【144】移民法の成立過程に誤解がある。
1924年に成立した移民法は、ジョンソン=リード法といいます。
結論から言いますと、日本人移民を排斥する法ではありません。
アメリカは、建国以来、多くの移民を受け入れ、南北戦争後の経済発展は移民たちによって支えられていたといっても過言ではありません。
大陸横断鉄道の建設は、東西から建設されはじめ、東側からは主としてアイルランドからの移民などヨーロッパ系の移民労働者によって、西側からは中国系の移民労働者によって建設されました。
「線路は続くよどこまでも」という唱歌は、もともとアイルランド民謡で、アメリカで鉄道労働歌になりました。
さて、さらに1890年代、大規模な移民が始まりました。
東欧・南欧・アジア系の移民が増えます。
一定以上、人口が増えて経済発展すると、中間層が育つようになります。そこに新しい安価な労働力が入ってくると、自分たちの仕事が奪われる、という危機感を持つ人々が増えて、移民を排斥する「空気」も生まれてきました。
そこで1890年を基準年として、その出身別移民数の2%以下に移民を制限する、というものです。
1900年代に「アメリカ」が日本の排斥を強化していったように一部の法令だけを抜き出して説明するのは、やはり一面的です。
もともと日本人は、アメリカの連邦移民帰化法の制限対象外でした。
アジアの中で欧米諸国と対等に交渉ができる国という「評価」を得ていたからで、
アメリカは日本を特別扱いしてくれていたのです。
ここで近現代アメリカ史を理解する上で、重要なことがあります。
アメリカは「連邦制」で、とくに内政においては各州の独立性が高く、州の諸法・諸規制に関しては政府は口出しできないのです。
日露戦争後の1906年に、サンフランシスコで公立学校に通う日本人学童を東洋人のための学校へ転校させようとする動きが出ました。
それをセオドア=ローズヴェルトが「異例の干渉」をおこなって撤回させています。
「私は従来日本びいきだったが、ポーツマス条約以来、そうでなくなった」(P342)とローズヴェルトの書簡(いつのどこのものかは不明)を引用されていますが、大統領の個人的見解はともかく、実際はアメリカ政府は日本に対して友好的に対応しています。
日本政府は、他のアジア系民族とは同列に扱われることを回避しようと、さまざまな働きかけをアメリカ政府におこないました。
結果、林董外務大臣と駐日大使オブライエンとの間で「協定」が結ばれ、日本がアメリカへの移民を「自主的に規制」することにしたのです。
「大正二年(一九一三)には排日土地法を成立させ、日本人の農地購入を禁止し…」(P343)
と説明されていますが、このとき制定されたのはカリフォルニアの州法のことです。
「市民権の無い外国人の土地所有および3年以上の賃借を禁止するカリフォルニアの法律」です。日本人を特定する文言はこの条文には一切ふくまれていません。ちなみにこれを「排日土地法」と呼称しているのは日本だけです。
「アジアからの移民の大半が日本人であったので、実質的には日本を対象としたものだった。」(P343)
と、説明されていますが、ほぼ同じ表現がインターネット上の説明(Wikipedia)にもみられますが、まず移民法制定の大きな流れをみれば、中国人や朝鮮人が先に制限され、その後に日本人が制限されています。
これは後に、戦時中の反米プロパガンダによってつくられた文言で、最近ではこれをことさら「排日移民法」として説明しなくなっています。
アメリカの各階層によって移民に対する感情には温度差があり、東側ではWASPとよばれる人々が移民に反対しており、西側では、南欧・東欧出身の労働者階層が、自分たちの仕事を奪われることを懸念してアジア系を排斥する動きをみせていました。
アメリカは「民主主義」国家で、選挙によって政権の政策は変化します。
当時の野党は、これら移民に反対する票を取り込むために、移民排斥運動を利用していました。
国務長官ヒューズは、移民法制定を避けようと努力していましたし、クーリッジ大統領は、「対象移民」の中に日本人を入れて排斥してしまうことになり、従来の日本との協定に反するものである、と反対の表明もしています。
ウィルソン大統領期の民主党とは異なり、1920年代のアメリカはハーディング・クーリッジ・フーヴァーの共和党時代に入っており、政府は日本に友好的、議会が政府に反対、という状況にありました。
移民法成立時には反米感情が沸き上がりましたが、これは実はすぐに沈静します。
ところが30年代に右翼・軍部などによってこの時のことが再度強調され、「排日移民法」と連呼されるようになったのです。
1920年代、共和党政権との関係はむしろ良好で、「その後も、日本とアメリカの溝は埋まらず、やがて大東亜戦争という悲劇につながっていく。」(P343)、という説明には違和感をおぼえます。