234 厄介事の正体
エビーザの代表のような存在であるバザック氏に、エクストラヒールをかけ、彼の欠損していた腕を戻すと、一気に周囲の反応と対応が変わった。
その光景は昔の冒険者ギルドと似ていて、懐かしい感じがした。
しかしエビーザの町へ入ってからは、またこちらを窺うような視線をいくつも感じるようになる。
それを察してか、バザック氏は申し訳なさそうにこちらへ言葉を掛けてくる。
「住民達をあまり悪く思わないで下さい。ここ数年のことになるのですが、帝国兵が町を襲ってきたり、盗みを働いたりしていて、あまり気の休まる時がないのです」
「そうですか。過剰な反応だとは思っていましたが、戦地が近いとそういうこともあるのですね」
俺は気にしないように務めていたが、ライオネルは今まで見たことのない顔をしていて、話し掛けるのを躊躇わせる程だった。
今思えばメラトニ街で生活が出来たのは、俺が治癒士になっていたおかげだけど、師匠達との出会いが無ければ聖都へ行く事もなく、メラトニで完結していた可能性が高い。
もし冒険者だったらこの町を出て行くことも出来るだろうけど、魔物と戦う力がない住民達は、移動するにしてもいつも命がけとなるのだろう。
そう考えると、俺が思っている以上に厳しい世界なのかもしれない。
さらに町の中央通りを歩いていくと、冒険者ギルドと治癒士ギルドが対をなすように建てられていた。
「ここがこの町の中心地で広場となっています。この中央広場には各ギルドの建物があります」
バザック氏の話を聞いて、歩いてきた道を振り返れば、そこには商人ギルドと薬師ギルドが同じように対となり存在していた。
また、この中央広場はとても綺麗に整備されており、とても戦地から近い町には思えなかった。
町並みを見渡していると、ふとエスティアと目が合った。
そういえば治癒士ギルドにエスティアの知り合いがいるかも知れないから、話すことがあるかもしれない。
俺はそう思い、エスティアに提案する。
「エスティア、治癒士ギルドに知り合いがいるなら行って来てもいいぞ」
「ありがとう御座います。でも、大丈夫です」
俺が声を掛けるとエスティアは笑顔を作って断った。
だがその笑顔は、明らかに平気なようには見えなかった。
冒険者達がエスティアを歓迎していたから、治癒士ギルドでも歓迎されると思ったのだけど、違うのかも知れない。
そういえば、エスティアは聖属性魔法を使えることは使えるが、多用出来ないんだったな。
もしかしたら職員がエスティアを馬鹿にして、闇精霊が怒って記憶を消している可能性も……いや、さすがにまさかな。
……これ以上は考えないことにして、エスティアにも深くは言及しないことにした。
「そうか。行きたくなったら、いつでも言ってくれ」
「ありがとう御座います」
エスティアは寂しそうに笑った。
さてと、気を取り直していくか。
帝国との面倒事が控えている今、新たな面倒事は勘弁して欲しいし、それに対して駆け引きをしたりするのは正直面倒だ。
ちょうどこの町の中央へと来たことだし、俺は直球でバザック氏に聞くことにした。
「それでバザックさん、先程から私達を案内していただいておりますが、これは宿へ案内してもらえているのでしょうか?」
「賢者ルシエル様には、こちらで怪我人を治していただきたいのです」
確かに先に移動した冒険者達は治癒が必要な者を集めろとか何とか言っていたな。
この中央広場で治すということは、かなりの負傷者がいるようだ。
しかしバザック氏からの依頼要請への答えは既に決まっていた。
「お断りします」
「……理由をお聞きしても?」
俺の言葉が予想外だったのか、少しバザック氏の顔に焦りが見えた。
「治癒士ギルドがそこにあり、治癒院だってあるでしょう。それに貴方を治療したのは、私達が敵対していないことを分かっていただくためです。わざわざ治癒院の仕事を取る真似はしません」
昔はガイドラインや法案も無く、治癒士が必要のない上級魔法を発動させ、治療費の払えぬ患者を奴隷にしてしまうケースがあった。そこでお世話になった冒険者ギルドへの恩返しの為に俺は回復魔法を発動していた。
聖変の気まぐれの日なんて名前がついたこともあったけど、今では師匠やグランツさんから頼まれでもしない限りすることはない。
それにこの半強制的な感じが、どうしても好きになれないというのもあった。
そんな俺の対応を見て、口を開いたのはライオネルだった。
「バザックよ、ルシエル様に誠実さではなく、駆け引きを持ち込むのであれば、不幸しか生まぬぞ」
「……助けていただきたい者達は、この町にいる治癒士が一度は診て、手の施しようがないと判断された者達なのです。治癒士ギルドにはギルド本部に陳情を送ってもらっていましたが、音信もなく諦めていました」
「そこに私が現れたというわけですか」
「はい」
怪しいけど、教会本部は現在ゴタゴタしているし、嘘じゃないかもしれない。
何でも疑ってかかるのは、心に余裕がなくなってきているのかもしれない。
そこで自分を客観的に見つめ直し、出来ることをすることにした。
「それでその患者達はどこですか?」
「診て頂けるんですか!」
「診てから判断させていただきます。先程も言いましたが、治癒士が本当に匙を投げたものだけを治療します」
本当は全部治すつもりではいるけど、それでもこれ以上、治療のことで他の治癒士と揉めたくないというのが俺の本音だ。
バザック氏は俺の言葉を聞いて安堵の表情を浮かると、その場で手を上げた。
それが合図になっていたのか、町中から中央広場へと人が集まり始めた。
その数のあまりの多さに、皆は直ぐに戦闘態勢に移行する。
「この集まって来た全員が患者だとでも?」
「いえ、怪我人もいますので、治していただけるのならありがたいのですが、殆どはこの町の治癒院で治せる者達です。ルシエル様に治していただきたいのは、十名の患者なのです」
町にいる殆どの人が付き添いみたいなことになるということは、治してほしい人が相当な人格者か、この町の指導者的な立場の人なのかもしれない。
バザック氏がこの町を治めているっていったのは、その十名の代わりなのかもしれない。
しかしこの中央広場を埋め尽くさんとする人数は、さすがに予想外だった。
冒険者から一般人まで集まり、その圧迫感は尋常ではないものに昇華していた。
しかしこれが作戦であるなら、俺達にとっては逆効果だ。
「……この人数で治療をしろと訴えれば、私が怯えて誰でも聖属性魔法で回復させるとでも思っているんですか?」
皆は静かに武器に手を掛けた。
以心伝心とはこういうことをいうのかもしれないな。
「いえ、滅相もない。ここに集まった者達は、ただその十名を……特に代表の二人のことを心配で見に来たのでしょう」
しかしバザック氏はブンブン首を横に振り、直ぐに否定を口にした。
バザック氏は嘘を吐いていないように思えるが、果たして……。
お互いそこからは沈黙を守る形になったが、そこへ怪我人が運ばれて来たことで、沈黙が破れる。
沈黙を破ったのは俺やバザック氏ではなく、ライオネルだった。
「なっ!? アルベルト殿下! それにメルフィナだと」
ライオネルが尋常ではない驚きを見せたことに、俺も驚く。
ライオネルは今、運び込まれて来た患者を殿下と口にした。
普通に考えれば、あの中の一人が帝国の皇子か何かかも知れない。
しかしここで俺の中に疑問が生まれた。
帝国兵に迷惑を掛けられている彼等が、二人を含む十人の帝国兵を救いたいと思うのだろうか? 普通は思わない筈だ。
それなのに、これだけの人が快気を願っているのは――。
「ライオネル、落ち着いて誰なのか教えてくれ」
「はっ。あの先頭に運ばれて来ている二名は、帝国第一皇子で在られたアルベルト元殿下と予言の聖女と呼ばれたメルフィナです」
ライオネルは俺の声で我に返ると二人のことを教えてくれた。
これが厄介事の予感だったのかもしれないな。
「現在は帝国の戦略に異を唱える我等のリーダーであり、この町の聖女様になります」
バザック氏はそう補足してくれた。
簡易的な作りの担架がゆっくりと俺の目の前に下ろされると、直ぐにその症状が分かった。
何故なら彼等からは瘴気が漏れていたからだ。
「ライオネル、助けた方がいいのかどうか、判断してくれ」
「ルシエル様、お願いします」
ライオネルは迷わずに治療を選択した。
俺は頷きながら皆に指示を出す。
「皆、戦闘準備をしてくれ。そして苦しみ出した者を捕らえてくれ」
「何を?」
俺はバザック氏の言葉を無視して、言葉を紡ぐ。
【聖なる治癒の御手よ、母なる大地の息吹よ、魔に堕ちた存在を、不浄なる存在を、全てを飲み込む浄化の波となって払え、 ピュリフィケイションウェーブ】
教会本部でも使った新作魔法を発動させると、俺を中心に青白い光が波紋のように幾重にも拡がっていく。
これで魔族が出たらそっちは皆に任せる判断を下し、ピュリフィケイションウェーブを受け、苦しみ出した元殿下と元聖女を人へと戻すことにした。
しかし続けて魔法を唱えようとしたその時だった。
俺に向かって短剣が飛来し、鮮血が舞った。
お読みいただきありがとう御座います。