のんびりのんびり
テーマ:My life
あっち側(よーへい、ヨネヨネ側)には、あたしや過去世のあたしを表そうとしている者がどうやらいるようだけど…。
よーへいやヨネヨネを含めてね。
あーら、ザンネン!
どれもあたしじゃないわ。
もっと言うなら、この世界にはあたしの偽物?みたいな馬鹿どもが沢山いるようだけど。
これも…あらあらザンネン!
あんたらの本性全く違うから。
あたしのモノマネしてるって全く気付かないところが残念の極み。
あーあ、つまらない。
ホント、個性無いのねぇ。
この世界の住人は。
ただ、上杉系人間は違うみたい。
まあ、たたき起こさないと彼らもこの世界の阿呆達と同じになっていっちゃうかもだけど~。
息子らにも…そろそろ目覚めてもらわなきゃならない気がするわ。
オイオイ、お前らそんなところに居座っているなよってね。
馬鹿になり下がるぞって。
blogが消えてから今朝まで、色んなものを見させてもらったし、直に感じさせてももらった。
ヨネヨネと何故離れたのか分かったよ。
そして、この糸魚川にも色んな人間が混ざってるのも分かった。
純上杉の者、上杉を真似ながらまだまだ及ばない者、単なる馬鹿。
大きく分ければ三つかな。一昨日と昨日で、実際に接して、見て、感じて分かった。
本筋に入る前に…。
ネットで他者と接して相手を知っていった時と、実際にリアルで他者と接して、相手を知っていった時の違いを、あたしがリアルで接した人を例にあげて説明するわ。
登場してもらうのは…ひろりん。
あたしはね、彼女のインスタを昨日見ていたの。
オススメってのに、しっかり出てくるものだから。
前から出てきてはいたけど、他に調べるもの等が結構あったから、そのまんま放置してた。だけど昨日は、ちょっと見てみるか…と思ってね。
あたしのこういった行動は、「何となく」という感覚から起こるものなんだけど、実は過去世のあたしが今のあたしには対して指令を出しているんだよね。
過去世のあたしというとちょっと語弊があるかな。
「全てを知っている、分かっているあたし」が、知らないあたし(今のあたし)に対して指令を出しているの。
だから、あたしは意図的に行動しているわけじゃないのだけど、「全てを知っている、分かっているあたし」によって、計算された行動だったりするんだよ。
本当に知恵のある者は、知らない分からない自分を知りながらも全てを知っている
ま、こんなところかな。
あたしがひろりんのインスタを昨日見たのはなり行きや何となくではなく、このタイミングで見るべきだったから。
丁度いいタイミングで必要なものを見ると、過去世のあたしが感じたものと似たようなものが、あたしの心に浮き上がってくるようになっている。
時代の中で使うものは変化しても、中心にあるものは基本的には同じだからね。昔はインターネットは無かったけれど、それと似たような状況を作る現実はあったんだよ。
ひろりんのインスタには、現実のひろりんはいなかった。
飾らない語り口調はリアルと同じだったものの、そこに載ってるものから想像するひろりんの姿は、現実のひろりんの姿と酷くかけ離れていた。
だけど本人はそれに気づいていないだろうね。
インスタの写真や言葉を見ただけだと、ひろりんはとてもマメで、アウトドアな活発で社交的な女性のように感じる。
でも実際は片付けベタでいつも家は片付いていないし、アウトドアは虫が大嫌いなので嫌いだと言っていた。キャンプにも良い印象は無いと言ってもいた(毛嫌いしていたのに、急に平気になったのなら大したもの)。
人との付き合いは多いものの、本心は殆ど他人には見せない。いつも自分の弱さを守っているところがある。
付き合いが多いのは、もしかしたら…一人にならないための防衛本能がそうさせているのかもしれない。
写真を見たら、お出掛けや外食が多いようだったけれど…。
それだから彼女はいつもお金に困ることになる。
金銭感覚が麻痺している自分と向き合って、今の自分に相応なお金の使い方を知ろうとしない…そんなところが以前からあった。今も変わっていないようだった。
アウトドア製品一つ見ても、かなり高い品物を使ってもいた。
あたしが見るに、彼女が買っていい程度のものとは思えなかった。
子供の進学を考えているなら、アウトドアをしている場合じゃないし、友達とランチをしている場合でもない。
家にある金と生活内容のバランスが全くなっていない。それだと子供の進学時にとても困ることになる。
学費や子供の生活費は現実で、全く甘いものじゃない。突然の出費もある。
付き合っている友達の程度も知れるというものだよ。
その注意をしないで一緒に遊んでいるんだから。
馬鹿なの?
うちもアウトドアな生活をしていたから分かるけど、キャンプや釣り、スポーツ等々は凄くお金がかかる。
今は機能重視よりも見た目重視(お洒落重視)の傾向があって、キャンプも軽装備ではなく重装備な人が凄く多い。
自然を大切にすることを学ぶとか、人の少ない空間とはどんなものかを知るとかではなく、単に気持ち良さを求めてやっている人が多いと感じるね。
山の奥に高規格なキャンプ場とかあったりするけど、そのキャンプ場は、そこで生きていた動物や植物が住む場所、育つ場所を失った上で成り立っているのだと知っているキャンパーはどれだけいるだろうね?
ひろりんは考えたことも無いと思うよ。
だからキャンプ場は、本来わーわー騒ぐ場所ではないし、飲み過ぎなんてあり得ないし、夜まで煩いなんてあってはいけないんだよ。
動物や植物の住む場所だから。
ゴミも持ち帰るべきものは持ち帰らなきゃならない。
山奥でも海でも、自然のもの達に少しだけ休む場所を借りて、人間が忘れてしまった感覚や自然は当たり前に存在しているものじゃないことを思い出す。
キャンプすることに何かしらの意味があるとしたなら…そんなものだと思う。
ひろりんのインスタを見ていると、かなりお馬鹿さんに見えてしまうよ。
でも世の中の多くの人や彼女の友達は、そんな写真や言葉を見て楽しくもなるんだろうな。
こんな生活をしている人なんだと思うんだろう。
だけど実際の彼女は違う。
一言で言うと…だらしない。
写真にも言葉にもそんなものは全く無いけど。
あたしは彼女に言いたい。
楽しさばかり見るのではなく、自分のためになる友達だけを選び、自分の置かれている本当の現実をしっかり見て、今やるべきことが何かを知り、自分の身の丈の生き方をしなさいって。 そういないと、いつか身を滅ぼすよってね。
あたしはひろりんとリアルで実際に向き合った。
そして彼女の中にある恐れも知った。
それをあたしが彼女に対して口したことはほぼ無いけど、一度だけある。
ひろりんは覚えているかなぁ。
どちらにしても、彼女はその恐れと向き合わなければ、心から信じ合える人が誰もいないまま命を終えることにもなるね。
死ぬ時は孤独だよ。
ネットの中で見る相手は、リアルの相手と同じじゃない。
それはあたしも同じ。
ネットの中でどんなに幸せを味わったとしても、実際にリアルで向き合って、感じたものが正しかったのかどうかを確かめなければ、相手を知っているとは言えないし、相手と楽しんだ時間は幻でしかない。
「楽しさ」や「嬉しさ」だけを抜き出して、それを共有出来た相手だから素敵な人、好きな人、気の合う人、自分と似た人と思うのは、あまりに浅はかな行為だと思う。
たとえリアルで関わった人であっても、お互いが苦しくなるようなぶつかり合いもなく、相手や自分の至らなさを知り合うこともないのなら、お互いを知らないのと同じだよ。
ひろりんには、紫式部の時にも交流があったようだね。
彼女はその頃から変わってないと思う。
楽しさや面白さ、嬉しさを追ってばかりで、大事なものを見失っていた。
付き合うのは上部だけの人達だった。
現世でも変わらないことをしているから、心の奥にある孤独が拭えていない。
誰かと楽しく繋がっていることで、孤独というものを見えないようにしているだけだけ。
あたしは全く孤独を感じてない。
はっきり言って一人でも生きていける。
男も特にいらない。
ただ、お互いを知り合い、あなたといると人生が豊かになるし馬鹿馬鹿しくもなるし、楽しいし残念にもなるよって感じられる人がいるなら、そんな人と一緒に生きてもいいな!とは思う。
自分が分かっていない面倒臭い人は嫌。
馬鹿すぎる友達もいらない。
手がかかって疲れるだけだからねー。
今書いたこの記事を前提に、次はヨネヨネのこととかを書いていこうかな。
でもちょーーーっとというか、ゆっくり休憩。
やっぱ、自分大事にしないとだね~。