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体罰禁止は「たたいてしまった」親を追い詰めるものじゃない 山下敏雅弁護士に聞く法制化の意義

写真 山下敏雄さん

 この1年、子どもをめぐる社会の動きとして注目されたのが、親の体罰を禁じる法律や条例ができたことです。2019年6月には、改正児童虐待防止法と改正児童福祉法が成立し、東京都の条例も同年4月に施行されました。海外では、法律ができたことで社会の意識が変化し、体罰が減っていく効果も見られており、法制化は一歩前進と言えます。一方で、「東京すくすく」に寄せられる声からは、法で禁じられたことで、「自分の子育ては間違っている」と自分を追い込んでしまっている人たちがいることも分かります。子どもの権利を守る活動などに取り組む弁護士の山下敏雅さん(41=写真)は「法律は『たたいてしまった、どうしよう』と悩む親を追い詰めるものでは決してありません」と強く訴えます。

1979年スウェーデンから56カ国 ようやく日本も

-親による体罰禁止の法制化自体は、一歩前進ととらえてよいのでしょうか。

 全くそうだと思います。むしろ遅かったぐらいです。

 元々、学校では(1947年制定の学校教育法によって)体罰禁止が定められていました。他方で、親には「懲戒権」があると民法に書かれています。学校の先生はダメで親はいいのか、という状態がずっと続いてきたわけです。過去も現在も、少年事件の背景には、子どもが家庭の中で親から暴力を振るわれているケースが数多くあります。

 家庭内で子どもに対して親が暴力を振るうということを、もっと早くからやめなければいけなかったはずです。海外から見ても遅れをとっていたといえます。「一歩前進」というよりは、「ようやく、遅ればせながらの前進」なのではないかな、と思います。

-海外では1979年にスウェーデンが、世界で初めて体罰禁止を法制化しました。現在では、56カ国が体罰を禁止しています。日本での法制化の意義はどこにありますか。

 スウェーデンでも、今の日本と同じように最初は「親がしつけとして、どうして力を使えないのか」という意見が多かったのですが、法制化によって社会の理解が進んだといいます。同じように日本も「それは原則ダメなんだよ」と、ルールとして示さないといけません。

 今、児童相談所などは、深刻な虐待のケースで「しつけなんです」「これはうちの教育方針です」と主張する親と向き合っています。そういう親に対し、法を根拠に「それは違います」「体罰はしつけではないんです」と堂々と伝えることができます。そして、まだまだ「しつけとしての体罰」を認めてしまっている社会全体に「子育てに体罰はいらない」という意識を広げることができます。

パワハラ、セクハラ、DV…言葉が社会を変えてきた

 私は、法制化の意義は「言葉の持つ力」にあると考えています。

 例えば「パワハラ(パワーハラスメント)」という言葉。今まで上司の「指導・助言」と言われていたものが、この「パワハラ」という言葉ができたことによって、我慢してきた人たちが「自分が悪いのではなく、上司や職場、社会の側の問題なんだ」と気づくことができ、声を上げることができるようになった。上司や職場も、してはいけないことだと気づくようになった。それらの積み重ねが、法制化につながりました。

写真

体罰禁止が法制化される意義を語る山下敏雅弁護士

 「職場のコミュニケーション」と言われてきたものに「セクハラ(セクシュアルハラスメント)」という言葉が、「夫婦げんか」と言われてきたものに「DV(ドメスティックバイオレンス)」という言葉が、そして「しつけ」と言われてきたものに「児童虐待」という言葉ができることで、被害に遭っている人やその周りで支援している人に、声を上げていいんだ、救いを求めていいんだという気づきを生みました。同時に、自分が加害者にならないようにという意識も広がりました。それらの積み重ねが法律をつくっていきました。言葉ができ、ルールができ、社会が変わっていく。「体罰は虐待ではなくしつけだ」という意識がまだ残る日本で、体罰禁止の法制化は、そういった流れの中にあると思っています。

「体罰禁止」以上に大事なのは、親を支える施策

-子どもを「たたいてしまった」「たたいてしまいそう」と悩んでいる親の中には、今回の法制化を自分の子育てを責めるもののように感じ、追い詰められている人もいます。

 すでに今、子育てで悩んでいて「たたいてしまった、どうしよう」「これはまずいことなんだ」と思っている方々は、その時点でもう自覚がある、気づきがあるわけです。法律が、すでに自分の置かれている状況をきついと感じ、たたいてしまうことはまずいと思っている人たちをさらに追い込むものであってはなりません。そのことを丁寧に伝えたい。

 報道では「体罰を禁止した」ということだけが伝わりがちですが、国も東京都も法制化とともに体罰のない子育てができるよう親を支える施策も進めています。体罰禁止のメッセージは大事ですが、それと同じかそれ以上に大事なのは、親が「あ、これはまずいな。どうしたらいいんだろう」と思ったとき、どこに、どう相談したらいいのかが明確に伝わることです。関係機関はその情報を皆さんに伝えるよう努力していますが、どうしても体罰禁止のメッセージの方だけが報道として目に触れやすいですよね。

「手を上げてしまう」という悩みはウエルカムです

-SOSを出せずにいる人には、「『子どもをたたいてしまう』と相談したら、どんな事態になるのか分からなくて怖い」「場合によっては子どもと引き離されてしまうのでは」という不安もあるのではないでしょうか。 

 そうですよね。抱えている問題が本当に大きい場合には、子どもを保護しなければいけないこともありますので、「いきなりは踏み込みません」と断言することはできません。ですが、実際に子ども家庭支援センターや児童相談所でいろいろなケースを見てきて、「たたいてしまうんです。どうすればいいんでしょう?」「まずいからやめたい」と思い悩んで相談にいらっしゃるケースで、いきなり踏み込んで保護というのは、よほどのケースでないかぎりありません

 児相などの現場が今苦慮しているのは、深刻な虐待があって子どもを保護したけれど(親が)「自分のやり方は間違っていない。子どもを返せ」と主張するケース。「体罰をしない方法での子育てを」「お子さんを主体にした子育てを」といくら伝えても耳を貸さないような親です。虐待死につながるような深刻な事案ほど大きく報道されますし、「児童相談所に子どもを連れて行かれた」というネットの書き込みが目に入りやすいので、「相談したら、子どもと引き離されてしまうのでは」「自分のしていることが『虐待だ』と烙印(らくいん)を押されてしまうのでは」という恐怖を持ってしまい、なかなか相談しづらいという面はあると思います。

 ただ、児相や、子ども家庭支援センターなど市区町村の機関からすると、「自分自身が今、手を上げてしまうこともあるので、どうすればいいかアドバイスがほしい」というケースは、むしろウエルカムなんです。親と支援者が同じ意識を持っている時点で、問題解決のハードルの大部分を越えているからです。お子さんのために「一緒に協力し合いながらやっていこう」と同じ方向を向けるわけです。親がSOSを発し、支援者とつながるケースが増えていくことが、虐待の未然防止につながります。

親からの気軽なSOSは、むしろありがたいんです

-悩んだとき、まずはどこに相談したらよいのか分からないという人も多いのではないでしょうか。

 昔だったら、近所の方や親族に支えられて子育てができましたが、今は支えてくれる人が周囲にいない親も多い。そういった親にアドバイスしてくれるような方が今も地域にはいますが、例えばマンション住まいで入り口がオートロックだと民生委員も訪ねにくいなど、支援する側からアプローチする手段が限られています。むしろ親の方から、積極的に、気軽にSOSを出してくれる方がありがたいです。

 子育ての悩みの背景は、いろいろあります。お子さんに特性がある場合には、医療や心理相談が有用ですし、親の側が心身の事情や経済的な問題を抱えていることもあります。保健所や子育て支援の部署など地域の機関、学校の先生・養護の先生、民生委員さん、子育てをサポートするNPOなど、信頼できる方に相談していただけるといいなと思います。

-過度に不安に思う必要はないということですね。

 法律やルールって、「人を縛るもの」「破ったらペナルティーがあるもの」と思われがちです。でも、そうではありません。一人一人を守り、力づけるためのものです。体罰禁止の法制化は、支援と両輪で子育てに悩んでいる親をバックアップするためのもの。そして、子どもを傷つけながらそれを認められない親から子どもを守るためのものなんです。子育てに悩み、不安を抱えている人にこそ、ぜひこのことが伝わってほしいと思います。

山下敏雅(やました・としまさ)

 1978年、高知県生まれ。2003年に東京弁護士会に弁護士登録。川人法律事務所、弁護士法人東京パブリック法律事務所での勤務を経て、12年に永野・山下法律事務所(東京都新宿区)を設立。05年から東京弁護士会子どもの人権と少年法に関する特別委員会に所属、14年から東京都児童福祉審議会委員を務めている。一般民事・家事事件(特に成年後見、DV事案)・刑事事件のほか、子どもの事件(少年事件・虐待事件・学校災害・未成年後見など)、過労死・過労自殺・労災事件、LGBT・セクシュアルマイノリティー支援、脱北者支援などに取り組んでいる。著書に「どうなってるんだろう? 子どもの法律~一人で悩まないで!」「同 PARTⅡ」(ともに高文研、渡辺雅之さんとの共著)などがある。ブログ「どうなってるんだろう? 子どもの法律」を毎月1日に更新中。


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