239 時間は平等に流れている
エビーザと帝国を繋いでいる連絡路がこの迷宮の十階層にあり、それを使ってレジスタンスは帝国へと侵入していたらしい。
ちなみに迷宮の入り口で見送りを終えた俺達は、彼らが進むルートではないところを走って抜かし、わざと罠のあるルートを通って来たのだ。
それでも少人数の俺達は、彼等よりも早くその十階層へ到達したのだった。
「それにしてもこの迷宮はあまり強い魔物が出ないんだな」
「今のところはそうですね。ですが、冒険者が三十階層より下を諦めるのですから、きっとそこからが本番でしょう」
「そうだな。皆も何か気がついたら声を掛けてほしい」
「「はい(ニャ)」」
そんなことを話しながら進んでいると、ケフィンがボス部屋だと思われる扉の前で待っていてくれた。
「ここが主部屋です。情報によればブラックウルフの群れみたいですね」
「強かったり、何かやっかいな習性があったりするのか?」
「いえ、特に問題はありません。では行きましょう」
ケフィンはそう言って扉に触れると、扉が開いていく。
そして中央まで進むと二十匹程のブラックウルフに囲まれていた。
「アォォオーン」
そんなブラックウルフの声が聞こえたと同時に、全てのブラックウルフが一斉攻撃を仕掛けて来たのだった。
しかし相手が飛び掛ってくるのが分かり、そこに幻想剣の刃を置きに行くだけで、ブラックウルフ達はその数を減らしていった。
ライオネルも含めて苦戦することなく、十階層のボス部屋を制圧することに成功した。
「思いのほか、苦戦することもなかったな。それでライオネル、直ぐに進むのか?」
「休憩が必要なほど探索もしていませんから、問題がなければ進みましょう」
「そうだな」
皆で魔石を回収してから、俺達は十一階層へと進んだ。
「ここから少し薄暗くなったのか?」
「そうですね。この迷宮は進むに連れて徐々に暗くなっていくのかも知れませんね」
「そうだな。ケフィン、負担が大きくなるから安全第一で動いてくれ」
「はっ」
それにしても十層違うだけで、結構印象が変わるんだな。
そんなこと思いながら進むと、直ぐに先程のボスであるブラックウルフが現れ始めたので、忙しくなりそうな予感を懐きながら、魔物を退けていくのだった。
「二十階層までは苦戦らしい苦戦はなかったな。やっぱり地図があるってのはいいことだな」
「そうですね。ただその地図も次の階層から抜けが多くなっているので、気を引き締めていきましょう」
「ああ」
ケフィンに合図すると、二十階層のボス部屋の扉が開いていく。
そして中に入ると敵の姿が何処にも見当たらなかった。
「ボスがいないなんてことは――そこだ」
迫ってくる影を叩くと、狼が影から浮かび上がってきて、その姿を魔石へと変えた。
どうやらこの魔物は暗殺タイプの狼であることが判明し、俺は振り返って皆に声を掛けようとした。
しかしその必要はなかった。皆は既に影から現れた狼複数倒したと思われる魔石が皆の前に転がっていたのだった。
目を閉じて気配を探っても、魔物の気配は一つも残っていなかったことに安堵したが、俺は少しだけショックを受けていた。
別にライオネルを始めとして四人を侮ったことなどない。しかし今回のことで、皆との戦闘技術の差を思い知らされたからだ。
「俺にはギリギリまで魔物が潜伏していることに気がつけなかったんだけど、どうやって皆は気がつけたのだ?」
気がつけば俺は皆にどうやって倒したのかを尋ねていた。
「私は常に気配と魔力を探っていますから、歪みが生じたらそこに攻撃をするようにしています」
「魔物にもニオイがあるんです。ですから、嗅覚に残ったニオイを元に標的を探しています」
「ケフィンと一緒ニャ。今回は動いてくる黒い影が動いているのを見つけて剣を振っただけニャ」
「私には魔物が何処に潜伏しているのか、何となく分かるので、それで倒すことが出来ました」
聞けば参考になりそうなのはライオネルぐらいで、ケティやケフィンは種族の特性を活かした感覚、エスティアは闇の精霊の恩恵だった。
それを聞いた時、新たに龍の力を得た自分が、とても強くなったと思い込んでいたことに気付き、恥ずかしさのあまり穴があったら入りたくなるような思いになるのだった。
自分だけが努力している訳でも、自分だけが成長している訳でもないのに、いつの間にかケフィン達と同等で自分の力を見ていたのだ。
これが慢心だと言わずに、驕りだと言わずになんと言うのだ。
はぁ~。まさか自分が戦いで慢心するなんて、全く成長してないじゃないか。
レベルが下がった師匠と戦って負けてしまった経験を、自戒して糧として活かす筈だったのに、そのまま慢心が続いていたとは――このままじゃ師匠に顔向け出来ないぞ。
俺は落ち込みながら、皆に少しだけ休憩を求めた。
そして師匠が昔に俺に言った言葉を、思い出していた。
あれは確かボタクーリの件で命を狙われ始めた時だった。
師匠に強くなってきたかを聞いた時だった。
「自分が強くなった思い始めたところから、勝てる勝てないの線引きを自分で勝手にしてしまうことになる。そうなれば自分が下に見た相手にしか勝てなくなり、下に見たものが上を目指す者であれば、いずれは足元を掬われることになるぞ」
「じゃあ師匠は、俺と戦っている時も慢心していないんですか?」
「ああ。最大限に緊張感を持って鍛えているぞ。そうしないと、うっかりと……な」
「……いつもありがとう御座います。今後もうっかりがないように、緊張感を常に持って鍛えてください」
「おう。もしルシエルが慢心したと自覚した時、まだ死んでいなかったら、それはとても運がいいことだと思え」
「慢心するぐらい強くなってみたい気はしますけど、とりあえず生き残るために師匠を越えてから慢心することは考えますよ」
「ふっ、いい度胸だ。じゃあ今日はいつもよりもハードに行こうか」
「じょ、冗談じゃないですか」
「いつか俺を越えるんだろ? さぁお前はお前で逝かないように、緊張感を持って修行に励め」
「調子に乗った俺の馬鹿――」
……そんなやり取りがあった。
あの時は死ぬと思ったけど、本当にギリギリ生き残ったんだよな。今思い返しても、良く死ななかったと自分を褒めてやりたい。
そう考えると、今の自分を将来の俺が褒めてやりたいと思えるように、まずは従者となってくれた皆に感謝して、いつか全盛期の師匠とライオネルに比肩出来るまで、目の前のことを一つ一つ全力で頑張ることを決めた。
「皆ありがとう。じゃあ迷宮攻略を続けようか?」
「ようやくやる気になってきましたな」
「これからはシャドウウルフも多く出てくるでしょうから、気を引き締めていきましょう」
「いざとなったら、魔道具のライトを使えばいいニャ」
「この迷宮と私は相性がいいみたいなので、ルシエル様をお守りしますね」
ライオネルは嬉しそうに二十一階層への扉を開け、ケフィンは警戒を、ケティは攻略のアイディアを、エスティアは俺を支えるように声を掛けてくれた。
恥ずかしくて言えないが、仲間っていいものだな。
「さぁ慢心しないで、踏破するぞ」
「「「「はっ(はい)」」」」
俺達は気合を入れ直してから二十一階層へ下り立った。
すると、やはり先程の二十階層よりもさらに闇が濃くなっていた。
「ライトを出すか?」
「三十層までは大丈夫です」
ケフィンが自信を持ってそういうので、任せることになった。
闇が深くなったことで、ブラックウルフやシャドウウルフともに見づらかったが、皆が難なく倒していくところを見ながら、俺も出来る限り闇に慣れて戦い始めた。
攻略に集中し始めたからか、魔物に不意を突かれることもなく、順調に進んで来られた。
「しかしこの魔物ぐらいであれば、迷宮がもう少し探索されていてもおかしくないと思うんだけど、何かあるのか?」
「三十一階層以降の情報に関してですが、知っている者がほとんどいなかったのです。明かりを灯して進むにしても、それだけで冒険者には負担になりますし、迷宮で稼ぐならグランドルへ行った方が稼げるなどの理由があったことも攻略が進んでいない原因かも知れません」
「じゃあ宝箱が出るかもしれないな」
「魔族も現れるかも知れないニャ」
「ケティ、不吉だから止めなさい。まぁ行ってみるしかないだろう。それとライオネル、好きに動いていいけど、少しでも傷を負ったら言ってくれ。俺達の攻守の要がライオネルであることは、これからも変わらないんだからな」
「……はっ」
暗くて良く顔は見えないが、ライオネルは喜んでいるように思えた。
普段口にしていない気持ちを、たまには伝えてみるのもいいかも知れないな。
そんなことを思いながら、迷宮を進んで行くのだった。
お読みいただきありがとう御座います。