さーてーとー、書くか。 | 世界はあたしのお庭なの

さーてーとー、書くか。

テーマ:My life

ちょっと、よーへい!
面倒臭いこと書かないでくれる?
書く気が削がれるから。
それでなくても、意識を色んな所に飛ばして分析してるのに…。
余計に疲れるじゃんか!
あほめ。
もしかしたら、よーへいはこれからあたしが書こうとしていたこと気付かせるために、記事にワケの分からないことを書いたのかもしれないけどね。


さて…。

最初に…何故あたしが自分にめちゃくちゃ自信があり、孤独なんて微塵も感じないのか?を、少し書こうかな。
どうもね、ヨネヨネはあたしが孤独感を感じてると思ってる気がするからね。
自分に自信がないとか、自分が嫌いとかね。

あたしはこの人生の中で、孤独だとか、自信がないとか、嫌いだとか思ったのは、この2年?ほどだけだよ。
馬鹿どもとやり合った後にダメダメになって、それから暫くしてからりんのことがあって、更に気持ちが落ちてしまって。人を信じられなくなったり、自分の至らなさを痛感したりしたから。
その時に、信じるべきじゃなかった人達を信じてしまった自分が凄く嫌になったりした。
ちゃんと気付いて分かっていたはずなのに、相手に情をかけて、見て見ぬふりをしてしまっていた。そういう自分がいたことを、あたしの心はちゃんと知っていた。
気付いていたのに、分かっていたのに、認めていなかった自分にガッカリして、自信が無くなっちゃったんだよね。

孤独を感じたのは、そんな自分に気付いてしまったからだね。情をかけて見逃していた自分に気付いてしまったから。
ああ、あたしはあの人達とは違う人間なんだと自覚したんだよ。
あの人達っていうのはやり合った人達もだし、よーへい達のファンもだし、ツインレイblogの人達もだし。
一時期は仲良かった人達や家族とかすらもだったね。 
自分以外を拒絶してたよ。

世の中には自分自身を分かってない多くの人がいて、そういう人達とは相容れない自分を知ってしまったから、あたしは世の中の人達の中には混じれないし、彼らにとって自分はとても邪魔な存在なんだと思った。
この世界には動物も植物も生きているけれど、中心にどかん!と座っているのは人間だよね。
その人間の多くが相容れない存在なんだから、居場所なんて無いじゃない!って思ってしまうのは、あたしのとっては必然だった。
よーへいなんて、リアルで何にも出してないどころか、あたしを悪く書いていたりもしたしね。
何もかもが面倒臭くなってもいた、あの頃は。


だ、け、ど!
今は違うから。
現世のあたしは、実は前から自画自賛な人間だった。
20代前半まではお気楽人間で、自分のことは良いとも悪いとも思わずに、呑気にやってた感じだったね。
それが子育てを始めてから変わったの。
その「変化」が自信になっていったり、自分なりの正しさや優しさになっていったりしたんだよ。

「今何をするべきか?」を考えて、そこに困難があたとしても、兎に角やってみるを繰り返し続けたからだね。
時には人と衝突したし、時には知らないことを初めから覚えていったし、時には一人きりでやることもあったし、時には人に頭を下げたこともあった。
まあ色々。
そんな時はいつも体当たりだったよ。
その繰り返しの中で、自分にはどんな能力があって何処まで出来るのかを知った。
自分一人でも出来ることを増やした。
確実に成果を上げる方法も分かっていった。
夫も、父も母も頼らなかった。
彼らは手伝ったと思っているかもしれないけれど、それは精神的苦痛を伴わない手伝えることが殆どで、他人と衝突するようなこと、酷く面倒なことはあたし一人でやっていた。
こう書いても、今の母には全く分からないだろうと思うよ。
私はやっていた!と言うはず。
夫は言わないと思う。
見えてなかったものを知っていったから。
あたしが話した一つ一つを理解して、納得していたよ。
母は、あたしの過去世等々を知った時に、初めて自分の至ら無さを知ることになると思う。
今は…それでいいわ。

よーへいとコメント欄で向き合うようになってから、色んな人とやりあって、傷付いて、やる気の出ない動けないあたしになった。
絶望ってものも知った。
これは過去世でも同じだったみたい。
そうなった最初の頃、よーへいにはエネルギー循環で癒してもらった。
だけどその後にりんのことや、ライブ時のファンの女性とのあれこれを知って、よーへいのことが大嫌いになった。 
そうなってからは、よーへいにはそっぽを向いていた。
じゃあ、そうなる前は、ずっとよーへい頼れていたか?というと違う。
自分の至らなさがあったから、ここまでダメダメになったんだと思っていたから、よーへいを頼ることは殆ど出来なかった。

自信を取り戻し、孤独を感じなくなるためにやってきたことは、人の力を借りることじゃなかった。
とても地道で直ぐに結果の出ないようなことを、自分自身でコツコツやっていくことだった。

苦しくなったら、何故苦しいのかをとことん見ていった。
あたしは直ぐに自分を責めてしまう癖や、他人のズルさや弱さを許そうとしてしまう癖があった。 
自分の意思で関わった人達から受けたものだら、相手がどんなに理不尽なことをしていても、一方的に責めるのは良くないとか、人間ならズルさや汚さがあるのは当たり前なのだから、許すことも必要だとかね。
だけど、自分というものから離れて、物事を離れた位置で公平に見てみると、やり合った者達の欲望や弱さ、恐怖心等が、理不尽で身勝手な行動をしてしまう原因になっているのが分かってきたの。 
あたしは苦しくなる度に自分から離れて、客観的に物事や人物を見ることを繰り返した。
もちろん、よーへいこともだね。
中盤からは過去世のことを思い出しながらやっていたよ。

その中で分かったことは、人間の中には言っても分からない馬鹿がいる、自分で考えられない、知ることの出来ない馬鹿がいるということ。
人間一人一人が持っている視点は、実は極めて少ない…ということが分かったんだよ。
物事や人物を客観的な位置で多角的に見ることが出来る人間は、かなり限られているってことだね。
初めの過去世まで遡って見てきた上で、間違いなくそうだと言える。
あたし以外の人間には出来ない芸当だね。
よーへいも同じようなことは分かってるけれど、やり方や見方は違うし、知らなかったことも多かったよう。
あたしは他人の力を借りずに、現代にある色んなものを見ながら、様々な視点で分析してきた。
歴史、ネットの状況、現代社会、会社や家庭、人間関係、ツインレイのようなもの、動物や植物等々…上げたらきりがない様々なものを、ピンポイントで見て分析した。
あたしを馬鹿にした者達には絶対出来ないね。
言いきってもいいわ。
それを、精神を保ちながら生活してきた中でやってきた。
だから自分に自信があるし、一人でも生きていけると思える。自分がどんな能力を持っているかも分かってるしね。
まあでも…あたしのしてきたことの大変さを分かるのは、よーへいくらいだろうね。
よーへいはずっと見てきたから。
 

現代なんて…立派な事を言っているように感じる人間であっても、物事の本質は分かってない場合が殆どだよ。
その事実を世の中の多くの人は分かっていない。
それを知った時は…この世界をとてもくだらなく感じたね。
ああ、馬鹿ばっかりだって。


取り敢えずここで切るわ。