切り捨て
テーマ:My life
よーへいは、「よーへい」をあたしに伝えようとしてたのか。
セコさも含めての現世のよーへいの姿だね。
インスタのストーリーで中学生の頃?の自分を載せてたのは、現世のよーへいはずっと中学生みたいな感じだったってことかな💧
それだと…その時期からよーへいの時間は停止していたってことでもある…?
体は当然成長するけれど、心や心から生まれるものは成長出来てなかったというかね。
よーへいってさ、リアルでは思春期の頃はつっ張ってたっぽいことを言ってるけど、実は違うよね。
現実逃避派だったでしょ。
あたしの分析では……あたしと繋がれないという現実を目の当たりにして以降、心の拠り所が失われたことで怖くなり、現実世界から目を背けてしまってた…って感じなんだけど。
この世界は愛に溢れてるとか、人と人は分かり合えるとか、人と人は協力していいものを作っていけるとか言う人もいるけれど、全くそんなことはないからね。
それが出来るレベルの人って実はとても少なくて、他者を簡単に見捨てたり切り捨ててしまうのがこの世界の真の姿だよ。
よーへいはこの世界の姿を知っていたから、あたしと繋がれないことで余計に怖くなってしまった。
一度目の過去世の頃は、人間自体少なかったし、馬鹿で力のない者なんて弱い存在だったからね。
現代のようにネットでの発言権なんて無かった。勉強やスポーツ、仕事での成績で地位が得られるなんてこともなかった。
生存競争の中で勝ち残った者が生き残れる時代だったから、単純に自分自身の力で勝ち上がっていけばよかった。
動物と変わらなかったんだよ。人間の生存競争も。
そんな時代だったから、アテナとの繋がりが出来る前のゼウスであっても、一人で戦うことが出来た。
でも…現代は違う。
馬鹿が他人をやり込めてしまえるような凶器を持つようになった。
ネットもそうだし、成績重視の考えもそう。常識や概念も馬鹿どもが都合良く使うようになった。
地位や権力、勉強やスポーツや仕事等の成績では勿論、身元を明かさなくていいネットでも他者を攻撃出来るようになった。
だから、そう簡単には前に出られなかった。
逃げたくなるのも分かる。
むしろそっちの方が、心が死ななくて済むしね。
現実逃避をしていた少年だった…という事実があったとしても、あたしは別に悪いともダメだとも思わない。
現世は本当に酷いから。
自分自身が集中攻撃&見捨てられてみて良く分かったってのもある。
さすがにあそこまでダメージを受けるとは、過去世のあたしも想定外だったと思うよ。
まあ…だからこそ、良かったんだけどね。
あそこまでダメージを受けたから、「切り捨てる」決心がついた。
もはや殺人鬼だよ。奴らはね。
もしもよーへいが思春期の頃に歯向かい過ぎていたなら、今までまともに生きてられたかどうか。
それはヨネヨネにも言えること。
ただね、せめて思春期の頃…少数であっても、本気で本音で向き合ってた誰かがいたら良かったよね。
あたしはそう思う。
そうしたならきっと、あたしに気付かれなかったとしても、少しは自分に自信を持てていたんじゃないかな。
あたしのと向き合いも、まだ楽だったと思うよ。
ヨネヨネも人に混じれなかったようだけど、あたしはそういう人達が自分を責めないで生きていける世界なら良いなと思ってたんだよ。
上杉が目指したものってそれなんだよね。
理想郷って、それなのよ。
過去世も現代も基本は変わらなくて、多数派に属さない者は嫌われた。
何か酷いことをしたわけではなくても、非難の対象になったりもしてね。
自分のことを棚に上げて、そういった人達を見下すことで、自分の力を誇示しようとしたり。
でもそんな奴らは、決して自分達を悪だとは思ってない。むしろ善だと思っている。
上杉は変わり者の集団だった。
個性を隠さずに生きる者達の集団だった。
個性を出して生きても、対立することなくお互いを受け入れ合うことが出来た。
ただ、中には最終的に自分の利益だけを取ろうとする者もいたんだよ。
あたしが後継者を決めなかったのは、個性を受け入れ合える者が、自分の力で勝ち残っていくことを望んだから。
自分自身の力で、生きる場所を勝ち取る強さを身に付けて欲しかったから。
いつまでも誰かに引っ張ってもらったり、守ってもらったりしていたのでは、いつかは滅びる。
力をしっかり付けなければ、生き残っていけないんだよ。
本当に厳しかったんだ。個性を出したままで生きるのは。
誰だって従ってくれる者、共感してくれる者、同意してくれる者の方が楽だよ。
個性を出す者同士で生きるってことは、自分と全く違う価値観や考え方、あり方、生活習慣の違う人を受け入れるってことだからね。
文章すれば短く終わるけど、頭の堅い人にはとても難しいこと。
うちの次男は時間に凄くルーズなんだけど、母はきちきちしてる。
だから、次男が遅れると以前は直ぐに怒っていた。
あたしはそんな二人を見て、母の方に問題があると思った。
確かに時間を守ることも必要だよ。
でもそれは時と場合による。
母は食事の時間が少しでもズレると怒り始めるのだけど、それは彼女の中に自分のリズムを崩したくないという欲求があったから。
本来人はもっと心に余裕を持つべきだし、時間にも余裕を持つべき。
そうすることで、せわしない日常をさけられる。
母は日々やることを決めていて、毎日この時間にこれをしなければという決まりみたいなものを持っている。そういうものがガッチリあると、心にも時間にも余裕がなくなってしまう。
次男のルーズさは、実は個性のひとつであって、なんでものんびりやるというところがあったの。あたしはそこを認めてやりたかった。
ただ、学校に遅れるとかはダメだけど、そういうところはしっかり出来ていたから、家のなかでのんびりなのは個性の尊重だとも思っていたしね。
母の場合は個性ではなく、きっちりやらなければいけないという思い込みがそうさせてた。
子供の頃からの生活習慣的なものや、時代によるあり方が母のそういった部分を作っていったようだね。
だからあたしは母の固定された考えを崩していったよ。
今は食事の時間が遅れても全く揉めない。
何が個性で何が個性でないかを見分けるのには、見分けられる能力を高めないと無理だし、固定された考えやあり方に縛られていると、そもそも他人の個性を認めることも出来ないんだよ。
それで母のように批判的になってしまう。
ただ母は次男を可愛いと思う気持ちがあったから、酷く揉めることは無かったけどね。遠慮のないあたしとは随分やり合ったけど。
あたしを見捨てた人達、あたしをやり込めようとした人達に温情をかけたなら、世界にいるあたしのような者は見捨てられる。
勿論、思春期のよーへいやヨネヨネのような人達も。
そんなことは出来るはずがない。
よーへいにも、ヨネヨネにも、他の者にも言っておくけれど、馬鹿にくだらない温情をかける者は上杉のようにはなれない。
上杉の者はこの世界が変化の時を迎えるのを待っている。
恋愛成就、他人の恋愛見物のような気持ちでいてもらっては本当に困る。
自分のままで生きれる場所を作るために、世界に切り込める力のある者でないと。
よーへいも、ヨネヨネも、この世界の多くの人間が理不尽でなかったなら、のびのびと生きていたはずでしょ。
あたしがいるいない以前にそうでしょ。
そこ、ちゃんと意識して。
何が、誰が、あなた達をそんな風に追いやったかを忘れないで。
変わってなんてないんだよ、いつだって世の中は。
ヨネヨネはこの世界をどうしたいのか分かりきらないけれど、みんな仲良くお手手繋いで…はあり得ない。
現実…直視してね。
でないと、あたしはあなたと同じ方向へは進めないし進んでいない。
これがあたしの優しさなの。
残酷な人間を切り捨てる残酷さが、あたしの優しさなんだよ。