268 そして戦場へ
皇帝との戦いが終わり、アルベルト殿下がメルフィナさんを見て復活したこともあり、魔族と魔族化の話を聞くために場所を移すことになった。
「少し用があるので、謁見の間で話を聞くことにしましょう」
誰からも否定の声が上がらなかったので、ライオネルの指示通り、俺達は謁見の間へと移動することにした。
皇帝の寝所から出ると、魔族化した四人の兵士達を他の六人の兵士達が縄で縛りあげていた。
「魔族化した者達を元の姿へ戻す。その者達を連れて一緒に同行するように」
ライオネルの指示により、大人数となりながらも謁見の間へと移動していく。
城で働く者から視線を向けられるが、大人数での移動のため、気絶させた皇帝を担いでいても大騒ぎになるようなことはなかった。
謁見の間までやってきたのだが、ライオネルはその歩みを止めることのなく王座の後ろにある扉を開いた。
「まずはもらうものを貰って置きましょう」
言っている意味が理解出来なかったが、ライオネルを追って扉の中へ入ってみるとそこは宝物庫であることが分かった。
「えっ?」
俺だけではなく、皆がライオネルの行動を見て固まる。
さすが将軍というべきか、宝物庫の場所を知っていたのは分かるが……どうやって鍵を開けたんだろう?
「この宝物庫には魔力を回復させることが出来る魔道具や薬が保存されています。まずは魔族化している者達を治した方がいいでしょう」
ライオネルの言っていることは正論ではあったのだが、一応この場の責任者であるアルベルト殿下の許可を取ることにする。
「そういうことなら……アルベルト殿下よろしいですね?」
あとで勝手に奪ったと言われる可能性があるので、言質だけは取っておきたかったのだ。
「ああ。今回は迷惑ばかり掛けてしまったからな。約束通り宝物庫にある物をいくつか譲ろう」
アルベルト殿下は場所を移動してもメルフィナさんと寄り添っていたが、やはりオドオドした様子はなく、すっかり皇族としての対応が板についていた。
……板についたといっても、元から皇族であるのだから当然と言えば当然だのだが……。
「ルシエル様、こちらを」
そう言って宝物庫からライオネルが取り出し渡してきたのは、魔力ポーション……ではなく、輝きを放つ宝玉と首飾りだった。
「それは?」
「こちらの球体は魔力結晶球です。魔力の属性に合わせて魔力の出し入れが出来る物になります。そしてこちらが精霊王の首飾りです。身に着けると魔力を使いやすくなると同時に使用魔力が抑えられると言い伝えられています」
さすが帝国……宝物庫には貴重なお宝が眠っているらしい。
「精霊王の首飾りは着けるだけでいいとして、その魔力結晶球はどうやって使うんだ?」
「魔力操作によって使用するらしいです」
魔力結晶球を手に持ち、体内の魔力を魔力結晶球に循環させるイメージで魔力を通してみると、自分の魔力がいきなり増えていくのを感じて驚く。
「凄いな……」
あっという間に魔力が全快した。
次に精霊王の首飾りを首に掛けてから、魔族化した兵士達に向かい詠唱を始める。
【聖龍よ、全てを解き放つ光となって呪い、穢れの全てを呑み込め、そして悪しき魂には救済の浄化を】
すると、やはりごっそりと魔力が失われていく感覚があったのだが、首元が光ったように感じた瞬間、魔力が抜ける感覚が止まる。
もしかして失敗かとも思ったが、聖龍が魔族化した兵士達に飲み込みながら浄化しているのを見て、魔力消費が本当に抑えられたことを理解する。
「これは凄いな……」
まさに国宝と言っても差し支えない物だった。
青白い光を放つ半透明な聖龍が兵達を通過し終えるとその姿を消した。魔族化していた兵士達は人へとその姿を戻していた。しかし兵士達が明らかに憔悴しきっている様子であった為、俺は直ぐにエクストラヒールを発動させた。
「これを本当に頂いてもよろし……?!」
念のためアルベルト殿下再度確認を取ろうとした時、メルフィナさんを抱えた殿下の顔から余裕が消えていたことに気がつき、殿下の視線を追った。その先にはポーラという鬼がいた。
ポーラはいつの間にか宝物庫へと入り込んできていて、大量のミニチュアゴーレムを器用に動かしながら、宝物の目利きをしていた。
そしてポーラの御眼鏡に適った物だけをミニチュアゴーレムがポーラに渡して消えていく……それが繰り返し行なわれていた。
ポーラの御眼鏡に適った品数は概ね二十を超えていた。
「ポーラ、その数はさすがに駄目だろ」
「……ゴーレム達は個にして集、集にして個。ゴーレム達は頑張った」
そう言って胸を張るポーラだったが、さすがに弱気なアルベルト殿下が出てきてしまったので、却下することにした。
「残念だけど、ゴーレムを操っているのはポーラだから、それはさすがに駄目だ」
「せちがらい。でもこの最低でもこれは欲しい」
ポーラそう言ってこちらに見せたのは、何の変哲もない指輪だった。
それを見たアルベルト殿下はホッと表情を見せた後で、それを了承した。
そのときポーラが凄い笑顔になったことで、あれがとても希少な物であることを理解したのは、俺達だけだっただろう。
ライオネルに関しては大剣と大盾、それに長槍を殿下に見せてから告げる。
「私が所有していた物を陛下が取り上げられた物ですので、これはお返しいただきます」
「いいだろう」
その後、エスティア、ケフィン、ケティが面白いからという理由でポーラに権利を譲渡し、アルベルト殿下がまた慌てることになったのだが、俺はその間にライザック氏を隠者の棺から出しエスティアに起こさせた。
ライザック氏は全てが終わったことを知ると呆然としていたが、色々悟ったようでグラディスと一緒に全て知っていることを話すと約束してくれた。
そして魔族、魔族化に関係あることを全て話してもらっていたのだが……。
「それでは皇帝やクラウドがどれくらいの人を魔族化させていたかも分からないし、何故魔族化を推し進めるようになったのか知らなかったのですね?」
「はい。まさか魔族が城に出入りしていたとは知りませんでした。私は奴隷紋を入れられて父のことと、クラウドのことを誰にも口外するなと命令されていただけなので……あの場にいたのも襲撃があると言われていたからです」
「あの研究所から出て来たのだから、魔族化した者達がいるのは見ていたんですよね?」
「あれは魔族を……力を取り込むための実験施設だと聞いていました。兵や奴隷もクラウドの私兵だったので、何も言えませんでした」
残念ながらグラディス殿からの情報収集は意味がなかったようだ。
俺はライザック氏へ向き直り質問することにした。
「それでライザックさんが裏切ったのは、クラウドに取引を持ち掛けられ、奴隷となった上でアルベルト殿下達がどう動くか情報を得るための
「そうなる。魔族化させられた数名はもはや人ではなかった。人であることを捨てるなら潜入者を選んだ方がマシだと感じたのだ」
「ですが、エビーザで奴隷紋は消えましたよね?」
それでも殿下ではなくクラウド側についたのは、それなりの訳があるだろう。
「皇帝が転移するところを見たことがあり、逃げられないと思ったのだ。あれだけの魔族化した兵士達に勝てると思う方がおかしい」
暗に俺達がおかしいと言われた気もするけど、確かに俺は魔族化していない兵士に勝てる気はしないので、ここはライザックがいうことも一理あるだろう。
無警戒の時に皇帝が転移して来たら、怖すぎるもんな。
「まぁいいです。一応言っておきますが、貴方の身柄はアルベルト殿下に引き渡すことになっていますから、心証をどうするかで、自分の未来を決まると思ってください」
「……この城にはあと数人の魔族がいるが、たぶん死んでいる。全ての奴隷にはクラウドがあらかじめ奴隷紋を施してあるから、奴が死ねば死んでいるだろう。皇帝の奴隷は皇帝が使う駒として側に仕えていると言っていた」
「それならこれで帝国に魔族はいないってことになるけど、それで間違いないか?」
「ああ……いや、城にはいないが「ルシエル様、ドランから連絡が入りました」」
ライオネルに魔通玉を渡していたことを忘れていたけど、どうやらライオネル自身が判断出来ない緊急の連絡が入ったようだ。
「貸して」
俺はライオネルから魔通玉を受け取りドランへと繋がるように念じた。
『ドラン、そちらは大丈夫か?』
『ああ、こちらは無事なのだ。ただ先程、帝国の翼竜騎士、一体と遭遇対面したのだが、こちらを無視してそちらへと全速で向かったぞ。念のため俺達も帝国の城の上を旋回している』
『そうか。ちょっと待っててくれるか』
ドランからの返事がある前にライオネルへと声を掛ける。
「ライオネル、前線から翼竜が一体だけで帰還するとしたら、どんなことが考えられる?」
「戦場で敵の砦を落とした時、それ以外は前線を突破されるか、思いがけない出来事が起こった場合です」
「賢者殿、そのトラブルの内容なら……「失礼します。ルーブルクとの戦闘が始まる直前、特殊部隊が敵味方関係なく襲い始めました……」」
兵士が謁見の間に飛び込んで入ってくると、余程慌てていたのか、こちらをよく確認せずにライザックの言葉をかき消して火急の件を伝えてくれた。
「……らしいけど、それが言いたかったのか?」
「……ええ、まぁ……」
ライザックは有用な情報を自分の取引材料にしようとしたのか、見るからに落ち込んだ様子を見せた。
だけそんなことに構っている場合ではなかった。
「これって戦場へ行かないと不味い……よな?」
ライオネルの顔を見て聞いたのが失敗だった。
「はい。これで帝国にはさらに大きな貸しが作れますし、放っておくととても厄介になります」
「そうか。それで皇帝は結局どうするんだ?」
「エスティアの闇属性魔法で眠らせていますが、いつまで眠っているのか分かりません」
「それは厄介だな……ん?」
「いかがされました?」
俺は先程慌てて入ってきた兵士を凝視すると、何処かで見たことがある顔だった。
「ケフィン、ケティ、あの報告してきた兵士を捕らえてくれ」
いきなりの命令にも二人は直ぐに反応してくれた。
そしてあっという間に捕らえられた兵士の近くへ向かうと、やはり見たことのある顔がそこにはいた。
「イニエス以来ですから、本当に久しぶりですね」
「……何故S級治癒士がここに……」
帝国で頑張ったご褒美なのか、豪運先生がピンポイントで必要な人材と再会させてくれたことに感謝した。
「まぁ色々とあるんですけど、まずは貴方に色々やってほしいことがあるんですよ。協力してくださいね……奴隷商人さん」
戦場へと向かう前に、後方の憂いは残さずに済みそうだと安堵の溜息を吐くのだった。
お読みいただきありがとうございます。
活動報告にて、書籍化の進捗をお伝えしておりますので、良ければご覧くださいませ。