197 歩み寄る心
師匠との連絡を終えて、今度はイエニスの冒険者ギルドに魔通玉で連絡を取ることになった。
グランツが目を瞑って念じて連絡が取れたのは、それから三十分程後のことだった。
魔通玉は携帯電話のように履歴が残らない為、こういうところは不便だと感じながら、そちらはグランツさんに任せて、俺は俺で連絡がつくまでの間、冒険者ギルドへ出す依頼内容を考えていた。
きっと俺の欲しいと思っている情報は、既にガルバさんが探り、グルガーさんが自白させているだろう。
冒険者の皆には、俺が治癒士から賢者になった情報のみを拡散してもらい、神罰が誤報だったことだけを伝えるのが、正しい選択に思えてきた。
ただ情報が拡散するまでは、追っ手もあるだろうから、誘導も兼ねて、皆には教会を探ってもらうポーズは示した方が良いだろう。
そうなれば情報を隠そうとして、少しは相手の出方を牽制する時間が稼げるかも知れない。
教会をどうしたいのか? 師匠は今回の件を全て俺が決めろ、そう言っていた。
その言葉がまるで因果応報……とまでは言わないが、教皇様に成長を促がしたように、俺も師匠から成長を促がされているように感じていた。
正直な話、どうしていきたいのかと問われ、そもそも教会組織に所属していた筈なのに、何故教会と対立しなければいけなかったのか、そのことを改めて考えると、直ぐにあることに気がついた。
それは俺が、教会組織の一部しか知らなかったということだ。
考えてみれば、メラトニの治癒士ギルドで、聖属性魔法を覚えてからは、冒険者ギルドに入り浸っての修行に明け暮れていた。
聖都の教会本部に来てからは、試練の迷宮の踏破とガイドラインと法案の作成、メラトニで治癒士ギルドと治癒院の運営の仕方を勉強して、イエニスへと向かった。
だから俺が携わった仕事は、治癒士ギルドと治癒士に関してだけで、他の教会組織のことに関わったことがなかったのだ。
まぁ組織を知らなくても、命の危機に陥れるような掌返しがあったのは間違いないので、その点はだけはしっかりと反省してもらわなければ困る。
彼を知り己を知れば百戦殆からず……全てがそうではないだろうけど、もっと教会のことを知れば、色々な面が見えてくるだろうと考えていた。
そんな時、グランツさんがまた呟きだしたので、どうやらイエニスの冒険者ギルドに連絡が取れたみたいだったので、俺は魔通玉に手を伸ばした。
『なるほど。それではルシエル様の噂はやはり虚報でしたか。龍の加護を持つ方に限って神罰が下ることはないと思っていましたからな』
この声はギルドマスターのジャイアス殿のようだった。
「それでは既に噂が流れていたんですな?」
グランツさんが、噂について聞いてくれた。
『ええ。こちらも先日、その噂が流れてきましたが、誰一人として信じる者はおりませんでした。それにしても賢者とは……これは直ぐに国民に知らせねばいけませんなぁ』
それは止めて欲しい。と、俺も会話が出来るように、グランツさんに頼もうとした時だった。
「それは良かった……『そもそも物体Xを平気で飲む苦行好きの変態な方が、神罰を受けることなんて、あるわけがないと思ったのですよ。どうせ変態だけに聖属性を使わない訓練でもしていたんでしょうね。わっはっは』」
そこでグランツさんも俺が念話することを伝えようとしたのだが、ジャイアス殿が俺のことを被せて話し始めた。
完全に被ったタイミングで、俺の悪口をいうとは、きっと彼には笑いの神様が憑いているんだろうな。
念話が出来る様になったので、きっちりと挨拶をすることした。
「悪かったですね、変態で。それにしてもお元気そうですね、ジャイアス殿。ジャスアン殿もご健勝ですか?」
『ル、ル、ルシエル様?! さ、先程の発言は悪口ではなく、神の試練をものともしない賢者になられたルシエル様への賛辞であります。我等竜人兄弟はいつも元気でやっております』
俺の声が念話でも伝わったらしく、完全に口調が軍人の下っ端になってしまった。
さすがに弄る気力もないので、今回の件は今度会うまで温めて置くことにして、会話を続ける。
「分かっていますよ。イエニスで心配だったのは、ライオネル達、それと私が設立した学校や私の敷地となっている工場です」
『それについては全く問題ありません。ルシエル様とガルバ殿のおかげで、悪は必ず滅びることが証明されましたから。それに、この国の雇用を平等に、一手に引き受けていただいているルシエル商会を、悪くいうものなどおりませんよ』
一手に引き受けている? イエニスから離れて一年にも満たないのに、何があったか怖くて聞けなかった。
「……それじゃあ治安も問題ないんですね?」
『ええ。今まで仲の良い種族同士でしか付き合いがなかったですが、お互いに優れたところが見えてきたのか、とても治安も良くなっております。全てはルシエル商会と学校のおかげですね』
「えっと、治癒士ギルドの皆さんはどうなっていますか?」
『教会本部からの命令書が届いていたみたいですが、彼等はそれが何かの陰謀だと言って、命令書を破棄していましたよ。こちらで家族が出来た方もいるようですし、問題ないと思います』
「……詳しいですね」
『まぁライオネル殿と模擬戦をしたりして、週の半分は治癒特区で過ごす破目になっていますから。最近ではどちらが勝つか賭けるものまで出る始末で、困っておりますよ。はっはっは』
その割には随分と楽しそうだ。
そのうち闘技場とか建設したりしそうだな。
イエニスは楽しそうで良かった。
「ジャスアン殿、実は今回連絡したのは、ライオネル達に伝えて欲しいことが出来たからなのです」
『何でしょうか?』
「今回の噂の件で、少し教会の一部と揉める可能性があるので、ライオネル達をメラトニの街まで来るように伝えていただけますか? 賢者の件もですけど」
『たやすい御用です。今から直ぐに伝えてきます』
「それでは宜しくお願いします」
しかし既に返事はなかった。
「……どうやら切れておるな」
「そのようですね。まぁ何はともあれ、イエニスも無事のようで安心しました」
グランツさんは魔通玉から手を離すと、酒を飲んでから口を開く。
「今のところ教会本部だけが、敵になった状態か?」
「どうなんでしょうね。そもそも俺の信頼って教会で築けていたのか不安になってきましたよ」
教会には三年はいたんだけど、あまり交流がなかったからな。
「……それで、一晩眠ってから行くのか?」
「いえ、今日は月も出ていますから、直ぐに発ちます」
「それじゃあ何か食っていくか?」
「今度しっかりとご馳走になりますよ」
愛想笑いを浮かべながら、追っ手が来てもこまるので、出発することにした。
「絶対に戻ってこいよ」
「もちろんですよ。その前にこれが依頼書です」
グランツさんは依頼書を受け取って読み始めると、直ぐに白金貨を九枚返してきた。
「この依頼なら、これでもおつりが来るさ」
「商売っ気ないですね」
「研鑽し、互いを高めて、依頼を遂行するのが冒険者ギルドだ。施しを受けるところじゃないし、そんな奴は冒険者じゃない……と、思っている」
言い切らないところに、グランツさんらしさが出ていた。
「分かりました。お言葉に甘えます」
「おう。街の外まで送らせるか?」
「いえ。この暗闇なら、問題ないです。それでは失礼します」
「ルシエル、頑張れよ」
「はい」
俺はカウンター席から立ち上がり、踵を返すと、そこには冒険者達が満面の笑みを浮かべて待っていた。
「……皆さん、どうしたんですか?」
すると、代表して女性剣士が答える。
「聖変様の新しい通り名が幾つか出来たから、気に入ったらそれを使う許可がほしいの」
「……それなら、聖変という通り名も許可していないんですけど……」
「細かいこと気にしていたら、ただでさえ心労が多いのに、将来禿げちゃうわよ。それじゃあ一つ目は……」
髪の毛とは長く付き合っていきたいので、押し黙る。
前世で円形脱毛症になったときは、ショックのあまり、一日だけ有休を無理してもらったぐらい、精神的に追い込まれた。
あれは二度と味わいたくない。
将来なら仕方ないけど、さすがにまだ困る……エクストラヒールなら、毛根まで回復させることが出来るはずだけど、実験していないから怖いものは怖いのだ。
それよりも……。
「一つ目って、複数あるんですか?」
「全部で三つあるわ。一つ目は逆襲の賢者」
いきなりのネームングだったが、中々カッコイイ。
しかし逆襲だと必ず攻撃されること前提なのが、とても気になる。
名は体を表すって言うからな。
「二つ目は、聖(属性に縛られた変質賢)者」
あれ? 聖と者の間に、明らかな間があったんだが、気のせいだろうか? しかし聖者を名乗るなど畏れ多い。
まぁ聖変よりはいいけど……。
「三つ目は「いたぞ」」
三つ目を聞こうとしたところで、神官騎士がボロボロな状態で現れた。
彼等からも敵意を感じたが、それは俺にではなく、周り冒険者達に向けられていた。
きっと彼等が地下で眠らされていた騎士だったのだろう。
二人はまだ若く、見たことがなかった。
冒険者達から睨まれて、さすがに怯えてしまったので、彼等に恨みがある訳でもないので、助け舟を出すことにした。
「私に何か用ですか?」
俺の声に反応して、二人は食堂の入り口で、喋り始めた。
「S級治癒士ルシエル様に、捕縛命令が出ています」
「誠に恐縮ですが、我等と一緒に教会へ戻っていただけないでしょうか?」
二人は申し訳なさそうに、用件を告げた。
彼等のように捕縛に疑問を持ちながらも、命令で動いている人もいることが分かって、何となくホッした。
「容疑は神罰で治癒士ではなくなり、聖属性魔法も使えないことでよかったかな?」
「はっ、そのように指示が出ています」
「既に噂が流れて二ヶ月以上経っているので、きっとそろそろ雲隠れも出来なくなると……」
俺は二人の顔を知らないけど、彼等は俺のことを知っているようだったから、きっと何処かで会ったことがあるのだろう。
全てを知ることは不可能だけど、こちらから歩み寄ることで、彼等の誤解を解いてみたいと思い、聖属性魔法を使うことにした。
「まず私は聖属性魔法が使える」
指パッチンして無詠唱でミドルヒールを発動すると、急速に二人の傷が治っていった。
聖属性魔法を使った俺に神官騎士の二人は驚愕し、その場で片膝を突いて謝罪を口にする。
「「申し訳ありませんでした」」
「命令が出ているなら仕方ないと思う。ただ残念だけど、ここは見逃してくれないかな? 私は私を嵌めようとした者を捕まえないといけないんだ。それと治癒士じゃなくなって、賢者になった」
二人は驚きのあまり顔を見合わせて、そして頷き合ってから同時に口を開いた。
「「畏まりした」」
「私達はルシエル様が聖属性魔法を使用出来ると同僚に伝えます。」
「ルシエル様ならきっと、誤解を解く日が来ると信じています」
二人は恭しく頭を垂れた。
教会でも信じてくれる人がいるのだから、まずはガルバさんの情報を基に教会をどうしたいのか、考えることを決意した。
彼等が捕まっていた時間を考えると、不審に思って応援が来るかもしれないので、俺はこのまま発つことにする。
「それでは皆さん、また会いましょう」
俺はそう告げた後、冒険者ギルドから出発するのだった。
お読みいただきありがとうございます。