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聖者無双 ~サラリーマン、異世界で生き残るために歩む道~ 作者:ブロッコリーライオン

10章 失った力と新たな力

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189 噂

 風の精霊と双龍の話をしてから部屋を出ると、それは魔導書庫と呼ばれていた書庫だった。

 本当の魔導書庫が実は禁書室だったことに驚きながらも、自室へ戻ることにしたのだが、風の精霊から声が掛かる。

「ルシエルよ、今の御主ならこちらへの入室も許可するが?」

「今は必要ありません。力を求めたくて、このネルダールを訪れたわけではないので」

「そうか。それでは地上へと帰るのかな?」

「少し気になることがあるので、それが解決したらですかね」

「協力できることならするが?」

「……では、一つだけ。このネルダールが迷宮に似た何かだとして、今までの迷宮は龍を封印から解き放つと必ず、魔石みたいな核と帰還の魔法陣が現れたんですが、今回はそれがありませんでした」

「ふむ、それの何が気になるのだ?」

「帰還の魔法陣は問題ないですけど、巨大な魔石に見立てた核を触ると邪神が現れるので、もしそれがありそうな場所へ行く時は、決して触らないことを進言しておきます」

「……仮に見つけても、誰も近づけないように細工をしておこう」

「お願いします」

 風の精霊は何やら考えて込み始めたので、俺は自室へと向かった。

 魔導書庫を出ると廊下がオレンジ色に染まっていた。

「夕方か……そう言えば、お腹が空いてきたなぁ」

 俺は自室ではなく、食堂へと足を向けるのだった。



「何か簡単なものでも作るか……それよりも浄化が出来る様になったから、解体して多少汚しても大丈夫になったんだよな」

 聖属性魔法が復活してからは初めての料理になるので、何を作ろうか悩みながら食堂に到着すると、ここで思わぬ人物達が待っていた。

 最近まで俺にお金を借りていた公国ブランジュのエリナス・メインリッヒ伯爵令嬢とその従者達だった。


「ルシエル様、ここ数日何処にいらしたのですか? 緊急事態がありましたので、ずっと探していましたのに」

 どこか慌てるような感じがするが、彼女はいつも会うこんな感じなので、まずは用件を聞くことにした。

「すみません、少し篭ってしなくてはいけないことがありましたので……緊急事態とは何でしょう?」

 すると三人はとても言い辛そうにしていたので、またお金を借りに来たのかと思ったが、つい先日研究がうまくいったと喜んでいたのは、ぬか喜びだったのだろうか?

 しかし伯爵令嬢から出てきた言葉に、一瞬思考が停止する。

「それは……その、ルシエル様に神罰が下り、治癒士としてのジョブが消失して、聖属性魔法が使えなくなったと、そんな噂が本国で流れているようで、正確な情報を探るように言われましたの」


 S級治癒士に神罰が下るとかとってつけたことよりも、ジョブの消失や聖属性魔法が使えなくなったことが、例え噂であろうと他国に知れ渡っていることの方が問題だった。

 ここに来てから三ヶ月が経とうとしているが、他国に知れ渡ることなど、普通はありえないからだ。

 更にこのことを知っている人間が限られていることも、俺の思考を停止させた原因の一つだった。


 一体誰が? 俺は思考の渦に囚われそうになるが、目の前で伯爵令嬢が見ていることに気がつき、そもそも彼女は本国から命令されて、俺のことを探る筈なのに、何故直接聞きに来たのだろうか? それを聞いてみる。

「……先程探るって言われていましたよね? 本国からの命令なら、それを何故私に直接教えたのですか?」

 すると、令嬢はニッコリと笑って、皮袋をこちらに渡しながら口を開いた。

「私は恩を仇で返すことはしたくありませんの。ルシエル様のおかげで研究成果が実証されて、今年もネルダールに留まれるのですもの。あ、これは借りていたお金です。誠にありがとう御座いました」

 ……ただ厚かましいだけの、残念な人ではなかったらしい。

 どうやらあの時は相当切羽詰っていたのかもしれない。

 義を重んじる人には全く見えなかったのだが、そう判断したことを心の中で謝罪するのだった。


「……ナディアとリディアから言われてなので、感謝なら二人と会ったときにでも伝えてあげてください。それよりその情報源は一体どこから?」

「それでその、本当に治癒士でなくなり、聖属性魔法が使用出来なくなってしまわれたのですか?」

 情報源を語ることなく、治癒士の消失や聖属性魔法が使用出来るのか、出来ないのかを、とても不安気な眼差しで見ていた。

 そこにはただ純粋な心配があるように思えた。


「私が治癒士でなくなったのは本当です」

「……そんなことはないと本国には伝えておきましたが、聖属性魔法を使えるよう目途は?」

 俺の言葉で絶望したような顔をして、直ぐに聖属性魔法を使える目途が立っているのかを聞いてきた。


「使えますよ。 ミドルヒール」

 俺は微笑みながら、伯爵令嬢にミドルヒールを発動した。

 研究続きで手荒れと肌荒れが少し気になったので、聖属性魔法が使えるアピールとして、治してあげることにしたのだ。

「ああ、何と心地よい……やはり聖属性魔法が使えないという噂は、デマだったみたいですね」

 先程とは違い、伯爵令嬢も従者をしている二名も、何処か安堵しているように見えた。

 この人達って、一体なんなんだろうな? そんなことを思いながら、他にも情報があれば耳に入れることにした。

「……他にも何か気になる情報があったりしますか?」

「公国ブランジュで、魔族が出没したとの情報がありましたわ。それで聖騎士隊の派遣を要請したと聞いております」

 遠征する聖騎士隊っていったら、ルミナさん達か? 派遣されることは今までもあっただろう。

 しかし問題なのは、ルミナさん達が魔族と戦って勝てるのかどうかだった。

「その情報も最近のものですか?」

「ええ。このお話も三日程前のことです。我が国だけ魔族が発生したのかと、それとなく研究者の皆さんにもお話を聞いてみたのですが、各国で魔族の出現情報が出たみたいなのです」

 聖騎士が動くことに違和感を覚えるが、貴族達も死にたくないだろうから、傭兵や私兵を既に雇っているだろうし、公国ブランジュにも軍隊があるだろうから、直ぐに協会が動くことはないだろう。

 それにしても魔族か……。

「それでは被害が?」

「いえ、目撃情報だけらしいですわ。ただ何処も彼処も、その情報が広まっているらしく、地上はきな臭くなっているのでしょう」

「なるほど……」

 一度深呼吸をして、頭を冷静にしてから情報を整理していく。

 こういう時は優先順位をつけて動かなければ、全てが後手に回ってしまう。


 まず治癒士の消滅や聖属性魔法が使えなくなっていることを知っているのは、あの場にいた師匠、ライオネル、ケティ、ケフィン、ナディア、リディアだ。

 その他に教皇様……と、カトリーヌさんか。

 疑いたくはないが、誰かから情報が漏れたのは間違いない。

 これでネガティブキャンペーンなんてされていたら、また教会が荒れることになる。


 これが敵の狙いであるとするなら、仮に俺が魔族……魔族を指揮する立場だったら、魔族が成果を上げられていない付近の情報を集めるだろう。

 そうなった場合、自ずと天敵に成りえる俺の情報を得て探ることになるだろう。


 仮に情報の中に聖属性魔法が使えない可能性の情報があれば、それを確かめるために、聖シュルール教会の中に紛れ込ませたりもするのだろうか?

 それとも密偵を放って、情報を持ち帰えらせることだって……そう考えるだけで、オルフォードさん並の変身能力があれば、何でも出来てしまうことに気がつく。


 魔族と戦かわせて、教会の戦力がどれほどのものかを計ったりするかも知れない。

 まぁ敵が本当に帝国ならばの話になるけど……今回は何か引っかかる部分があるのだが、それが何なのかが分からない。


 これがもし聖騎士を少しでも減らそうとする作戦であったのなら、本当の狙いは聖シュルール協和国になるが、敵の実体が把握出来ない以上、やはり地上からの情報が必要だ。

 まぁ魔族が襲ってきたとしたら、当然俺にも連絡が……あ、治癒士から賢者になって、聖属性魔法が再び使えるようになったことを、誰も知らないじゃないか。

 いても邪魔になる戦力なら、連絡がくる可能性は限りなく低いよな?

「あの?」

 そこまで考えていると、また伯爵令嬢のことを忘れていることに気がつく。

「あのルシエル様は、地上に向かわれるのですか?」

「……そうなるかも知れません。戦うのとか陰謀に巻き込まれるとか、命を狙われるとか、もの凄く嫌ですけど……それでも守りたいと思えるものが、私にもありますから」

「……それならば、こちらをお持ちください」

 差し出されたのは装飾のされた一本の短剣だった。

「これは?」

「公国では何よりも血が優先されます。これは伯爵令嬢である私の護り刀になり、これを持っている者に対して、伯爵家以下の家柄は命令する資格を持ちません」

「……とても重要なのでは?」

「ええ。ですから、いずれ返しにきて下さいませ。これを持っていればナディアとリディアが嫌な思いをすることがなくなりますので」

「……ブランジュいくことがあるかは分かりませんが、ありがたくお借り致します」

「また再会が出来ることを楽しみにしております」

「はい」

 用件が済んだとばかりに三人は食堂から退出していった。


「あの時助けておいて良かったと、思えるときがくるとはな……さて、今後どう動くかはとりあえず食事を作りながら考えるか」

 まずは腹を満たすことにして、地上で出来れば戦闘は避けたいと願うのだった。


お読みいただきありがとう御座います。

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