251 猪突猛進
アルベルト殿下を縛っていたロープは、誰かが外したのだろう。
しかし聖域結界を抜け出してくるなんて、本当に面倒なことをしてくれる。
猪突猛進型がこの国の王になる未来か……正直ダルイが今よりはマシかも知れないな。
そこまで考えて殿下からメルフィナさんへと視線を戻す。
賢者になってパワーアップした聖域円環をメルフィナさんに発動させたら、もしかすると一撃で消滅させてしまうかも知れない。
しかし魔族化が進めば元に戻れない可能性もあるし……。
何とか意識を魔族化した人格ではなく、本来のメルフィナさんのようになれば……と、ここで閃く。
「殿下、メルフィナさんに……声を掛け続けてもらえないですか?」
視線を再びアルベルト殿下に戻すと、殿下はケフィンに腕を捻られて、そのままうつ伏せに倒れこんでいた。
ケフィンのそのあまりに見事な制圧振りに、警察の逮捕術を思い出したが、今は時間が無いので、殿下に話しかける。
「殿下、メルフィナさんは魔族化してしまっています。ですが、以前治療した時以上の強力な魔族化が進んでいます」
「だ、だから殺すのか! そんなことをしたら絶対に許さないぞ」
「それでは殿下に彼女を救う方法があるのですか? あれだけ罵倒されていましたけど、まだ救いたいのですか?」
「当たり前だ! 頼む、いやこの通りだ。メルフィナだけは何としても、救ってほしい」
そう言って殿下は額を地面に擦り付けてお願いしてきた。
惚れた女の為にはそこまで出来るのか……中々カッコイイではないか。
「後で色々と要求を飲んでもらいますよ」
「ああ、ありがとう。メルフィナを救うことが出来るのなら、私が出来ること全てに協力させていただく」
「いいでしょう。でしたら、メルフィナさんに何度も呼びかけてください」
「……それだけでいいのか?」
「はい。先程メルフィナさんの身体を乗っ取った魔族は殿下を見ているともやっとするようなことを言っていましたよね」
「……ああ」
効果音が聞こえてきそうなぐらい凄いショックを受けていることが分かる。
まぁ好きな人にあんな態度をとられたら分からなくもないけど……。
しかし、ここで落ち込まれていても時間が勿体ないので、続きを話すことにした。
「それはまだフェルミナさんの意思が残っているからだと思います。だから彼女に出来るだけ話し掛けてください」
「ああ、分かった。分かったから離してもらえないだろうか?」
ケフィンに未だ腕を絞り上げられていることが不満なのだろうが、俺の答えは決まっていた。
「申し訳ありませんが、駄目です。これからメルフィナさんを救うことに全力を注ぎます。しかしメルフィナさんはかなり苦しむことになるでしょう。その時に殿下が黙って見ているだけなんて出来ないでしょ?」
「約束しよう、それならばいいだろう」
「いえ、例え誓約していようとも、貴方はその代償を構わず払いそうな気がするので、大人しくそこで彼女に呼びかけ、彼女との思い出を話していてください」
「………………分かった。その代わり何としても助けてくれ」
助けなかった場合、助けられなかった場合でも、きっと敵に回るんだろうな。この人もこの展開も本当に面倒過ぎる。
それでもここで不安要素を取り除けたことは大きい。
ここでメルフィナさんを救出すれば、殿下という憂いは無くせる。
メルフィナさんを助けたところを確認させたら、彼にも眠りについてもらうことに決めたからだ。
俺の指示通りメルフィナさんを救うべく、アルベルト殿下は必死に声を掛け始めた。
それを横目で確認しながら、自分に出来る最大限の方法を考え始めた。
自爆したメルフィナさんに、ディスペル等の魔法は既に施した。
しかし漆黒の翼はそのままだし、瘴気も微かに残っている。
そもそも彼女はどういう風に魔族化したのだろう。
魔石を飲まされてか、それとも瘴気に長い時間浸かったのか、それとも何か儀式的なことをしたのだろうか?
先程は遠目からの魔法陣詠唱だったので、今度は観察しながら再度ディスペルから順に魔法を掛けていく。
そしてピュリフィケイションを発動させると、メルフィナさんは強い痛みを感じたのか、痛みで覚醒してしまう
「痛いわ……私が何をしたというのですか。殿下、賢者様が酷いことをしますわ。助けてください」
「おおメルフィナ、戻ったのか? ルシエル殿、彼女を解放してくれ」
恋は盲目と言うが、盲目過ぎるだろ。
完全に性格が変わっても同一人物に見られるって、ある意味凄いけどメルフィナさんの外見なら何でもいいのかと言いたくなるぞ。
聖域結界から自分で出られない以上、このメルフィナさんを結界の外に出すつもりはない。
「ええ、この結界から出られるならどうぞ」
ピュリフィケイションも期待していた効果は出せなかったが、痛みがあるのなら、まだやはり魔族だってことだ。
「ルシエル殿、では私の拘束を解いてくれ。これは帝国の第一皇子としての命令だ」
「却下です」
「少しは考えるとかはないのか」
驚いた表情で言われても困るんだけど、一応聞いてみるか。
「今の貴方を見たら、本物のメルフィナさんはどう思うでしょうか? 本当は外見だけでしか見てくれていなかったと思うのでは?」
「……それでも、メルフィナが痛がっている姿を、私はこれ以上見たくないのだ」
「これから一生メルフィナさんが魔族となって生きるとしてもそう思われるのですか?」
「…………」
そんなに親の敵みたいな目で見られても本当に困る。
俺はライオネルの方へ目を向けると、兵士達をまとめているようで、完全にこちらは任されているようだった。
「はぁ~分かったのなら、大人しく本当のメルフィナさんに思い出を語ってあげて下さい。それで少しでもメルフィナさんが戻ってきたいと思わせて下さい。それが出来るのは殿下だけです」
「……分かった」
殿下はようやく納得してくれた。そして昔の思い出をメルフィナさんに語り始めた。
殿下の失敗をフォローしてくれた話や、逆に調子に乗ってメルフィナさんに叱られた話を、本当に楽しそうに、そして恥ずかしそうな顔で。
きっと殿下は、周囲にこれだけ帝国兵がいることも忘れているんだろうな。
完全に猪突猛進型だな。でもそれが羨ましくもありながら、俺も出来ることを最大限にすることしよう。
まずは全ての瘴気を取り除くイメージ、そして魔石があったら全て取り除くイメージ、最後にメルフィナさんの翼を取り除き、肌の色を元に戻すイメージを固めて聖龍に頼ることにした。
「聖龍よ、全てを解き放つ光となって呪い、穢れの全てを呑み込め、そして悪しき魂には救済の浄化を」
久しぶりに魔力が激しい勢いで消費されていく。
それに耐えながら、幻想杖に魔力を送り続けると、ステータス画面のような半透明な聖龍がメルフィナさんへと飛んでいき、その身体を飲み込んだ。
メルフィナさんの絶叫が上がり、アルベルト殿下が何かを言ってメルフィナさんの元に行きたがっていたけど、俺にはそれを聞いている余裕がなく、エクストラヒールを直ぐに発動させていた。
半透明な聖龍がメルフィナさんを呑み込んだ。それまでは俺にも余裕があった。
しかし魔族化が進んでいたからか、魂が入ってしまっていたからか、聖龍が魔族化していた場所を呑み込み消えていったのだ。
分かり易い部分で言えば、翼は消えた背中から、今度は血の翼が現れたのだ。
これで余裕がある方がおかしい。
それに魔族化して瘴気で魔装していたのか、メルフィナさんが全裸になってしまったことで、アルベルト殿下から約束を反故にしてもらっても困るから、とにかく必死だった。
エクストラヒールを終えると直ぐに魔法袋からローブを取り出し、ケフィンに声を掛ける。
「ケフィン、離していいぞ。殿下、これを使ってください」
直ぐにメルフィナさんに駆け寄ろうとした殿下にローブを投げた。
「……今は有り難くもらっておくぞ」
そう睨まれながら、メルフィナさんにローブを掛けるのだった。
予定とは違い、戦闘はしていないのに魔力枯渇寸前になったことを反省しながら、俺は盛大な溜息を吐いた。
そして魔力ポーションを飲みながら、前哨戦から先が思いやれる展開に憂鬱となるのだった。
お読みいただきありがとう御座います。