( 南京大虐殺 ウォールストリートジャーナルの捏造に反論 の続編ですクローバー

 

(西村眞悟氏のフェイスブックの投稿から転載します)

NHKよ、
まず「宣戦の詔書」
次に「大東亜戦争終結の詔書」
そして「年頭、国運振興の詔書」の趣旨を
正確に国民に伝えよ!

 

この度、NHKが、
昭和二十四年から二十八年まで、
初代宮内庁長官を勤めた田島道治氏が
四年間の勤務中の昭和天皇との会話を書き留めたノート十八冊からなる「拝謁記」と題するメモランダム(日記)を、
田島氏の遺族から提供を受け、
私の視点から見れば、
得意げに、センセーショナルに、特ダネの如く、
数日前から公表している。
まず曰く、
昭和天皇は、
大東亜戦争への「反省の思い」の公言を欲した、と。
しかるに、
吉田茂首相等の反対によって、その思いはかなえられなかった、と等々。

 

そこで、第一に申しておく。
それは、

 

この、馬鹿者が!

 

という一言に尽きる。

 

NHKよ、貴様のやり方は、
終戦直後、我が国を軍事占領したGHQが、
NHKを使って、
NHKも嬉々としてGHQの忠良なる走狗となり、
「戦争について罪悪感を日本人の心に植え付ける宣伝計画」(WGIP)
実施の為に、
連日、ラジオで、「真相はこうだ!」式のウソ特集を
国民に流し続けた手法と同じではないか。

 

昭和天皇の、
大東亜戦争開戦における真意、
終結における真意、
そして、
終結後に初めて迎える元旦における真意は、
それぞれ、
昭和十六年十二月八日「米国及び英国に対する宣戦の詔書」
同二十年八月十四日「大東亜戦争終結の詔書」
同二十一年一月一日「年頭、国運振興の詔書」
において、
国民と世界に対して表明されている。
NHKよ、
まず、この詔書の真意を正確に国民に伝えよ。
戦後七十数年間、
NHKは、この詔書の真意を伝えたことがあるのか!
そこには、

 

まず、
大東亜戦争は、自存自衛の為であること、
次に、
米国の原子爆弾の使用による
非戦闘員大量虐殺の戦略に直面し、
我が民族の滅亡と、
さらに、
人類の文明を破却から救うための
ポツダム宣言受諾であること、
そして、
明治天皇の「五箇条の御誓文」の叡旨に基づき、
自分と国民が心を一つにして、
自ら奮い、自ら励まし、新日本を建設すること、

が国民と世界に表明されている。

 

しかるに、NHKは、
開戦と終結の両詔書の肝心の上記箇所は報道せず、
終戦後の年頭の詔書には、
「人間宣言」というレッテルを貼って
その戦前戦後・明治維新と現在の連続性
を確認する内容は隠蔽している。

 

その上で、
昭和天皇との会話を老官僚がメモしたノート(日記)を
どういう手段か知らんが、遺族から手に入れ、
「真相はこうだ」
とあたかもそれが総てであるかのように騒いでいる。
他に、
読んでいないが、昭和天皇の最後の侍従の日記も
「昭和天皇 最後の侍従日記」として出版され(文春文庫)、
解説した二人が「こんな日記初めて読んだ」と対談している。
当たり前だ、他人の日記を読むのは誰でも初めてだろうが。

 

以上の風潮の中で、
申し上げる。
GHQのWGIP(自虐史観)からの脱却は
天皇の詔書を尊重しそこに立ち返ることから始まる
、と。

------ ------ ------ (ココまで、Facebook記事転載)

 

~~~【ご参考】~~~

「宣戦の詔書」

〔現代語訳〕

私はここに、米国及び英国に対して宣戦を布告する。
私の陸海軍将兵は、全力を奮って交戦に従事し、
私のすべての政府関係者はつとめに励んで職務に身をささげ、
私の国民はおのおのその本分をつくし、
一億の心をひとつにして国家の総力を挙げ、
この戦争の目的を達成するために手ちがいのないようにせよ。

そもそも、東アジアの安定を確保して、世界の平和に寄与する事は、大いなる明治天皇と、その偉大さを受け継がれた大正天皇が構想されたことで、私が常に心がけている事である。

そして、各国との交流を篤くし、万国の共栄の喜びをともにすることは、

帝国の外交の要としているところである。
今や、不幸にして、米英両国と争いを開始するにいたった。

まことにやむをえない事態となった。このような事態は、私の本意ではない。
残念なことに(内乱状態にある)中国は、以前より我が帝国の真意を理解せず、

みだりに闘争を起こし、東アジアの平和を乱し、ついに帝国に武器をとらせる事態にいたらしめ、もう四年以上経過している。

さいわいに国民政府は南京政府に新たに変わった。

帝国はこの政府と、善隣の誼(よしみ)を結び、ともに提携するようになったが、

重慶に残存する蒋介石一味は、米英の庇護を当てにし、

兄弟である南京政府と、いまだに相互のせめぎあう姿勢を改めない。

米英両国は、残存する蒋介石政権を支援し、東アジアの混乱を助長し、

平和の美名にかくれて、東洋を征服する非道な野望をたくましくしている

それだけでなく、くみする国々を誘い、帝国の周辺において、軍備を増強し、

わが国に挑戦し、更に帝国の平和的通商にあらゆる妨害を与へ、

ついには意図的に経済断行をして、帝国の生存に重大なる脅威を加えている。

私は政府に事態を平和の裡(うち)に解決させようとさせようとし、長い間、忍耐してきたが、
米英は、少しも互いに譲り合う精神がなく、むやみに事態の解決を遅らせようとし、

その間にもますます、経済上・軍事上の脅威を増大し続け、

それによって我が国を屈服させようとしている(ABCD包囲網)。

このような事態がこのまま続けば、東アジアの安定に関して我が帝国がはらってきた積年の努力は、ことごとく水の泡となり、帝国の存立も、まさに危機に瀕することになる。

ことここに至っては、我が帝国は今や、自存と自衛の為に、

決然と立上がり、一切の障害を破砕する以外にない。

御名御璽
昭和16年12月8日
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■「大東亜戦争終結の詔書」

(口語訳)
朕は、深く世界の大勢と、帝国の現状をかえりみて、非常措置をもって事態を収拾しようと考え、ここに忠実にして善良なる汝ら臣民に告げる。 

朕は、帝国政府に、米英中ソの四国に対し、そのポツダム宣言を受諾する旨、通告させた。

そもそも、帝国臣民の安寧をはかり、万国が共存共栄して楽しみをともにすることは、天照大御神からはじまる歴代天皇・皇室が遺訓として代々伝えてきたもので、朕はそれをつねづね心がけてきた。

先に米英の二国に宣戦した理由も、実に帝国の独立自存と東アジア全域の安定とを希求したものであって、海外に出て他国の主権を奪い、領土を侵略するがごときは、もとより朕の志すところではない。

しかるに、交戦状態はすでに4年を過ぎ、朕の陸海軍の将兵の勇敢なる戦い、朕のすべての官僚役人の精勤と励行、朕の一億国民大衆の自己を犠牲にした活動、それぞれが最善をつくしたのにもかかわらず、戦局はかならずしも好転せず、世界の大勢もまたわが国にとって有利とはいえない。 

そればかりか、敵国は新たに残虐なる原子爆弾を使用し、いくども罪なき民を殺傷し、その惨害の及ぶ範囲は、まことにはかりしれない。

この上、なお交戦を続けるであろうか。

 

ついには、わが日本民族の滅亡をも招きかねず、
さらには人類文明そのものを破滅させるにちがいない。

そのようになったならば、朕は何をもって億兆の国民と子孫を保てばよいか、皇祖神・歴代天皇・皇室の神霊にあやまればよいか。

以上が、朕が帝国政府に命じ、ポツダム宣言を受諾させるに至った理由である。 

朕は、帝国とともに終始一貫して東アジアの解放に協力してくれた、諸々の同盟国に対し、遺憾の意を表明せざるをえない。

帝国の臣民の中で、戦陣で戦死した者、職場で殉職した者、悲惨な死に倒れた者、およびその遺族に思いを致すとき、朕の五臓六腑は、それがために引き裂かれんばかりである。

かつ、戦傷を負い、戦争の災禍をこうむり、家も土地も職場も失った者たちの健康と生活の保証にいたっては、朕の心より深く憂うるところである。

思うに、今後、帝国の受けるべき苦難は、もとより尋常なものではない。

汝ら臣民の真情も、朕はよく知っている。

しかし、ここは時勢のおもむくところに従い、耐えがたきを耐え、忍びがたきを忍び、それをもって万国の未来、子々孫々のために、太平の世への一歩を踏み出したいと思う。 

朕はここに、国家国体を護り維持しえて、忠実にして善良なる汝ら臣民の真実とまごころを信頼し、常に汝ら臣民とともにある。

もし、事態にさからって激情のおもむくまま事件を頻発させ、あるいは同胞同志で排斥しあい、互いに情勢を悪化させ、そのために天下の大道を踏みあやまり、世界の信義を失うがごとき事態は、朕のもっとも戒めるところである。 

そのことを、国をあげて、各家庭でも子孫に語り伝え、神国日本の不滅を信じ、任務は重く道は遠いということを思い、

持てる力のすべてを未来への建設に傾け、
道義を重んじて、志操を堅固に保ち、
誓って国体の精髄と美質を発揮し、
世界の進む道におくれを取らぬよう心がけよ。
汝ら臣民、以上のことを朕が意志として体せよ。


御名御璽 
昭和20年8月14日
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■年頭、国運振興の詔書

(現代語訳)
ここに新年を迎えました。
かえりみれば明治天皇は、明治のはじめに国是として五箇条の御誓文を下されました。
そこには、次のように書かれています。 

一、広く会議をおこし、万機公論に決すべし。 
一、上下心を一にして盛んに経綸(=経済活動)を行うべし。
一、官武一途庶民に至るまで、おのおのその志をとげ、人心をしてうまざらしめんことを要す。
一、旧来の陋習を破り、天地の公道に基づくべし。 
一、知識を世界に求め、おおいに皇基を振起すべし。 

明治大帝のご誓文は、まことに公明正大なものです。これ以上、何をくわえるのでしょうか。

朕は、ここに誓いを新たにして、国運を開こうと思います。

私たちはもう一度、このご誓文の趣旨にのっとり、旧来のわるい習慣を去り、民意をのびのびと育て、官民あげて平和主義に徹し、教養豊かに文化を築き、もって民間生活の向上をはかり、新日本を建設するのです。

大小の都市が被った戦禍や、罹災者のなやみや苦しみ、産業の停滞、食糧の不足、失業者の増加・・・。現在の状況は、まことに心をいためるものです。

しかし、私たち日本人が、いまの試練に真っ向から立ち向かい、かつ、徹頭徹尾、文明を平和の中に求める決意を固くして、結束をまっとうするなら、それは、ひとりわが日本人だけでなく、全人類のために、輝かしい前途が開けることです。

「家を愛する心」と「国を愛する心」は、私たち日本人が特に大切にしてきたものです。

いまや私たちは日本人は、この心をさらに押し広げて、人類愛の完成に向かって、献身的な努力をしていきましょう。

私たちは、長かった戦争が敗北に終わった結果、ややもすればいらいらと焦ったり、失意の淵によれよれになって沈んでしまいそうになります。

だからといって、過激な言動に流され、道義心を喪失し、思想を混乱させてしまうのは、心配にたえないことです。

しかし、朕は、常に汝ら臣民とともにあります。朕は、常に皆さんと利害を同じくして、喜びも悲しみも一緒にわかちあっています。

そして、朕と汝ら臣民との間のきづな(=紐帯)は、終始相互の信頼と敬愛とによりて結ばれているものです。

それは、単なる神話と伝説によって生じているものではありません。

そしてそのことは、天皇をもって現御神とし、かつ日本国民をもって他の民族に優越せる民族として、ひいて世界を支配すべき使命を有するなどという架空の観念に基づくものではありません。

朕の政府は、国民の試練と苦難とを緩和するために、あらゆる施策と経営とに万全の方策を講じます。

同時に朕は、わが国民が、当面する難題に対処するため、心を定めて行動し、当面の困苦克服のために、また産業および学問、技術、芸術などの振興のために、ためらわずに前進することを希望します。 

わが国民がその公民生活において団結し、互いに寄り合い、援けあい、寛容で、互いに許し合う気風を盛んにするならば、かならず私たち日本人は、至高の伝統に恥じない真価を発揮することができます。

そうすることで、私たちは人類の福祉と向上とのために、絶大な貢献をすることができます。

一年の計は元旦にあり、といいます。

朕は、朕の信頼する国民が、朕とその心を一にして、みずから奮い、みずから励まし、もってこの大業を成就することを願います。

御名 御璽 
昭和21(1946)年1月1日

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