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聖者無双 ~サラリーマン、異世界で生き残るために歩む道~ 作者:ブロッコリーライオン

12章 帝国と二人の戦鬼将軍

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259 敵か味方か

 聖属性魔法ディスペルをバザック氏へ発動したことで、バザック氏が囚われていた奴隷紋は消えたはず……だった。


 しかしバザック氏は杖をこちらへ構えたまま口を開き、詠唱を始めたみたいだ。

 みたいというのは、絶えず口を動かしているが、詠唱している声は一切こちらへ聞こえてこなかったからだ。

 それならば何故詠唱しているのかが分かったかといえば、バザック氏の上空に基本四属性である火、水、風、土の魔法で作られた槍が発現し、徐々にその数を増やしていたからだ。


 それは正に圧巻の光景だった。あれだけの魔法を一度に制御するのは並大抵のことではない。昔ライオネルが追い込まれた程の魔法士、それは伊達ではなかった。

 いくら並列思考や魔力制御を鍛えても、あれだけの魔法を制御するには、常人では無理だ。

「師匠とライオネルが武人の頂なら、バザック氏は魔導の頂なのかもしれないな」

 遥かな高みにいるバザック氏の技量に俺はただただ舌を巻く。

 しかし感動してばかりもいられない。

 あれだけの魔法を向けられて、さすがに汗がじわりと滲む。


 あれだけの魔法をどう避けるか、避けたらどうなるかをシミュレーションするが、残念ながらあれを全て耐えることなんて……まぁ方法はいくつかあるけど、どれも俺の魔力が枯渇するのは間違いなさそうだ。

 もし魔力が枯渇したとしたら、確実に劣勢となり、クラウドを取り逃がしてしまう可能性があるし、最悪の場合は全滅する危険性がある。

 だとしたら仕留めるしかないのだが……。


 ……いくら考えても俺が行動する優先順位は変らないみたいだ。

 まずは俺を含めた皆の命を優先させる。それ以外のことは生き残ってから、また皆で考えることにした。

 そこまで気持ちの整理がつけば、行動は単純(シンプル)だった。


「皆、バザック氏から離れろ!」

 俺の指示で、ほぼ全ての魔族を倒しきったケフィン達が後方へ飛び、聖域結界内に入る。

 先ほど天井が崩落してせいで、視界は悪いがライオネルも無事という事は気配で分かる。

 これでバザック氏の魔法が放たれても、少しは聖域結界で弱まるだろう。

 ただ問題はあの数の魔法だ。このまま防御していても、いつかは破られる可能性がある。


「クックック。距離を取ったところで、バザックの魔法からは逃げられないぞ。そうそう。もし生き残ることが出来たら、ちゃんと魔族として隷属するから、安心するといい」

 クラウドは勝ち誇るようにそう告げた。


 何故バザック氏のような人がクラウドに従うのか、理解は出来ないが、だからといってこちらも諦めるわけにはいかない。

「バザック氏も俺も、いずれ魔力は尽きる。その後はライオネルを中心として状況を見極め、交戦か撤退か判断してくれ。【土龍よ……】」

 俺は幻想杖を構えて、土龍の力を借りて、土の防壁を築こうとした。

 しかし先手を取ったのはバザック氏だった。


 ただ先手を取ったバザック氏の攻撃先はこちらではなかった。

 バザック氏はその場で反転し、杖を振った先にはクラウドの魔族研究所だった。

 研究所の扉を含めた外壁が、バザック氏の魔法攻撃によって吹き飛ばされていく。


「や、止めろ。何をしているんだ!!」

 クラウドが必死になって叫ぶが、叫んだクラウドにも……クラウドだけでなく、まだ息があったかもしれない魔族にも、容赦なく魔法が浴びせられる。

「バザック、貴様――」

 クラウドは身に付けていた首飾りを引き千切ると、それを地面へと叩きつけた。

 すると、黒紫色の障壁が生まれ、クラウドを包み込んだ。


 その瘴気の壁にバザック氏の魔法が当たった瞬間、魔法は一度止まってから、ゆっくりと吸収され瘴気の壁はその濃度が上がったかのように、クラウドの姿を隠す。

 その時、バザック氏が俺を見た……気がした。

 それは本当に感覚的なものだったが、直感でバザック氏が何を望んでいるかが、手に取るように分かった。


「【聖なる治癒の御手よ、母なる大地の息吹よ、我が魔力を糧とし、天使の光翼を、不浄なるものを退ける盾となり、悪しき穢れを払う 大いなる聖域を創り給え サンクチュアリ バリア】」

 バザック氏の魔法で動けなくなったクラウドへ聖域結界を反転させて発動させた。

 バザック氏は聖域結界を確認すると、また魔族研究所へ魔法を発動し続ける。

「あれだけの魔法を発動出来るものなのか?」

 唖然としながら、その光景を見ているだけしか出来ない。

 周囲の魔族を確認すると、ケフィン達が斬っていた魔族達はその場から動けず、そのままバザック氏の魔法で命を散らしていた。


 戦闘に関して警戒を続けているが、奴隷から解放されたからか、バザック氏はこちらを攻撃してくる素振りがなく、クラウドも結界の中で動けない状態だった。

「あれはライオネル様や旋風の類ニャ。敵対しているのが少し怖くなる相手ニャ」

「あそこまで魔法に長けた者は見たことがありません。ですが、今なら私の命と引き換えに首を刎ねることも出来ます」

「でも、何だかあの方は、とても悲しそうに魔法を放っています」

 ケティとケフィンは俺と同様に、バザック氏の魔導の力の高さと、その魔導に対する脅威を認識していた。

 今はこちらに向いていない魔法が、いつこちらへ向かってくるかが分からなかったからだ。

 しかしエスティアは違った。彼女はバザック氏を見て、俺達が感じなかった感情を読み取っているようだった。

「エスティア、何故バザック氏が悲しそうに見えるんだ?」

 俺達に背を向けている為、その表情を見ることは出来ない。気配や魔力を感じることは出来ても、その感情を読み取ることは出来ないのだ。

「……闇の精霊から、あの方の感情が伝わってくるんです。あの方はただ深い悲しみの中にいて、あの攻撃している部屋とあそこのクラウドをとても憎んでいます」

 エスティアはそう断言した。闇の精霊が憑依している影響からか、不の感情を読み取ろうとしていた。

「ルシエル様、こいつを隠者の棺に入れてもらえませんか?」

 声を掛けられた方へと目を向ければ、いつの間にかライオネルが立っていて、その肩には気絶しているのか、ライオネルの息子であるグラディスが担がれていた。


「無傷だな?」

「はい。ルシエル様が隷属状態を開放してくださいましたので、問題ありませんでした。愚息の件は後でしっかりと、片を付けます」

 ライオネルは幾分かスッキリとした表情をしていた。

「分かった。バザックと念のためクラウドも監視しておいてくれ」

「はっ」

 直ぐに隠者の棺の空間を開き、ライオネルから、グラディスを受け取って、棺の中へと収めた。

 これで四人目の収容が終わり、棺の空間から出て俺が目にしたのは、十数体のゴーレム軍団だった。

 崩落してきた天井を支えていてくれたポーラとそのゴーレムのことをすっかりと忘れていた。


 隠者の棺の空間を閉じてから、周りの様子を確認すると、既に崩落してきた天井はなく、上を見上げれば帝国城の内部らしき場所が見えていた。

「ポーラ、さっきのゴーレムはどうした?」

「天井と同化させて、ゴーレムを作り直した」

 ……ポーラって有能だよな。後でゴーレムの運用を教えてもらうことに決めた。


「魔力はまだ大丈夫か?」

「まだ魔石があるから大丈夫」

「そうか……たぶん上は既に帝国城の内部だ。ゴーレムを引き連れて、上の露払いは出来るか?」

「やれる」

 ポーラは自信満々に答えた。本当に頼りになる。

 ライオネルやバザック氏クラスの化け物が出ないことを祈ってから、皆に指示を出す。

「ケティとケフィンは、ポーラのゴーレムと一緒に上の露払いを頼む。こっちはライオネルとエスティアで何とかする」

「……了解ニャ」

「分かりました。撤退する場合は直ぐに知らせてください」

 どうやら俺の頭で考える作戦は簡単にバレてしまうらしい。

「ああ。油断だけはするなよ。ここは帝国城だからな」

「「はっ」」

「ポーラ、頼んだ」

「任された。後で魔石」

「分かっている」

 いつも通りのポーラに少し救われて、俺は意識を再度バザック氏とクラウドへ向ける。


 バザック氏は次から次へと魔法を放っていたが、どうやら限界が近いらしく、大きく魔法の数を減らしていた。

 その一方で、クラウドを覆っていた瘴気の障壁は、徐々に薄くなっていくと、そこには膝を抱えて丸まったクラウドがいた。

 瘴気による影響か? それとも魔族化による影響か、クラウドの肌は褐色色へと変化していた。

「……魔族化したのか?」

「どうやらそのようです」

 クラウドは自分の生まれ変わった身体を確かめるように、ゆっくりと立ち上がった。

 すると、肌の色が褐色になっただけでなく、頭には角が生え、耳は尖り、肌が浅黒くなり、そして尻尾が生えていた。

 その姿は元聖女のフェルミナが魔族になった姿に酷似しており、クラウドは完全に人を辞めてしまっていた。


「グォオオオオオオ」

 そしてクラウドは身体を大きく仰け反らせて、全ての魔力を開放しながら、生まれ変わったのことを世界に叫んだ。

 その魔力と声量で、一瞬、聖域結界が揺らぐ……かと思ったけど、全くビクともしなかった。

 それにしてもクラウドには知性が宿っていない気がした。


「あれって意識あると思う?」

「いえ。フェルミナの時とは違い、どうやら瘴気に意識を完全に呑み込まれたようです」

「そうだよな。だったらやることは一つだけど……」

 正直な話、今の俺はかなり迷っていた。

 魔族化したまま殺せば、死体は泥のように溶けると聞いた。だけど、クラウドが握っているブランジュと魔族化の情報が欲しいのが本音だ。

 でもそれ以上に、クラウドがライオネルの偽者として入れ替わり、悪行を重ねていたことを周囲に知らしめ、ライオネルの名誉だけは回復したかったのだ。

 そんな時、バチィーンっと魔族化したクラウドが、聖域結界に触れて痛がりながらも、今度は瘴気を纏った拳で叫びながら殴り始めた。

 邪神と戦った時よりもパワーアップしている聖域結界を、どうやらクラウドは破れないらしい。

 どうやらまだ考える時間はありそうだ。


「ルシエル様、予定はだいぶ狂ってしまいましたが、ここであの者を討ちます」

「フェルミナさんのように回復させれば、民衆の前で討てるんだぞ」

「その必要はありません。既に帝国には未練がありません」

 ライオネルはこちらの考えなど全てお見通しと言わんばかりに笑った。

 その笑顔に、クラウドを倒すことを決めた。


「……ピュフィリケーションウェーブを発動させるから、そのまま討ち取ってくれ」

「はっ」

 返事とともにライオネルが構えをとり、俺が詠唱を始めようとすると、エスティアが叫んだ。

「ルシエル様!!」

 その声にハッとすると、バザック氏がこちらに杖を向けて構えていた。

 四属性の魔法の槍はその数をだいぶ減らしていだが、全てがいつの間にかこちらへと向けられていた。

 ……本当にバザック氏は何がしたいのだろう。


「本物のバザックさん。貴方は敵ですか? それとも味方ですか?」

「…………」

 しかしバザック氏は首を横に振るだけで、声が聞こえてこなかった。


 そういえばバザック氏は詠唱していたけど、声が聞こえていなかったことを思い出す。

「エクストラヒール」

「っ!?」

 俺は駄目元でバザック氏にエクストラヒールを発動すると、バザック氏が空中に浮かべていた槍が全て消失した。

「それで喋れますか?」

「……感謝する。しかしその男だけは私が殺す。邪魔をするなら、敵対も已む得ない」

 バザック氏の目には、強烈な憎悪が漲っていた。


お読みいただきありがとう御座います。

復帰まで一か月掛かった理由については、近況報告に記載させていただきます。

今後もよろしくお願いいたします。

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