を維持したいのだよ」
ツアーを〈
ナザリック内に魔法の仕掛けも残されていないと確認後。
「……ふぅ。やれやれ、少なくとも一年分は働いた気がするぞ」
モモンガは、ぐったりと玉座に身を沈めた。
NPCは対等の力があろうと、彼を立ててくれた。
人間は勝手に彼にひれ伏した。
転移後で同格あるいは格上かもしれない相手と会話するのは、初めてなのだ。
精神的に疲れ果てていた。
リアルの取引先、それも格上を相手にした気分。
転移直後とて、すぐにアルベドに溺れ続けたのに。
今はそんな気力もない。
「あ」
ふと、気づいた。
知ったわけでも、出会ったわけでもなく。
ずっとあった違和感と答えに、やっと気がついた。
腕時計をしながら、時計を探して走り回っていたようなものだ。
理屈ではいくらか答えに近づいていたが。
ようやく、はっきりと“気づいた”。
「ふ……ふふ……はは……」
自嘲的な笑いがこぼれる。
横でアルベドが心配する声が聞こえるが。
最愛の声すらひどく空虚で、無意味に聞こえた。
周囲からの心配する目、不審そうな目、警戒の目。
そんな中、ラナーとティアは、何か悟った目をしてくれている。
なるほど。
(私には人の友が必要だな)
内心で二人に感謝しつつ。
「……そうか。そういうことか」
呟く。
(結局のところ。私自身がアルベドを対等と見ていなかったのだな。内心では下に見ながら、矛盾した頼みごと――いや、命令をしていた、か。嗜虐心でプレイとして楽しめるシャルティアやルプスレギナが……特殊なのだ。アルベドもソリュシャンも、理性的だからな)
竜王など、忘れ去っていた。
(ならば愛を育むには……やはり私は、本来の私らしくある必要があったか)
目を閉じる。
(かつて、たっち・みーさんがギルドマスターの地位を、私に譲った時。大いに取り乱したものだ。たっち・みーさんは、ずっと憧れで、遥か上にいる人だった。PVPでも勝てなかった。そんな彼の上に、私が立つなんてと……ああ、そうだな。それに他の人も……私よりずっとすごかった。私なんかが、なぜギルドマスターにって思ったんだ。それを私は、ギルドマスターのまま、アルベドにしていたわけか。なるほどな……るし☆ふぁーさんやぺロロンチーノなら、ある種のジョークと受け取って楽しめたろう。でも……私だったら困るしかない。アルベドは私と同じで真面目だものなぁ)
深呼吸し、息を吐いた。
(変わらなくては)
いけないのだ。
主人は奴隷ではない。
奴隷の真似事は許されても。
奴隷にはなれないと、自覚しなければ。
「皆、ご苦労だった。アルベドとシャルティアは、装備を戻して来るがいい。いつまでも、物々しい空気では、客人に悪い」
二人が礼をし、下がる。
「コキュートス、しばしの間だが、我が護衛をお前に任せる」
「光栄ニゴザイマス」
コキュートスが玉座の横に控えた。
その歩調には隠し切れぬ喜びが見える。
思えば、彼を傍に配置するのは初めてだ。
常にアルベドやシャルティアを侍らせるようにしていた。
(アルベドを正妃とした以上、もう少し彼に護衛役を任せるべきか……その方が、アルベドも喜ぶだろう)
それに。
「〈
筋は通すべきだろう。
「〈
さらに監視や待機していたNPCも、呼び。
竜王を送り出したセバスとパンドラも呼び戻す。
他のNPCや、クレマンティーヌとヒルマも呼んだ。
名と設定を持つ全員。
また、モモンガ個人を知る人間も全員呼んだ形となる。
「さて……これからするのは内輪の話だ。今回の報告も兼ねている。興味があれば同席してもいいし、なければ自室で休んでもらってもいい。ラナー王女、それに蒼の薔薇の諸君には、随意に決めてほしい」
残っていた客人らに目を向ける。
「私は同席させていただこうかと思っております」
ラナー王女が微笑み、言う。
その目には、同志を応援する光があり。
これからの出来事を、ある程度は読み取っている風でもあった。
「ありがとう、ラナー。私の好感を得た人間はそれなりにいるが、真の友情を得た人間は貴女だけだ」
モモンガも飾らず、素直に礼を言った。
「私も、見届けさせてもらう」
ティアがしっかりとモモンガを見て、言う。
「思っている形とは違うかもしれないぞ? 私は何せこのような種族だからな」
苦笑し、ティアに頷くモモンガ。
「ほ、本当にティアがあの人と?」
「というか……こういう場合、私が伏線的に重要な立場じゃないのか?」
「あれは嗜好の問題」
「巻き込まれなくてむしろよかったじゃねーか」
「ラナー様は大丈夫なんでしょうか……?」
残った面々があれこれと言う間も、ラナーとティアはそれぞれ、モモンガと目で語り合う。
モモンガにとって、この二人は大切な友人となっていた(片方はセフレだが)。
時間こそ短いが、重要な……己を後押ししてくれた人物。
ゆえに、これからの決断について、見て欲しかった。
アルベドとシャルティアが、いつもの衣装で戻る頃。
すでに、玉座の間には多数のNPCが集まっていた。
「アルベド、シャルティア。今回はお前たちも他の階層守護者と共に我が前に並べ」
「は、はい」
「ええっ!?」
玉座の横に侍ろうとした二人が、明らかにうろたえている。
シャルティアはともかく、アルベドにはやはり無理をさせていたのだなと、溜息をついた。
「デハ、コノ身モ下ガラセテイタダキマス」
「いや、お前はそこにいろ」
同じく前に控えようとするコキュートスを留める。
「お前は守護者の中で最も公平な視点を持つ。今回はお前こそ、我が供にふさわしい」
「オオ……過大ナ評価、アリガタク! 妃様ニハ至リマセヌガ、御身ノ盾トナラセテイタダキマス!」
奮起する彼に、モモンガは頷く。
コキュートスは、直接に褒めた機会も少ない。
今後はより多く接してやらねばと定め。
そんな間にも、無数の異形が玉座の間へとやって来る。
彼らは自由に挨拶し、いくらかは雑談もしている。
主だった面々がそろったと見て。
モモンガは玉座に深く座したまま、片手を上げた。
全員がしんと、静まり。
NPCらは跪く。
「では、今回の竜王との会見結果と、今後の方針、そして人事について伝える」
じっと、これまで関係を持った者たち。
そして、友情や恩義を育んだ者らを見る。
「まず要点を言おう。我々はこれより、スレイン法国上層部解体と、同神殿勢力消滅に向け、活動を開始する」
血気盛んな者らが腰を浮かす。
「ただし! これは侵略でも支配でもない。王国同様、諜報活動と人材獲得の結果だ。派手な戦争はしない。可能なら別宗教による塗り替えが最も好ましい。詳細は追って合議し、私に報告せよ」
既に手を進めていたデミウルゴスと恐怖公が、恭しく礼をする。
「そしてもう一つの要点だ。人員配置について変更がある」
居住まいを正し、少し間を置いた。
モモンガ自身にとっても、勇気のいる発言だったがゆえに。
「……我が最愛の正妃たるアルベドよ。お前に無断となったが――正式な我が側室を定める」
アルベドは少し緊張は見せたが、普通に頷いて見せた。
やはり、アルベドは己に執着はしていないか、と諦めにも似た感情が湧くが。
仕方がない。
モモンガが勝手に執着し、勝手に愛憎を募らせていたのだ。
「ナーベラル・ガンマよ。お前を我が側室とする。今後、我が床にはアルベドとナーベラルのみを迎える。よいな」
一呼吸後。
ナーベラルは茫然としたまま止まり。
ルプスレギナとソリュシャンが俯き。
クレマンティーヌが肩をすくめる中。
シャルティアは絶叫した。
このままだと、ナーベラルが一人だけ妊娠しちゃうかもですしね。
それにしても、蒼の薔薇の他の面々やクライムくんを活躍させる機会がない……。