275 ダメ押し
ポーラが帝国の宝物庫から貰った指輪を俺の前に差し出して見せてくれたけど、俺には何の変哲もないただの指輪にしか思えない。
考えられるとすれば、これが魔道具である可能性だけだ。しかしそれでも、この状況をひっくり返せる程の物にはどうしても思えなかった。
「ルシエル、この指輪に聖龍の魔力を限界まで込めて」
「限界まで?」
これからあれと戦いに行くのは知っているはずだ。
それなのに聖龍の魔力を限界まで込めろと指定するのには理由があるはずだ。
ポーラを見つめると、その目は魔道具を作っている時のように真剣だった。
「どうしてだ?」
「この指輪は魔力を込めた相手の魔力をそのまま使える代物。たぶん本来の使い方は魔力結晶球と二つで一つ。ルシエルの魔力で聖なるゴーレムを生み出す」
……アルベルト殿下は何も知らずに国宝を渡したんだろうな。
それにしても聖属性ゴーレムなら、あれと対峙しても大丈夫かも知れないな。
巨大な相手には巨大なゴーレムで対抗するのは正しい選択だろう。
一日で魔力結晶球に入っていた魔力を全て使い尽くしそうだと思いながら、ポーラから指輪を受け取り、聖龍の力を浄化の力をイメージしながら注ぎ込んでいく。
魔力が枯渇しそうになったところで、魔力結晶球を使いながら、再び指輪に魔力を注ぎ続けていくと指輪に光が灯った。
「ルシエル、ありがとう。後は任せて」
ポーラはそう告げると、地面に手を置いて何やら詠唱を始めた。
「ルシエル様、今度はこの翼竜の魔石に魔力を注いで聖属性の魔石に変えてください」
ポーラが何をするか見届けようと思ったら、今度はリシアンから今しがた翼竜から採取したばかりの魔石を渡される。
しかも聖属性の魔力を込めるって……。
「そんなことが出来るのか?」
「普通は出来ませんが、ルシエル様は龍の加護と精霊の加護をお持ちのはず。出来るはずです」
戦う前から地味に疲れるけど、あのアンデッドはまだ身体が十分に出来上がっていないのか、動く素振りは見えない。
リシアンから受け取った魔石にありったけの聖属性の魔力を注ぎ込んでいく。
すると魔石の色に変化が見えた。
「ありがとう御座います。これであの化け物の動きは私が封じます」
『ルシエル、そろそろあれに攻撃をしておかないと動き出すわよ』
「了解。二人とも危なくなる前に、砦へ逃げ込めよ」
俺がそう言って、フォレノワールに跨った時だった。
突如地面が揺れたと思えば、青白く眩い光を放つワールド・デッド・デストロイヤーよりも巨大なゴーレムがその姿を現した……のだが、どこか誰かに似ている気がする。
「……色々気のせいだと思いたい」
『あら、中々精巧に出来ているわよ』
フォレノワールが感心している巨大ゴーレムは、何故か俺をモデルに彫刻したような姿だったのだ。
「ポーラ、何故あのゴーレムのモデルに俺を選んだ?」
「ルシエルはお爺の腕を治してくれた。ドワーフ王国も魔を払って救ってくれた神様みたいな聖属性魔法の申し子」
何故か急に気恥ずかしくなってきた。
「魔を払い、生人を救う、聖治神様の信徒……のはず。だからあれぐらいのアンデッド、大きさが一緒なら負けたりすることはない。アンデッドを倒して“ルシエルン”!!」
なんでその呼び名をチョイスした? そう思った瞬間、“ルシエルン”がその場で構えて正面に構えると、拳を力強くデストロイヤーへと突き出した。
それはまさに正拳突きだったが、驚くことに拳から聖龍が生まれてデストロイヤーへ飛んでいき、そのまま襲い掛かったのだ。
「規格外過ぎるだろ」
『まず私達のすべきことは、あれから漏れる瘴気が拡散しないように結界で封じることね』
「了解」
聖域結界をポーラとリシアンに張り、俺はフォレノワールと空から強襲するために空へと上がる。
『接近して攻撃するから、もし被弾してしまった場合は回復をお願いね』
「了解。でもそれなら……」
直ぐに聖域鎧を俺とフォレノワールに発動して、ダメージを最小限に食い止める準備を整える。
そしてデストロイヤーを見下ろせるところまで飛翔すると、フォレノワールの感嘆の声が聞こえてくる。
『あのエルフの娘やるわね。あの娘のおかげで負の魔力が徐々に消滅していっているわ』
その言葉に下を見ると、戦争で荒地となっていた戦場に、青白い光を帯びた草花が咲いていく光景が広がっていく。
「……魔道具研究だけじゃなかったんだな」
そんなことをしみじみと口にしたところで、ポーラの巨大ゴーレム“ルシエルン”がデストライヤーと激突しようとしていた。
“ルシエルン”はダッシュで駆け寄ると、デストロイヤーの頭を両手でしっかりと掴みながら、挨拶代わりの飛び膝蹴りでデストロイヤーの顔の部分を打ち抜いた。
ドンッと激しい音がなる中、後方に倒れこもうとするデストロイヤーを許さず、引き付けるように首投げに移行し、地面に叩きつけた。
すると大地にもの凄い振動と、間近で大花火が上がったかのような、ドンッという音が響き渡った。
“ルシエルン”は既にチョークスリーパーへ移行して締め上げていた。
デストロイヤーの首に右腕が入り、左腕はそれをクラッチした状態で完全に極まっていた……しかしそれは生きている場合だ。
「アンデッドには意味ないだろう!」
するとツッコミの声が聞こえたのかのように、絞めていた腕を外し、今度はデストロイヤーの首を後ろから抱えるように右脇で絞め、デストロイヤーの背中で両腕をしっかりとクラッチさせた。
完全にドラゴンスリーパーだった。
ミシィ、ミシィと嫌な音が聞こえてきたと思うと、次の瞬間、頭部が胴体から離れていくのが見えた。
「……もしかしてこれで終わりか?」
まさかの瞬殺劇に呆気に取られてしまった。
『……まだよ。まだ負の魔力がこの場に留まり続けているわ』
しかしどうやらまだ終わってはいなかったようだ。
「それなら直ぐポーラに……」
しかしポーラには精霊の加護がないため、フォレノワールは近距離の念話しか出来ないのだ。
頭部を掴んでこちらに見せる“ルシエルン”だったけど、その頭部は瘴気に変わり、胴体の方へと戻っていく。
胴体だけになった筈のデストロイヤーは、その両手に骨の剣と骨の盾をいつの間にか持っていて、油断している“ルシエルン”へと斬りつけた。
“ルシエルン”は剣の直撃を受けて、肩付近が大きく抉れてしまったが、何とかその形状は保ったまま残っていた。
しかしそれよりも気になることがあった。
「デストロイヤーだけど、何だか小さくなっていないか?」
『そうね。本来であれば大きくなっていく筈なのだけど、さっきの攻撃でだいぶ負の魔力を削ったのと、エルフの娘が頑張っているおかげよ。でも小さくなって俊敏性が増しているから注意して』
注意するのはもちろんだけど、あれって普通に戦ったとしたら、どうやって消滅させるのだ? そんな疑問が湧いてきた。
「……デストロイヤーの弱点というか、あれだけ大きいのだから核となる場所があると思うのだけど、フォレノワールは何か感じないか?」
『少し小さくなったとしても、まだまだ大きいから判断出来ないわ。だから“ルシエルン”を援護しながら見つけるわ。それでそっちの準備どうなの?』
「七割ってところかな」
『じゃあ、私もフルパワーで行くわよ』
次の瞬間、フォレノワールの前方に魔法陣が浮かび上がり、明け方に翼竜へ放ったよりも数倍の魔力を含んだがレーザー光線が放たれた。
デストロイヤーはいきなり飛んできたはずのレーザー光線に反応したのか、骨で作られたような盾を構えた。
しかしフォレノワールのレーザー光線はそれをいとも容易く貫通させ、貫通したところからは瘴気が舞い上がる。
当然一撃だけではないし、一箇所だけでもない。
デストロイヤーは身体のいたるところに攻撃を受け、瘴気を舞い上げていくことになった。
そしてそれを余程わずらわしく感じたのか、こちらを攻撃しようとして、沈黙していた“ルシエルン”に背中を見せたその瞬間だった。
デストロイヤーの両脇を通して頭の後ろで組むと、そのまま後方にブリッジしながらホールドしてみせた。
ドラゴンスープレックスが綺麗に決まり、それでもなおあがこうとするデストロイヤーの足に、聖属性の光を帯びた草が巻きついていく。
完全にお膳立てが済んだ状態で、聖域結界の魔方陣詠唱が完成し結界の中にデストロイヤーを閉じ込めると、フルパワーで浄化波をデストロイヤーに向けて発動させた。
『グォオオオオオオオ』
今までどんな攻撃にも声を上げてこなかったデストロイヤーが、叫ぶように声を上げると、聖域結界の中の瘴気が膨れ上がり、浄化波に消されないように抵抗する。
しかし救いだったのは俺一人ではなかったことだ。
ポーラの“ルシエルン”とリシアンの聖草で動きを完全に封じ、フォレノワールの攻撃が無防備となったデストロイヤーをレーザー光線で攻撃し弱体化させてくれる。
徐々に浄化波によって瘴気は減っていき、その身体を消滅させていく。
そして遂にデストロイヤーは完全消滅の時を迎えた。
すると両国の砦から沸くような声が上がっているのが聞こえたので、やはり戦いを見ていたようだ。
しかし直ぐに勝ったと思う程、最近色々なことに巻き込まれていない俺は、念には念を入れることにした。
「ドラン、主砲を聖域結界内のゴーレムに放ってくれ」
『……分かった。だが、ポーラ達を連れて出来るだけ離れてくれ』
「分かった」
『ルシエル? もうデストロイヤーの感覚はないけど?』
「……何となく、まだ嫌な感じが残っているのだよ。それに半透明なレイスでも魔石を落とすのに、あれが魔石を持っていないとは思えない」
ただそれだけの理由だった。
ポーラとリシアンを連れて、空に上がった直後、飛行艇から高出力の主砲が発射されると、結界内に残っていた“ルシエルン”から瘴気が一瞬上がったのが見えた。
『まさか“ルシエルン”の中に入っていっていたなんて……』
「たぶん“ルシエルン”斬られた時だろうな。何となくしつこそうな感じもしていたから、最後の詰めを誤らないで良かったよ」
『そうね』
フォレノワールは褒めるような眼差しを送ってくれた。
「「ルシエル(様)、魔石を回収しにいく(きましょう)」」
「はいはい」
そしていつものポーラとリシアンに戻った二人に苦笑しながら、今度魔石を集めて二人にプレゼントすることを決め、デストロイヤーの魔石を探しに大きく開いた穴へと下りていくことにした。
お読みいただきありがとう御座います。
本日GCノベルズ編集部のツイッターで、聖者無双の発売日情報が掲載されました。
活動報告にて、作者の願望を少しだけ書くことにします。
本日もありがとうございました。