【143】「アメリカの敵意」を一方的に強調しすぎている。
P341の項目の題名が「アメリカの敵意」と記されています。
そこに行きつくまでにすでに、言外あるいは直接に「アメリカの敵意」を想起させる表現がみられます。
「実は両陣営に石油を供給していたのはアメリカだった。アメリカはそれで多くの外貨を得た。」(P340)
でも、実際は1914年からのドイツ経済封鎖に参加し、1917年以降は連合国側でアメリカは参戦しています。
「議長国のアメリカは、『このような重要な案件は全会一致でなければならない』と主張した。当時、自国内の黒人に公民権を与えず、人種分離政策をとっていたアメリカは、当然ながらこの提案には反対の立場だった。」(P341)
と、説明されていますが、アメリカも日本の提案に同意していたことは示されず、イギリスやオーストラリアの反対と、脱退のブラフがあったことには言及されず、日本の山東半島の利権を認めるという「取引」もありましたがそれにも触れられず…
https://ameblo.jp/kohaniwa/entry-12443302398.html
後の話も、一面的な見方、あるいは事実誤認の上に立った「アメリカの敵意」の話となってしまいます。
「日露戦争の勝利によって、列強を含む世界の日本を見る目は変わった。同盟を結んでいるイギリスをはじめとするヨーロッパ諸国は、日本に一種の敬意を持った。」(P341)
「しかし現実の世界は日本を称賛する国ばかりではなかった。その一つがアメリカである。」(P342)
と説明されていますが、あれ?変なこというなぁ、と不思議に思ったんです。
以前に、
「…『日露戦争』こそ、その後の世界秩序を塗り替える端緒となった大事件だった。しかし列強諸国の受け止め方は違った。」(P321)
「…英国は同盟国でありましたが、此の消息を知った英国の大多数は何れも眉を顰め、日本が斯くの如き大勝利を博したことは決して白人種の幸福を意味するものではないと思ったのであります。」(P321~P322)
「列強諸国の間で日本に対する警戒心が芽生えたのも、この頃であった。」(P322)
https://ameblo.jp/kohaniwa/entry-12442007945.html
と説明されていました。
百田氏の、イギリスなどの列強の日本に対する評価の真意は何れにあるのでしょうか。
列強の「日本を見る目は変わった」と説明されていますが、とくにイギリスが抱いたのは「警戒心」だったのか「敬意」だったのか。
むろんこの二つは両立しないわけではありません。
しかし、同じ日露戦争の勝利に対するイギリスなど欧米諸国の感想を、一方では「日本に対する警戒心が芽生えた」とし、一方では「日本に一種の敬意を持った」とする。 それぞれの主張したいことに合わせて評価を変えるのはどうでしょうか。
前者は、「アジアの尊敬を集める日本、警戒する欧米」、ということを強調し、後者は「世界の多くの尊敬を受ける日本、警戒するアメリカ」、ということを強調しているかのようです。
世界史を俯瞰すると、イギリス・フランスはアジア・アフリカに進出し、すでに植民地や利権を確保しつつありました。
英仏は衝突ではなく、調整を選択します。
また、イギリスはロシアの南下を食い止めるため、日本とロシアを衝突させようとし、日英同盟を結びました。
そしてアメリカは、中国への進出に出遅れていたため、その進出の機会をうかがいます。日本がロシアと対立していることを利用し、アメリカは中国への進出のきっかけ作りのために日本を後援しました。セオドア=ローズヴェルトは「日本贔屓」であることを日露開戦前から公言しています。
そしてポーツマス条約を仲介したわけですが、帝国主義諸国は、善意やポランティアで外交などしません。
しょせんは大国どうしのエゴの衝突と調節であるということを忘れてはいけません。
日本は朝鮮半島を植民地にし、中国の利権を確保しつつありました。英仏は日本と衝突ではなく、調整を図りました。
アメリカは、イギリスとフランスに対抗して海外進出を企図したのに、日本はアメリカではなくイギリス、フランスとの関係を調節し、ロシアとも協約を結んでいます。
もちろんイギリスにはイギリスの、フランスにはフランスの大国のエゴがあり、日本の植民地支配を否定すれば、後発帝国主義諸国(アメリカやドイツ)からの植民地独占に対する批判をまねきかねませんから。
桂太郎がハリマンとの約束を小村寿太郎の提言を受け入れて白紙にもどした背景にはこうした帝国主義間相互の「調整」があったからです。
ロシア・イギリス・フランスとの利害関係を「調整」し、満州の利権を独占できるチャンスを得た大国日本のエゴと、講和を斡旋し、多くの外債の償還に協力し、日本の満州進出で得るであろう利益の分け前をねらっていた大国アメリカのエゴがぶつかったために、アメリカが「笑顔の表情」の外交から「不快な表情」の外交に転換しただけの話です。
大国日本のエゴの説明抜きで、大国アメリカのエゴのみを説明すれば、「アメリカの敵意」を強調することも可能です。
桂-ハリマン覚書を白紙化し、満鉄中立化を拒否したことに対して、日本の大陸進出をアメリカが警戒するというのは、どちらかがどちらかを非難するような、何も特別な帝国主義的外交ではありませんでした。