242 模倣
闇の精霊は、レインスター卿と闇龍の過去の戦いを俺に見せてくれた。
どちらも凄まじい強さを誇っていた。
特にレインスター卿の動きは普通の強さではなかったが、その中で参考に出来そうな動きも色々とあった。
「あの強さは反則だろ。でも、どれぐらい凄いのかも知れたか……」
足だけでなく、身体の全体を使っての空中で方向転換。
魔力剣の魔力属性を相手の弱点を探りながら、近距離攻撃と遠距離攻撃でダメージを与えるのに効率を考えた動きとそれを可能にする多彩な攻撃のバリエーション。
だけど一番驚いたのは防御だ。ブレスの場合は魔力障壁を幾重にも発動し、さらに自分へ回復魔法を発動させていた。あれは俺もよくやるが、魔力障壁を張るなんて発想はなかった。
近距離攻撃の時も魔力障壁を厚くすることで、敵の攻撃速度が一瞬落ちる。その瞬間に避けるか、カウンターを選択していたよな。
あれは的確な状況判断能力と、それについていけるだけの身体があって体得できる奥義みたいなものだよな。
「……でも、思考加速と身体強化のスキルは俺も習得しているし、魔力障壁は慣れてないけど、回復魔法だけならレインスター卿に引けは取っていないはずだ」
俺は夢で見たレインスター卿の戦い方や動き方のイメージを固めてトレースすることで、自分のものに出来るものがあれば、貪欲に吸収しようと心に決めた。
身体を起こすと、ライオネルだけが起きていたので、仮眠を促がすことにした。
「ライオネル、俺が起きたから見張りは任せて、少しでも寝ておくといい」
「ルシエル様、帝国兵と戦う時ですが、私はきっと手加減をしている余裕などないでしょう。そのためルシエル様の魔法で弱体化させた場合を除き、全て斬ることにしました」
「そうか。だが、もし顔見知りで助けたい者がいたら、遠慮なく言ってくれ」
「はっ」
ライオネルはそう告げると壁際へと移動していった。
そして俺はあることに気がついた。
帝国へ攻めると伝えた時から、ライオネルが発していた荒々しい程の闘気が消えていたことに。
「今までは気がつかなかったけど、普段のライオネルに戻った感じがする。ということは、ライオネルの心も乱れていたのかも知れないな」
何事も完璧にこなすと思われたライオネルにも迷いがあることを知り、皆もそれぞれ踏ん張っていることに気づかされ、俺は皆が起きるまで、黙々と剣を振り続けるのだった。
エスティアがまず起きて、次いでケティ、ケフィンが起きてきた。
ライオネルが起きるまで、少しだけケフィンと模擬戦をしてもらうことにした。
「少し試したいことがあるんだ。ケフィン、軽い模擬戦をしてくれないか?」
「珍しいですね。ルシエル様の頼みであれば、いつでもお受けしますよ」
「ありがとう、助けるよ。俺が盾を構えるから、全力で打ち込んできてくれ。但し致命傷になる攻撃は避けてくれると助かる」
「そんな攻撃はしませんが、ルシエル様が防御しかしないのであれば、腕や脚が胴から離れるのは覚悟してください」
「ああ。頼む」
ケフィンは少し意外そうな顔をしてから、剣を構えた。
俺も魔法袋から盾を取り出し、一度軽く深呼吸をしてからケフィンに向かって構えた。
「いつでもいいぞ」
「では、参ります」
その瞬間、ケフィンの身体がブレる。
やはり予想通り、ケフィンは身体強化を身に付けていることが分かった。
こちらも直ぐに身体強化を発動し、エリアバリアを展開させ、さらに自分の魔力を体外に放出させそれを制御し固め、魔力障壁を作り上げた。
気配、魔力を感じてケフィンの動きを探る。
シュっと音がすると、本当に一瞬だけだが、ケフィンの攻撃が遅くなった気がした。しかしその代償として、腕を少しだけ切られてしまった。
だけどきっとやろうとしていることは間違っていない。そう判断して、訓練を続行する。
「遠慮はいらないぞ。どんどん来てくれ」
魔力障壁に練りこむ魔力を増やし、さらに密度が高く硬い盾をイメージして具現化していく。
するとまずは盾でケフィンの攻撃を防御出来るようになり、更に魔力障壁を硬くしていくと、盾だけの防御だけじゃなく、本当にギリギリだが、十回に一、二回は攻撃を避けることが出来るようになった。
「ケフィン、攻撃をする時に何か感じるか?」
「いえ、特に感じませんでした。ただルシエル様の反応速度が上がっていくようには感じましたが……」
ケフィンはそう言って首を傾げた。
「そうか。魔力障壁を厚くしたことで、障壁に触れたケフィンの攻撃速度が、一瞬遅くなった感じがしたんだけど、もしかすると危険を察知して集中力が増しているのかもしれないな。まぁそのせいか少しだけ疲れたけどな」
これを体得するには時間が掛かるだろうけど、また新しい目標が出来たことを俺は素直に喜んだ。
「昨日の今日で直ぐに改善するとは、さすがルシエル様ですね」
「いや、これは皆のおかげだよ」
今回は過去の戦いを見せてくれた闇の精霊と、この世界に来てから欠かさなかった魔力操作と魔力制御の賜物だ。
もっと早く気がつかないといけなかったものだ……でも、今は喜んでおこう。俺が死ななければ、誰も死なせない確率は高くなるんだから。
ケフィンの次に同じことをお願いしたのはエスティアだった。
魔力障壁をもし魔力剣で切られたらどうなのか、念の為に調べてみることにしたのだ。すると驚く結果になった。
何とケフィンの攻撃と違い、魔力剣は魔力障壁に当ると一気にそのスピードが落ちたのだ。
「何か感じたのか?」
「はい。とても硬いものに阻まれるような感覚がありました」
「そうか」
相手の攻撃に魔力が込められている攻撃は、魔力同士が反発するのかもしれないな。
何となくだけど、師匠の鍛えてくれた俺の武器の完成型のイメージが見えてきた気がした。
考え事をする為に料理を作り始めてもう直ぐ完成するところで、ライオネルが丁度起きてきた。
しかしその睡眠時間の短さはさすがに心配なので、帝国へ向かう前に長時間の睡眠を取ることを約束させてから、皆で食事を始めた。
そして四十一階層へと降り立つと、一メートル以上先は見えなくない暗闇だった。
「これだと罠も解除出来ないだろう。ライトを照らすぞ。下手をすると魔物が押し寄せてくるかも知れないが、即死がありえる罠をもらうよりはマシだ。最悪物体Xの樽を抱えて歩いてもいいけど、いけるところまでは踏ん張ろう」
「魔物が押し寄せえ来るなら、罠も発動している可能性もありますし、良いと思います」
「じゃあ五十階層を目指すぞ」
「「「「はっ(はい)」」」」
ライトは俺が盾代わりに持つことにして、皆には戦闘を頼むことにした。
そしてライトを前方に照射させると、今まで戦ってきた魔物たちがこちらに押し寄せてくるのが見えた。
そこからは戦闘の連続だった。
さすがに数による攻撃を全て捌くことは出来ないこともあり、ライオネルを含めて全員が少なからずの怪我を負った。
それでも魔物達を一掃しながら、階層を下っていく。
四十五階層を越えると、いきなり人型の魔物が現れだした。
ダークナイトという首がない騎士の魔物や、シャドウナイトというリビングアーマが影から現れる魔物、そして四十八階層からはデュラハンが現れたのだ。
だが、皆の動きが良くなったのも、人型の魔物が現れ始めてからだった
ライオネルとケティは元々対人戦専門、ケフィンやエスティアの動きは変わらないけど、攻撃が読みやすくなったのか、積極的に動けるようになっていた。
そしてそれはどうやら俺も同じだったようで、相手の攻撃に合わせてこちらの攻撃を当てる、カウンターのタイミングが計り易く、魔力剣で敵を切り裂くのだった。
しかしその順調な戦闘面とは裏腹に、迷宮探索で宝箱がないことに俺は違和感を覚えていた。
そしてようやく五十階層のボス部屋の前に来た時だった。
中から凄まじい轟音が鳴り響くのだった。
お読みいただきありがとう御座います。