241 過去の戦い
三十階層のボス部屋で休憩を取り終えた俺達は、三十一階層へと降り立った。
「ここからは地図が役に立たない。そしてこの闇に乗じて敵の襲撃があるだろう。気を引き締めていこう」
「ルシエル様、明かりはどうしますか?」
「まだ皆が何処にいるのかは認識出来るし、明かりに魔物が集まってくるかもしれない。それにもう少し緊張感が増せば、あの肌を刺すような、相手の動きを把握する感覚が思い出せそうなんだ」
「分かりました」
「さぁ行こう」
こうして三十階層から本当の探索が開始された。
闇から這い寄る魔物を屠り、罠を解除して階層の地図を完成させていく。
もちろん探索中も魔物と戦い、行き止まりや魔物部屋が存在するので、時間は取られてしまったのだが、それが俺の緊張感を高めていく結果になった。
魔物を意識することで、何かが劇的に変わったとは思わない。
それでも気配と魔力、魔物から発せられる殺気で、攻撃が来るタイミングが徐々にイメージとリンクしていく、そんな感覚があった。
すると相乗効果で皆の動きまで感じられるようになり、周りがしっかりと見えて適切な動きを意識出来るようになってきたのだった。
そして集中していたら、いつの間にか四十階層へと到達していたらしく、四十層のボス部屋の前まで来ていた。
「もう四十階層だったのか」
「ルシエル様はかなり集中していましたから、そう感じるのかもしれません。ですが、気が張り過ぎると身体は大丈夫でも、判断を見誤ったりしてしまいます」
「じゃあこの部屋で休憩だな」
「気を引き締めて行きましょう」
「ああ
ケフィンが扉を開き、警戒しながら皆でボス部屋へはいると、そこにはマ〇オに登場するメ〇トみたいな亀が無数存在していた。
「あ、あれはタートルメットボムです」
「知っているのか?」
「はい。タートルメットボムの特徴は、あの甲羅が固い上に魔法を弾くと言われています。ただ弱点もあり、殆ど動かないことと、少しでも傷を負ったらその瞬間に自爆します」
「それならあまり脅威にならないのだろ?」
「そうですね。通常であれば遠距離からの投擲などをして自爆させればいいのですから、問題はないでしょう。ですが、自爆はこの多さだと一匹爆発すれば、勝手に誘爆していくことになり、かなり酷いことになってしまうでしょう」
ケフィンの言葉を聞いて想像する。爆風だけならライオネルにエリアバリアをかけて、大盾で守ってもらいながら、ヒールをかけ続ければ問題はないはずだと判断した。
しかしもし仮に炎を伴う爆発となれば、このボス部屋の温度は急上昇して、耐え切れないかもしれない。
「何か手はないのか?」
「はい。さすがにこれは予想外でした」
「ライオネル、防御を任せてもいいか?」
「もちろんです。ですが、何か手があるのですか?」
「ああ。たぶん魔力枯渇する可能性が高いけど氷壁で作る。皆、入り口まで後退だ」
皆は直ぐに指示に従って入り口まで後退してくれた。
「ライオネル、爆発が来るが耐えてくれよ」
「はっ」
「ケフィン、どれでもいいから投擲で狙えるか」
「はい。この距離なら大丈夫です」
俺は幻想剣を杖に戻して、杖に魔力を注ぎながら指示を出す。
「ここは力技で行く。遠くの魔物を狙えるか?」
「可能です」
「じゃあ合図を出すから、投擲した後に俺とライオネルの後ろへ直ぐに移動してくれ。皆も一直線で待機していてほしい」
「「「はっ(はい)」」」
エリアバリアを発動してから、ケフィンに投擲の合図を送る。
ケフィンが俺の合図で短剣を投擲すると、タートルメットボムの足に掠った。
もしかすると弱いか? そう思ったが、ケフィンの情報を信じて氷壁を作る。
「水龍よ、我等を守る氷壁を全面に築き、全ての攻撃を遮断せよ」
魔力が一気に削られていき、分厚い氷壁が出来上がった瞬間、遠くで爆発音が鳴り響いたと思ったら、爆竹のように次から次へと爆発音が鳴り響き始めた。
念の為に氷壁が破られたり溶かされたりしても、修復されるイメージで氷壁を築いたのだが、そんなことは必要もなかったようで、一分も満たない間に魔物は全て自爆してしまい、氷壁は溶けることなくそのまま存在していた。
「龍の力とは凄まじいものですな」
ライオネルは氷壁を触りながら、感心するように述べた。
「その分、魔力の消費が凄まじいけどな。この氷壁で最大魔力量の八割が一気になくなるぐらいだからな」
「八割……なるほど」
ライオネルはそう言って考え込むのだった。
「ルシエル様、この壁の中は少し寒いニャ。直ぐに解除してほしいニャ」
「解除するのはいつでも出来るけど、あれだけの爆発をして、まだ主部屋が燃えているところもあるから、解除したら熱波が襲ってくると思うぞ」
「仕方ないニャ」
「それはそうと、そのローブは温度調節機能がついていないのか?」
「付いていたけど、いつの間にか効かなくなっていたニャ」
「気がついた時点で言ってくれよ」
俺は直ぐに教会の白いローブを渡す。
「このローブは久しぶりだニャ。ありがたく借りておくニャ」
「ああ。皆も装備の不備があったら、俺かドランに言ってくれ。そうすれば何とかする」
そんな会話をしながら時間を潰し、氷壁を解除したのは一時間後のことだった。
その後、部屋を浄化して食事を取り、魔力の回復を促がすために、俺は一足先に眠りに就くのだった。
「ここは何処だ?」
いつもは天使の枕を使えば、体力の回復したところで目覚めるのだが、今回は目覚めた場所が普通ではなかった。
寝る前までは迷宮に居たはずなのに、今は山々に囲まれた場所で立っていたのだから。
俺がこの状況に戸惑っていると、後ろから声が聞こえてきた。
「案ずるな。ここはまだ夢の中で、我が意識を誘導させてもらった」
振り返るとそこにはエスティア……の身体を借りた闇の精霊が立っていた。
「夢の中にまで介入してきたってことは、何かあるのか?」
「ああ。この迷宮に眠る闇龍について、伝えておくことがあったのだ」
「闇龍。それが邪神の呪いを受けている龍か」
「うむ。闇龍とまともに戦おうと思ったら、レインスターのように強くなければ従えることは出来ない」
「まともに戦うつもりがそもそもないんだが、どういう龍なんだ?」
「今から見ていれば分かる。この地を見て何か気がつかぬか?」
「えっ? そうだな~言われてみれば、ロックフォードの近くがこんな感じだったと思うけど、当っているか?」
「……これから過去を見せる。どうやったら闇龍を素直に浄化出来るか考えておけ」
「どういうことだ」
闇の精霊は俺の問いかけには答えずに空を見上げていた。
俺も仕方なく空を見上げるとそこには漆黒の龍が空からブレスを吐こうとしているところだった。
エリアバリアを発動しようとしたが、一切魔法が使えなかった。
それどころか、俺の身体が透けていることに気がつき、本当に夢であることを自覚した時だった。
光の斬撃が漆黒の龍へ放たれ、それをまともに受けた漆黒の龍はブレスを中断させた。
『おのれ、我に攻撃を仕掛けてくるとは、何者だ』
ビリビリと肌を刺す濃厚な殺気が場を支配する。
あれが龍の本来の力だとすると、今まで会った龍達がかなりの手加減をしてくれているのが分かって、龍達に感謝していると、そこへ飛行する一人の青年が現れた。
間違いなくレインスター卿だった。
『闇龍よ、何故世界を破壊しようとする』
『たかが人風情に、答える必要があるものか』
闇龍はそう言って、黒紫色のブレスを大地にではなく、レインスター卿へ吐いた。
ブレスは一瞬にしてレインスター卿へと到達すると、そのままレインスター卿を飲み込み、後ろにあった山の頭を貫いていった。
『人族風情がしゃしゃり出てくるからだ』
そしてまた大地へとブレスを吐こうとして、先程闇龍の放ったと同じぐらいの輝く光が闇龍を飲み込んだ。
光が飛んできた方を見れば、レインスター卿が先程と全く変わらない様子で、空中に停止していた。
既にこの時点であの人は、人間を止めていることが分かった。あれは同じ生き物ではない。俺はそう判断した。
『貴様――唯の人族ではないな!!』
闇龍は身体から煙を上げながらも、大して効いた様子もなく、レインスター卿に問い掛けた。
『ああ。これでも一応勇者(仮)だ。今この世界では(いつの間にか)魔王を倒したことにより、人々が手を取り合い発展していこうとしている。それなのに全てを根絶やしにされるのは困るのだ』
『魔族の王を倒しただと!! それでは世界の均衡が保てなくなるではないか』
闇龍は
『別に魔族を根絶やしにした訳じゃない。それに強固な結界は張ったから、こちらに来られないようにはなるが、魔族は魔族の地で繁栄していくはずだ』
『世界の均衡が崩れれば、必ず人族同士の争いが起きるぞ』
『俺がいる間は絶対にそんなことはさせない。子供が血を見る世界ではなく、知を競うような世界を作ってみせる』
『その覚悟が本物なら我に示してみせよ。そして長きに渡り我が破壊をしてきた意味を考えて逝け』
そこからはとても激しい戦闘だった。
中長距離はお互いに譲らず、光と闇がぶつかり合い決定機は訪れなかった。
そこで仕掛けたのはレインスター卿だった。
剣を構えると魔力を込めたのか、剣が輝きだした。そして気がついたら闇龍の後ろに居た。
俺が姿を確認した瞬間、闇龍から血が噴出した。
レインスター卿が闇龍を切り裂いたのは状況で分かったが、全く見えなかった。
そのレインスター卿は、さらに追撃を加える為かまた身体が掻き消えた。
しかし闇龍も黙ってそのままやられることはなく、なんと身体から鱗が次々に落ち出した。
するとその鱗は、高速で回転して闇龍の回りを飛び回るとレインスター卿を近づけさせないように、徐々にスピードを上げていくのだった。
そんな戦闘が長く続いて、輝く剣が巨大化して闇龍を大地に叩き落とし、レインスター卿が追撃の魔力砲を放ったことで、戦闘が決着した。
そして山の抉れ具合から、あれがロックフォードであることを理解した。
『この世界は我が破壊し、光龍が再生する。そして他の龍達が新しく生命を誕生させていることで、このガルダルディアが朽ちないようにしてきたのだ』
『破壊ばかりして楽しくはないだろ?』
『我が破壊せねば同族で殺し合い、星を削り、そして世界の均衡が破られて星が力を失う。そうなれば長い時を生命体が住める環境が無くなってしまうのだ』
『闇龍の懸念は良く分かった。確約は出来ないけど、そうならないように色々な種族の知恵を借りて、この世界を守るために尽力することを誓う。だから破壊を止めてくれないか』
『我は負けたのだ。御主が生きているうちは世界を破壊することは止めよう。だが御主が望む世界が成らなかった場合、我は再び破壊の化身となろう』
『じゃあそうならないように、これからはめいいっぱい働いてもらうぞ』
そんなやり取りが行われていた。
「ルシエルよ、闇龍はレインとの約束を守り、これまでは破壊活動を自粛してきている」
「何故この過去を見せたのか聞いてもいいか?」
「闇龍は手加減を知らない。それに正々堂々としていないものは好かれない。だから隠れて浄化しようとした場合、肉体を消滅させてしまうだけの威力を秘めているブレスを吐いてくる。それだけ伝えたかった」
「……わかった。認められるにはどうしたらいいかを考えて、挑むか挑まないかを含めて考えてみるよ」
「ルシエル、後悔するような判断をしないことを祈るぞ」
闇の精霊がそう言ったと同時に、意識が浮上して目が覚めた。
視界に映る迷宮の天井を確認して、俺は深い溜息を吐きながら、闇龍について考えを巡らせるのだった。
お読みいただきありがとう御座います。