263 ライオネルの背中
皇帝を捕縛すると宣言したライオネルには一切迷いが感じられなかった。
そして次々に指示を出していく。
「ルシエル様はまず、魔族化した兵の死体回収をお願いします」
「分かった」
「ケティ、ケフィンは魔族化した兵がいるかも知れないから、気配、魔力、音で警戒をしてくれ」
「「ハッ」」
「エスティアはポーラのことを頼む。それと何か隠蔽しているような異変を感じたら直ぐに報告してくれ」
「はい」
「ポーラは……ルシエル様、蜂蜜とパン等は余っておりませんか?」
「ああ、あるよ」
「それをポーラに与えてください。あの蜂蜜なら少しは魔力も戻るでしょう」
確かにあの蜂蜜なら魔力が少しは回復するだろうけど、良く思いつくものだな。
「分かった。じゃあポーラ、これとこれな」
「ありがと」
ポーラはパンと蜂蜜を受け取ると直ぐにパンへ蜂蜜を垂らし、モキュモキュと食べ始めた。
「さて、なるべく急ぎましょう。皇帝が寝所から出てしまうと護衛が張り付いてしまいます」
「分かった」
それにしてもライオネルの指示の出し方はとても堂に入っていた。
それでもライオネルが俺に指揮を執らせ続けてくれていたのは、俺の成長を促すことだったのだと痛感させられた。
指示通り魔族化した死体の回収へ向かうと、背中にライオネルの声が聞こえた。
「ルシエル様が死体の回収を終えたら直ぐに皇帝の寝所へ向かう。ここからもう一段階集中力を高めてことに当たれ」
「「「ハッ」」」
きっと俺が同じ言葉を掛けても、あれほどの説得力はないだろう。
帝国にいる間だけでも、ライオネルというプレイヤーではなく指導者としての一面を学ばせてもらおう。
そう心に決めて死体を回収していく。
「……下で回収した魔族よりも酷いな」
思わず口から出てしまった言葉だった。
どこをどう改造すればこうなるのか、死体達はミイラのように水分が抜け出てしまっていた。
さすがに触りたくなかったので、幻想杖で死体を突いて魔法袋へと収納していく。
死んだフリをしている魔族はいなかったので回収は直ぐに終わったが、この魔族化の技術は禁忌……禁術の類なのではないか強く思う。
しかし人として超えてはいけない線を越えてしまったように思えるけど、神々が介入したように感じることはなかった。
「……もしかすると現世に神々が介入することは出来ないのか? もしくは禁忌になりえていないのか……どちらにせよ――」
アリスという転生者がどういった経緯でクラウドの研究に携わっていたのかは分からないけど、最悪の場合、闇の精霊に記憶を書き換えてもらわなくてはいけない可能性もある。
少し気が重くなったところで全ての死体を回収し終えた。
そこへライオネルから声が掛けられた。
「ルシエル様、移動しながらドランに連絡をを取りたいのですが、よろしいですか?」
「ああ」
魔通玉を魔法袋から取り出してライオネルへと渡す。
「ありがとう御座います。それでは皇帝の寝所へ移動しましょう。その間に通話させていただきます。それとルシエル様には念の為、聖域結界の準備をお願いしたいです」
「それはいいけど、何処かで使う予定があるのか?」
「はい。皇帝が魔族化している場合、絶対に魔族から人族へと戻していただきたいのです。それと魔族化する手段を持っていたとしても、それを必ず阻止します」
それはクラウドのように魔族化させる暇も与えないと宣言しているようなものだ。さらにメルフィナみたいに魔族化していたとしても意識がありそうなら、何とか元に戻したい。
そんな気持ちが伝わってくる。
「分かった。他にも何かすることがあれば、遠慮なく指示を頼む」
「分かりました。ただ今はルシエル様ご自身の魔力を回復させることに努めてください」
「了解」
「皆の者、行くぞ」
ライオネルは頷くと、今度は皆に声を掛けてから、先頭に立って進んで行く。
俺はその背中を見ながら、ブロド師匠とはまた違った頼もしさを感じていた。
場内を進んでいくとメイド等の使用人を見かけることもあるが、全身武装しているライオネルを見ると皆が端に寄って頭を下げる。
それを素通りするかと思ったのだが、ライオネルは必ず一言だけ声を掛けていく。
「おはよう。帝国のため、そして自らのために今日も一日頑張ってくれ」
「おはよう。少し顔色が悪いようだから、無理はするな」
なんというかとても紳士だった。
「帝国の将軍時代でもああやってよく声を掛けていたニャ。敵に恐れられ、兵士に畏れられ、その他には敬慕の念を
その割に使用人達はとても驚いた顔でライオネルを見上げる者がほとんどだった。
きっとクラウドがライオネルになりすましていた時期は、挨拶など
だけど声を掛けられた中には、震える声で「お帰りなさいませ」と口にする者達もいた。
「ありがとう」
ライオネルとても嬉しそうに笑って伝えていたのがとても印象的だった。
ライオネルが帝国最強であり、帝国屈指の人格者であったことを俺はとても誇らしく感じていた。
立場が人を作るということを聞いたことがあるけど、ライオネルは成るべくして帝国の将軍になったのだろう。
「……色々と足りてないな。でも、いつかきっと……」
俺は誰にも聞こえないように呟きながら、ライオネルの後を追った。
長い廊下を抜け階段を上がり、ようやく寝所の前まで来ると、そこには十名の兵がスタンバイしていた。
「ルシエル様、エスティア、ここでの戦闘は避けたいので、指示に従ってください」
「ああ」「はい」
「まずルシエル様は浄化波をお願いします。エスティアは苦しんだ者のみ意識を落とすことは可能か?」
「相手が人族のままなら効くと思います。でも魔族だったら分かりません」
「それではもし意識を落とせなければルシエル様にはもう一度浄化波をお願いします。ケティとケフィンは二度目の浄化波が発動されたら、苦しんだ兵を全力で制圧しろ」
「「ハッ」」
とても
それでもライオネルを信じて浄化波を発動すると、浄化波に触れた兵の中に四名程が苦しみ出したのを確認した。
そこへエスティアが苦しんだ兵達に黒紫色の靄を纏わせた。
しかし意識を刈り取ることは出来ずに、浄化波で苦しんでいたのが嘘だったように八つの目がこちらへ向いた。
俺が二度目の浄化波を発動させると、また四名が苦しみだした。
残りの兵達は攻撃してきたこちらを向くが、きっと彼等の目に映ったのはライオネルだけだっただろう。
濃密な威圧を兵達にぶつけたのだ。
ケティとケフィンは十五メートル程あった距離を一気に詰めると、四名の背中と首に強烈な一撃を入れた後に両腕を切り落としてしまった。
さすがに唖然としてしまったが、ライオネルは威圧をしながら兵達へと近寄っていく。
「陛下に大事なお話がある。諸君等はこの人に化けている魔族化した者達の見張りを頼みたい。いいだろうか?」
六人は顔を見合わせて、代表した一人が話し始める。
「ライオネル将軍、この者達は将軍が陛下の護衛として付けた者達ですよ? 将軍はその責をどうお考えなのですか? お答えによっては如何に将軍であろうとここをお通しするわけにはいきません」
額に大粒の汗を掻きながらも、兵は気骨にもそう答えた。
ライオネルは嬉しそうに笑い、そして威圧を解いたのだろう。
六名全員から安堵の表情が窺えた。
「ことは一刻を争うのだが、仕方あるまい。直ぐに
ライオネルは包み隠さずに真実を告げた。
しかし兵達は困惑の表情だった。
「何か証拠がありますでしょうか?」
「ある。その私に化けていた魔族の首。そして魔族の力を利用していた
代表の兵は迷っていたが、その視線がこちらへと向いた。
「分かりました。ところでその方々は?」
「私の命を救ってくださったS級治癒士にして賢者のルシエル様。そしてその従者達だ。一人は昔から私の従者だった者だがな」
「……なるほど。私達では判断出来ないことのようです。将軍、お願いがあるのですが、聞いていただけますか?」
「聞こう」
「私達は場内に侵入していた魔族を押さえつけていなくてはいけません。ですから帝国最強の将軍にここを守っていただきたいのです」
「そうか。それでは任されよう。ありがとう」
「はて、何のことでしょうか? お礼はこちらがすることです」
兵達は魔族を押さえると端に寄って俺達を通してくれた。
そしてライオネルは皇帝がいる寝所の扉をノックするのだった。
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