272 要請
ルーブルク王国の砦からウィズダム卿と一緒に出て来た上層部の面々を見て、俺は首を傾げた。
全員が明らかに若かったからだ。
その中でも異質だったのが、豪華な鎧を着た女性だった。
女性は俺の視線から何かを感じたのか、ウィズダム卿が女性を紹介する前に、自ら声を発した。
「賢者様、ようこそルーブルク王国軍の砦へいで下さいました」
『彼女は王族よ』
タイミングよくフォレノワールが念話してくれたので、顔に出さないように挨拶する。
「いくら戦場とはいえ、馬上から王族の方へ挨拶するなど、本来は不敬に当たると思いますが、小心者故、お許しください。私はルシエルと申します」
「……賢者様も諜報活動されているのかしら? 良く私が王族だと気づかれましたね」
どうやら本当に驚いたらしく、彼女の後ろにいた者達は、明らかにこちらを警戒するような目に変わった。
「私はいい仲間と相棒に恵まれていますので、それより王族の方が何故戦場に?」
「あら? 私が王族であることを知っているのに、軍に所属していることや、マキシムの妻になっていることは知らないのですね」
以外そうな目で見られたが、マキシム? 俺はその名前の相手が頭に数秒浮かんで来なかった。
しかし隣で笑っているウィズダム卿を見て、以前イエニスで彼がマキシムと名乗っていたことをようやく思い出した。
「申し訳ありません。私の方もここ数年とても忙しく動いて、近々の情報は得ていなかったんです」
「そうなのですね。遅くなりましたが、私はルーブルク王国第三王女ルノアと申します」」
どうやら本当に王族らしい。
……それよりも彼女は軍属なのか。本物の姫騎士と呼ばれるような存在がいるとは驚きだ。
まぁそれよりも、ウィズダム卿が王族と結婚した事実の方が驚きだった。
つい先日ネルダールで話をした時は男爵と聞いていたから、まさか王族と結婚を許されるとは……。
「ウィズダム卿、おめでとう御座います」
「ありがとう御座います。これも全てはルシエル様のおかげなのです」
ルーブルク王国に関して何かをした覚えはないので、パッと浮かんだのは魔族化の治療ぐらいだったけど、それで王族と結婚出来るとは思えなかった。
するとウィズダム卿は二人の簡単な馴れ初めを口にする。
「ルノアは第三王女なのですが、自分より強い相手ではないと嫁がないと決めていたらしく、何というかその……」
ルノアとはこの姫騎士さんのことだろうけど、話の流れでいくとウィズダム卿は倒してしまったのだろうな。
しかし、いくら姫騎士さんに勝ったからといって、仮にも王族がハイどうぞ。なんて言わないだろう。
「なるほど。ですが、それでもよく国王が認められましたね」
「賢者ルシエル様、それは貴方のおかげですわ。貴方様がマキシムを人の身体へと戻してくださったおかげで、お父様も自らが課した条件を引けなかったのです」
「もしかしなくても、私がウィズダム卿を治療したことが関係していますか?」
「はい。さすがに魔族化した者と婚姻を許してくださらなかったのです」
それはそうだろうな。きっと他の貴族からも反対意見が上がるだろうし……。
「一年以内に魔族化した身体を元に戻せない場合は、二度とルノアとの婚姻を許さず最前戦線で戦い続けることを言い渡されました」
「よくその条件を受けられましたね」
「元よりルーブルク王国貴族として生を授かった身でありますから、王国のために戦うことは当たり前です。それにルノアを知るうちに欲が出てきたのです」
ウィズダム卿は照れたように笑って答えた。
人をそれほどに想えるということは、とても素晴らしいことだと思いながら、いつか俺もそう想える相手に巡り逢える時がくるだろうか? そんなことを思った。
「王様も私の覚悟を悟ったのか、期間中はルノアの婚約者として過ごすことを許され、ネルダールへ赴く許可を得ることが叶いました」
なるほどな。その時期に俺が聖属性魔法を失った噂を聞いて、藁にも縋る思いだったんだろうな。
「それならウィズダム卿が最後まで諦めなかったら掴んだ幸せですよ。私は少しだけ手助けをしたようなものですから」
「それでも感謝していますわ」
これならルノア第三王女もウィズダム卿同様に力を貸してくれるかも知れない。
「ルノア様、ウィズダム卿、それにルーブルク王国軍の上層部の方々、無理を承知でお願いします。イルマシア帝国との休戦していただけませんか?」
すると今までの空気が一変した。
「賢者様、それは無理ですわ。元は帝国から仕掛けてきた戦いですし、今更終戦や休戦しろと言われても、直ぐにどうこう出来る問題ではないのです」
「それは重々分かっております。ですが両国がこれ以上疲弊してしまうと、裏で暗躍している公国ブランジュが最も望む展開になりそうなのです」
「公国ブランジュ?」
「はい。転生者と呼ばれる特異の者達の能力を使い、魔族化を成功させ帝国に魔族化を浸透するように暗躍させ、聖シュルール協和国やグランドルには魔族を潜伏させているのです」
「……その話が本当なら、我が国も狙われているのかしら」
「はい。帝国で討ち取った転生者はルーブルク王国にも入国していたようですので、その可能性は否定出来ません」
「それは恐ろしいことだわ。それでも直ぐに休戦することは、やはり出来ないわ」
手柄というわけではないが、国に示す何かがないと引くに引けないところまで来てしまってしるんだろうな。
俺は既に確定していることを伝えることにした。
「帝国との休戦が決まれば、まず現在の皇帝が退位することになります」
皇帝の退位が真っ先に飛び出したことにより、今まで黙っていた上層部の面々がざわめき出す。
「続いて帝国は貴国に対し、十年先まで戦争を仕掛けないことをお約束します」
十年もあれば、お互い失った国力は高められるだろう。
それまでにルーブルク王国が戦争を仕掛けなければ、だけど……。
「最後に戦争後の領土ですが、それは外交官同士で決めていただくことになります」
「……賢者様を疑う訳ではないけど、それが本当に守られるのかしら?」
だいぶ軟化した気がするけど、そう簡単に納得出来る事ではないだろうな。
「はい。皇帝は本日早朝に次期皇帝になるアルベルト殿下にクーデターを起こされ敗北しています」
「……アルベルト殿下にそのような力はなかったと思います。それに帝国では魔族化された兵士がいたと思いますが……」
監視していたことを暗にばらしているけど、まぁ隠す必要もないのかも知れないな。
「今朝方に全て殲滅しました。実際には魔族化させていた転生者を殺した直後、魔族化した兵士達が苦しみ出して、そのまま死んでいったのです。どうやら奴隷紋を植え付けられていたようです」
「……それでも魔族化した兵士を相手にされていたのですよね?」
ルノア第三王女も魔族化した兵士に興味があるのだろうか?
「ここに送り込まれていた数倍程度の人数でしたから、問題はありませんでした」
すると、上層部は驚愕の表情でこちらを見たが、相性の問題ということをここでわざわざ言う必要はないだろう。
そしてようやくルノア第三王女が、触れて欲しかったことに触れる。
「どころであの空に浮かんでいるのは一体何なのですか?」
「あれは空を飛ぶ魔道具で、飛行艇です。ルシエル商会で開発費を出しながら、二年間掛けようやく完成した自慢の魔道具です」
「……そんな国でも持っていない魔道具を所有されているのですか……」
「はい。本当にいい仲間と相棒に恵まれたと思います」
本当に恵まれていると思う。
頑張った分、色々な人と出会うことが出来たし、本当に豪運先生の対人運には感謝しても仕切れない。
「……先程、あれで山を撃ち抜かれていましたよね?」
「見られていたのですか? あれは対空戦を想定して技術者達が開発したものですね。まだ制御が甘いらしいですが、注目してもらうために放ったのです」
「……仮に本国が停戦を受けなかったら、あれで王城を撃ち抜かれることは……まさかなさらないですわよね?」
ルノア第三王女は顔を蒼くしてそう訊ねてきた。
「ははっ」
「出来るだけ早く本国に先程の条件を通達させますわ」
その想定外の質問に俺はただ笑ってしまったのだが、どうやら交渉は勝手にいい方向へと転がっていきそうで安堵した……。
しかしそこへフォレノワールの念話が飛んでくる。
『王女を脅すとか……。ルーブルク王国の王族を嫁に出させて、ただでさえ恨まれていそうなのに、きっと王様には嫌われるわね』
そんなまさかの言葉が、俺のナイーブな胸を突き刺すのだった。
お読みいただきありがとう御座います。