2019年台風15号による千葉大停電を送配電業務から考える【配電編】
「台風15号による大停電は安倍政治のせいだろ」「2019年台風15号による千葉大停電を送配電業務から考える【送電編】」に続き、配電編とする。
机上での情報収集、文献猟歩した上での発信となる。復旧に当たる配電関係者には個別の課題があるだろうが、参考にしていただければ幸いである。
調べて気づいたが、配電網復旧の解説はネット上にそう多くはない(学術論文は別)。公式広報としては、下記のような感じになる。
「電力の矜持にかけて――台風21号被害と電力復旧の現場から」『電気新聞』2018年9月9日
「技能向上、士気を鼓舞する「全社配電技術オリンピック大会」」『中部電力』HP
これら広報は電力が見てもらいたい姿を抽出したものであって、現実の全てではない。現場の頑張りを否定するものではないが、少なくとも当ブログはそのような視点で書いていく。
【1】増援された他社の配電部隊は機敏に動けるか
一部の現場関係者より、増援された配電部隊がすぐに役立つ訳ではないとの声を頂いている。
私にも思い当たる事情がある。
電力会社は電柱の設備台帳を持っており、このご時世、当然IT化している。要はデータベースを構築して管理している。
例えば、関西電力系のきんでんは2017年よりe-MAPの名称で、中部電力系の中部配電サポートも同年にGooglemapに電柱位置情報を検索し、現場の交渉員がタブレット端末で運用できるシステムを相次いでスタートさせた(「きんでんにおける電柱検索システム「e-Map」の開発」『電気現場』2018年3月、「電柱位置をグーグルマップ上に表示。中電配電サポートがシステム」『電気新聞』2017年12月6日)。e-Mapの技術記事に書かれた従来の課題を抜粋すると、個別の電柱番号はその地域に慣れた社員の記憶に頼っている場合もあり、同じ電力会社内でも新任者の場合は位置の特定に時間を要したという。なおe-Mapの場合は過去の顧客の問い合わせ情報、中電のシステムは公図と連動している。
2019年には配電網を有する電力会社10社の共同で電柱位置情報データの代理店販売を開始した(四国電力のリリースの例。他社も同様)。このシステムなら、応援部隊に位置を指示するのは簡単になる。
東電管内の場合、上述の10社共同での位置情報提供サービスに加え、TDM(TEPCO Digital Map)により、個別の電柱シンボルデータをCADで販売している(東電タウンプラニングHP)。これらはe-Mapと違って顧客情報を載せるシステムではないので、全国展開が比較的簡単に出来たのだろう。
問題は一般に販売している以上のレベルの情報である。ここまで挙げてきた各システムは、「電柱の立っている/いた場所」にアクセスするにはとても有用だが、登録されている情報の範囲に違いがある。一方で、各社の電柱設備台帳が統合管理されたという話は聞かないので、一般に出さない図面情報などの管理システムも
そうした設備台帳管理システムにログイン出来るのは、東電PGや何時も配電工事を受託している関電工のような配電部隊だけと考えられる。子会社や上位の下請は日常的な出向者などもおり、その種の契約も整ってるからだ。それぞれの電柱がどう接続されているかについての情報も同様だろう。
電験や配電の参考書には日本で使われている配電方式が一通り概説されているが、これは地図で言えば「凡例」「読み方」に相当するもので、「地図」に相当する個別の配電網の姿が分かるわけではない。電柱に取り付けられている変圧器や開閉器等の機器が、どのメーカーのどの型番なのかと言った情報も提供されているわけではない。
従って、台帳に損傷した電柱がどれなのかを反映する作業、電柱を復旧する際にどのようにネットワークを形成すれば良いかの図面情報、復旧作業が完了した後に設備台帳を更新する作業のいずれも、実施出来るのは東電系の配電部隊だけと考えられる。そのため、大量の増援部隊を送り込まれても、それらを的確に仕切ることが出来なくなれば、現場から苦情が発生するのではないだろうか。
恐らく、元から配置されている東電系の配電部隊は、他社の指揮にリソースを大きく割かざるを得ない。
更に、設計施工の規程細部では、電力会社間でルールが違う部分もある。他社の工事を行う際にはお互いに相違点をよく確認する必要がある。
過去の事例を紐解くと、2004年の新潟県中越地震の記録では、東北電力は新潟県以外の地域から事務系社員を増援し、現地対策本部の事務局機能をサポートした。具体的には他社応援部隊等の宿泊場所の確保や食料の調達、自治体との連絡役などといった作業である(「新潟県中越地震の災害状況と電気の復旧について」『電気技術者』2005年10月P48)。IoT化の進展で情報の受け渡しはスムーズになる傾向とは言え、今回も内部で発生している事態は同様のものだろう。
2018年の岡山県倉敷市集中豪雨では、河川氾濫が原因のため、配電網の復旧作業着手自体が大幅に遅れることとなった。専門誌記事によれば、まず被害状況の調査をしてから復旧計画を立てるのが定石だが(何が壊れてるのか把握しなければならないのだから当たり前)、その情報無しで復旧作業に着手しなければならなかったという(「具体事例から学ぶ、電力系統の最善策 1 災害時の復旧プロセス」『電気と工事』2018年12月号)。
2018年倉敷豪雨に比べれば、今回の主犯は風なので、水に浸かったままという被害は少ないだろう。ただし、現地写真を見ると往復2車線程度の農道、県道クラスの道を何本もの電柱が連鎖倒壊して塞いでいたり、倒木の影響が大きい。まずは重機でそれらを除去してから復旧に当たることになる。
【2】台風被害を直ぐに教訓化する他社と、エリート技術者称揚に走る東電の差
東北電力は2016年の台風被害の際、配電復旧のために応援部隊の通信、被災地での仮眠スペース確保などの問題がまだ残っていると判断し、2018年、市販車を改装したネットワークサポートカーを全支店に配備した(「災害時の情報収集迅速化 東北電新潟支店に支援車初導入」『産経新聞』2018.5.31)。
サポートカーという車は他電力でも有しており、今回も千葉に応援派遣されている。だが、東電について調べても、そのようなサポートカーの存在が見えてこない。
上記千葉市長のツイートにあるように、多数の応援作業員を受け入れている場合は、建物を用意しないと宿泊場所を賄うのは不可能でもある。だが、被災地で建物を用意するのは苦労が要るからこそ、サポートカーという発想がある。東電にそれがないのは、首都圏と言う地の利に胡坐をかいてるというより、投資不足の表れだろう。
311の前、東北電力は2000年代に管内で災害が続発したこともあり、防災体制の確立に東電よりリソースを注いでいたようだ。『エネルギーフォーラム』が毎年実施してる社長対談を読み返すと、そのことに触れている(『エネルギーフォーラム』2010年11月号)。
東北電力の『東日本大震災復旧記録』では「地震被害推定システム」や「配電ナビゲーションシステム」等のIT投資が効果を挙げた旨を書いている(『電気技術者』2013年8月)。配電ナビゲーションシステムについてはどういった機能か字面では理解しにくいと思うので解説すると、
- 電柱毎に付定されている電柱番号を選択することにより作業車輌を目的地に誘導する機能(車輌誘導システム)
- 作業車輌へお客さま対応に必要な情報を提供する機能(巡回支援システム)
- 作業車輌の位置等をリアルタイムで確認するとともに、停電事故の発生情報を作業車輌へ配信する機能(車輌管理システム)
の3つの機能から構成され、災害時は他地域からの応援部隊が地理不案内でも迅速に復旧に入れるという優れたものだった(「東北電力/配電業務ナビゲーションシステムの開発・実用化」『LNEWS』2004年6月9日)。
東北電力での導入は2005年のことだから、2019年の東電が同種システムを持っていないとはとても思えないのだが、やはり見えてこない。電柱の位置情報データ提供だけでは、車両誘導システムの役しか果たせない。
実は、台風銀座の紀伊半島を管内に持つ関西電力は、NHKスペシャル同様に地球温暖化による台風巨大化に向き合い、2018年に台風による被害推定システムを発表している(「配電設備の災害復旧と被害推定システムへの期待」『電気学会誌』2018年3月)。東北電が書いた「地震被害推定システム」と同ポジションに位置し、有効性は明らかだろう。
こうしたこともジャーナリズムは追及・確認を要するのではないだろうか。
東電の配電部門に目を向けると、2005年に配電部門内に緊急対応チームを設け、直営工事を行う配電部門の現場社員から選抜した高技能者を毎年10名配置してきた。その活動記録を2本ほど読んだが、「仲間と切磋琢磨」「様々な技術ノウハウを生かす」といった言葉で彩られるものの、他社に見られるような、第三者を納得させる様な具体的な成果物は提示されていない(「座談会:東京電力・配電部門 緊急対応チームの活動」『電気現場』2016年4月、「電力現場技術者の肖像 第7回」『電気現場』2018年2月号)。
上記の座談会は緊急技術対応チームの日常業務の紹介がメインであり、生み出された技術の具体的内容に乏しい。その上、右の記述を読むと中越地震にて消防のハイパーレスキューにヒントを得たと書かれている。311の前にも関わらず、東北電力が投資した機材に目を向けていない。更に、別のページを読むと、同じ東電でも支社が異なると配電工事のやり方も異なり、時には軋轢にもなっていたらしいのだ。
別の号で、あるS級技術者は「全てをマニュアル化出来る世界ではない」とも語っていたが、これは、3年前のOFケーブル火災の時に言及した送電部門の他、配電部門への投資も抑制していたから、そういう職務の定性的な特徴を挙げることしか出来なかったのだろう。傍目には「百発百中の砲一門は百発一中の砲百門に勝る」式の精神論に傾斜しているように見える。
更に、東電に限らないが、配電現場の優秀な社員達の声を拾った近年の専門誌記事は「コスト削減」「少ない人員」「競争の時代へ」といった文句をよく見かける。人員と投資の抑制がなされている証拠である。
【3】電源車は何をしているのか。
主に、公共施設などに限って電力供給している。対象が限られているのでスポット送電とも呼ばれるが、実態としては送電ではなく配電と言って良いスケールになる。場合によっては複数台の電源車を連系して小さな電力系統を作り、大きな負荷を賄うことも行われる。
今回のような災害では必ず他の電力会社からも電源車の応援が駆けつけるが、彼等は公共施設のスポット送電に投入し、地元電力の電源車や人員を地域に密着した復旧作業に充当している(「新潟県中越地震の災害状況と電気の復旧について」『電気技術者』2005年10月P48)。
また、電源車に頼る期間が長くなる場合は随時燃料の補給が必要となる。
かつて、自衛隊幹部に路上で売国奴呼ばわりされた(文民統制を無視した言いがかり)立憲民主党の小西ひろゆき議員が、ある医療施設の電源を賄うために電源車を予備を含めて2台派遣(割り当て)した話をツイートしていたが、このケースの場合は、常時稼働は1台とし、補給・点検のローテーションを組むような運用もあり得ると思われる。
【4】ひび割れ電柱は10年で腐食
中国電力が2015年に国に提出した資料によると、通常電柱の耐用年数は53年程度だが、ひび割れが発生している場合はひびが入ってから10年程度で耐用限界に達するとしている。また、同社の場合、2009年に電柱強度計算業務を統一化して以降、安全率が2以下の電柱を個別管理電柱と呼ぶことにし、13万本を確認している。メディア、ジャーナリストは当然、東電のこのような電柱の管理状況を確認すべきだろう。
今回の台風は風速が非常に強く、千葉県内で2000本の電柱を折ったとされる。目に見えて折れた電柱は交換の必要性がすぐに分かるが、強風でしなり続けた結果、ひびが入っただけの電柱も多数あると考えられる。被災地を中心に県内の電柱を総点検し、これらも早々に更新対象としなければならない。
なお、沿岸部の場合は風荷重だけでなく送電編で述べたように塩害のリスクも抱えている。塩分付着量は風速の3乗に比例するため、ひび割れ部から塩分が浸透すると内部に張っている鋼線の腐食をより早めることになるだろう。
【5】点検保修ビジネスより自社の個別管理電柱の更新が先
東電は2006年に内部鉄筋に水素脆化を発生しやすいものを使用していた電柱を32万本個別管理し、内3万8000本を建て替えが必要と判断、2008年度末までに建て替える計画を提出した過去がある(「電柱の点検等の実施に関する原子力安全・保安院からの指示について」『東京電力』2006年12月8日、「電柱の点検等の実施計画の提出について」『東京電力』2006年12月15日)。
これらの電柱は1975年~1977年に日本コンクリート工業が製造したもので、当時建て替え対象とならなかった電柱(約28万本)の経年は2019年現在、43~46年程度となる。その後今回の台風での揺さぶりを含め、個別管理電柱の実情がどのように推移したか、他の要因で個別管理電柱となったものが無いかなども、今回の大停電において報告されるべきである。
コンクリート電柱の点検・工事(東京電力パワーグリッド)
他の事業者が建設した電柱の点検・建て替えビジネスに精を出すこと自体は良い。その電柱が倒れて東電の配電設備が巻き添えになったら元も子もないからである。しかし、自社の電柱の管理に工事量を割り当て出来てないようでは話にならない。
『電気と工事』2018年12月号によると、過去の災害や予測を見直して配電網の風対策を強化する場合、電柱の強度を増す方法の他、電柱のピッチを狭める方法が挙げられている。記事では挙げてないが、倒木リスクを考えると、山林地帯などはマメに間伐しておくことも必要だろうが、ここでは配電網の強靭化を議論する。元々要求される強度は都道府県によって異なる値が定められているので、電柱そのものの強度を上げることで「国土強靭化」を進めるのであれば、強い地域向けの品を採用すれば良い(「 # 01台風で風がすごいけど、電柱って、大丈夫なのかなぁ?」『日本コンクリート工業』)。
だが、電柱は元々地域の地権者の協力を得て設置しているケースが多い。ピッチを狭めるため、既存の電柱の間に1本ずつ追加していく場合は、それまでの電柱に関する許諾は生かすことが出来る。しかし、変更するピッチによっては、既存の電柱も植え替えが必要になる場合が発生すると思われる。その場合は、当該区間の多くの電柱について新たに地権者の許諾を得るための調整が必要となる。
なお、先の『電気と工事』によれば、元の場所に電柱を再建する場合にも、簡単に許諾が得られるわけではないというから、苦労は多い。
以下は推測だが、適正な建植ピッチを考えることは応援部隊にも出来るかも知れないが、地権者との調整行為は金や契約も絡む。おいそれと他社の配電部隊に任せられるとは思えない。もし任せるとすれば、短期的な出向という形を取らざるを得ないのではないか。
・2019年9月19日:日本コンクリート工業HP参考に【6】に文章追加。
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