238 休日の過ごし方
作戦会議の翌日、アルベルト殿が率いるレジスタンスは帝都へ向けて出発した。
今回はきちんとバザック氏の言うことを聞いてくれると信じたい。
そんなことを思いながら、昨日エスティア達が聞き出した情報を考えて呟く。
「それにしても偽ライオネル……クラウドが、公国ブランジュに繋がれた奴隷の鎖を断ち切っているとは……正直驚いたな」
「ですが、ありえる話です。人の魔力から魔族の魔力に変わったのなら、そこで奴隷紋が変質したとしてもおかしくないですから」
すると半歩前にいるライオネルがそう口にした。
奴隷紋が魔力の変質で無くなるなんて話、聞いたことがなかったし、皆も知らないようだった。
まあ、ただ変質しただけじゃなく、魔族として種族も変わってしまっているんだからない話ではないけど。
魔力が変質したら、冒険者カード等も同じものは使用出来なくなったりするのだろうか? そんな素朴な疑問を考えながら、公国ブランジュが何故そんなチョンボをしたのか、ライオネルの考えを聞いてみる。
「それにしても公国ブランジュは、そんな単純なことも調べないまま、帝国へクラウドを派遣したのだろうか?」
「魔族化に関しての研究が進んだのは、本当に最近のことです。もしかすると、魔族化した者が自分の意思で魔力を元に戻すことが出来るかもしれませんし……。あとはそれを調べる時間がなかったと考えるのが妥当かと」
「……確かにそうか。しかし魔族化した兵達が五十人以上、予想では百人以上いるって分かっただけでも、今回の作戦は相当萎えるな」
帝国で魔族化している者の数は、五十人程だということも分かったが、これについてはあまり鵜呑みにしないことにしている。
それよりもどうやら魔族化に関しては、皇帝も容認していることが分かった。
それを聞いた時のライオネルの表情は、戦いを前にした鬼神の如く、とても恐いものだった。
「望んで魔族となった者は土へと還し、望まぬうちに魔族へされた者はどうか元に戻していただければ、救われる者もいるでしょう」
ライオネルのその気休めの言葉で、少しだけ救われた気がした。
「そうか、そうだな。それにしても昨日はバザック氏達がいるから聞けなかったが、どんな聴取をすればあそこまでの情報を聞き出せるんだ? 案外直ぐに口を割ったみたいだったけど?」
「はい。ガルバ様に教わった通りに、物体Xを三杯ほど飲ませただけで、直ぐに口を開いたのには我等も驚きました」
「原液で飲めるルシエル様が異常なだけニャ」
「ですが、そのおかげでこうして外に出られるのですから、ルシエル様には感謝です」
前方で作業をしているケフィンが、手を止めてこちらを見てから答えると、次いでケティが俺を弄り、エスティアが俺を持ち上げる奇妙な会話だった。
何気にこの三人は仲が良いいよな。今後も聴取をする場合、三人に任せることを心の中で決めた。
それと同時にケティはライオネル程、気持ちを表に出さないけど、今回の件は二人に任せておけば大丈夫だろう。
そんな風に思えた。
「煽てられているのか、貶されているのか、判断に困るところだな……それにしても、作戦会議で帝国へ乗り込むが一週間延びたよな?」
「ええ。昂ぶった気持ちを切らさないのは、簡単なことではありません」
ライオネルは深く頷いて、先を進む。
しかし俺が言いたいのは、そういうことではなかった。
「普通はこういう時は、リィナとナーニャを聖都へ送り届けるのが筋だったんじゃないのかと思うんだけど?」
「あの二人は何だかんだ言いながら、ドラン殿と離れたくないのでしょう」
確かに昨日の夕方、時間が出来たので聖都へ帰ることを告げると、エビーザに残ると言っていたけど、あれはドランがいるからだろう。
「それにしたって、一週間は休息日にしようと決めたよな?」
「そうニャ。だからこういう時はこうして気分転換が必要ニャ」
ケティの言葉に俺は同意した。
しかし、人それぞれ気分転換の仕方が異なることを、今朝の俺は気がつけなかった。
そのことに深く溜息を吐いたところで、作業を終えたケフィンが声を掛けてきた。
「ルシエル様、罠の解除が出来ました」
「あ、もう直ぐ階段が見えてくるみたいです」
「それでは先行させてもらいます」
そして地図を持ったエスティアがそう告げると、ケフィンは先にありそうな罠を先行して解除しに向かうのだった。
そう。俺達は現在エビーザと帝国を繋いでしまっている迷宮に潜っていた。
朝から色々な食材や食料を買い込んでいたので、少しはおかしいと思ってはいたのだ。
それでも帝国で万が一のことがあったことを想定しての買い込みだと、感心しながら高を括っていたのだ。
それがあれよあれよという間に、迷宮の位置までアルベルト殿下達を見送ることになり、気がつけば迷宮攻略をしている。明らかにおかしいと思うが、皆が楽しそうに攻略しているので、あまり口を挟めなかった。
これが休日の本当に正しい使い方なのか、とても疑問に思うところではあるが、俺以外に異を唱えるものがいなかったので、仕方なく迷宮へと潜ることになったのだった。
「ライオネル、休息に充てるはずだった一週間を迷宮攻略に使うって、何か違うんではないだろうか?」
「ルシエル様のいつも言われている、死なないための最善の方法です。運良くこの迷宮の地図も手に入りましたし、もしかすればルシエル様の新しい力も増えるかもしれません」
確かにライオネルが言うことは分かる。死なない為の最善の方法を取ることが、今の俺がすべきことであることも間違っていない。
しかし朝方に冒険者ギルドを訪れ、冒険者から一対五の変則マッチをして勝ち、迷宮の地図を買って、迷宮に入ってからも常に前線で魔物を屠るのは、何かがおかしいと感じてしまうのはおかしいことなのだろうか?
俺は頭を悩ませる。
「確かに死なないための最善の方法とはいつも言っている。だからレベルを上げるのも決して間違いだとは言わないし、思わない。だけど……ここで追い込みを掛ける必要があるのか?」
「はい、これでも足りないぐらいです。歴史に残る勇者や英雄は、いつの世も必ず争いに巻き込まれてきました。そしてルシエル様も例外ではなく、きっと戦乱に巻き込まれていくでしょう」
「……不吉な。しかも何だか確信しているような言い方だな」
ライオネルの武人としての勘がそう告げているなら、その可能性がゼロでなさそうだから困る。
「はい。今までも普通では考えられないような、体験をさせていただきましたから、きっと今後も、色々なことにルシエル様が巻き込まれる、そんな予感がするのです」
そんな不吉な予感を迷宮内で告げるライオネルは、不吉だと思っていないような清々しい顔をしていた。
ライオネルはあまり俺に本心を語らない。ただ俺の成長を見守る。いつもそんな感じがしていた。
だからこそ、邪神と戦い俺を守ったことで、今まで積み上げてきたレベルやスキルが、空っぽになったことをどう思っているのか、ライオネルに聞きたくなった。
「そんな不吉な予感があって、良く俺の従者で居てくれるな。非常に助かってはいるけど、ライオネルは本当に今のまま俺の従者でいいのか?」
少し意地悪な発言になってしまったが、ライオネルにはイエニスで家族が出来た。
もう奴隷ではないライオネルが何故ここまで俺に従ってくれているのか、ずっと疑問だったのだ。
しかし俺の言葉を聞いたライオネルは、大して気にした様子もなく、こちらを向いて言う。
「……帝国の将軍をしていた時は、帝国のことしか考えていませんでした。それも間違っていたとは思いませんが、そこにはいつも虚しさがありました」
「戦争はしていないが、最近は時に皆を争いに巻き込んでいるし、帝国の時と変わらないんじゃないか?」
確かに俺の従者となって以来、戦争とは無縁の生活になっているだろうが、それでも最近は不可抗力とはいえ、魔族や邪神といったものを相手に命を賭す戦いを強いてしまっている。
しかし俺がそう考えた時、ライオネルは微笑みながら口を開く。
「人の命を奪うということは、その者の未来を永遠に閉ざすということです。戦争の時はいつも相手が退却することを望みながら、味方が傷つかないようにと戦場を駆け巡りました。とても虚しかったです」
ライオネルの帝国時代か……あまり考えたことも聞いたこともなかったな。
「その時と比べたら雲泥の差です。ルシエル様の従者になってから、何度も心躍る戦いがありましたし、普通では考えられない体験もしてきました。この通り肉体が若返るという素晴らしい体験も」
ライオネルはそう言って微笑んだ。その笑顔には後悔や悲壮感をまるで感じなかった。
「後悔はないのか?」
「ありませんな。竜と戦い、
「よく割り切れたな」
「ははっ。そうではありません。私はルシエル様を守ることで、この世界の未来を守っている。そう考えています」
「……世界の未来を俺と直結させて考えるなよ。いくら何でもそれは過度な期待だろ」
「正当な評価です。それに私には野望があります」
「野望? 聞いてもいいか?」
「はい。従者筆頭して賢者ルシエルを支えた元帝国将軍として、ルシエル様が描かれる伝記に載ることです」
思いがけない変化球が俺を困惑させる。
「はっ?」
「ルシエル様の伝記が出来たら、賢者ルシエルを支えた忠臣として、語り継がれていくことが私の野望なのです。はっはっは」
ライオネルは高笑いしながら先を歩いていくのだった。
「伝記って……レインスター卿の伝記をみたら凄いと思うけど、俺の伝記がその隣に並ぶとか……ないわ~」
俺はテンションを落としながら、迷宮の十階層へ下りていくのだった。
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