195 依頼
初めて飛ぶ空は青空を望みたかったが、月が輝く空というのも中々乙なものだと思いながら、魔力が枯渇する前に大通りで着地する。
夜中ということで人通りも少なく、店や家屋から漏れる光のおかげで、誰かの上に着地してしまうなんてこともなかった。
一番は見られても、そこまで目立つことはなかった……「空から輝いて降ってきたのか?」「おい、あれって聖変様じゃないか」ってこともなかった。
住民達に微笑みながら、俺は冒険者ギルドへと走って向かうことにした。
二十四時間営業をしている冒険者ギルドに入ると、数多くの冒険者がこちらを振り返る。
そして俺の姿を見つけると、一人、また一人とこちらに駆け寄って来たのだが、騎士団で感じた敵意がないことから、逃げるという意識はなかった。
「聖変様、無事だったのか」
「教会から神官騎士達が来て、もしここに貴方が来たら、捕まえて教会まで連れてくるように言ってきたけど、正直ムカついたから、今は地下の闘技場でおねんねしているわ」
「聖変様、聖属性魔法が使えなくなったって聞いたけど……それが本当なら俺達と冒険しようぜ」
「抜けがけは止めろよ。俺達のパーティも前衛が足りなくて困っているんだ。あの旋風の弟子なら、問題ないぜ」
何故か歓迎ムードだったが、教会の手が回っても冒険者達は俺の味方をしてくれているらしい。
それが妙に嬉しくて、心がホッコリしてくる。
冒険者達の騒ぎを聞きつけて、聖都の冒険者ギルドのマスターであるグランツさんがやって来た。
「まずは元気そうで何よりだ」
グランツさんが笑ってそう言ってくれた。
「ええ、何か噂と陰謀に巻き込まれて、捕縛されかけたんで、教会から逃げてきました」
「そうか。ここにも捕縛を命令してくる馬鹿がいたが……ルシエル、あの神罰が下ったって噂は本当なのか? どうなんだ?」
怒っているというよりも、心配してくれているのだろう、その一言で辺りは一気に静まりかえった。
冒険者達も静かに俺の答えを待っている様子だった。
「神罰……まぁ罰ではなく、神の試練でしょうか? 一応それを乗り越えて帰ってきたらこの騒ぎですからね」
答えになっていないような答えを返すと、グランツさんはさらに一歩踏み込んだ質問をしてくる。
「その神の試練を乗り越えたのなら、治癒士が消滅したり、聖属性魔法が使えなくなったりというのは、やはりただの噂だったのか?」
「ええ。証拠にエリアハイヒール」
俺は皆に聞えるように、詠唱破棄でエリアハイヒールを唱えると、怪我をしていた冒険者達の傷口が光ると、一瞬にして怪我が消えていった。
それどころか、腰痛が消えたとか、虫歯がなくなったとか、ちょっとした騒ぎになった。
「ちょっと静かにしておけお前等。ルシエル、以前よりもパワーアップしてるじゃねえか」
グランツさんは嬉しそうに、俺の肩を叩くと、何故か冒険者達に囲まれて、胴上げされるという変な展開が待っているのだった。
その後、あれよあれよという間に、食堂へと場所を移すことになり、歓迎会が始まってしまった。
追っ手のことも気になったが、逃げるだけなら何とかなりそうだったので、皆の優しさに甘えることにした。
「それで何で噂なのに、捕まえようと教会は躍起になっているんだ?」
「さぁ? ただ捕縛命令を出したことで、引っ込みがつかなくなったのではないかと」
「功労者を切って捨てるって、悪魔みたいな組織だな」
「ええ。俺もそれには驚いています。噂を否定出来る材料もないから、教会はS級治癒士が泥を塗ったと判断して、教会のイメージが下がらないように判断したんでしょうが……」
すると、正面からも周囲からも怒気が膨らむ。
俺ではなく、教会に対して思うところがあるのだろう。
「あ、大事なことを言い忘れていました。一応噂の中に真実が含まれていて、もう俺のジョブは治癒士じゃないんですよ」
「……聖騎士にでも成ったのか?」
注目を浴びるって、凄くいたたまれなくなるのは何故だろう。
苦笑しながら、新しいジョブを告げることにした。
「神の試練をクリアしたので、賢者へと至ったんですよ。まぁ相変わらず聖属性魔法しか使えないんですけどね」
「「「「「ええぇぇ!? 何だって!!!」」」」」
何処かで練習したかのようなそのハモリぐあいに俺は思わず笑ってしまった。
それから皆が一気に盛り上がり、自分のことのように喜んでくれた。
「……ルシエルがどんな奴か、教会が一番分かっているだろうに……何でそんな噂を信じて、捕縛命令なんて出したんだ?」
グランツさんはそう言って首を傾げた、
「さぁ? 教皇様はこのことを嘆いていましたが、今は執行部が独立して動いているので、教皇様まで情報がいかないみたいでした」
「重要なことをトップが知らないって……色んな意味で最悪だな。味方はいないのか?」
「中立から味方寄りなのは、戦乙女聖騎士隊ぐらいですね。あとは敵対心というか、敵意が凄かったです。まぁ聖属性魔法を使ったら、噂が噂だったってことに気がつき、敵意は急激に畏怖の感情に変わった気がしましたけど」
「そうか。それで此処に立ち寄ったのには、何か理由があるんだろ?」
グランツさんはどうやら、他に狙いがあると聞いてきたが、実はそうでもなかった。
なので、折角これだけの味方がいるなら、俺の依頼を受けてくれる人もいると思い、依頼を出すことにした。
「そうですね。皆さんが噂で、どう思われているかを知りたかったんですが、それは十分分かったので、今回は依頼をさせてもらいます」
俺がそう告げただけで、強面の冒険者が何処か照れてように笑う。
「何だ? 大抵のことなら、出来ると思うが?」
グランツさんもそれがおかしかったようで、苦笑しながら内容を聞いてきた。
「今回の噂の出所と噂を拡散した者を捕まえなくてもいいので、情報を集めてください。報酬は白金貨十枚で、情報の重要度ごとに分配し、残りは参加者全員に均等分配してください」
「オイオイ多過ぎるだろ。それに参加者全員って……本当の狙いは何だ?」
何処か窺うような視線は、先程までの歓迎ムードではなかった。
「教会は今回の件を隠蔽したがるでしょうが、神罰ではなく、賢者になったことが明るみに出れば、捕縛命令を解除するしかなくなるでしょう」
「なるほど。おおっぴらに追っ手を放つことを出来なくするのか。今回のように捕縛命令があれば、動きも制限されるからな」
「まぁそういうことです。それと神罰ではなく、神の試練を受けている途中で陰謀に巻き込まれたと、触れ回ってほしいのです。そうすればきっと、俺に協力してくれる人も増えるでしょうから」
「そういうことなら任せろ。俺は恩を仇で返す奴が一番嫌いなんだ」
グランツさんがそう言うと、後ろの冒険者達もそれぞれ同意して声を掛けてくれた。
俺は依頼料の白金貨を出しながら、教会では聞けなかった師匠達の安否を聞く。
「あと師匠やライオネル達の噂が耳に入っていたらと思ってきたんですが、何か知っていますか?」
「メラトニのギルドマスターなら、若手冒険者の指導を実地で率先して行っているという噂だぞ」
まぁ俺の噂で例え強制的に捕らえようとしたところで、きっと師匠をガルバさんとグルガーさんが守ってくれているだろう。
しかし噂を信じて師匠なら、俺の身代わりになるとも言いかねない。
他国に噂が広まったのが半月前として、ここはいつぐらいに広まったのか、念のため確認することにした。
「それなら安心しました。ところで噂っていつ頃から出始めたか覚えていますか?」
「ああ。それは一ヶ月程前だな。噂が流れたって言っても、殆ど連中は噂だと聞き流していたし、もし噂が本当なら、ルシエルを冒険者として大成させようと盛り上がっていたぐらいだからな」
「やっぱり治癒士ギルドよりも、冒険者ギルドが俺のホームだと思います」
俺のこの一言で、またギルド内の食堂は大いに盛り上がり、グランツさんがここで爆弾を投下した。
「だったら治癒士ギルドなんて辞めて、冒険者ギルドでSSSランクを目指せよ聖変の賢者様」
「俺は平穏に生きたいんですよ――!!」
しかし冒険者達は俺のことなど無視をして、グランツさんが言った聖変の賢者について、首を傾げながら、話し合いを始めてしまう。
「何かゴロがおかしいよな?」
「確かに。でも賢者なのに、聖属性魔法しか使えないって、やっぱり変じゃないか?」
「次から次へと、いいネタが転がり込むから面白いよな」
「まさか賢者とはな。しかも教会に追われるとか、スケールが違うな」
そんな会話がチラホラ囁かれる中で、俺はグランツさんと依頼の内容を詰めることにした。
どうか変な通り名がつかないことを願って。
お読みいただきありがとう御座います。