【140】第一次世界大戦への日本の参戦理由の説明が不正確である。
「ヨーロッパから遠く離れた日本もイギリスと同盟を結んでいる関係で、八月二十三日にドイツに宣戦布告し、ドイツの租借地であった山東半島などを攻めた。この時、日本国内では国益に直接寄与しない戦争への参加に異論もあったが、ドイツに最後通牒を送り、回答を一週間待った上で参戦している。」(P337)
この説明では、日本が第一次世界大戦の勃発を大陸進出への好機ととらえ、日英同盟を口実に参戦したことがまったく伝わりません。
教科書でも「イギリスは中立国侵犯を理由にドイツに参戦し、日本も1914年8月末に日英同盟を口実に参戦した。」(『世界史B』東京書籍・P337)
https://ameblo.jp/kohaniwa/entry-12442992886.html
「イギリスと同盟を結んでいる関係」で参戦したのではないからです。
まず、前回お話ししたように「同盟」はかなり強い結びつきで、韓国の保護国化承認と、イギリスの日英同盟の適用範囲をインドにまで認めるという相互承認をした上での「攻守同盟」でしたが、「自動的に参戦することを義務付けた」ものではありませんでした。
8月に入ってイギリスの外務大臣グレイは日本の駐英大使を呼び出し、「第一次世界大戦参戦は日英同盟は適用されない」と伝え、覚書が交わされました。
日本は「中立」を宣言します。
前にも申しましたが、大国との「同盟」は大国の利益に利用されるものです。
https://ameblo.jp/kohaniwa/entry-12442248009.html
グレイは再び大使を呼び出し、イギリスの都合の良い提案をします。
「ドイツには宣戦布告しないで東アジアのドイツの艦艇を、攻撃を含む牽制行動をとってほしい」と依頼したのです。
にもかかわらず、日本の参戦範囲は中国では沿岸部のみと、「参戦範囲限定」を付帯してきました。
すでにイギリスは、外交方針として、「日本の野心を抑えるが、あくまでドイツと敵対させる。」「膠州湾は日本に奪われないようにする。」「青島の利権はイギリスかフランスのものにする。」「日本の軍事的援助への見返りは財政的な援助とする。」ということを定めました。
イギリスは日英同盟に基づく日本の参戦を回避しようとしていることがわかります。
大隈重信内閣の外務大臣加藤高明、法務大臣尾崎幸雄がドイツへの宣戦布告を強く推進していました。
尾崎は「日英同盟の誼、という理由だけでよいから一刻も早く参戦すべき」と主張しています。
日清戦争のときは、開戦に反対する勢力がありましたが、第一次世界大戦への参戦は閣僚全員が賛成しています。
加藤高明は天皇にも奏上し、元老も参戦には賛成しましたが、井上馨と山県有朋は、「ドイツと中国に日英同盟上、やむを得ぬ参戦であることを十分了解させた上で行動するべきである。」と要求しました。
そこで、政府は、「宣戦布告」形式ではなく、「最後通牒」形式を採ったのです。
「ドイツに最後通牒を送り、回答を一週間待った上で参戦している」理由は、こういうことでした。
百田氏は、「この時、日本国内では国益に直接寄与しない戦争への参加に異論もあったが、ドイツに最後通牒を送り、回答を一週間待った上で参戦している。」と説明されているのですが、これを初めて読んだとき、あれ?変なこと言うなぁ、と思ったんです。
「国益に直接寄与しない戦争への参加に異論があった」というのは、後に、フランスやベルギーが、ヨーロッパでの戦闘にも兵を出してほしいと要請してきたときに、日本が断ったときの理由なんです。
インターネット上の説明(Wikipedia)にも、
「…直接国益に関与しない第一次世界大戦への参戦には異論も存在したため、一週間の回答期限を設ける異例の対応になったが…」
という説明があるのですが誤りです。後のフランス・ベルギーからの参戦依頼を拒否したときの理由と混同したものです。最後通牒に期限があるのは通常で、「異例の対応」というのは、政府が「宣戦布告」にしたかったのに元老の意見で「最後通牒」形式になった、という意味で、期限があることが異例なのではありません。
日本はドイツへの宣戦布告をイギリスに承認してもらうために説得工作を続けます。
「ドイツ支配地域以外では戦闘をしない。」「膠州湾は中国に戦後還付する。」という条件を提示し、これを受けてイギリスは青島攻撃を合意しています。
イギリスからの参戦延期要請に対しては、すでに天皇に奏上して取り消しは不可能、と大隈重信は回答し、イギリスの戦域限定条件要求に対しては、膠州湾は還付するからと説明し、領土的野心はない、とした上でイギリスの同意をとりつけています。
最後通牒にしたのは、元老の意見をふまえ、ドイツに日英同盟を理由に参戦するものであることを周知させる体裁をとるためでした。
(参考)
『総力戦とデモクラシー』(小林啓治・吉川弘文館)
『加藤高明』(櫻井良樹・ミネルヴァ書房)
『日独青島戦争』(斎藤聖二・ゆまに書房)
『日本歴史』「対華二一ヶ条要求条項の決定とその背景」(日本歴史学会・144号1960年)