経験値の大切さを久しぶりにかみしめた。延長10回、1死一、二塁。鈴木に三盗を決められたところで、僕は敗北を覚悟した。
「バッテリーとして警戒はしていたし、サインも出しましたが結果として走られたということは、足りなかったんだと思います」。大野奨は想定内だと言い、R・マルティネスも「クイックもやった」と答えた。しかし、右腕は「急に走られたので」とも。要はまさか。鈴木は代打・坂倉への2球目を投げ始める前には走り出しており、大野奨は送球すらできなかった。いや、僕はバッテリーを責めたいのではない。のどは渇ききり、走者の動きにまで気が回らなかった。それが大一番の重みなのだ。
直前の攻撃では1死から左前打で出た大島が、バントで二進。福田の1球目に走りかけ、止まった。何でもない投球が捕逸となり、三塁を手に入れた。大島の偽装スタートに、会沢が釣られたのだ。
「あんなにうまくいくとは思わなかったけど(走者が)動くと捕手は見ますから」
鈴木はリーグ3連覇と2度の日本シリーズを知っている。大島も2010、11年の連覇を覚えている。互いに負けられない試合で、三盗に挑む度胸。ミスを誘う余裕。これこそが経験でしか得られない財産だ。
「守っていてガチガチでした」と京田は言った。阿部は「自分が考えていた以上にしびれました」と正直に話した。負けていい試合などないが、この言葉を聞けただけでも救われた気がした。彼らにとって未知の重みだった。中日が大切な試合に臨んだのは、本当に久しぶりのことだ。
この日の震え、しびれ、怖さ、手汗、そして幸せを忘れなければ、この1敗は必ず報われる。近い将来、もっと重い試合を味わう日がくるはずだ。