198 寄り道
冒険者ギルドから出た俺は、周囲に人影がないことを確認してから、魔力を体内で高速循環さると、門へと急いで走り出した。
レベルが上がり、身体強化も相まって、かなりの速度で走ったのは良いが、やはり門には兵が、それも大勢の騎士が待機していた。
「ですよね~。悪いことをしていなくても、きっと通してはくれないんだろうな」
ここで殴り倒して進むことも考えたが、それこそ相手の思う壺になりそうだったので、使いたくなかったが、風龍の力を貸してもらうことにした。
「さっきはマグレで成功したけど、今度は飛翔してから着地まで、しっかりとイメージしないといけない……集中、集中だ」
横路地に入り、兵がいない場所を気配と魔力で探り出す。
すると外壁の上に兵が配置されていないようで、そこが狙い目に思えた。
まぁ全力で飛べと言われれば、実は飛べてしまうかもしれないが、さすがにここで博打を打つ気にはなれないし、高度が低ければ見つかる可能性もあるので、空を飛んで抜けることにした。
「風龍よ、空を自在に飛翔する翼となれ」
風が巻き起こるような感覚が起こり、大地を蹴り上げて飛ぶと、身体はどんどん高度を上げていき、あっという間に十メートル、二十メートル、いやそれ以上に高く飛翔した。
俺はそのまま聖都を見下ろして出て行こうとすると、誰もいないであろう外壁の上には、数名の騎士達が黒いローブを着て隠れていることが分かった。
「気配や魔力を遮断する魔道具か? 危なかったな」
彼等はずっと門の方を見ていたのか、俺に気がつくことはなかった。
まぁ誰も空を飛んでいるなんて、思わないだろうけど。
まさに高みの見物をしながら、俺は聖都を脱出することに成功するのだった。
それから百メートル程進んだところで、俺は再び大地へと戻ってきた。
さすがに魔力の消費が激しくなってきたので、今後のことを考えると、魔力を温存することが一番だと思ったのだ。
それから少しの間、身体強化を発動しながら、走り続けた。
聖都から距離を取ったところで、隠者の厩舎の鍵を魔法の袋から取り出し。フォレノワールに出てきてもらうことにした。
鍵を回すと、直ぐにフォレノワールが出てきた。
「月明かりしかなくて大変だと思うけど、メラトニまで頼めるか?」
「ブルルルウウウ」
「宜しく頼む」
首筋をひと撫でしてから、フォレノワールの背に跨った。
「よし、行こう」
「ブルルルル」
フォレノワールは暗闇を怖がらずに、元気いっぱいに大地を駆け始めるのだった。
本来、ナディアとリディアを起こして、三騎での移動を考えていたのだが、厩舎の中にはフォレノワール以外の馬が収容されていなかったため、二人は朝まで起きないようにしてある。
しかしどうやらその判断は間違っていなかったようだ。
大地を蹴るスピードが今までよりも速く、上下の運動も少ないから、まるで空を飛んでいるかのような感覚で、フォレノワールは走っていた。
並みの馬が並走しようとすれば、きっと潰れてしまうぐらいだった。
本当に頼もしい相棒だと思いながら、ちょこちょこヒールを繰り返して進んでいた。
もちろんずっと走り続けてもらうのは、いくらフォレノワールが精霊憑きの良馬でも、大変だし、走れば汗も掻くので、周囲を警戒しながら水分補給と浄化魔法で、フォレノワールの体力とモチベーションを下げないように進んだ。
月が沈み、辺りが徐々に明るくなってきた頃、東の空が徐々に淡い赤で染められていく。
「綺麗だな。そういえば最近、空を見ることもなくなっていたな」
俺がそう呟くと、楽しそうに駆けていたフォレノワールが徐々に失速していき、ゆっくりと空を眺めながら歩き始めた。
「本当に俺の言葉を理解しているんだな。フォレノワールと話せる教皇様が羨ましいよ」
「……ブゥルル」
「あ~悪い。あ、もうあの村か。いつもの半分も時間が掛かってないんじゃないか? さすがだな、相棒」
フォレノワールを謝りながら撫でていると、遠くの方に村が見えてきた。
「まだこの時間帯だと寝ているし、今回は寄る必要もないよな」
今回はこの村をスルーすることに決めた時だった。
魔法袋から隠者の棺の鍵が飛び出したと同時に、鍵が空中でひとりでに回ると扉が出現して開く。
「おおっ、こういうことか。魔法の袋に入れても中の人物が起きたら、飛び出してくるなんてな」
そのことに驚いていると、ナディアとリディアが少し気怠そうな感じで出てきた。
「「ルシエル様、おはようございます」」
「おはよう。二人ともそんなに気怠そうにしてどうしたんだ?」
答えたのはリディアだった。
「あの闇の精霊様の魔法が強力だったようで、少し気持ち悪いです」
「ああ。なるほどな」
闇の精霊も二人には魔法が掛かり難いとは言わなかったが、そのような仕草を見せていたため合点がいった。
俺は下馬して、フォレノワールにハイヒールと浄化魔法を掛けてから、二人には浄化魔法だけを掛ける。
「どうだ?」
二人の顔色は回復したように見える……。
「だいぶ気分が良くなってきました」
「これならいつでも動けます」
「ブルルル」
二人は完全に回復したらしく、笑顔でお礼を言ってきた。
ついでにフォレノワールも体力と気分も良くなったのだと、言っているようで、少しおかしかった。
「二人が起きたのなら仕方ないか。フォレノワール、馬車を引いてもらってもいいか?」
「ブッルル」
返事はしたが、先程まで和やかムードが一転し、憂鬱そうに視線を逸らす。
ここで慌てたのはリディアだ。
「光の精霊様に馬車を引かせるのは……そうです、あの村で馬を購入されてはいかがでしょう?」
「そうですね。馬車だといざという時に身動きが取れなくなっても困ります」
そんな妹を見て、馬車で移動する危険性を指摘したナディアの言葉で、俺も考えを改める。
「ブルルルルウ」
フォレノワールから良く分かっているじゃない。
そんな幻聴が聞えた気がしたが、それは置いておく。
「仕方ないか。じゃあフォレノワールは一旦、隠者の厩舎で休んでいてくれ。また直ぐに走ってもらうかも知れないから、少しでも寝ておくんだ」
フォレノワールは抵抗も見せず、頷くと隠者の厩舎に入ることを了承してくれた。
「じゃあまた後でな」
フォレノワールは返事をせずに、尻尾を振って中へと入っていった。
「さて、村に向かうか。二人共あの村は覚えている?」
「えっと聖都へ赴かれる前に立ち寄った村でしょうか?」
「あ、そういえば見覚えもあるような」
二人共自信なさげに答えるが、今回のは無茶振りだったと反省しながら、村のことを話す。
「さすがに遠目から出し、一度しか来ていなかったんだから、分からなくても当然か。前回はあまり触れないで来たが、あそこ村に魔族がいたから、公国ブランジュの件も、何かヒントになるようなことがないか聞いてみよう」
「「はい」」
あの村で魔族と戦い、魔族になった村長や村人のことを考えながら、出身国を気にしないフリをする二人にそう告げると、二人はぎこちなくだが、頷きながら、返事をしてそれが何処か安堵していたように見えた。
こうして俺達は村に向かうことになった
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