255 静かな怒り
瘴気を生み出している魔物を一言で表すなら、巨大な花だった。
巨大な花は花序の部分から、瘴気を噴出させていた。
「
今まで一直線だったのに、いきなり広い空間に出たと思ったら三方向への分岐路の選択を迫られる。
そこにこんな瘴気を生み出す魔物? を生成して、さらに魔族を配置するとか、もう鬼畜の所業だろ。
普通だったら、地下道にこれだけの罠は配置しないだろう。
じゃあ何故それをしたのか? 答えはここがクラウドにとっての心臓部になるからだよな。
これだけ戦力と罠を仕掛けるんだから、ここを抜かれることなど露とも考えてはいないだろう。
俺は幻想杖を握りながら、先に聖域結界を発動させてから、浄化波を発動させた。
それが開戦の合図になった。
魔族は全部で十ニ体いる。しかし誰もが瘴気で正気を失っているようだった。
今まで対峙してきた魔族達は、皆ちゃんとそれなりではあったが意識はあった。
しかし帝国に入ってから、理性を感じさせる魔族がいなかった。
これがわざとそうしているのか、それとも魔族化して意識が残っているのが稀なのか、とりあえず戦闘は皆に任せて、俺は俺に出来ることをすることにした。
聖域結界の中に囚われた巨大花は結界の中で蠢いていたが、結界からは出られないようにイメージしてある。
しかし植物は根を断ち切らなければいずれ再生してしまう。
それこまで考えて、俺はポーラに指示を出す。
「ポーラ、地下から根が出てくるかも知れないから、地面に固定化は掛けられるか?」
「……お爺なら出来るかもしれないけど、魔石がないと出来ない……」
「分かった。いざとなったらゴーレムを出してくれ」
「いつでもいける」
ポーラはそう言って右手を突き出して、ゴーレムをいつでも発動状態にしている。
本当にバザック氏が邪魔になってきたと思いながら、再び浄化波を発動させると、魔族達の動きが再び止まる。
良く観察してみると、痛みで動きが止まったというよりは、感情が揺さぶられたがのように、頭と胸に手を当てて苦しんでいるように見えた。
戦闘中にそんな隙を見せればどうなるか、答えは簡単に出た。
直ぐに先ほど倒した五人と同じように、床へとあっけなく転がる。
どれだけ魔族化しようと、本物の魔族よりは弱いんだろう。
もしくは人と同じで魔族によって戦闘能力が違うのかもしれないけど……。
俺は目を瞑って、魔力と気配を感知するために意識を集中させていく。
すると魔力も気配もここにいる魔物達だけで、他に反応は無かった。
もしかすると、ここにも外と同じように結界が張ってあるのかもしれない。
そして俺はバザック氏を起こすことを決断した。
「エスティア、悪いけどバザック氏を起こしてくれないか」
「此処で、ですか?」
「ああ。魔族を倒す力を持っていることを証明するのと、結界の中で蠢いている花を見せてあれがなんなのかを聞く。それにクラウドのこともここまでくれば話す気になるだろう?」
「……分かりました。ですが、何故ルシエル様は私に記憶の書き換えをしろと命令されないんですか?」
エスティアはこちらに戻ってくると、ポーラのゴーレムからバザック氏を受け取って、彼を起こす前にそう聞いてきた。
何故と問われて、少しだけ考える。
この世界の命の重みは前世よりも軽い。それでも死にたくないのは一緒だ。
だからといって記憶を書き換えるのは、どうしようもない場合のみだ。
俺には前世と今世で生きてきた記憶がある。
そして俺の記憶が俺にとって何なのか、それを素直にエスティアに伝えることにした。
「俺がその人の記憶を改変してしまえる魔法が使えたとしても、好き好んで使いたくないからな。人の記憶は財産だ。それを奪う権利は本来誰にもないと思う。もしエスティアが記憶の書き換えしたくなかったら、ちゃんと言ってほしい」
「……ありがとう御座います」
エスティアは俺の答えに満足したのか、それとも彼女の気持ちを分からなかったからか、ただ微笑みを浮かべるのだった。
そしてバザック氏の頭に手を置くと、バザック氏がゆっくりと覚醒してく。
「うっ、ここは? ……お前たち!?」
「起きましたか? もうすぐクラウドのところです」
「それではここは地下道だというのか。 クソッ」
バザック氏は咄嗟に手で口と花を塞ぐ仕草を見せるが、直ぐに手を離した。
寝起きでも頭は回るらしい。
「貴方が思った通り、此処は地下道です。そして瘴気から身体を守る魔法を付与しています。ちなみにあなたを守ってくれそうな魔族は全て倒しました」
俺はそう意って地面に転がっている魔族を見た。
バザック氏は俺の視線に合わせるように目を魔族に向けると、彼の喉から音が聞こえた気がした。
「バザック氏ならこの後の道案内を頼めますよね?」
「……断ったら?」
「あの蠢いている瘴気を生み出している魔族花の中に投げ込みます。どちらにしても三方向行くだけですから、少しの時間を無駄にするだけです」
「もし全てのことを話すなら?」
「また眠りについてもらいます。そして全てが終わった後で貴方の命を奪わないと(俺は)約束しましょう」
「……左の通路が帝都の外まで繋がっている道だ。もちろん一方通行で、戻ろうとしても戻れない。真ん中は罠がかなりの数で設置されている。クラウド様はそこに居られる。そして右の通路が城へと繋がっている」
「いやに協力的ですね。何か企んでいるんですか?」
「まだ死にたくないからな」
「それでは早速。魔族達に理性がなさそうなのは何故ですか?」
「あれは魔族の力が強大過ぎて、その反動で魔族に心が食いつぶされてしまった者達だ。既に自我が無い以上、ああなったら回復魔法でも治せないだろう。精神崩壊は魔法では治せないものだしな。……まぁ魔族との契約を消してしまえる御主なら、治せるかもしれないがな……」
「なるほど。じゃあ、あの魔物の倒し方を教えてくれませんか?」
「あのエビルフラワーは闇の中で咲く花だ。光があれば直ぐに枯れる。まぁ根を焼き切らなければ、いずれ復活してしまうかも知れないけどな」
「そうか。それで最後の質問ですが、貴方がしたかったことって何ですか?」
「……それは私が目を覚ました時に、君達が死んでいなかったら答えよう」
「そうですか。エスティア頼む」
エスティアは頷くとまたバザック氏を眠らせた。
「ポーラ、擬似太陽を作るにはどれぐらい掛かる?」
「魔石があれば直ぐに作れる」
俺は念の為に魔法袋に入れて置いた幾つかの魔石をポーラに渡す。
「それで頼んでもいいか?」
「直ぐに作る」
太陽ってどうやって作るんだろう? そう思いながら、ライオネルの元へと向かう。
「バザック氏との会話は聞こえたか?」
「いえ、それでこの者達は?」
「一人だけ試しに助けてみる。成功するなら全部助けるけど、駄目なら……これ以上犠牲は増やさないことに時間を使う」
「はっ」
一人だけ試しにいつもの魔人化を解くディスペル等を掛けていくが、意識が戻ることはなかった。
そしてメルフィナさんを助けたように聖龍で呪いを飲み込んだら、そこには何も残ってはいなかった。
それからは魔族化した者達が斬られるところを見つめながら、心の中で救えなかったことを謝罪するのだった。
擬似太陽が打ち上げられたのはそんな時だった。
聖域結界で大暴れしているのが分かる程、結界に蔓を打ち付けているのが分かる。
しかし今の俺は機嫌が悪かった。躊躇わずに聖域円環を発動させた。
すると結界内に充満していた瘴気が消え、青白い炎に包まれエビルフラワーが燃えていく。
「最初からこうすれば良かったのか。さて、ここを真っ直ぐ進めばクラウドがいるらしい。ケフィン、かなりの罠があるらしいからよろしく頼む」
「はっ」
ケフィンの返事を聞いてから、燃えていくエビルフラワーを一瞥して、俺は瞑想を始めた。
人をおもちゃのように改造したクラウドに、生きていることを後悔させるために……。
お読みいただきありがとう御座います。