245 砕け散ったゴーレム
闇龍との戦闘していた時間はとても短かったが、それは闇龍があれだけ弱りきっていたからだ。
邪神の呪いを最初に受けたのは、闇龍で間違いないだろう。そうでなければ、こうして皆のところへ帰って来られたか怪しいものだ
もしかすると邪神がこの計画を始めるときに、自分が掛ける呪いが闇龍に効くのかを試したのかも知れないな。
そんなことを思いながら迷宮の外へ出ると、皆の姿があった。
「ただいま」
「ルシエル様! ご無事でしたか」
ライオネルは驚きながら、真っ先に喜んでくれた。やはり若返ってから少し熱血漢になった気がする。
「ああ、闇龍が邪神の呪いで衰弱しきっていたから、戦闘という戦闘にはならなかったよ。それにしても、もう陽が暮れているのか」
夕暮れというよりも、既に日が消えようとしているところだった。
「はい。五十階層へと向かう途中の連戦で、大幅に時間を使っていたようで、食事をしていたところでした。ルシエル様もいかがですか?」
「そういえばお腹が空いていたな。もらおう」
ケフィンに食事を勧められて食事をすることにした。
食事を口にしながら、迷宮について感想をポツリと漏らす。
「視界の悪い迷宮なのに、そこまで苦労して踏破した感じがしなかったけど、グランドルへ行く前だったら分からなかったな」
「そうですね。確かに皆あのときからは各段に強くなっていますから、二日掛からずに踏破出来ましたが、本来ならもっと何倍も掛かっていたでしょう」
「私もそう思います。旋風様に罠解除のコツを教えていただいていなければ、解除出来なかったものもありますから、順番が如何に重要なのかを思い知らされました」
ライオネルの答えにケフィンは同意するように頷き、皆もまたあの迷宮での恩恵を感じているようだった。
そう考えると、あの時の行動も聖属性魔法を失った過去も、全て意味があるような気がして報われる思いだった。
「それでライオネル、レベルが上がって少しは力を取り戻せたか?」
「はい。全盛期にはまだまだ程遠いですが、対人戦なら何とかなりそうです」
ライオネルには転生者で魔人化しているかもしれないクラウドを斬ってもらわないといけない。
「そうか。さて、ここで野営してもいいいけど、エビーザに戻ることも出来る。どうしたい?」
一日は帝国へと向かう準備期間としてほしいが、それ以上は必要ないのだ。
レベルを上げるか、模擬戦などをして過ごすか決断が難しいところだ。
暫しの間があってから、ライオネルが答える。
「ルシエル様、もう一度迷宮へ潜りませんか?」
「理由は?」
「一週間のうち二日を消費しました。最後の一日は休養日に当てたとしても、残りの日数を屋敷でゆっくりと過ごすことは出来ればしたくありません」
「確かにそうだな。皆はどう思う?」
張り詰めていた緊張感が数日後に控えた帝国との一戦を前に緩むことは考え難いが、底上げについては俺もありだと思っていた。
それに闇龍の力ももしかすると有用な使い方が思いつくかもしれなかったからだ。
しかしここで反対意見が出る。
「ですが、中の魔物は弱くなるのでは?」
「そうニャ。確かに野営するよりは主部屋で睡眠を取った方がいいニャ。でも、決めるなら魔物を見てから決めてもいいと思うニャ」
「私はエビーザへ帰りたいです。帝国のスパイのこともありますし、皆さんが簡単にやられるとは思いませんが、万が一のないように」
ケフィンやエスティアが反対の意見を述べるのは分かっていたが、ケティも少しずつ考え方が変わってきたのか、完全な肯定ではなかった。
そして俺は皆の意見を聞いてから考える。
確かに底上げは大事だけど、レベルはそこまでポンポン上がる時期は終わっているので、この迷宮では正直あまり効果的ではない。
それに闇龍を含めた龍の力を引き出すのも、別にここで使わなくても良いと判断した。
何よりエスティアが言ったように、飛行艇が狙われたら、目も当てられないので、ここはライオネルに折れてもらうことにした。
「皆の考えは分かった。ライオネル、ここは折れてくれ。ドランに頼んで模擬戦が出来る場所を作ってもらう。そこで帝国へ行くまで修練をしよう」
「……それが一番建設的ですか。分かりました。それでは戻りましょう」
「ああ」
ライオネルは模擬戦が出来ると聞いて、直ぐに折れてくれたので、食事を食べ終えた俺達はエビーザへと戻ることを決めたのだった。
エビーザへの帰り道は特に問題はなかったが、今までとは違い暗闇でも視界が確保されている気がしていた。
闇の精霊と闇龍のおかげで闇属性の親和性が高くなったからだろうか? そんなことを考えながらフォレノワールを走らせると、フォレノワールから念話で注意されて、馬上に集中するのだった。
そんなこんなでやっとエビーザへと戻って来た時だった。
ドォオオーンンと腹に響くような爆発音が鳴り響いてきたのだった。
「急ぐぞ」
しかも爆発音がバザック氏の屋敷の方だったので、フォレノワールを走らせるのだった。
屋敷まで戻って来たところで俺の目に映ったのは、飛行艇から煙が立ち上っているところと、ポーラのゴーレムと思われる残骸がそこらかしこに飛び散っている光景だった。
一体どれだけ強い魔族が現れたんだ。焦りながらも気配と魔力を必死に探るが、特に魔族や魔物特有の気配も魔力も感じなかった。
「あ、ルシエル様、皆さんもお帰りなさい」
「ルシエル様、皆さんを止めてください。お庭がぐちゃぐちゃになってしまいます」
そこへナディアとリディアが現れて、俺達を出迎えてくれた。
二人の話を聞いて、想定した事態とは異なる現実だろうと判断して、フォレノワールから下馬し、事実を確認することにした。
「ただいま。まず確認なんだけど、魔族の襲撃とかではないのか?」
「はい。皆さんが魔導砲の試作品を作り上げたみたいで、威力や命中率を確かめながら、調整していらっしゃるようです」
「さすがにもう日が沈んだので、近隣の方々にご迷惑になるとお伝えしたのですが……」
俺はその話を聞いて、ドラン達のことを一昨日から放置していたことを後悔した。
まさか魔導砲を作っているとは、さすがに想定外の事態だった……。
「はぁ~。まさかもう試作に取り掛かっているとは……ドラン達を甘く見ていたか。分かった。行こう」
魔族の襲撃ではないことに安堵しながら、ドラン達を注意しに向かう。
「ドラン、皆戻ったぞ」
「おおっ、ルシエル様、こちらもようやく魔導砲が形になってきたところだ」
ドランは嬉しそうにそう告げて、魔導砲を見やると、三砲が飛行艇に取り付けられていた。
「ああ。町の入り口まで轟音が響き渡っていたぞ。それにしても何故三砲も取り付けたんだ?」
「中央にある魔導砲は一撃必殺の破壊力を持ち、左右に取り付けたのは、威力はそうでもないが連射出来るようにしたものだ。リィナのアイディアだな」
リィナを見ると、顔から生気が消えていた。もしかしなくても二徹しているんだろう。
「しかしこんなに急いで作ったんだ?」
「この分なら帝国へ突っ込む時に、翼竜の牽制として使えるだろうと思ってな」
「確かに牽制には使えるだろうけど、ポーラのゴーレムを砕け散らせる威力はいらなくないか?」
「先程はまだ威力を抑えているのだ。そうでなければ飛行艇の方が耐えられないだろう」
一体何処を目指して何を破壊しようとしているのだろうか? 一度釘を刺しておくか。
「魔導砲の出番は飛行艇が撃ち落とされそうになった時と、施設を破壊する時だけだぞ。人に撃つものではないし、帝国の全てを破壊するために作ってもらっている訳ではないないのだから」
「そんなことは分かっておる。別に無関係な者達を巻き込んで虐殺することなど考えてはおらんわ」
心外だと言わんばかりに怒鳴られてしまった。
そこで肩を叩かれてそちらに目をやるとポーラがいた。
「お爺は対邪神用に放つことを想定している。ルシエルを守り支えるのが私達の仕事だといつも言われている」
ポーラのその言葉に心配してくれる嬉しさがこみ上げてきて、こういう輪が広がっていけば、闇龍との約束が果たせるのかもな。
そう思った。
それにしても本当に俺にはもったいないぐらい有能従者達だけど、目的の為なら犠牲を払う精神はさすがに止めてもらうことにする。
「そっか、ドラン、すまなかった。皆もありがとう。今後もよろしく頼む。だけど、もう日が落ちて夜になったから、魔導砲の試射は終わりにしてくれ。あの轟音が続いたら子供が不安になって眠れなくなってしまう」
「仕方あるまい」
「あ、ドランには頼みたいことがあるから、相談に乗ってくれるか」
「もちろんだ」
こうして俺達の夜は更けていくのだった。
お読みいただきありがとう御座います。