5 学習上のつまずきや困難等に応じた指導内容・方法の工夫 (1) 学習上のつまずきや困難等に応じた対応 学習障害児等の指導に当たっては、個々の児童生徒の学習障害の状態等に応じた指 導内容・方法を工夫することが大切であり、聞く、話す、読む、書く、計算すること の困難などへのそれぞれの対応のほか、学習障害児等にしばしば見られる運動・動作 の困難や行動上の問題への対応について配慮することが必要である。 なお、学習障害児等については、複数の困難や問題を抱えている場合が少なくない ことから、指導に当たっては、次のような対応を参考としながらも、個々の児童生徒 の実態に即した多面的な取組を工夫することが重要である。 ア 聞くことの困難への対応 学習障害児等の中には、話しことばの受容に困難を示し、集団場面での説明や言語 指示の理解に弱さをもつ児童生徒がいる。その困難の程度は様々で、音声は聞こえて いても、必要な音として受けとめられなかったり、ことばとしてとらえられなかった り、文や文脈としての意味を理解できなかったりする。このような児童生徒に対して は、聞く場面では特に注意を喚起し、集中させると同時に、音声だけでなく、できる だけ動作や文字情報を同時に提示する等の配慮が有効である。また、複数の文字の組 み合わせによって単語が形成されていることに気づかせる指導や、同じ発音の単語に も様々な意味があることを知らせる指導など、音と意味との統合を強調する指導や、 聞いた内容を動作や書字に結び付け、より深い意識化を図るといった、聴覚的なこと ばの聞き取り、ことばの意味や用い方に焦点を当てるなどの指導内容・方法の工夫を する必要がある。 イ 話すことの困難への対応 学習障害児等の中には、聞いたことを理解しており、行動できても、自分の言いた いことをうまく表出できない児童生徒がいる。話す音やことばを想起できなかったり、 選べなかったり、考えをことばで組み立てることができずに単語の順序を間違えたり、 現在や過去の時制ががあいまいだったり、話す内容に論理性がなかったりする。その ために相手に分かりやすく伝えることが困難であったり、長い会話になると脈絡がな くなったりする。こうしたことが続くと、話が相手にうまく伝わらないために友達に 理解されず、本人自身が話すことを避けるようになったり、相手から敬遠されるよう になったりするおそれもある。したがって、このような児童生徒に対しては、まず、 落ち着いてゆったりとした気持ちで話ができる学習環境を設定し、児童生徒の身近な 話題を取り上げて、自分から進んで楽しく話すことができるようにさせる指導を行う とともに、他の児童生徒に対しても、話を聞く態度を身につけさせる指導を行うこと が大切である。その際、視覚的な手掛かりとして、話す内容の順序や構成等を、文字 や図などで示す方法は、話すことに対する不安の軽減を図り、筋の通った話し方のパ ターンを経験させる上でも有効である。また、会話の指導においては、話合いだけで なく、児童生徒が話の内容を確認できるように、録音機器を利用したり、話の内容の 要点を整理して板書したりするなど、視聴覚的な補助手段を利用した指導内容・方法 の工夫をすることも大切である。 ウ 読むことの困難への対応 学習障害児等の中には、形の似ている文字を読み間違えたり、文章を行を飛ばして 読んだりすることの多い児童生徒が見られる。こうした児童生徒は、ものは見えてい るのに形を正しく認知したり、位置を正しく理解したりすることができにくいため、 文字を識別し、単語や文として視覚的に受容し、読むことに困難を示す。こうした視 覚的な受容の困難は、読みを通して、文章の内容を理解し、要点を整理し、関係づけ、 記憶するといった読解の弱さにもつながる。こうした、児童生徒のうち、例えば、形 の似ている文字を読み間違える場合には、形の違いに着目させる指導を行ったり、行 を飛ばして読んだりする場合には、1行だけが見えるような型紙を作成して関係のな い部分を隠して読ませたりする指導が効果的である。また、児童生徒が興味・関心を もっている内容の文章を選択して、読むことに対する意欲を高めることが大切である。 さらに、事前に誤りやすい部分をことばで説明させたり、再読させたりして意識の深 化を図ったり。内容の要点を必要に応じて確認しながら読みを進めたりするなど、個 々の児童生徒の学習上の困難の状態に応じて、指導内容・方法の工夫をすることが大 切である。 エ 書くことの困難への対応 学習障害児の中には、読むことよりも書くことに大きな困難を示す者もいれば、読 み書き、つまり文字の受容と表出の両方を苦手とする者もいる。前者は視覚を通じて 得た情報を受容する視覚認知よりも、そうした情報を文字や文として表出するために 変換し、運動機能に伝える過程のどこかがうまく機能していないと考えられるし、後 者は視覚認知にも問題があるかもしれない。文字を書くためには、視覚情報の分析、 統合、記憶や目と手の運動の調整などの複雑で高度な能力が必要である。このため、 こうした児童生徒に対しては、文字や文などの視覚情報を絵や図などの他の視覚情報 と関連させて提示したり、音声などによって言語化したり、目と手の運動の調整を図 ったりするなど、複数の感覚器官の能力を関連、統合させる指導が考えられる。また、 文字を書き写させるいわゆる視写課題の遂行と、聞いたことを書かせるいわゆる聴写 課題の遂行に差があるかなどの視点も指導の展開には必要である。なお、書字に困難 を示す児童生徒の中には、描画などを苦手とする者も多い。このため、易しい描画課 題を取り入れるなどの工夫も必要である。書字のための運動機能に困難を示す児童生 徒には、ワードプロセッサ等を用いて、文字を書くことや自分の考えを文字で表すこ とに興味を持たせることも有効である。 オ 計算することなどの困難への対応 学習障害児等に見られる計算することや推論することの困難は、算数又は数学の学 習の中で問題が顕在化しやすいものであるが、この困難には様々な問題がからんでい ることが多く、その対応に当たっては、どの部分につまづきがあるのかを個々の児童 生徒について明らかにすることが必要である。算数又は数学の学習に見られるつまづ きは、量的な概念や理論操作の抽象的思考力に関する障害のため指を使っての計算か ら抜け出せないもの、繰り上がりや繰り下がりの意味が理解できないもの、空間的な 認知の障害のために図形の理解や位取りに困難を来すもの、記憶力の障害のため暗算 操作が弱く、繰り上がりの数を書き留めないと計算ができないものなどいろいろある。 また、計算能力はあるのに読む能力の障害のため文章が理解できないことに起因する もの、論理的な思考が苦手で易しい文章題の意味でも取り違えてしまうなど推論する 能力に大きな困難を示すものもある。いずれの場合についても、それぞれの学習上の 困難の原因となっているつまづきを詳細に把握し、できる限り具体的な指導を段階を 追って進めていくことが重要である。 カ 運動・動作の困難への対応 学習障害児等の中には、はさみの使用やひも結びがうまくできなかったり、ボール 運動、縄跳び、跳び箱、鉄棒などの全身を使った協応運動がうまくできなかったりす る児童生徒が見られる。このような問題は、手指の巧緻運動や目と手や目と足などの 協応運動の調整の困難、身体像の認識の弱さや一連の運動を計画的に遂行する運動企 画の弱さから生じている場合もあると考えられる。こうしたことから、このような児 童生徒に対しては、手指の巧緻運動や目と手の協応運動の調整力などを高める指導を 行うとともに、全身を使った協応運動のつまづきを克服させる、細かな段階を踏んだ 指導を行うことが必要である。また、鏡やVTRを用いて、自分自身の身体の部位や 動きを意識させたりする指導も有効である。 キ 行動上の問題への対応 定義に示したとおり、学習障害はしばしば行動の自己調節、対人関係などにおける 問題を伴うことがある。このため、学習障害児等は、学校生活や社会生活の場面での 失敗や挫折、疎外感などから、集団に入れない、落ち着きがない、集団生活の規律が 守れない、極端に口数が少なくなるなどの不適応行動を起こしやすい。これらの行動 については、問題行動として一方的に注意したり、本人の努力不足や親のしつけの問 題だときめつけたりせず、学習障害の特性を理解し、それらの行動を受け入れて解決 の方向に導いていく指導を行うことが重要である。 他方、学習障害児に時に見られる注意の集中の困難、落ち着きのなさ、多動や突発 的な行動等については、薬物などによる医学的な対応によって改善が図られる場合も ある。したがって、行動上の問題への対応に当たっては、必要に応じ、専門の医師と 連携協力を図りながら教育的、心理的な対応を進めることが大切である。 (2)学習上のつまずきや困難等に応じた指導内容・方法の工夫に当たっての留意点 学習障害児等の指導において、読むことの困難、書くことの困難又は計算すること の困難など、学習上のつまづきや困難に応じて指導内容・方法を工夫することは、指 導を効果的に展開するために有効である場合が少なくない。しかし、このような学習 上のつまづきや困難、行動上の問題に応じた指導内容・方法の工夫においては、児童 生徒の短所や困難などの弱い部分に焦点が当てられる場合が多く、このことがあまり にも強調され過ぎると、児童生徒に失敗感や挫折感を強く抱かせたり、時には学習に 対する意欲を失なわせたりすることもある。 したがって、学習障害児等の指導に当たっては、児童生徒の示している弱い部分に だけ着目するのではなく、長所や得意な面にもめわ向けてそれらを伸ばし、更にこの 点を生かして、短所や不得意な面を補っていく指導内容・方法を十分工夫することが 大切である。 例えば、話しことばでの指示を受けて行動することは困難ではあるが書きことばで 示されると行動が可能である、あるいは視写は困難であるが聴写は可能である、文字 情報による記憶は困難であるが音声情報による記憶は可能であるなどの例も少なくな い。このため、学習障害児等の指導を効果的に展開するためには、個々の児童生徒の 情報処理過程の特徴に着目した、指導内容・方法を工夫することも有効である。この ような一人一人の児童生徒の情報処理過程の特徴を把握するためには、個別式知能検 査をはじめとする各種の心理検査や認知能力検査、行動観察の結果等が参考となるた め、これを多面的に分析することが重要である。 学習障害児等に対する指導は、障害のない児童生徒への指導と本質的には異なるも のではなく、単に学習上のつまづきや困難、行動上の問題の改善・克服を図るためだ けのものでないことを十分認識し、一人の人間として社会的に参加・自立するために 必要な基礎的な能力を育てていくことを基本にすることが重要である。このため、内 発的動機づけを高めるための適切な援助を行うとともに、個々の児童生徒の実態に即 した指導内容・方法を十分工夫し、自信をもって積極的・主体的に学習に取り組むこ とのできる児童生徒の育成に努める必要がある。