2 実態把握の方法 (1) 既存の実態把握の方法について 今日、各方面の専門家の手により、学習障害の判定基準・方法が開発され、そのう ち、特定のものについては、その利用が広まりつつある。 学習障害については、一つの検査や行動観察の結果だけで判定するのではなく、子 供の生育歴や医学的な検査の結果、学業成績や日常の行動観察等様々な観点からの実 態把握を行った上で、総合的に判断して特定すべきとしている点で、多くの専門家の 意見は共通している。また、この点については、前述の「通級による指導に関する充 実方策について(通級学級に関する調査研究協力者会議審議のまとめ)」においても、 学習障害の判定に際し、「学習障害の判定については、確定されていない点が多いが、 いずれにしても、その判定は、学業成績や、上に挙げたような問題があるかどうかと いった表面上の諸現象のみによって行われるべきではなく、視覚・聴覚の検査、知能 検査等の各種の能力検査や、日常の行動観察等、種々の検査、観察を行った上で、専 門家により、総合的かつ慎重に行われなければならない。」と述べている。 そこで、本調査研究協力者会議では、学習障害について、前述の定義をもとにしつ つ、専門家による総合的かつ慎重な実態把握をどのように行うかについての考え方を 示すこととした。 (2) 学習障害の実態把握の内容・方法 学習障害の実態把握は、その手順は必ずしも一定していないが、以下に掲げる諸項 目について、種々の検査、観察を行った上で、専門家により、総合的かつ慎重に行わ れる必要がある。 なお、実態把握に先立ち、スクリーニングを行う必要がある場合、学習障害に関し て問題となる能力とは、各教科、とりわけ国語や算数又は数学の学習の際に必要な基 礎的能力であり、個人内の能力のアンバランスとして現れる場合が多いことを踏まえ、 国語及び算数又は数学の両教科の平素の学習状況を評価・分析し、どのような問題を 示しているかを把握することが適当である。 ア 知的発達の状態の把握 定義に示したとおり、学習障害は、基本的には、全般的な知的発達に遅れがないこ とが要件となる。したがって、実態の把握に当たっては、まず、全般的な知的発達に 遅れはないかどうかを確認する必要がある。 知的発達の状態を把握する有力な方法の一つは、知能検査を実施することである。 知能検査には、集団式のものと個別式のものとがあるが、学習障害の実態把握に当た っては、その状態を詳しく把握し、指導に役立てるためにも、知能指数の算出のみな らず、検査結果を分析的に役立てることのできる個別式知能検査を実施することが必 要である。このような個別式知能検査では、知的発達の遅れの有無のみならず、検査 の過程や結果の内容を分析的に評価することによって、認知、記憶、言語、類推など の側面にどのような問題があるのかを詳しくとらえることができる。 イ 教科の基礎的能力の問題の詳細な把握 学習障害は、各教科の学習の際に必要な基礎的能力のうち特定のものについて、そ の習得と使用に著しい困難を示すものであることから、上記のスクリーニングとして の国語や算数又は数学の学習状況の評価・分析に加え、他の教科も含めた学習活動全 般における平素の学習状況を評価・分析し、どのような問題を示しているかを詳しく 把握する必要がある。 教科の基礎的能力にどのような問題が見られるかについては、標準学力検査を実施 し、その結果を分析することによっても把握でき、また、標準化されている各種の認 知能力検査の結果を活用することによって、更に詳細な問題の状況を把握することが できる。 ウ 個人内の能力のアンバランスの把握 学習障害は個人の能力のアンバランスとして現れることが多いが、この点について は、各教科の学習や学習活動全般の評価の結果、標準学力検査の結果、個別式知能検 査の結果、その他各種の検査の結果を通して、進んでいるところと遅れているところ との間に有意な差があるかどうかを確認することによって把握することができる。ま た、知能と学業成績との間に有意な差があるかどうかについては、各教科の学習や学 習活動全般の評価の結果、標準学力検査の結果、個別式知能検査の結果を活用して、 児童生徒がほぼ正常範囲以上の知能があるのにその知能に見合った学業成績を修めて いなことを確認することによって把握することができる。 エ 原因の推定 定義に示したとおり、学習障害は、その背景として、中枢神経系に何らかの機能障 害があると推定される。学習障害が中枢神経系のどのような機能障害によるものであ るかについては、まだ医学的に十分に明らかにされていないのが現状であるが、中枢 神経系の機能障害の推定に当たっては、児童生徒の詳細な生育歴の把握とその内容の 検討とともに、医学的な諸検査を実施することも考えられる。したがって、実態の把 握に当たっては、必要に応じて、医療関係者等も交えた専門家によって、総合的な判 断を行うよう努める必要がある。 また、学習障害は、定義に示したとおり、他の障害から二次的に生じる学習上の困 難を含まず、養育上の問題や家庭環境などの環境的な要因によるものでもないとされ ている。したがって、原因の推定に当たっては、個々の児童生徒の他の障害の状態や、 養育上の問題や家庭環境などの環境的な問題等について十分に情報を収集し、これら が原因となる特定の能力の習得と使用の著しい困難を学習障害とすることのないよう 慎重に判断することが大切である。 その際、学習障害は、その障害の状態が、精神 薄弱や情緒障害と部分的に同様の状態を示す場合も見受けられることから、しばしば これらの障害と混同されることがあるが、これらの障害との違いには十分留意する必 要がある。 オ 重複障害の有無の把握 定義に示したとおり、学習障害は、他の障害の状態が原因となるものではないが、 他の障害の状態と重複して生じる場合もある。重複障害の有無は、児童生徒の指導内 容・方法等を検討する際に重要な要素となるため、十分調査を行う必要がある。 なお、重複障害のため、通常の学級での指導では十分な教育効果が期待できない児 童生徒については、重複する障害のための特殊学級等において教育を行うことが適切 である。 カ 行動上の問題等の把握 定義に示したとおり、行動の自己調整、対人関係などにおける問題が学習障害に伴 う形で現れることもある。したがって、児童生徒の実態把握後の指導内容・方法等の 手掛かりをを得るため、注意の集中と持続の困難、多動、衝動性、情緒の不安定、社 会性の不足等の有無について行動観察を行い、どのような問題が存在するかを把握す る必要がある。なお、運動・動作等の困難を伴うこともあるので、この点についても 併せて把握する必要がる。 (3) 学習障害の実態把握の留意点 学習障害の実態把握は、あくまで児童生徒の学習上のつまづきや困難を克服させる ための指導内容・方法についての手掛かりを得るために実施するものである。したが って、学習障害の実態把握は、単に学習障害児等を見いだすことのみに終始せず、そ の後の指導計画の作成を常に念頭に置きつつ進めることが肝要である。 学習障害の実態把握においては、生育歴の把握、各教科の学習や学習活動全般の評 価、個別式知能検査、標準学力検査及びその他各種の検査の実施、医学的な諸検査の 実施、環境的な問題点についての把握など、十分な情報収集を行うことが必要である が、このような情報収集に当たっては、本人及び保護者の理解と協力が不可欠であり、 また、情報収集の結果得られた個人情報の取扱いについては、十分留意することが必 要である。 なお、学習障害の実態把握のための上記のような各種の検査等を、全国的な規模で 実施することは困難であり、また、このような検査を行うことについて、本人や保護 者等の理解と協力を得ることが難しい場合も予想される。このため、学習障害の実態 に関する全国的な調査を行うことは、現時点では極めて難しいと考えられる。 (4) 学習障害の出現率等について 学習障害の出現率については、定義をめぐる現状を反映し、これまでに様々な分野 の専門家によって種々の数値が報告されているが、これらの報告を概観すると、数パ ーセントの出現率を示すものが多い。 しかし、これらの報告の前提となる実態把握の中には、担任等による行動等の観察 結果のみに基づくものや、学習障害のスクリーニング・テストの結果にとどまるもの があるなど、必ずしも実態把握後の指導内容・方法の手掛かりを示すものとはなって いないものもあることなどに留意する必要がある。 これに対し、本調査研究協力者会議としては、学習障害の実態把握は、一義的には 児童生徒の学習上のつまずきや困難を克服させるための指導内容・方法についての手 掛かりを得るために実施するものであることから、その出現率のみを精査する意義は 乏しいと考える。