挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
聖者無双 ~サラリーマン、異世界で生き残るために歩む道~ 作者:ブロッコリーライオン

11章 ホームがアウェイ

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました
199/373

193 決意

 闘技場を出てから、教皇様の部屋へ着くまで、誰一人として会うことはなかった。

 それが良いのか、悪いのかで言えば良いのだが、作為的な何かを感じずには入られなかった。


 教皇の間に到着し扉をノックすると、返事の代わりに扉が開いた。

 そこから顔を出したのは、エスティアだった。

「入って」

 その雰囲気が誰のものか直ぐに気がついたが、まずは教皇の間へと入ることした。


 中に侍女達の姿はなく、教皇様とエスティア、フォレノワール、そしてもう一人ローザさんの姿があった。

 部屋の中は荒れていて、いつもなら姿を隠して、視認出来ないところにいる教皇様が、目の前にいる事に驚いてしまった。


 俺は整理仕切れない頭を落ち着けるために、まず帰還の報告から済ませることにした。

「ルシエル、並びに従者ナディア、リディア、無事に帰還いたしました」

 片膝を突き、いつも通りに頭を下げる。

 ナディアとリディアもきっと俺に倣っているだろう。

 すると教皇様の一声は、驚くことに謝罪から始まった。

「ルシエル、すまない」

「……何についてでしょうか?」

いきなり謝られることは想定していなかったので、一瞬言葉に詰まってしまうが、何を謝っているのかを聞いた。

「噂が何処から漏れたのかは分からないが、御主を守り通すことが出来なかった」

 教皇様は頭を下げるが、そもそも噂がこれだけ発展したことについては、黒幕がいるであろうことは分かっていたので、わざわざ謝罪してもらう必要などなかった。


 むしろ騎士団に囲まれたことについて、教皇様がどう思っているのか興味があった。

「……教皇様は私が大訓練場で、騎士団に囲まれることは知っていたのですか?」

 まさか出迎えで敵意をぶつけられるなんて、誰が想像出来ただろうか? きっと師匠とライオネルと迷宮で訓練をしていなかったら、怖くて震えていただろう。


「大訓練場へ転移してくることは知っていたが、騎士団に囲まれることは知らなかった。教会の内部が騒がしくなったところで、ローザが知らせて来てくれたのじゃ」

 ローザさんを見ると、いつものおばちゃんとしてではなく、張り詰めた何かを感じさせた。

 そしてそのローザさんが、心配そうに声をくれた。

「それよりもルシエル様、大丈夫なのかい? 逃げるならいつでも手は貸せるよ」

 彼女も噂を知っていて、心配してくれていることが分かる。

 しかし魔法が使えるようになったことは、まだ教皇様から聞いていなかったようだ。


 そう考えると、夜の時間にあれだけの兵がいたことは、やはりおかしく感じた。

 普通は転移してくることを知らないだろうし、まして数十年ぶりにネルダールへ行ったのだから、帰還する場所だって伝わっていない可能性が高い。

 そう考えると教皇様が喋らない限り、このような事態に陥る可能性は低い。


 教皇様とカトリーヌさんの二人が怪しいのだが、敵意を感じることが無かったことで俺を混乱させた。


 ここで弱気な態度は見せられないので、不敵に笑って印象を変えることにした。

「逃げる? 逃げませんよ。ローザさん、私が何の罪を犯したというのでしょう?」

「犯していないよ。それでも人の噂ってものは、良くも悪くもその人の印象を決めてしまう。特に悪意が混ざっていれば、尚更ね」

 何処か遠い目をしてローザさんはそう告げた。

 そこには妙な説得力があった。


「ルシエル、気持ちは分かるが……そういえば、カトリーヌはどうしたのじゃ? 怪しまれないように連れて来てくれと、頼んでいたんじゃが?」

 教皇様の判断が、全て裏目に出てしまっているのではないか? そう疑いたくなるのは仕方がないと思う。

 ただ、蹴り飛ばしてしまったことを黙っている訳にもいかないので、正直に告げる。


「……私の前に立ちはだかり、抜剣していたので、蹴り飛ばして来ました。おかげで騎士団員達は、畏怖の目でこちらを見ていましたよ」

「なんと!? あのカトリーヌを蹴り飛ばしたとは……」

 教皇様は信じられないといった表情をしてから、何かを考える素振りを見せる。


 そこへ一つの影が横から現れて、空気を読まずに俺の頭に噛み付いた。

「……フォレノワール、ただいま。もし良かったら、頭を噛むのは後にしてくれないか?」

 噛み付いてきたのは、フォレノワールだった。

 噛むのを止めてくれるように頼むが、甘噛みを止めようとはしなかった。


 どうやらかなりのストレスが溜まっているようだった。

 仕方なく好きにさせることにしたのだが、少し動物臭がしたので、皆の目の前で聖属性魔法を使えるところを見せるのに丁度良い機会かと思い、浄化魔法を使った。


 すると、久しぶりに浄化魔法を受けたことが嬉しかったのか、噛むのを止めてくれたが、今度は首を擦り付けてくるので、立ち上がって撫でてやることにした。

 教皇様の前で不敬だと思ったが、大丈夫だと判断した。 


「フォレノワールがよう懐いておるな……それで、ルシエル今回の件には黒幕がいると思うのだが、目星はついているか?」

 明らかに話題を変えてきたが、何故いきなり黒幕を聞いてくるのかが、理解出来なかった。

「いえ、帰って来たのが先程なので、この噂がいつ頃から広まったのかも知りませんので……それより入室した時からずっと気になっていたんですが、この部屋がこれほど荒れている理由を説明してもらえますか?」

 すると、これを説明し出したのは、エスティア……に憑依している闇の精霊だった。


「我やお姉様でも、気がつかない程の極めて微量の魔力が、この部屋から漏れ出ていたのだ。それが原因で、この部屋での会話が全て外へと筒抜け状態だったみたいだ」

 それだと教皇様が懸念していた魔通玉が盗聴されていた訳ではないことになる。


「この部屋が盗聴されていたってことですか?」

「帰還の報告が入って直ぐに、教会内が騒がしくなったから間違いない。それで調べてみたら魔道具が出てきた」

 さすがに精霊だから、何かを感じたのだろう。

 それにしても教皇様が指示を出したんではないのか? これをやって侍女達は変に思わなかったのだろうか?

 闇の精霊は。亀裂の入った野球ボールよりも少し小さめの魔通玉を渡してくれた。

「……壊れているな」

「……色々とあってな。侍女達全員を闇魔法で調べてみたが、犯人はいなかった」

 侍女たちがこの部屋を見たら、何と思うのか、とても不憫に思えたが、話を進める。


「教皇様、ここに出入りする人間は?」

「司教クラス以上の者たちと騎士団長、後は他国からも謁見にやって来る者もいるのじゃ」

「不特定多数の出入りがあるとすると……犯人を捜すのは無理か」

「そうなのじゃ。いつ仕掛けられたかも分からないのでな」

 そう言って教皇様は俯いてしまうが、今回のことが起きたのは、教皇様自身に少なからず問題があると俺は思っていた。


 今回のようなことが起きないように、何をして、どう改善していくのか、それには何が必要なのか、まるでビジョンがないのだ。


 その時に過去が思い出された。

 俺がS級治癒士になるまで、治癒士ギルドというか、治癒士という職業はあまり良いように思われていなかった。

 それはきっと教皇様が、誰かの思惑に操られていたからだろう。

 教皇様も努力はしてきたのだろうが、今回の執行部の動きを把握出来ているのかも疑問に思うところだ。

 きっと教皇様がこのままトップをしているなら、今後もこんなことに巻き込まれていくのだろう。

 普通だったらここで、強権が発動出来るようにしてもらうか、それとも本当にこの治癒士ギルドから遠ざかるか、その二択になるが……。


「ところで、私の武術の師であるメラトニの冒険者ギルドのマスターであるブロドさんと、私の従者達のことで、情報はありませんか?」

「それについての情報は何も聞いていないし、軍を動かしたということも聞かないから、問題はないじゃろう」

 教皇様のその言葉で、きっと情報があっても教皇様のところに上がってくるとは思えなくなった。

 仕方ないので、あれだけ敵意を向けて来た騎士団について、聞くことにした。


「……私の噂が流れたのは仕方がなかったかも知れませんが、騎士団の殆どが、何故それを信じていたのでしょうか?」

 答えをくれたのはローザさんだった。

「やっかみさ。二十歳そこらで教会の中核になって、無理だと思われていたイエニスの立て直しに竜殺し、邪神や悪魔と手でも結んだんじゃないかって、食堂でもよく話しに出ていたからね」

 やはり俺とは視線を合わせずに、遠い目をして語る。

「ですが、真実が分からないのに、身内を疑うのですか?」

 そこでローザさんがこちらを見つめ、悲しそうな顔をして告げる。

「ルシエル様には、この教会本部にも二種類の敵がいる。一つ法案を作られた者達、そして自分の聖属性魔法に自信を持っていた者達だね。事実がどうであれ、ルシエル様がいなくなった絶好のタイミングで仕掛けたのさ」

 確かにネルダールに行くことを知っている人物なら、俺を嵌めることもたやすいだろう。

「……その作戦を考えて人物は、随分と狡猾ですね」

「そうだね。噂に悪意を混ぜれば、人は直ぐに信用しなくても、きっかけがあれば、疑ってしまうし、一度でも疑ったら、信じることはとても難しいからね……」

 これ以上はローザさんに踏み込んではいけない……そんな気がした。

「カトリーヌさんを含めて、軍を動かす執行部とは誰が指揮しているのですが?」

「執行部でルシエルが知っているのは、ブルトゥースやグランハルトになるのだ」

 法案を作った時に各所の連携を執ったブルトゥースさんと、あの堅物のグランハルトさんか。

 グランハルトさんはきっと盗聴などもしないし、何かあったら自分で出張ってくるが、ブルトゥースさんは確か怪我をして神官騎士隊長の座を降りたんだよな。

 彼等の思惑が何処にあるのかが分からない。

 圧倒的に情報が足りないのだ。

 いずれにせよ、きっとこれからも教皇様は、お飾りまま過ごすことになるんだろう。


 一度深呼吸してから俺は、教皇様に無慈悲の言葉を告げることにした。

「本日限りで、S級治癒士の地位を返納させていただきます」

 きっとこれが正しい選択であることを願って。


お読みいただきありがとう御座います。

i349488
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。