骸骨魔王のちょこっとした蹂躙   作:コトリュウ

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第43話 「決戦魔王」

 

 〈転移門(ゲート)〉から一歩を踏み出し、草花の生い茂る草原へと身を置く。周辺には背の高い木々がちらほらと点在し、森とは言えないものの、遠くまで視線が届くほど開放的な空間ではなかった。

 そう、ここからでは勇者軍の全容は見えない。

 この世界を守護する最終防衛軍たる勇者たちの姿を自分の目で確認するには、まだしばらく歩く必要があろう。

 急ぐ必要はない。一歩一歩を踏みしめて、高ぶる想いを楽しもう。

 アンデッドであろうとも、抑制されない程度の感情は持ち得ているのだから、思うがままに活用すべきである。

 

 ザッザッ、サクサク、ドシュドシュ。

 

 いつの間にか足音が増えている。

 アルベドとパンドラしかいなかったはずなのに、お馴染みの顔ぶれが勢揃いだ。高位の悪魔や魔獣、アンデッドに巨大蟲、ふよふよと漂うヴィクティムの姿も見える。

 

「やれやれ、物好きな奴らだな」

 

 せっかくギルドの制約から切り離されて自由を謳歌できるというのに、死ぬかもしれない勇者との決戦に赴くとは、まともな思考回路を所持しているとは思えない。

 

「頭脳明晰な悪魔、ではなかったのか?」速足ながらも、奇麗な姿勢のままで追いついてくるスーツ姿の悪魔を前に、魔王は軽口を零す。

 

「何をおっしゃいます。理想の主に堂々と仕えられるのですよ。このような好機を逃すほど、私は無能ではございません」

 

 悪魔は強大な力を好む――だから大魔王の配下でありたい、と考える傾向は解らなくもない。とはいえ、第七階層やレメゲトンの悪魔たちを含めると大魔王ですら滅ぼせる戦力なのだから、無条件で忠誠を捧げてしまうのはおかしい。

 悪魔は取引や騙し合いも好物なのだ。

 普通に考えれば、忠誠を捧げる代償として何かしらの契約を交わすところであろう。

 

「ふはは、他の者は大丈夫か? 悪魔の甘言に騙されて付いてきたのではないだろうな?」

 

「もちろんでありんすえ。わらわはまだ、正妃の座を諦めたわけではありんせんから」

「自分ノ意思デ決メタコトデス。コノ命果テルマデ御傍ニッ」

「絶対、絶対付いていきます! あたしの魔獣たちも同じ気持ちです!」

「ボ、ボクも! あ、あの、いつまでも一緒に、いたいんです!」

 

 ギルドシステムの有無など何処吹く風。

 縛りが完全に無くなった今でも元守護者たちの忠誠に変わりはなく、むしろより積極的になったのではないかと見紛うばかりだ。

 

「お許しいただけるのであれば――」少し遅れて、逞しい肉体を持つ初老の男性が、武装したメイドと共に大魔王の傍へ駆け寄る。

「これからも執事として、お役に立ちたいと思っております」

 

「これは意外だな。“たっち”の性質から考えると、勇者側の助成へ向かうと思っていたのだが……」

 

 造物主が正義降臨の“たっち・みー”であるのなら、世界を滅ぼす大魔王の討伐は大好物のはずだ。何を置いても駆けつけて、迷惑で危険な『絶対正義』を振りかざすに違いない。

 

「お戯れを。“たっち・みー”様は確かに私の造物主ではありますが、ただそれだけです。長年に渡って私どもを見守ってくださった御方とは、比べようもありません」

 

 心中を察するのは難しい。

 事前に“たっち”をギルドから追放していなかったら、別の未来があったのかもしれない。それに人類を滅ぼそうとする行為には、現時点でも抵抗を感じていることだろう。だがそれでも大魔王様へ仕えると決めたのだ。

 竜人たる執事の目に、迷いなどない。

 

「まぁよい、これから愉快で楽しい最終決戦が始まるのだ。皆と心ゆくまで堪能するとしよう」

 

 バサリとローブを翻し、大魔王は夥しい化け物たちと共に草花を踏みつぶしては、開けた草原地帯へ身を乗り出す。

 そこは爽やかなそよ風が舞う、心地よい平原――ではなく、世界各地から集められた異形の部隊、勇者軍が待ち構える戦場であった。

 

 

 

 

 広大な空間に化け物たちがうごめいている。

 中でも、百体にも及ぶ巨大なドラゴンの群れは圧巻だ。どこからこれほどの“竜王級”を揃えてきたのであろうか? 一体でも小国を滅ぼせそうな、おそらく群れを率いている首領たるドラゴン。そんな『支配する側』を群れとなるまで集めたツアーの手腕には、称賛を送りたくなる。

 しかしながら、先頭の四体は他と比べようもないくらいに異常だ。ツアーを含めた“真なる竜王”と呼ばれるこの世の支配者たち。纏っているオーラが生物としての限界を超えていそうだ。

 

「勇者ツアーよ、望み通り地上へ出てきてやったぞ。次はそちらの番だ、私の望みを叶えてもらおう!」

 

「もちろんだよ、君のような“ぷれいやー”は必ず倒す。そのために、私たち“六竜”は準備をしてきたんだ!」

 

 化け物たちの先頭にありて、“死の支配者”と“真なる竜王”は宣言する。

 戦いを、戦争を、お互いの殺害を。

 これは引き分けの存在しない最終決戦だ。必ずどちらかが滅びる。命乞いも取引も通用しない、己の魂を懸けた一発勝負。

 卑怯な手などいくら使っても構わない。騙し討ちも裏切りも、全て正当な手段となる。ただ生き残りさえすればイイのだ。そのとき相手が死んでいればイイのだ。

 負けた言い訳など誰も聞かないし、口にもできない。哀れな敗者はこの世から居なくなるのだから。

 

「“六竜”だと? ツアーと同格の“真なる竜王”は、其方を含め四体しかいないように見えるが……」

 

「ああ、悪いね。二人ほど遅れているんだ」フフっと軽く鼻を鳴らし、ツアーは大魔王を前にガバリと口を広げる。

「さぁ、名乗らせてもらうよ! 私は“白金の竜王(プラチナム・ドラゴンロード)”。大魔王を屠り、世界を存続させる者である!」

 

 芝居がかった自己紹介に続き、巨大なドラゴンが翼を広げる。

 

「余は“常闇の竜王(ディープダークネス・ドラゴンロード)”。『竜帝の汚物』ごときに貴き真名(まことな)を聞かせる気はない。過去の汚物同様、消え去るがよい」

「わたくしは“七彩の竜王(ブライトネス・ドラゴンロード)”。この愚かな戦いの平和的な決着を模索しております。現状では、総大将である貴方様を滅ぼすのが最善かと」

「俺は“千刃の竜王(ソードマスター・ドラゴンロード)”。魔王か何だかは知らんが、俺をこんな辺境まで呼び出したんだ。一撃程度でバラバラにはなるなよ?」

 

 いずれも恐るべき強さを内包している強者たちだ。後方に控えている百体余りのドラゴンも、“竜王”を冠するほどの長であり英雄であるというのに、四体の“真なる竜王”の前では若輩者に見えてしまう。

 

「これはこれは、名乗りが遅れて申し訳ない」大魔王は神器級(ゴッズ)のローブをバサリとはらい、今や本物となってしまった“七匹の蛇が絡み合う黄金の杖 ”を片手に掲げ、高々と己を示す。

「我が名は“モモンガ”、世界を滅ぼす大魔王にして死の支配者(オーバーロード)、そして勇者を皆殺しにする絶対悪である」

 

 巨大な闇が溢れ、魔王の身を包む。生あるモノが触れれば、即座に生命力を吸われ尽くすであろう危険で狂った闇だ。

 目を凝らせば、必死に叫んでいる亡者どもの表情が――見えてきそうで視線を逸らしたくなる。

 

(異常だ。今まで見てきたどの“ぷれいやー”とも異なる。腹に埋め込まれている紅玉のせいだろうか? リーダーが言っていた『世界に匹敵するアイテム』……。おそらくソレなのだろうが、身体と一体化しているのはどういうことだろう? 一目見て、装備とは一線を画した親和性だと解る。まるで世界そのものが魔王と一つになっているかのような……)

 

 ツアーはゴクリと喉を鳴らし、慎重にコトを進める。

 まず、大魔王を拠点から引きずり出せたことに安堵する。これで躓けば、敗色濃厚になったかもしれない賭けであったのだ。魔王の立場としては勇者からの挑戦を無下にしない――と予想はしていても、本当に出てくるまでは不安でいっぱいだった。

 そして次……。

 ここからは一つの失敗が世界の命運を決定してしまう。絶対に負けられない最終決戦の舵取りが始まるのだ。

 

「よろしく、魔王モモンガ。あぁそれから、もう気付いていると思うけど、遅れて到着した“六竜“を紹介するよ」ツアーの言葉に反応したかのように、岩石に覆われた小島が天空から降りてくる。

「彼は“聖天の竜王(ヘブンリー・ドラゴンロード)”。ただの空に浮かぶ岩島にしかみえないだろうけど、れっきとした“真なる竜王”さ。いつもは岩の鎧を纏ったまま、空気がほとんど無いような天空を飛んでいる。まぁ無口な空の支配者だよ」

 

 八欲王の浮遊都市を小さくしたかのような小島の登場に、魔王軍から警戒の視線が飛ぶ。あれほどの岩島が空を飛んでいることにもビックリだが、それを一体の“真なる竜王”が行っている――ということに恐怖を感じる。

 小島ほどの岩鎧だ。どんな攻撃も魔法も意味を成さないだろう。それに島のまま突撃されたら、どうやって防げばよいのだろうか。

 

「それと……」魔王軍の驚愕を無視し、ツアーは勇者軍の最後尾からさらに後方へと視線を移すと、そこへ降り立つ――というより地面へ激突し、大地を激しく振動させた、全軍をも押し潰せそうなほどに巨大で細長い、黒いワニのような異形を魔王へ見せつける。

「グオオオオオオオォオオオオオオォォォオオ!!!」

「ははっ、元気だね。彼は“朽棺の竜王(エルダーコフィン・ドラゴンロード)”。私たちの中で最も魔王に感謝をしている“真なる竜王”だよ」

 

 都市を踏みつぶさんばかりの大きさと、全身から放たれる多量のアンデッド反応。大地を引き裂くかと思えるほどの地鳴りが魔王の足元まで届き、死者の怨念をも取り込んだであろう唸り声に大気までもが怯えているかのようだ。

 モモンガはワールドエネミー並みの巨大さを誇る“真なる竜王”に関心を示しつつ、ツアーの発言に疑問を零す。

 

「感謝、だと?」

 

「そうだよ。君が人間や亜人の国家を滅ぼし多くの死者を出してくれた御蔭で、彼はアンデッドの肉壁を纏うことができたんだ。実に百万近い死者の鎧だよ。どんな魔法でも打ち崩すことはできないだろうね。……どうだい? 大魔王。いまさら拠点へ戻りたいと言っても駄目だよ」

 

 巨大な岩島の“聖天の竜王(ヘブンリー・ドラゴンロード)”と、百万近いアンデッドを纏った“朽棺の竜王(エルダーコフィン・ドラゴンロード)”の両名を、遅れて合流させたのはワザとだ。

 こちらの戦力を低く見てもらうため、見た目からして異常な“彼ら”を衆目に晒すわけにはいかなかったのである。

 おかげで、魔王は拠点に篭ることなく地上へ出てきた。作戦通りである。

 

 障害物のない遠くまで見渡せる平原に、伝説に語られるほどの――神話の中に登場するような悍ましい異形たちが立ち並ぶ。

 最高位の悪魔がウジャウジャと、甲殻を煌めかせる巨大な蟲がワラワラと、血の匂いを纏う吸血鬼や死の気配を伴うアンデッドがゾロゾロと。

 こんな集団がトラップだらけの拠点で待ち構えていたのだ――と想像すると、参戦を拒否した“ぷれいやー”の心情も理解できそうな気がする。

 ツアーは先頭に立つ骸骨の大魔王に気付かれぬよう、ホゥと吐息を漏らしていた。

 

「ふふふ、これほど面白い敵対者を放って拠点に戻ったりはしないさ。しかしまぁ、興味深い。“真なる竜王”は多芸というか、何でもありだな。島になるほどの岩鎧や、アンデッドを使った巨大外装の形成とは、他の生物との差が異常なほどだ。同じ星の生命体としてはバランスがおかしすぎるぞ。異世界から来たプレイヤーやNPCなら理解できるが……。う~む、やはりツアーの先祖は他のドラゴンとまったく別の存在、我らと同じく『呼ばれた側』だな」

 

「えっ? は? えっと、何を言っているんだい?」

 

「気にするな、ただの憶測だ。それより」モモンガはバサリとローブを舞い上げ、自身の左右に展開し終えた元配下たちを指し示す。

「さっさと始めようか。この戦いで生き残ったほうが世界の行く末を決める。無論、私が勝てばこの世の全てを滅ぼし尽くすのだから、貴様らに敗走の選択肢は無い。魂の欠片がすり潰れるまで、足掻いてもがいて我が喉笛へ食らいつくのだ!」

 

 最後の戦い。ユグドラシルでは用意されなかったイベント。“悟”が待ち望んでいたラスボス戦。

 手心は加えない。全てを出し尽くして尚、圧倒的武力に押し切られ、無残に滅ぼされる。そんな最後が待ち遠しい。

 欲を言えば、“玉座の間”で勇者を迎え撃ちたかったところではある。

 だけどもういいのだ。

 地上にて、世界の強者だけを集めた勇者軍と全面対決。ツアーには感謝しかない。

 

「やれやれ、魔王はせっかちだね。私はまだ色々と話したいことが――」

「今だっ!」

「やれぇええ!!」

 

 ――グゴォオオオウオオオオォ、ブフォオオオオオォォオオオオ!!!――

 

 突発的に巻き起こった暴力の渦は、ツアーの背後から放たれた。しかも一つや二つではない、集まっていた百体余りの“竜王”が一斉に竜の吐息(ドラゴン・ブレス)を浴びせたのだ。

 紅蓮の炎が吹き上がり、冷気の竜巻が荒れ狂い、雷が豪雨のように降り注ぐ。視界は塞がれ、肉を裂く風の刃が行動すら阻害する。

 一体一体のブレスであれば、強大な悪魔を倒すまでには至らないであろう。しかし百まで重ねれば、プレイヤーであろうと塵も残らない。

 

「ここだキュアイーリム! やってくれ!!」

「我に命令するなツアー! いわれなくとも汚物どもは我が切り札で殲滅する!!」

 

 膨大な竜の吐息(ドラゴン・ブレス)が視界を覆う中、ツアーは最後尾の“朽棺の竜王(エルダーコフィン・ドラゴンロード)”へ声をかけ、打ち合わせでもしていたかのようにその場から離れた。

 

「これで終わりだ!」

 

 膨大な動死体(ゾンビ)の鎧に穴が開き、その中から顔を出した――異様に首が長いアンデッドドラゴン。その口元は大きく裂け、ズルズルと裂け続け、もはや生物とは思えぬ恐るべき醜悪なる有様で、喉から呪われそうな深い闇の塊を絞り出そうとする。

 生み出された闇の正体は始原の魔法(ワイルド・マジック)、“滅魂の吐息”と名付けられた、ありとあらゆるモノを消滅させ得る禁断の邪法であった。

 

 ゴバフと衝撃が走り、黒いレーザーのようなモノが竜王たちのドラゴンブレスを貫き、魔王軍へ降り注いでは蛇行する。

 常人では消滅しかねない集団ブレスに晒された上、触れれば二度と復活できない“滅魂の吐息”が襲い掛かるわけだ。流石の魔王軍でも『自分が何をされたのか?』を理解できずにこの世を去っただろう。

 地上へ誘き出しただけの甲斐があったというものだ。

 問答無用の先制ブレスに、それを目くらましとした本命の“滅魂”。腹に恐るべき紅玉を備えている魔王は耐えるだろうが、率いている軍勢は悲惨な状態に違いない。

 

 “ぷれいやー”を仕留めるために創り上げた切り札は強力だ。“始原”の力が日々衰えているとは言っても、“六竜”の御業は未だ神の領域。百年の揺り返しに現れる不届きモノを誅したことも一度や二度ではない。

 中でも“朽棺の竜王(エルダーコフィン・ドラゴンロード)”は別格だ。己をアンデッドと化すことで“始原”の枠からはみ出しながらも、死者の魂をかき集めて“始原の魔法(ワイルド・マジック)”を発動可能とした執念の竜王。身に纏うアンデッドの鎧は他者からの攻撃を通さず、“ぷれいやー”にとっては手も足も出ない天敵であると言えよう。

 

(だけど、あの魔王には通用しない。私が直接仕留めないとっ)

 

 膨大な竜の吐息(ドラゴン・ブレス)が辺り一帯を覆いつくし、“滅魂の吐息”が這いずり回った直後、ツアーは打ち合わせ通りの突撃態勢をとる。

 生き残っているであろう魔王への突貫だ。

 他の魔王軍は大半が消滅していると思われるので、かき集めた勇者軍に任せることができるはずだ。

 彼の者らは“六竜”で手分けして集めた強者たちである。寄せ集めで連携などには期待できないが、実力だけは世界最高峰。各大陸で恐れられている――場合によっては魔王と認定されてもおかしくはない化け物ぞろいなのだ。

 

 ブレスの余韻が途切れ、噴煙が流れゆく。

 視界が戻ろうとする中、ツアーは足に力を籠め、激しく視線を動かし、膝をついてボロボロになっているに違いない骸骨魔王の姿を探そうと……。

 探そうと…………。

 あ、あれ?

 

「い、居ない?! 魔王がっ――いや、魔王軍が一人も居ない!?」

 

 見事なまでに無人だった。

 地面を焼き砕いたブレスの跡が痛々しいほどに残っているものの、肝心の残骸が見当たらない。そう、魔王軍の残骸が。

 

「ふはははは!! 我の力を見たか!? 全てを消滅させる最強の一撃! 竜帝の汚物なんぞ、我が始原の前には塵芥にすぎんわ!!」

 

 確かに、滅魂は相手の魂を肉体ごと消滅させる禁断の秘術だ。その場に何も残らないのは正しいと言えよう。

 

「待つんだキュアイーリム! 事前に伝えたはずだよ、魔王は“始原の魔法(ワイルド・マジック)”を無効化するユグドラシルの秘宝を所持している! 消滅するはずがないんだ!!」

「ぬう、ならばどういうことだ?」

「ツアー、生命の反応があります。中央から少し右側、かなり小さい」

 

 口を挿んできたのは煌びやかな鱗と高貴な佇まいを備える“七彩の竜王(ブライトネス・ドラゴンロード)”だ。

 戦場全体の生命力を探知し、生き残りの所在を確認しようとしていたのであろう。おかげでツアーは、ボロボロなった平原でフヨフヨと浮いている赤子のような肉の塊を発見できたのだが、肝心の魔王は生命反応を示さないアンデッドだ。警戒を怠ってはいけない。

 

「赤子? どうやってあのブレスを凌いだんだ? 特別なアイテムを持っている気配もないけど……」

 

 焼け野原と化した戦場で、ただ一人勇者軍と向かい合っている羽の生えた赤子。おそらく種族は天使と思われる。とはいえ、“真なる竜王”と向かい合うにはあまりに脆弱な存在だ。“竜王”一体でも勝てるのではないだろうか?

 そんなか弱き天使がブレスの大渦を、“始原の魔法(ワイルド・マジック)”を耐えきったと? いや、そんな馬鹿な。

 

「魔王はどこに? まさか本当に消滅したんじゃ……」

『――ごごごぐご、げ、げぎゃ』

「ツアー、何か様子がおかしいぞ! 赤子がっ」

 

 “千刃の竜王(ソードマスター・ドラゴンロード)”からの警鐘に、ツアーは大人しく浮いているだけだった赤子が一回り膨らんでいる、という奇妙な光景を目にする。

 まるで身体の中に空気でも入れられたかのようだ。このままだと、軽い音とともに弾け飛びそうな気がする。

 

「この感じは位階魔法? 自爆するつもりなのか?!」

「くだらぬ、あの程度の小物に何ができよう? それより肝心の魔王とやらはどこへ行ったのだ? ツアーよ、久しぶりに地上へ出てきたのだから、これで終わりなどとは――」

 

『あおぎゃあああああああああああああ!!!』

 

 “常闇の竜王(ディープダークネス・ドラゴンロード)”がボヤキを漏らす最中、赤子はこの世を呪うかのような悲鳴と共に血生臭く爆裂した。

 刹那、勇者軍の強者どもは武器を構え事態の急変に備えるも、特に何も起きない。

『何だったのだ?』と疑問を抱え、ある巨人族の英雄は一族の秘宝たる戦鎚を下ろそうとしていたのだが、それは叶わなかった。

 

「ぐっ? 動かぬ!?」

「足がっ、いや、全身が麻痺している?」

「バカな?! ナイトリッチたる我にそのようなっ」

「だ、だれか! 状態異常の回復を!」

 

 ツアーが振り返れば、各種族の代表とも言える英雄たちが武器を構えたまま固まっていた。

 無事なのは“真なる竜王”である六竜――ただし、キュアイーリムは纏っている動死体(ゾンビ)どもが固まっているため動き辛そう――と、“世界に匹敵するアイテム”を所持していた三名だけ。

 原因は間違いなく破裂した赤子だろう――とその死体へ視線を戻そうとしたところで、“白金の竜王”(プラチナム・ドラゴンロード)は驚愕する。

 何の前触れもなく、転移してきたわけでもなく、その場には白く発光する小柄な天使がふらりと浮いていたのだ。

 十二枚の翼をもつ、人間種の雌に似た外見。特に大きいわけでもなく、恐るべき武器を持っているわけでもない。だけど、ぞわりと背筋に寒気が走る。

 

(駄目だ! このままではっ!!)

 

 この感覚は、六竜の共通認識であっただろう。ゆっくりと動き出す天使と、指一本動かせない勇者軍。皆の瞳に恐怖が宿る。

 

「お姉様の敵、みんな壊れてしまえ」

 

 力を溜めるかのように全身を縮こまらせ、小さな天使――ルベドは無感情な台詞に殺気を籠めて、両手と翼を勢いよく広げては光輝く。

 


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