265 水を差す者
皇帝は確かに”転生者”と 皇帝は確かに”転生者”と口にした。
言い換えれば、転生者が現れたからライオネルを排除することを決めたということだ。
アリスという転生者のことは一切分かっていないから、ここでは省くとして、問題はクラウドだ。
混合魔法によって姿を変える変身(変装)魔法を使えるからといって、皇帝に近づくことが出来るものか? 仮に近づくことが出来たとしても、ライオネルの暗殺に踏み込むだろうか?
「転生者……あのクラウドという者のことですか? それともアリスという者のことですか?」
ライオネルも疑問に思ったのか、転生者である二人のことを聞いてくれた。
「ほう。あの二人が転生者だということに気がついていたのか。それならばあの二人の能力を知っているのだろ」
「ええ。ただ陛下があの二人を駒として得たからといって、短絡的に私の命を狙うとはどうしても思えません」
何とも自然に転生者二人の能力を知っているかように流し、逆に皇帝から情報を聞きただそうとしている……ライオネルはいつも通り冷静沈着だった。
「ああ、貴様はこの帝国で最強だった。だから転生者などいてもいなくても変わらなかった……」
ここで黒幕となる者の介入があったのか……。
皇帝の言葉に耳を澄ませる。
「我に近寄って来る全員をアリスに[鑑定]させていたのだ。そしてある日、私の前に奴が現れて言ったのだ。”大陸を制する覇者の力を与える”とな」
大言壮語もいいところだ。……それが帝国三人目の転生者ではないことを祈りたい。
「ですが、陛下はそのような怪しげな者の言葉を信じられたのですか?」
”とても信じられない”ライオネルの言葉にはそんな感情が含まれていた。
だが、それをあざ笑うかのように皇帝は口を開く。
「信じたとも。何せ奴は魔王だったのだからな」
「「「なっ!?」」」
魔族化した兵達を制圧したケフィン達も皇帝の言った言葉に驚愕していた。
もちろん俺もだ。
魔王が復活するのはあと数十年は先のはずだ。
それが何故この時代にいる……いや、それよりも何故レインスター卿が封印していた暗黒大陸化を抜けられたのだ? 次から次へと疑問が湧き出てくる。
しかしここでもライオネルは冷静に皇帝へ疑問をぶつける。
「その者が何故魔王だと断定出来たのですか? まさかそう名乗ったからというのではないでしょうね?」
「ああ、奴も珍しい能力を持つ転生者を従えていたからな」
「珍しい能力?」
「ああ。勇者しか持ちえない[時空間属性]……正確には転移者・転生者が持つことが出来ると言われている神子の能力だ。奴はその転生者の時空間転移でこの城へ現れたのだ」
魔王を名乗る者に[時空間属性]を操る転生者……冗談であって欲しかったが、この場で冗談を言う程、皇帝がユーモラスの塊でないことは確かだった。
転移が使える転生者が魔王側についているのなら、いつ平穏が崩されるか分かったものじゃない。
これはアリスと名乗る転生者にも感じたこだが[鑑定]や[時空間属性]を取得するには、
それを決断し実行してしまう豪胆な性格の転生者とは価値観が合わないし、関わりたくないと思う……が、もう一人とは関わってしまうことが決まっているので、出来る限りライオネルには情報収集をお願いしたい。
それにしてもその転生者、仮にレベルを上げて増えたSPで[時空間属性]スキルを取得していたとしても、ヒールのように何度も気軽に使えなかったはずだ。
そう考えると[時空間属性]を使えるだけの魔力と努力と時間が必要だったはずだ。
ライオネル達と初めて会ったのが、この世界へ来てから丸五年経った頃だったことから計算しても、丸四年でその実力があったということになる。
複数人を連れて転移するにはスキルレベルを幾つに上げれば発動可能なのかは分からないけど、どうして伝説であるはずの[時空間属性]を使えたんだろうか?
伝説だと言われているぐらいだから[時空間属性]の詠唱なんて転生者は知りえないだろう。
ネルダールにもそのような記述が載っている書籍はなかったし、そこにも疑問が残るな。
俺の考えをよそに、ライオネルは皇帝との会話を続けていた。
「なるほどその伝説のような属性を操っている転生者がそう言ったから信じたんですね……まさかそんなことを信じてしまう程、陛下は暗愚になられていたのですか?」
「ふん。我が暗愚なら我の策によって将軍から引きずり落され、己の地位を掠め取られた貴様はなんなのだ。暗愚以下だったということではないか」
「そのようです。ですが、それはきっと運命がそうさせたのでしょう。私が真に仕えるべき相手を天が導いてくれた結果なのですから、今ではあの時のことも感謝しています」
「帝国の将軍にまで上り詰めた男が、ただ周りよりも少し優秀なだけの治癒士を主にするなど、聞いた時には笑ったものだが、よもや毒に染まった身体まで再生するとは、少しだけその治癒士のことを見誤っていたか……」
皇帝の顔がようやくライオネル以外を映した……が、直ぐにライオネルは皇帝の視線に割って入る。
ライオネルは本当に頼りになる。考えをまとめる時間をくれるのだから。
そもそもその転生者は何処で魔王とあったのか? 今は分からないけど、暗黒大陸に行って帰って来れるだけの実力があったとは思えない。
それほどの実力者なら、冒険者として噂になっていても不思議じゃないけど、そのような噂を耳にすることは一度もなかった。
やはり皇帝にしろ、その魔王にしろ、全て本当のことを言っている保証は何処にもない。
これ以上はここで考えても意味がないと頭を切り替え、いつでも聖域結界、浄化魔法、回復魔法が使えるように集中力を高めていく。
「陛下、これは帝国の元将軍として、元主であった陛下への最後の進言です。これ以上帝国の品位を下げる前に、アルベルト殿下に譲位されてください。このままでは帝国は乗っ取られてしまいます」
「譲位? 乗っ取られる? くっくっく。何を言っているのだ? 我はこの帝国に君臨し続け、必ずや大陸を統一し、最後には暗黒大陸をもこの手中に収めるのだ」
気が触れている様子もなく、皇帝はそう言い切った。
「……たぶんその者達は公国ブランジュの手の者達でしょう。彼の国は勇者、転生者、近頃は魔族化にまで力を入れているようです。このままでは知らないうちに帝国が、帝国民が苦しむことになる」
「クックっク。そのようなこと最初から気づいていたわ。だからこそ奴らの力を我のものに……その扉はなんだ?」
この時、本当に間が悪く、隠者の棺がひとりでに魔法袋から飛び出し、開錠されてアルベルト殿下が姿を現した。
本当にこのタイミングで出てくるのかってぐらい、間が悪すぎる。
今回は特にだ。
「ここは? ンッ!? 陛下!? それでは先生、作戦は成功したのですね」
嬉しそうに語るアルベルト殿下に、皆が思っていることを皇帝が口にした。
「興が削がれたわ。これ以上のことを話してほしければ、我を殺してみせよライオネル。今日こそ我の長年の悲願を達成し、大陸統一最初の礎にしてくれる」
「ルシエル様、申し訳ありませんが、ここは一対一で死合わせてください」
ライオネルは視線を完全に皇帝から外して俺に頭を下げた。
「ナーリアに怒られるのはごめんだから、決して死ぬことは許さないし、許されない。生きる覚悟を持っているなら、認めよう」
「ありがとうございます。では陛下、何処で死合われますか?」
「そんなこと決まっているではないか」
その瞬間、ライオネルの背後に皇帝が現れた。
「ここでに決まっているだろ? まずは貴様の力を寄越せ」
皇帝はそう言いながら、瘴気のような闇の魔力を纏わせ、ライオネルの首にその手を伸ばすのだった。
お読みいただきありがとうございます。