276 抑止力?
デストロイヤーとルシエルンの完全に消滅した場所には、巨大で深い大穴が出来てしまった。
飛行艇の主砲から繰り出された魔導砲のその凄まじい威力に、改めて人には撃たないこと心に誓い、大穴の中へ降下していくと、そこには禍々しい瘴気を放つ巨大な魔石が残っていた。
「かなり禍々しいけど、これも浄化して使うんだろ?」
「「
聞くまでもなかったようだ。
俺はいつものように浄化魔法を発動して瘴気を払おうとしたのだが、あろうことか浄化魔法が弾かれてしまった。
『ルシエル、その魔石は瘴気を生み出しながら、負の魔力を未だに吸収しているみたい。だから生半可な浄化では弾かれてしまうようだわ』
「……吸収って…もしかしてロックフォードで使われている魔石って、デストロイヤーの魔石だったのか?」
『私よりも二人の方が詳しいでしょ』
確かにそうだと、俺は二人へと視線を向けた。
「先に浄化」
「もう魔石を無駄に消費したくないですわ」
……色々思うところはあるけど、確かに浄化させないと不味いので、瘴気を放ち続ける魔石に向かって、完全に浄化するイメージの聖龍を発動して魔石を飲み込ませた。
しかしここで思わぬ事態が起こった。聖龍が魔石を飲み込んだ直後から、最後の抵抗なのか、魔石が青白く輝く聖龍の腹で、黒紫色の瘴気が視認出来る程、大きくなっていく。
そこで外から浄化魔法を発動すると、瘴気はこちらへと向かってこようとしたのだが、それは聖龍がブロックしてくれて、ついに魔石から瘴気が完全に出なくなった。
「凄く手強い魔石だったな。それで、この魔石だけど、ロックフォードで使われている魔石と一緒なのか?」
「……まだ終わってない」
「ルシエル様、先程翼竜の魔石に込めていただいたように、聖属性の浄化する魔力を魔石に流し込んでください」
……二人の目が魔石から外れていないので、言われた通り聖龍の形を保っていた魔力を全て魔石へと再利用して押し込めていく。
念のため聖域結界を反転発動させて、中から瘴気が出ないようにした直後、黒紫色に光っていた魔石に赤い色が現れて、魔力を大きく膨れ上げた。
急いで浄化魔法をかけ続けると、ようやく魔石から色が消えた。
二人を見れば、今度こそ頷いてくれたので、ようやくデストロイヤーは本当の意味で消滅させることが出来たのだった。
この二人を連れてきたのはたまたまだったけど、この二人じゃなければデストロイヤーの戦いも、この魔石の浄化も苦戦、下手をしたら……いや、確実に被害を被っていただろうな。
「あれはロックフォードと同じ性質を持つ魔石で間違いない。でもあれが同じ魔石かと問われると……そうじゃない」
「確かにロックフォードの魔石はもう少し純度も高そうですから、性質は同じでも違いますわね」
「なるほど」
きっと生まれたばかりのデストロイヤーだからなのだろう。
あれをもっと成長させたら、本当に勇者みたいな存在が現れない限り、封印することすら難しかったかも知れない。
「今回は二人に……フォレノワールにも本当に助けられたよ。ありがとう」
「お礼は現物の研究」
「確かにこれを使って何かをするには、私達ではまだまだ技術が伴っていませんから、まずは疑似魔石を作るための研究からですわね」
……この二人は本当に欲望に忠実だな。
でも耳が赤くなっているということは、少し照れているのだろうか? フォレノワールに視線を向けると、いつも通り“相棒だから当たり前よ”そんな声が返ってきた。
巨大な魔石を今度こそ魔法袋へと収納した。
少し休みたいところだけど、帝国側の説得はライオネル達に任せている以上、こちらもルーブルク王国側と約束した治療を実施して少しでも早く休戦してもらわないとな。
「じゃあルーブルク王国軍の砦へ向かうぞ」
「「……」」
二人は完全に目的を忘れていたらしく、呆然とした後で、急にしかめっ面に変わった。
大方、直ぐに飛行艇に戻ってこの巨大魔石の研究したかったのだろうな。
「約束は約束だからな」
「仕方ない」
「出来れば早く終わらせていただきたいですわ」
「それは俺も同じ気持ちだ。今朝から戦い続けていて、何がなんだか分からなくなってきているからな」
『じゃあさっさと行きましょう。』
フォレノワールのそのひと言で俺達はルーブルク王国軍の砦へと移動することにした。
ちなみに戦場にあれだけの大穴を空けてしまったので、土龍の力を借りて埋め立てようとしたところ、フォレノワールから“魔力結晶球の魔力も有限”と言われて、埋めることはしなかった。
そして同じ理由から、両手にポーラとリシアンの手を握って大穴から脱出し、そのままルーブルク王国軍の砦までやって来たのだが……。
ルーブルク王国軍の砦は変な熱気に包まれていた。
何よりも最初に砦を訪れた時とは違い、凄い歓待ムードで出迎えられることになった。
さすがに今回は俺もフォレノワールから下馬している。
「お待ちしておりました賢者様、そしてルシエル商会の魔道具技工士のポーラ様にリシアン様。私達は皆様を歓迎いたします」
ルノア第三王女は先程まで煌びやかな鎧姿ではなく、ひらひらのドレスを着ていた。
周りを見ると上層部の全員が完全に武装を解除しており、帯剣すらもしていない異例の事態だった。
ウィズダム卿の姿がないので、怪我人の方の指揮をしているのかもしれないな。
「えっと、お出迎えいただき大変ありがたいのですが、皆様の格好は一体?」
「この戦場、砦に
『あらら、さっきの戦闘を見て、敵対したらあの“ルシエルン”と飛行艇が自分達に向けられることを想像しちゃったみたいね。でもそれだけじゃないみたいね』
確かにそれは薄々気づいていたけど、それはさっきまでのやりとりでも同じだったような? まさかさらに脅されたことをその書状に書いてないよね?
「それはありがとう御座います。ルーブルク王国の方々がとても寛容であることをとても嬉しく思います」
『あれだけ大きいアンデッドがデストロイヤーだと気がついたのね。伝承も昔からあるから、救ってくれたルシエル達に心の底から感謝しているのよ』
伝承というのが気になるけど、今はそれをゆっくり聞いている暇はない。
「まずはあれだけのアンデッドを倒されたのですから、砦で恐縮ですがお食事でもいかがでしょうか?」
ポーラやリシアンも煩わしそうにしているのが良く分かる。
良くも悪くも二人は素直だからな……。
「歓待はありがたいのですが、私達は怪我人の治療へ来たのです。生死の境にいる方々を治療させていただきたいです」
するとポーラが何かを思いついたのか、あの指輪をしたまま地面に手を着いた。
そしてあっという間に等身大の“プチルシエルン”が二十体、姿を現した。
“プチルシエルン”達はポーラとリシアンの周りを固め、フォレノワールにも四体付いてくれた……。
「……そうですわね。申し訳ありません。ご案内いたします」
何かがおかしいと感じたけど、ルノア王女が察してくれたらしく、怪我人の収容施設へと案内してくれることになった。
案内された収容施設は学校の体育館を大きくした感じで、仕切りなどはなかった。
そのためかなりの数の患者がそこにいるのが分かったが、窓もなく色々な臭いが混ざり合っていて、ずっといると気が滅入ってしまいそうな気がした……俺以外が。
試練の迷宮の方がきついし、物体Xに勝るものなどない。
ただルノア王女はさすがに国のために戦っている者達がいる場所なので、顔色を変えることはなかったが、口数が一気に減った。
『あまりよくない感情を発している兵士もいるから、先に排除する?』
「いや、先に穢れと魔族化している兵士が紛れ込んでいないか確かめるよ。それにこの臭いはフォレノワールの方がきついだろ?」
『今は精霊化しているから、呼吸しなくても平気よ』
精霊化すると、意外に便利な能力が増えるらしい。
「先にこの施設の換気をしますね」
俺は王女にそう告げてから、直ぐに浄化波を発動させた。
すると混ざり合った臭いが一気に消え去り、ルノア王女の口数も戻ってきた。
「賢者様は素晴らしい力をお持ちですわ。もし叶うのなら、いずれで構いませんので、本国の治癒士へ講義していただけませんか?」
「ええ。全てが落ち着くことになったら是非。貴国へお邪魔させていただこうかと思っております。それよりもウィズダム卿は?」
「重傷者達が集められた一番奥のエリアになります」
ウィズダム卿が話していた海産物だけは興味もある……久しぶりにバーベキューとかしてみたいし。
そんなことを考えていたら、急に苦しみ出した兵士が数名出てきたので、その場所目掛けて再度浄化波を発動した。
突如苦しみだした兵士がいたことで、色々な感情が俺に向けられたが、兵士達から瘴気が出てきたことで、視線は苦しみだした兵士に向けられた。
「まさか本当にいるとはな……」
『きっと帝国軍の方にもいると思うから、その辺のあぶり出しも必要なんじゃないかしら?』
苦しんだ兵士達には一人に対して二体の“プチルシエルン”が捕獲に向かった。
俺はその他の兵士達に魔法陣詠唱でエリアハイヒールを発動していく。
そして“プチルシエルン”に捕らえられた三名の兵士達は、逃げることも出来ぬまま一箇所に集められ、各々が違った間接技で極められていた。
うつ伏せになった相手の背中に正座するように座り、片手に足をクロスさせ持ち、もう一方の手を顎に手を掛けた状態で後方に寝転がり弓矢のように固める弓矢固め。
うつ伏せの相手の背中に跨るように乗り、顎を持った状態で自分の方に引き寄せる後方に倒れていくキャメルクラッチ。
そしてうつ伏せの相手のふくらはぎ外側から巻き込むように自分の足を挟み込み、相手の両手首を持ってそのまま後方に倒れ込みながら相手の身体を吊り上げるロメロ・スペシャル
そんな三人の兵士達をチラッと横目に見てから、重傷者が集まっていると聞いた場所にウィズダム卿の姿を発見したので、そちらへ向かうことにした。
俺のまさかのスルーに対して三名の兵士が色々と言っていたが、全員が“プチルシエルン”に絞められていたので、うまく聞き取ることが出来なかった。
それよりもまずは重傷者を救うべく歩き出した。
お読みいただきありがとうございます。
プチルシエルンはロメロ・スペシャルが書きたくて登場させました。
後悔はしていませんが、再登場するかどうかは不明です。