【151】1927年の南京事件と幣原外交の説明が不正確で背景を誤解している。
「日露戦争でロシア軍を追い出して以降、日本は満鉄をはじめとする投資により、満州のインフラを整え、産業を興してきた。そのお陰で満州は大発展したのである。」(P356)
一面の事実を強調して支配の実態を正確に説明できていません。
帝国主義諸国による進出は、すべてこの「形式」をとり、利益は本国に還元されるしくみが作られています。
児玉源太郎は日露戦争後の満州の経営について、
「戦後満州経営唯一ノ要訣ハ、陽ニ鉄道経営ノ仮面ヲ装ヒ、陰ニ百般ノ施設ヲ実行スルニアリ」
と説明しています。
満鉄は、フーシュン炭田、アンシャン製鉄所、ヤマトホテル、航空会社の経営、炭坑開発、農林水産業など総合的な事業展開をおこなっていました。
それだけではなく、ロシアから譲られた鉄道付属地での行政権も有していたのです。
長春、奉天、大連の都市近代化を進め、学校や病院の設立をおこなっています。
しかし、張作霖爆殺事件以後、息子の張学良は排日政策に転じ、満鉄を包囲するように鉄道網を整備して、日本に奪われていた利権の回収を図ろうとしました。
「蔣介石率いる中国国民党政権と中国共産党による反日宣伝工作が進められ、排日運動や日本人への脅迫やいじめが日常的に行なわれるようになった。」(P356)
と、説明しています。これでは、満州での排日運動が、日本の利権独占による反発や不満ではなく、中国国民党や共産党による工作であったかのような印象を与えてしまいます。
蔣介石は、そもそも孫文のおこなった国共合作に不満を感じていて、国民党軍内に共産党の兵が含まれていることに不満を感じていました。
アメリカ・イギリス・フランスは共産党と国民党を分離し、共産党並びに国民党左派抜きの蔣介石による国民党政府樹立を考えていました。
この分離工作に対抗しようと、共産党は、国民党軍とイギリス・アメリカ・フランス
の関係を悪化させるために、第2軍、第6軍に南京攻撃を計画したのです。
南京事件では、日本人1人、イギリス人3人、アメリカ人1人、イタリア人1人、デンマーク人1人、フランス人宣教師2人が殺害され、2人が行方不明です。
当時の記録(中支被難者連合会・『南京漢口事件真相・揚子江流域邦人遭難実記』)によると、中国軍、といっても正規兵では無さそうで(便衣兵)、略奪したのは中国兵ではなく、南京の住民だったようです。
また、第2軍の師長である戴岱は、このような略奪を働いたのは国民軍ではない、北軍(軍閥の兵)である、と説明して帰ったといいます。
「この暴挙に対して、列強は怒り、イギリスとアメリカの艦艇はただちに南京を砲撃したが、中華民国への協調路線(および内政不干渉政策)を取る幣原喜重郎外務大臣は、中華民国への報復措置をとらないばかりか、逆に列強を説得している。」(P357)
これも一面的な説明です。
イギリスとアメリカは艦砲射撃の後、陸戦隊を上陸させました。
日本は艦砲射撃をしていませんが、陸戦隊をちゃんと派遣しています。日本は、砲撃がさらなる虐殺を誘発する可能性があるため砲撃はおこなわず、陸戦隊を送り込んだのです。イギリスやアメリカの対応よりも居留民の安全に配慮したものです。
(実際、イギリス・アメリカの艦砲射撃は民間人も巻き込んで被害者を出し、日本の領事館近くにも着弾しています。)
「中国国民党がこの事件と日本の無抵抗主義を大きく宣伝したため、これ以降、中国人は日本を見下すようになったといわれる。」(P357)
「中華民国への報復措置をとらないばかりか、逆に列強を説得している。」(P357)
とありますが、日本は共産党による組織的な排外暴動であり、国民党と列強の対立を企図したものであるとの情報を森岡領事から受けており、過度の国民党への攻撃・非難を控えるべきだ、とイギリス・アメリカを「説得」したのです。
そしてこれを受けて、蔣介石に謝罪、外国人の生命保障、人的物的被害に対する賠償要求が出されました。
蔣介石が、後に上海クーデターを起こし、国民政府内の共産主義勢力を一掃し、共産党指導者を90人以上処刑したのは、これに応えた側面もあり、コミンテルン指揮下の共産党勢力と決別し、ソ連との断交も発表しました。実際、新しく成立した蔣介石国民政府は、1928年、1929年にアメリカ、イギリス、フランス、イタリア、日本と協定・合意を結び、南京事件は決着したのです。
幣原によるイギリス、フランス、アメリカとの協調外交は、共産党と国民党を分離させることに一定の成果を出しています。
百田氏の後々の共産党やコミンテルンに対する言説を考えると、なぜこれを「評価」されていないのかがちょっと不思議です。南京事件の背景や裏事情をご存知なかったのかもしれません。
『もう一つの南京事件-日本人遭難者の記録』(田中秀雄編・芙蓉書房)
『蔣介石秘録』(サンケイ出版)
『毛沢東と蔣介石-世界戦争のなかの革命』(野村浩一・岩波書店)
『蔣介石』(保阪正康・文春新書)